8月SS アスカととある8月の日
アスカと真夏の依頼
「ん~、良い依頼がないなぁ」
今は八月、アルバも夏……いや、アルトレイン的には一月から三ヶ月刻みだから秋真っ盛りだ。とはいえ、こっちは三十℃を上回ることなんて滅多にない良い世界だ。そんな中、今日も私たちフロートは依頼を探していた。
「アスカ、せっかく早く来たんだからいいのあっただろ?」
「ジャネットさん、それが…」
日の出に合わせて早起きが苦手なノヴァも来てくれたけど、残念ながらこれ! といった依頼はなかった。
「嘘だろ!こんだけ早起きしてないのか?」
「全く無いわけじゃないよ。でも、Dランク向けで簡単なやつだから…」
私はすでにCランクの冒険者だ。ジャネットさんに至ってはBランク。それがそれなりに実入りがあるとはいえ、Dランク冒険者向けの依頼はね。
「アスカ、これなんかどう?」
そういってリュートが一枚の依頼票を見せてくれた。
「えっと……〝アルバ南岸壁の薬草採取について〟アルバの岸壁ってあの断崖絶壁の?」
「そうみたいだね」
アルバの南側に少し行くと海がある。ただ、海があるといっても海岸なんてものではなく、本当に断崖絶壁だ。レディトの南側にはある程度船も止められるようなところがあるらしいけど、そっちはそっちで海魔という海の魔物の勢力が強く、結局港町は作られなかった。
「そんなところに生えてる薬草なんてあるのかい?」
「ここには書いてありますよ。ブルークレソンって言うみたいですね。海辺に育つ薬草で、辛みはありますけどおいしいみたいです」
「おいしいからってなんで冒険者がそんなものを取って来ないといけないんだい」
「栽培できないか研究したいみたいですね。できれば塩水が不要な環境でも育つか見たいって書いてあります」
「研究目的かい。ご苦労なこった」
あまりジャネットさんはこの依頼に乗り気ではないみたいだ。私も辛いのは苦手だけど、肉料理用に栽培したいってコメントがあるからちょっと興味はあるんだよね。
「でもさ、ジャネット。これを受けないなら何受けるんだよ?」
「そりゃあ、この時間なら何かあるだろ?」
「いつも通りレディトまでの安めの護衛と、王都までのそれなりに日数のかかる依頼だけですね」
申し訳ないけど、フロートでは私がいる時は王都までの依頼は受けないことにしているし、他に良い依頼はない。
「しょうがないか。だけど、どれだけ取ればいいのやら」
改めて依頼を見てため息を吐くジャネットさん。
「あの、もし嫌なら王都まで……」
「いや! こうなったらこの研究者がビビるぐらい持っていいってやるよ。ノヴァ!用意はいいね?」
「おう! 今日は朝から飯も持たせてもらったし、ばっちりだぜ!」
ノヴァの方はやる気になってくれたみたいだし、この依頼にしよう。私は依頼票をホルンさんのところへと持っていく。
「ホルンさん、依頼の受注お願いします」
「あら、アスカちゃん。今日はなんの依頼……本当にこれを受けてくれるの?」
「えっと、この依頼って何かあるんですか?」
「いえ、報酬は銀貨四枚でそこまで悪くはないんだけど、肝心の採取場所が断崖絶壁でしょう?海面近くは海魔がいる可能性もあるし、依頼者には期限も長く取ってもらったのよ」
ほら、と依頼日のところを指差すホルンさん。そこには一週間前の日付の横に掲示期間は一年と記載されていた。
「長いですね……」
「それぐらい依頼料の割に難易度が高いとこっちも判断したのよ。フロートが受けてくれたからこれで安心ね」
「まだ見つけてこれるか分かりませんけどね」
「それじゃあ、アスカちゃんのためにこれをどうぞ」
「これは?」
ホルンさんから一株の薬草の姿が描かれた絵が手渡された。
「ブルークレソンのスケッチよ。ただ、現物とは少し違うかもしれないからそれっぽいのが採取で来たら持って来てね。ギルドとしてもこの依頼が消化されるのはありがたいから、鑑定も無料だから」
「本当ですか? 頑張って取ってきます」
薬草の鑑定もそれなりのランクになったら有料だ。もちろん、薬草の需要が高いから高額にはならないけど、それでも収入が減ることには変わりない。よ~し、この機会に…。
「あっ、ひとつだけ注意ね。このスケッチとあまりにも違うものは受け付けないわよ?」
「そ、そうですか」
残念。海辺の薬草を片っ端から鑑定してもらって、ただで覚えようと思ったのに。
「それにしてもなんでこの依頼の消化が嬉しいんですか?」
「依頼元の研究所は民間だけど、ここへの出資は貴族なの。だから、早めに消化するのは面倒事が減るのよね」
「そういうことでしたか」
冒険者ギルドは商人ギルドと並んで世界規模だ。だからといって、地方貴族の影響を全く受けないわけではない。町周辺の見回りとか一部の討伐依頼は貴族から出てるしね。そういうことなら、フロートがこの依頼を片付けよう。
「それじゃあ、依頼の受注をお願いします」
「はい、受け付けました」
カードを読み取り機に通してもらい依頼を受ける。よしっ!今日も達成率100%を維持するために頑張ろう。
「アスカ、やたらと話してたけど、何だったんだい?」
「この薬草のスケッチをもらってました。あと、依頼物の研究所には貴族が出資してるみたいです」
「なるほど。道理でこんなちんけな依頼がこんないい場所に掲示されてた訳だ」
「ちんけって……肉料理に合うらしいですし、栽培出来たら宿でも出るかもしれませんよ?」
「それなら、肉を大きくしてくれた方があたしは嬉しいね。なぁ、リュート?」
「つけ合わせに使えそうだったら味は興味あります」
「そんなもんかね」
「んなことより、もう出ようぜ! 日が暮れるぜ」
「そうだね。行くとするか」
私たちは西門からアルバを出ると、そのまま南に下る。
「こんなところを通るのって普段はしませんから、新鮮ですね」
「まあ、こっちは来ても意味がないからねぇ。潮風のせいか薬草も少ないし」
「そうなんですよね。耐塩性の植物が少ないんですよね」
「へ~、そんな理由でこっちって薬草がないんだな」
「ノヴァは知らなかったの?」
「だって、ないって知ってりゃ十分だろ?」
「まあ、否定はしないね」
そんな会話をしながら進むと目的地に着いた。
「魔物も結局出なかったし、今日はあんまり金にもならなそうだね」
「まあ、楽が出来ていいじゃんか」
「あたしらはね」
「どういう意味だ?」
「ノヴァ、下を見なよ。これ、あたしらが降りれると思うかい?」
「無理だな」
私とリュートも崖をのぞき込む。高さ15mはある絶壁だ。これはつまり…。
「二人で頑張って探そうね、リュート」
「うん、頑張ろうか」
ホルンさんも懸念していたこの依頼の難しさとは、崖に降りられないことだった。つまり、風魔法に長けた人間以外はこの依頼を受けられないのだ。
「でも、これならミネルたちも呼べばよかったかも」
「そうだね。この辺りなら安全だろうし」
「でも、海魔の影響もあるしなぁ。安全を確保してからかな?」
「それじゃあ探していこうか」
「うん!」
二人でブルークレソンを探していく。断崖絶壁と聞けば難しいと思われるけど、魔力操作と風魔法があれば簡単だ。
「これはスケッチに近いかも、あっ、こっちも似てるなぁ。どんどん採って行っちゃお」
「アスカ、早いね」
「リュートは落ちないように頑張ってね!」
「うん、そうするよ」
結局、1時間半ほどでかなりの量が取れた。一番難しいのは根っこから取ることかな? 栽培目的だから摘んじゃダメなのが厄介といえば厄介だった。
「そろそろいいかな?」
「いいんじゃない」
「それにしても…」
私はもう一度、海の方を見る。ちょっとくらい砂遊びできると思っていたけど、みじんもそんな余地はなかった。
「はぁ、海水浴したかったな。まあ、海魔が出るんじゃどのみち無理か」
季節を感じられることもなく、淡々と依頼を終え私たちは帰ることになった。
「フロートただいま帰りました!」
「アスカちゃんお帰り、どうだった?」
「それはもう! 見て下さい!!」
私は二人で取った薬草らしきものをどさっと用意されたかごに入れる。いつもはランク分けをするから大きめのかごに入れつつ、ホルンさんが仕分けするけど、今日はさらに大きいかごにまとめて出した。
「……あの、これは?」
「もちろん、ブルークレソンらしき薬草です。似たものが思ったよりあったので採れるだけ採ってきました」
「アスカちゃん、目標の量は覚えてる?」
「目標の量?」
ホルンさんがそう言うと私が出した依頼票のところをトンッと軽く指で叩いた。
〝依頼量10株程度〟
「これはどう見ても百株以上あるわよね?」
「……ははは、全部がブルークレソンとは限りませんし」
「今度から絶対に確認するように!」
「はいっ!」
怒りながらも笑顔のホルンさんにそう言われて、元気よく返事をする。ちなみに内訳はブルークレソン五十三株にブルーシードが十四株、アラコーンという薬草が十株程度だった。他は使い道のないものでギルド処分になった。
「持って来たものはこれで全部ね。先方は喜ぶと思うわ。一応追加の報酬が出ないかギルドマスターにお願いしておくから今度来た時に報酬は渡すわね」
「ありがとうございます」
「それじゃあ、残った二種類の薬草の分で、銀貨五枚と大銅貨四枚よ」
「あっ、結構するんですね」
「どちらもそれなりに珍しいから」
「じゃあ、一度パーティーカードの方へ入金お願いします」
「分かったわ」
こうして暑い季節の海行きという涼しいはずのイベントは終わりを告げた。今度は依頼じゃなくて普通にアルバ湖へ行こうかな?
「あそこぐらいだったら魔物も少ないし、エレンちゃんやエステルさんたちも誘えるかなぁ?」
密かにそんな計画を立てた八月だった。