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6月SS 梅雨の休日とパン

「はぁ~、今日もまた雨かぁ~」


 アルトレインというかアルバでは特に梅雨という季節はない。しかし、この六月に入ってから三日連続で雨が降り続いていた。


「アスカ、今暇かしら?」


「エステルさん! 用事はありませんけど、どうしたんですか?」


 雨のため冒険にも出ず、食堂でのんびりしているとエステルさんから声をかけられた。


「最近、持ち帰りパンの売り上げが良いことはアスカも知ってるでしょう?」


「ええ。食事時以外でも天気のいい日は列になってたりしますよね」


 お陰で孤児院の子を一人追加で雇うことになって、教育係に任命されたエレンちゃんがしんどいとぼやいていた。


「それを見た他の店舗も同じようにパンを売り出してるみたいなの。今のところパン自体の味も柔らかさも違うから、うち的にはそこまで脅威じゃないんだけど、人も増やしたしこの辺でもう少し売り上げを伸ばすのに新商品を開発したいのよ」


「ひょっとして私にも何かアイデアが欲しいとかですか?」


「そうなの! 私もライギルさんも考えてるんだけど、どうしてもお昼のメニューを流用すればとか、そういう形になっちゃうのよ」


「へぇ~、意外ですね。お二人ならもっと積極的にメニューを考えるのかと思いましたけど……」


 料理バ……料理熱心な二人が予算より流用の方向で調整するなんて。


「あっ、それはね。おねえちゃん」


 私とエステルさんが話をしているとエレンちゃんが話に割って入ってきた。


「うん」


「二人ったら本当に美味しいだけのパンを考えてお母さんに怒られたんだよ。一つ大銅貨一枚もするものなんて考える時間が無駄だって!」


「エ、エレンそれは言わないでよ……」


「しかも、その日のメイン食材を使ったから、さらに怒られてたんだよ!」


 ニシシと姉の失敗を面白がるように話すエレンちゃん。そっかぁ、こだわりをすでに出しちゃってたかぁ。


「それで、二人とも新しく考えたんだけど、お母さんに怒られたのがよっぽど効いたのか、今度はお昼のメニューと被るものばっかり出すようになっちゃって」


「それだと、持ち帰る必要ないよね」


 こっちにはコンビニもなければ、保存に優れたプラスチック製品もないので、仕事をしている人のお昼は店で食べるのが普通だ。交代で取ることも珍しく、大体は一斉に店へ行く。

 当然、出てくる料理は出来立てなので、わざわざ作り置きの物を買って持ち帰る人はいないだろう。それでも買ってくれるのはおやつ代わりとかそういう需要があるからなのだ。


「そうそう。お昼に食べたものを冷めた状態でまた食べる人はいません! って昨日も言われちゃっててさ。いや~、わたしも新人の教育がなければ協力したいのはやまやまなんだけどね~」


 何てちょっと意地悪そうに言うエレンちゃん。さてはただでさえ忙しい宿の仕事に新人教育が追加されて密かに怒ってるな。前に人が増えた時は『これでちょっとは楽になるよ~』って喜んで教えてたけど、それがひと段落ついてすぐの新人教育になっちゃったからな~。


「それで、何か案はないかしら?」


「う~ん。案と言われてもですね。ちなみに、お二人が出した案はどんなものだったんですか?」


 私はアイデアが被らないよう今まで出た案をエステルさんに確認する。


「前に出したのはロールカツパンだったわね」


「えっ⁉ 大変じゃないですか?」


 カツサンドは現在、商品化に成功している。ソースを店で出すものとは少し変えているし、食感も少し違うので差別化が出来ているのだ。しかし、ロールカツとなると事情が変わる。中に巻く具が変わると買う人も変わるし、巻くのも手間なのだ。

 それに揚げる時間も長くて、具を巻いて揚げたら後は開いてないかチェックして……と工程が多いからパンに挟む具には向いていない。


「そうなのよ。揚げてる最中も目が離せないから困るのよね。それに、巻く食材も難しいでしょ? それで何か案をもらえたらなって」


「ふ~む、事情は分かりました。ちょっと考えてみますね」


 エステルさんから改めて話をされた私はパンのアイデアを考える。


「おねえちゃん、はい」


「あっ、ありがとう」


 私が考えているとエレンちゃんがジュースを持って来てくれた。ちゃっかり自分の分も用意しているのはさすがだ。。


「どう、何か思いつきそう?」


「案はあるんですけど、材料費が……」


 私がすぐに思いついたのは菓子パンだ。塩はアルバの南から塩水を引いてる関係でそれなりに買える値段だけど、砂糖が高いんだよね。ちょっと小さめのメロンパンでも売ろうと思ったら大銅貨一枚はしてしまう。オークステーキの定食が同じぐらいの価格帯だから、絶対売れないだろう。


「ハンバーガーもだめだしなぁ」


 味がどうこうというよりも、電子レンジもないのに冷めた状態で提供するのが駄目だろう。ひき肉の文化もあまりないからビーフパティを作るのも難しい。端肉だってそのまま焼けるからわざわざ潰さないからなぁ。


「潰す……潰すかぁ」


「ア、アスカ、何を言ってるの!?」


「ん? どうしたんですか、エステルさん」


 何故か私の発言にビクッとするエステルさん。私、何か言ったかな?


「おねえちゃん、何か名案でも浮かんだの?」


「名案かは分からないけど、一応ね。エステルさん、圧力鍋ってよく使います?」


「ん~、それなりかしらね。オーク肉の硬い部分を煮込む時に使うのがほとんどだから、使わない日もそれなりにあるわ」


「じゃあ、こういうのはどうでしょうか……」


 私はエステルさんの耳元で思いついた案を話す。


「なるほど! それは試してみる価値はあるわね。手間も省けるし」


「味の方はお任せしますから一度やってみて下さいね」


「ありがとう、アスカ」


「いえいえ、私も食べてみたかったんですよ」


 一つだけとはいえ、無事に新しいパンのアイデアを出した私は、満足してジュースを飲み干すと部屋へ戻る。そして、次の日のお昼に食堂へ行ってみると……。



「あっ、おねえちゃん! 席で待っててね。直ぐに行くから!」


「う、うん」


 いつも以上にバタバタしているエレンちゃんに言われ、奥の方の席に座る。少しすると厨房からエステルさんがパンを運んでくるのが見えた。


「あっ、新しいやつはどうですか?」


「アスカ⁉ ご、ごめん、今忙しいの。後でね!」


 そう言うと、孤児院の子にパンを押し付けるように渡して、すぐに厨房へ戻るエステルさん。店内を見回すと、食べ終わった人からどんどんパンの方の列へ並んでいるようだ。


「うわっ! あれは大変そう」


 パンの並びを見るとパン以外を買っている人もいるようだ。


「あっ、結局あれも作ったんだ。まあ、美味しいとは思うけど……」


 私がエステルさんに提案したのはアルバの西にあるアルバ湖で獲れる魚を使ったレシピだ。トウイと呼ばれるその魚は結構大型化するので、人気もそこそこなんだけど大きいゆえに食べきるのも大変だ。

 店でも小骨があるので積極的に買われないこの魚なら安くて量もあるから、新しいメニューにできると思ったのだ。


「お待たせ。おねえちゃん。今日は魚にする?」


「ん~、あれ食べたいからお肉でいいかな?」


「分かった。でも、すごい人気だね。仕入れ間に合うかな?」


「やっぱり今日の仕入れは少なめにしてるの?」


「まあ、一度売ってみないと分からないからね~。それにしても二人とも昨日の今日でよく作ったと思うよ」


「あはは、そうだね」


「えっと、トウイ揚げ銅貨三枚です」


「それと、カツパンもくれ」


「そっちは……銅貨五枚です」


「じゃあ、大銅貨でいいや」


「おつり、銅貨二枚になります」


「ありがとな!」


「ありがとうございました」


 孤児院の子たちも頑張っているけど、普通のパンを買いに来た人とトウイを使った料理を買う人とで大変そうだ。


「圧力鍋で煮込んでるから骨ごと食べられて手間もいらないし、その後で身をほぐして衣を付けて揚げるアイデアも上手く行ったみたいでよかった~」


「お陰でこっちは大忙しだよ。おねえちゃんもアイデアはほどほどにしてよね」


「は~い」


 私はエレンちゃんにそう返事を返したものの、美味しい料理のために今後も定期的にアイデアを出していこうと密かに思ったのだった。




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