7月SS 暑い夏と送風装置
こちらのお話はep.122 今日はどうするんでしょう?の辺りのお話になります。
「ん~、ちょっと暑くない?」
私はお客さんが帰った後の食堂のテーブルにあごを乗せて呟く。アルトレインのというか、アルバの四季はそこまで温度変化がないと聞いていたけど、それでも三十度を超す時があり、そういう日はこんな愚痴も言いたくなるものだ。
「おねえちゃん、お行儀悪いよ?」
「それは分かってるんだけど~」
病院暮らしが長いということはそれなりにクーラー生活が長いということでもある。ましてや炎天下の中、外で動き回るなんてしてこなかったので、この暑さはつらい。
「せめて扇風機があれば!」
「せんぷうき?」
「こう……ボタン一つで羽根が回り続ける機械だよ」
実際の仕組みに関しては詳しくないのであいまいに返す。
「ふ~ん、魔道具の一種かな? 便利そうだけど高そう」
「高いのかなぁ」
「おねえちゃんのところだと、どのぐらいだったの?」
「う~ん、機能にもよるけど安いのだと宿二泊分とか?」
本当に激安なのはもっと安いと思うけど、そこまで安いと怪しいしね。ただ、こっちで作るならどうなるんだろう? やっぱり動力は魔石かな?
「うっそだぁ~! だって、魔道具だよ? そんな安かったらどうやって元取るの? 絶対、誰かからもらったんでしょ」
「うう~ん、そう言われるとお母さんが貰ってきてたような」
「絶対そうだって。エレンも見たことないもん」
エレンちゃんのイメージでは魔道具=高いものみたいだ。魔石自体が高いから間違いではないと思うけど、手ごろなものもないのかな?
「あら、二人で何を話しているの?」
「エステルさん、キッチンはもう終わりですか?」
「ええ。それで何の話だったの?」
「エステルさん、おねえちゃんがまたおかしなこと言ってるの」
「そんなの驚くことじゃないでしょ、エレン。今までいくつあったと思ってるの」
あれ? 私、今なにげにひどいこと言われたような……。
「そう言われれば……」
「エレンちゃんも納得しないで!」
「あっ、つい。そうそう、エステルさん。おねえちゃんが、風を勝手に送る魔道具が宿二泊分で買えるだなんて言うんだよ。変でしょ?」
「それはおかしいわね。でも、考えてみたらアスカの言う宿よ? ここより立派な高級宿のことかもしれないわ」
「そっか、その可能性は考えてなかった!」
「二人とも!」
「はいはい。それで、どうしてそんな話になったの?」
「いや~、今日って今年一番の暑さじゃないですか。ふと、そういう魔道具があったなぁって思い出して」
「そんなに便利なものなら持ってくればよかったんじゃない?」
「うっ、それはですね……」
まさかこの世界にないなんて言えないし、どうしたものか。
「そういえば、エステルさんっておねえちゃんが少しまともになってからしか会ったことなかったっけ? おねえちゃんってば最初はシーツが数枚入ったかごを持つのも怪しかったんだから!」
「ちょっと、エレンちゃん!?」
なぜこのタイミングでそんな恥ずかしい過去をばらすのか?
「そんな話も聞いたことがあったわね。となると、魔道具って金属製の物が多いから持ってくるのは無理ね。残念だわ。そんなに便利な物ならキッチンに設置してもらおうと思ったのに」
「そういえば、この暑さの中ってキッチンは地獄なんじゃ……」
「暑いことは暑いけれど慣れの部分もあるわ。だから、今こうして食堂に出られたら天国のような気分よ」
そう言いながらパタパタと顔を手で仰ぐエステルさん。慣れというのは我慢のことらしい。換気口はあるけど、換気扇はないから私が思っているよりキッチンはきついのかもしれない。
「う~ん、私がいる間だけでもなんとかしてみましょう」
「できるの? じゃあ、早速ライギルさんに言ってくるわ」
そう言うとエステルさんはすぐにキッチンに戻っていった。
「やっぱり、相当暑いんだね。エステルさんってばすぐに戻っちゃった」
「そうだね。でも分かるなぁ。この季節ってちょっと火を使うだけでも暑いんだもん。私の住んでたところの夏はもっと暑かったけど、今でも相当だし頑張ってみようかな?」
台所で頑張って料理をしていたお母さんを思い出しながら、私は部屋に戻って細工道具を取り出す。
「とはいえ、モーターとか扇風機の機構について分かるわけじゃないからなぁ。とりあえず羽根の形を……」
そう思いながら型を木で作っていく。しかし、一度作ってみてあることに気が付いた。
「羽根一枚一枚の形が若干違う」
ハンガーを作る時にも思ったけど、安価な工業製品に隠れた真実だ。同じ形のものを一つの部品で作るのは大変だ。
「しかもこれ、ハンガーみたいに平面じゃないから型取りをしたとしても流し込む必要があるよね。まさか、鉄が必要になるのかな?」
その完成形を想像してみる。ぶんぶんと勢いよく回る鉄製の三枚羽根。そこにちょっと手が触れた瞬間、血がドバーッと流れる。
「うう、絶対だめだ。だけど、プラスチックなんてないし、やっぱり木製で頑張るしかないよね……」
何とか五枚羽根のデザインを作ると、頑張って製造していく。五枚羽根を大まかに削り出せたら、今度は細工用の小刀で削っていく。この地道な作業を何度も何度も繰り返し、何とか形にする。
「後は動力の魔石をどうするかだよね。グリーンスライムの魔石を使うとして、羽根を回すってことはやっぱり後方かな?」
私は作業が進んできたので魔石の設置場所を考える。それと同時にあることに思い至った。
「そういえば、回す出力も考えないと! じゃあ、一度風を起こしてみて……」
私がグリーンスライムの魔石に魔力を流すと風が起こる。
「ん? 今、風が流れたよね。私、この風で羽根を回すのかな? んん???」
自分が何をやっているのか分からなくなり、もう一度今回の目的を思い出す。
「えっと、キッチンがとても暑いから涼しくなるように空調を整えるんだったよね。じゃあ、とりあえずは風を送れればいいわけだから……」
私はこれまで懸命に削ってきた五枚羽根に視線を移す。
「ごめんね。君の出番はないや」
こうして翌日、私は土台の上に棒を立ててその中央にグリーンスライムの魔石を配した扇風機もどきを作った。
「エステルさん。とりあえず作ってみたので、感想聞かせて下さいね」
「もうできたの? 前に言っていた羽根の付いた魔道具と形が違うけれど」
「ああ、あれですか? 予算を抑えるために簡素化しました」
「そうなのね。やっぱり、こういうものって高いものね。ライギルさんにもきちんとした金額を払うように強く言っておくからね」
「い、いえ、そんなに高くはないので……」
まあ、確かに時間は使ったけど、完全に無駄足だったからなぁ。
「子どもは遠慮しなくていいのよ。それより、今日の夕飯は期待しててね。この魔道具があればもっと美味しいものがたくさん出せるから」
「本当ですか! 楽しみに待ってます!!」
こうして私の”扇風機でそよそよ大作戦”は幕を閉じた。無駄なことも多かったけど、失敗することでもっと簡単に作る方法も思いついたので悪くはなかったかな?
「おねえちゃ~ん、ご飯だよ~」
「は~い」