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ワインツ村の依頼

このSS内のアスカはちょっと経済観念や冒険者としての考えが大人びています。ご了承ください

「はぁ~、今日も雨かぁ~。せっかくのお休みの日なのになぁ~」


 アルトレインでは雨の日になると多くの商店がお休みだ。さすがに冒険者向けの店や食料品店は開くものの、閉まっている店が多いので人通りも少なくなる。かくいう私も今日は出かけるのをやめて宿の食堂でゴロゴロしている。


「おねえちゃん、今日は街に行かないの?」


「エレンちゃん。うん、雨降ってるしね。せっかく、冒険も細工もお休みだったのになぁ」


「そっかぁ。まあ、次があるよ」


「でも、もう五月でしょ? 来月には町を出るから行きたかったのに……」


 そう、今は旅に出る準備もしているのだ。このアルバに来てもうすぐ二年。時が経つのは早いもので出発が迫っている私にとって一日一日が貴重な時間なのだ。


「しょうがないよ。お天気はどうしようもないもん」


「そうだよね」


「あっ、いらっしゃいませ~! あれ、ロビンさん?」


「あっ、エレンちゃん。こんにちは」


 どうやら、宿にロビン君が来たみたいだ。でもおかしいな? 宿は昼まで特に何もないし、宿泊なのかな?


「今日は一体どうしたんですか?」


「あ、うん。ちょっとね。ジュース貰える?」


「分かりました。直ぐに持ってきますね~」


 エレンちゃんはささ~っとジュースを入れに元気よく奥へ戻っていく。反対にロビン君は席に着くと「はぁ~」っとため息をついた。珍しいなぁ、私に気づかないなんて。


「お待たせしました~。あれ?」


「どうかしたの?」


「おねえちゃんの横に座らなくていいの?」


「えっ⁉ ア、アスカさん……」


「こんにちは、ロビン君。悩み事?」


「あ、えっと……今時間いいですか?」


「うん。今日は雨だし、暇だよ」


「じゃあ、ちょっとだけ」


「それじゃあ、ちょっと待っててね。おねえちゃんの分も持ってくるから」


「ありがとう」


 そして戻ってきたエレンちゃんのお盆には二つのジュースが。


「一つ多いんじゃ……」


「面白そうだからわたしも聞こうと思って」


「ロビン君。エレンちゃんが聞いても大丈夫なの?」


「あっ、大丈夫です」


「さあ、ロビンさん。話を聞かせて~♪」


「なんだか、エレンちゃんの方が興味ありそう……」


「まあ、たまのスパイスだよ。宿も今日は人が少ないだろうし」


「それもそっか」


 ロビン君の許可も出たので三人でテーブルを囲み話を聞く。


「悩みというのは村の事なんです」


「ワインツ村に何かあったの?」


「村からは離れているんですけど、最近狩場で大きいオークを見たっていう人がいるんです。それで話を詳しく聞いたらどうやらトロールらしくて」


「とろ~る?」


「ん~、エレンちゃんにもわかりやすく言うと、オークをもっと大きくした感じの緑っぽい肌を持つ魔物だよ。力持ちで再生能力が高いんだ」


「へぇ~、そんな魔物もいるんだね」


「うん。それでトロールを倒すのに村の狩人だけだと危ないから依頼を出したんだけど……」


「ひょっとして冒険者が依頼を受けてくれないの?」


「はい。もう依頼を出して三日になるんですが誰も……」


「ふ~ん。珍しい魔物なら討伐依頼も受けると思うんだけどなぁ」


「エレンちゃんは誤解してるみたいだけど、珍しい魔物でもレアな素材が取れないなら人気ないよ。ほら、うちにいるサンダーバードだって冒険者の人でも見たことないって人がほとんどでしょ? 武器や防具の材料にもならないから」


「そういえばそうだね」


「ロビン君。ちょっと依頼がどんなのか見てもいい?」


「いいですよ。ちょうど控えも持ってますから」


 ガサゴソとロビン君はリュックから依頼票の控えを取り出した。


「ええっと、なになに……」


 トロールの討伐依頼

 内容:ワインツ村奥のトロールの討伐及び道中の魔物討伐

 報酬:銀貨五枚

 その他注意事項など

 今後のトロール討伐参考のため、村の狩人を三名ほど同行させます。また、道中狩った魔物についてはウルフを大銅貨六枚、オークは大銅貨八枚にて買い上げます。


「えっ、なにこれ?」


「どうですか、アスカさん。もう少ししたら誰か受けてくれそうですか?」


「ロビン君。言いにくいけど、これ絶対受けてもらえないよ」


 私は依頼内容を見て反応がないことに合点がいった。村の方でも少しは報酬について調べたんだろうけど、この内容だとね。


「ど、どうしてですか? トロールの討伐報酬は銀貨三枚ぐらいからって聞いて、村長が出した依頼なんですけど……」


「ん~~~~。トロールって倒せる人からしたら倒せるけど、ワインツ村の人とか難しい人にはとことん難しい魔物なんだよね。だから安いと人は来ないの。それは分かるよね?」


「はい。それで、ちょっと高めの銀貨五枚にしてるんですけど……」


「その下のウルフとオークの買い上げってあるけど、この二体の魔物の素材をギルドに売ったらどれぐらいになるかも分かるよね?」


「えっと、買い上げの金額と同じぐらいだと思いますけど……」


 どうやらワインツ村の人たちには最近の相場の変動も知られていないようだ。


「オークは最近値上がってるし、ウルフは毛皮の状態次第だけど、牙と合わせればこの金額以上になるよ。いくらお金に疎い私でも知ってるぐらいだから、他のパーティーなら渡したくないと思う。しかも、この書き方だと強制なのか任意なのか分からないから余計にね」


「それじゃあ、この文言を外せば……」


「ううん。一番困るのがこの〝狩人を三名ほど同行させる〟っていうところなの」


「ええっ⁉ 魔物を倒すのには人数が多い方がいいんじゃないの?」


 私の言葉にエレンちゃんも疑問を持ったようで、質問してきた。普通はそうなんだけどね。


「エレンちゃんの言う通りなんだけど、私は狩人の人を何人か知ってるけど、他の冒険者は知らないでしょ? 実力が分からない人と一緒に戦って、もしトロールの攻撃が当たったら……」


「当たったら?」


「トロールって体格がいいからオーガより厄介だよ。骨が折れるどころじゃないと思う」


「そ、そうなんだ……」


 はははと乾いた声を漏らすエレンちゃん。トロールって主武器はこん棒だけど、他にもその辺の木を折って振り回したりするから、武器がなくなることがなくて、特に後衛は危険なんだよね。


「それに私も最近になって低ランクの試験官をしたから分かるんだけど、妙な自信を持ってる人もいるんだよね。自分の鍛え上げた身体なら絶対魔物にも負けないとか。たしか、ガデムさんって言ったかな?」


 ※episode411参照


 あの人は本当に困ったなぁ。鎧も着ないで筋肉で攻撃を受けるんだもん。受けきれてなかったけど。


「だから、狩人を連れて行くって文章を見れば、変な動きをされるかもしれないから、誰も来ないと思うよ」


「僕ともう一人だけでもですか?」


「もう一人?」


「ほら、祭りの時に矢を射ったバトゥって子ですよ」


「ああ、あの大きい人だね。う~ん、それならいいかなぁ?」


「おねえちゃん、依頼を受けにワインツ村に行くの?」


「そうしようかな? もうすぐ旅に出るのに、心配事は残しておきたくないしね」


「じゃあ……」


「でも、依頼内容はちょっと見直してね。さすがにこのままじゃ駄目だよ」


 依頼額が低いまま受けちゃうと、ワインツ村に今度何かあってもこの値段で出しちゃうしね。


「分かった。村長さんにも頼んでみるよ。ジャネットさんも呼ぶの?」


「ううん。今はリュートと一緒に王都へ行ってるの。装備とかも今のうちに揃えておきたいんだって」


「じゃあ、アスカさんがひとりで?」


 心配そうにこちらを見つめるロビン君。だけど、心配ご無用!


「うん! でも、安心して。トロールは前にも言ったけど倒したことあるからね!」


「なら、一緒に宿へ行ってくれますか? 他にも二人、村から来ていて返事を待ってるんです」


「そうなんだ。それじゃあ、カッパだけ持ってくるね」


「カッパ?」


「うん。リザードの皮を薄く延ばして作ったの。雨避けになるんだよ」


「よくわからないけど、ここで待ってます」


「それじゃ、直ぐに用意してくるね」


 私は冒険者装備一式に着替えるため部屋に戻った。



「ねぇ、ロビンさん。よかったね?」


「な、なにが?」


「おねえちゃんと一緒に依頼を受けられて」


「た、ただの仲間としてだよ」


「それでも、結構気にしてるんじゃないかなぁ。誰にでも優しいように見えて、厳しいところは厳しいから」


「そうなんだ?」


「うん。細工とかも価格にはこだわってるし、相手が買取金額を上げても贔屓しないしね」


「お待たせ~!」


「アスカさん」


「どうしたの、ロビン君?」


「何でもないです。それじゃあ、宿に行きましょうか?」


「うん!」


 こうしてロビン君が滞在している宿に着いた私たちは、この金額と内容では受ける冒険者がいないことを説明する。


「でも、それならどうやったら……」


「依頼料を倍にするのと、同行者は村の冒険者って書いておくんです。ランクも書いてあれば依頼を受ける冒険者も無闇に警戒することはないと思います」


「しかしなぁ。金貨一枚を村から出すとなると……」


「今まで獲った獲物の収入をかなり当てないといけないから、揉めるだろうな」


「じゃあこうしましょう! 私が依頼を受けるので依頼料だけ五割増しにしてもらえませんか? それなら、交渉の余地があると思うんです」


「確かにアスカちゃんなら村のみんなも腕は知ってるし、祭りの時のこともあるからな」


「来てもらってもいいかい?」


「はい。今日は暇ですから村へ行くぐらいは平気ですよ」


 こうしてワインツ村の人たちには宿を引き払ってもらって、私は一応ギルドへ行き依頼について話をする。



「アスカちゃん、今日はどうしたの? 雨の日に珍しいわね。後ろの方は?」


「ワインツ村の人です。出してる依頼についてちょっと……」


「ああ、あの依頼ね。三か月ぐらいは残りそうだけど」


「そ、そんなに!」


「だって、条件が厳しいですもの。受付からも話がありませんでしたか?」


「確かに時間がかかるかもとは言われたが……」


 どうやらたまにしか依頼を出さないワインツ村の人たちと、よく依頼をさばく受付の人の間で認識に違いがあったみたいだ。依頼を出すっていうのも大変なんだなぁ。


「う~ん。村の人はあまり依頼を出さないから分からなかったのかしら。そう言われたら月単位で残るのよ。依頼を出してまだ時間が経っていないから気づけて良かったですね」


「その依頼を仮で受けることってできますか? 受けようとは思うんですけど、報酬面の折り合いを付けたくて」


「う~ん、別に構わないけれど、相当安い依頼よこれ?」


「そ、相場からは離れてないはずなんだが……」


「ワインツ村はその先に町もありませんからね。往復の日数や一回で森に行って発見できないリスクを考えるとトロールを倒せるパーティーは中々受けてくれません」


「宿の滞在費をただにするって言うのはどうですか?」


「それは構いませんが、滞在だけが目当てのパーティーが居座ってもギルドは責任を持ちませんよ。東側に行けないパーティーがトロールを倒さず、狩人が倒す魔物を狩るだけで終わる可能性もあります」


「そんな!」


 あ~、そういう可能性もあるんだ。まあ、トロールを倒すのって実際難しいし、意図せずそうなることもありそうだなぁ。


「まあ、アスカちゃんが行くのであれば問題ないでしょう。ですが、それでもついて行く狩人の人はそれなりの人でないと危険です」


「それはこちらも考えています」


 狩人の人が私と話し合った内容を伝える。


「なら、仮受注をしておきます。ギルドとしても依頼の消化率は高い方がいいですから。でも、アスカちゃん」


「はい」


「旅に出てもあまりこういう依頼は受けないように。ワインツ村は知り合いもいるけれど、そうでないところで受けてもいいことはないもの」


「気を付けます」


 なるべく。という言葉を飲み込みながら仮受注をしてワインツ村へと向かう。まだ雨は降り続いているので私はカッパを着て、ロビン君や村の人はフード付きのマントを羽織っている。とはいえ、雨足に対して上半身しか守れていない。


「ロビン君、そんなマントだけで冷たくないの?」


「他の物は考えたことがないです。それにこれ以上大きいものは狩りには向かないですから」


「そっか、普段から狩りをするために慣らしてるんだね」


「はい。雨や雨上がりに狩りに行きたいとは思いませんけど、村の事情もあるのでそういうことは言えませんし」


「全く、ロビンは偉いよなぁ。バトゥの奴なんて『雨は狙いを乱す』なんて言って、狩りに来ない日もあるのによ」


「それっていいんですか? 何人かでまとまって狩りに行くんですよね?」


 確かに私も今日は雨だから外に出ないって決めたけど、お仕事だったらやらないといけないんじゃ……。


「そりゃあ、よくはないさ。でも、あいつは今年の弓番を務めたしなぁ。俺たちよりも体格もいいし、そんなに強く言えないのさ」


「バトゥももう少し協力的ならいいんですけどね……」


「ロビン君も同年代として大変だね」


「でも、楽しいって言うと変ですけど、苦ではないんです。今までは家のことも弓のことも我慢してましたけど、狩りに行けるようになって道具も良くなりましたし」


「そうだよなぁ。キッツの作る矢は今までのより良いもんな。あいつ、弓の腕は悪いがあんな才能があるなんてな」


「キッツ?」


 聞きなれない名前だ。ワインツ村の人なのかな?


「祭りの時に話していた手先が器用な子です。最近までずっと矢を作っていたんですけど、今は弓作りにも挑戦しているんですよ」


「そう言えば、そんなことも言ってたね。弓作りに挑戦できるところまで来たんだね」


「あいつが弓も作れるようになれば、しばらくは村も安泰だな。やっぱり町に行って弓も矢も買うのは高いよ」


「まあ、武器屋の人もそんなに儲かる仕事じゃないですからね」


 ケインさんも私が大量に矢の買い付けに来ると、微妙な顔をするもんね。


「そうだよなぁ。ちまちました仕事なのに運が悪いと一回でお釈迦だもんな」


「おっ! 看板が見えて来たぞ」


「話していると早いですね。もうアルバ湖を越えてたんですね」


「でも、こっからも距離があるから気を付けてくれよ」


「何度か通ったことがあるので大丈夫です」


 少し歩いたらその都度、探知魔法を使うしね。今のところは何もなさそうだけど。



「おっ! 町に行った奴らが帰って来たぞ?」


「結構かかったな。あれ? 一人多いぞ」


「あれは……アスカちゃんじゃない?」


「ヘレンさん! お久しぶりです」


「久しぶりね。今日はどうしたの?」


「一応、村の依頼を受けに来たんです。ちょっと、お願いもあるんですけど」


「そうなの? ごめんなさい、またお世話になるみたいで。今日は泊まるでしょう? うちにいらっしゃい」


「いいんですか?」


「もちろんよ! 早速準備をしてくるわね」


「はい」


 ヘレンさんと挨拶を交わしている間に、村の人は村長さんの家に連絡に行ってくれた。そして、話をするためにみんなで村長さんの家に来たのだけど……。


「何とか銀貨五枚で受けてもらえないだろうか?」


「いえ、それはさっき説明しましたけど、さすがに条件とかみ合わなくてですね」


「じゃが、依頼は一人で受けられるんじゃろう?」


「うう~ん、逆にこれが四人パーティーだと滞在費を入れたら一人銀貨一枚の依頼なんですよ。それだと、今後何かあった時に誰も受けなくなりますよ?」


「村長。アスカちゃんの言う通りだ。俺たちは金なんてあんまり使うことがないが、町じゃ金しか使えないんだぜ? 銀貨一枚なんて三日宿に泊まれるかどうかだ。あんな強い魔物を相手にするには安すぎる」


 この狩人の人は実際にトロールと出遭ったみたいで、頑張って村長さんの説得に協力してくれた。


「それに、俺たちじゃ結局トロールは倒せないんだ。それはどうするんだ? ギルドの受付の言った通り、三か月でも四か月でも待つのか? そのうちに狩人が怪我をするぞ」


「むぅ、しょうがないのぅ。村のみんなにはわしから説明するか。じゃが、何度も払えはせんぞ。まだまだ村の状況は良くないんじゃ」


「僕も頑張ります。だから、お願いします。村長さん」


「ロビンか……必ずこの討伐中に倒し方を学んでくれ。もう一人は誰にするか」


「バトゥを連れていけませんか? 僕もバトゥもまだまだ若いです。これから先、教えることができるなら村も安泰ですよね?」


「ふむ、そうじゃな。バトゥにはわしから言っておこう」


「ありがとうございます!」


「いや、デレクのせがれは頼もしくなったのぅ」


「これもアスカさんのお陰です。弓にも自信が持てるようになりました!」


「意見を聞いてもらって、ありがとうございます」


 私もロビン君に続いて村長さんにお礼を言い、その場を後にする。



「うう~ん、ちょっと言いすぎちゃったかな?」


 村長さんの家を出るとちょっと反省する。いくら村のことになるとはいえ、一冒険者としては出過ぎたかもしれない。


「大丈夫ですよ。村長さんは村の税金とかも一手に引き受けているので、譲りたくなかったんでしょう。その辺りは僕らには分からないので悪いとは思ってます」


「でも、今回は俺たちもアスカちゃんの味方だから心配すんなよ」


「そうそう。射撃場もできたし、ロビンを始め子どもたちに弓を教えてくれた恩人だからな。これで村に招いてタダ働きのような報酬じゃ、かみさんにも怒られちまうぜ」


「だから、明日からの討伐頼んだぜ。俺たちは普段の狩りがあるからな」


「あっ、狩りは普通にするんですね」


 てっきり、その間は狩りをお休みするのかと勝手に考えていたけど、生活が懸かってるからやめられないよね。


「まあ、直ぐにトロールの奴が見つかるか分からないからな。でも、アスカちゃんたちの邪魔にならないように村の近くだけだ。俺たちが鉢合わせしてもどうにもならないからな」


「デレクさんも昔に戦ったらしいが、ずいぶん苦労したと言ってたし厄介だよなぁ」


「おとうさ~ん!」


「おっと、娘が迎えに来たみたいだな。それじゃあ、よろしく頼むな!」


「はいっ!」


 村の人たちと別れて、私たちはロビン君の家へと向かう。


「ただいま~」


「おっ、帰ってきたか。依頼、受けてもらえたんだってな」


「うん。ただ……」


「こんにちは、デレクさん」


「アスカちゃん⁉」


「お父さん、私の話聞いてなかったの? 依頼を受けてくれたのはアスカちゃんだって言ったじゃない!」


「いや、あの依頼が通ったことに驚いていてな……」


「やっぱり父さんも難しいって思ってたんだ」


「昔一度戦ったことがあったからな。その時もかなり苦労したんだ。いくら冒険者っていってもそう簡単な相手じゃないだろうから、あの額だとな」


「アスカさんはそれより狩人を連れて行くのが大変だって」


「ん? まあ連携も取れないだろうしな。狩人だって五人で一チームだろう? あれを十人に増やして狩りの効率が上がると思うか?」


「ううん」


「得意な武器も実力もバラバラになるだけだろうからな。しかし、そんな条件まで追加していたのか……」


「あれ? 知らなかったんですか?」


 意外だ。デレクさんは引退したとはいえ、腕のいい狩人だし、今は罠使いとしてもいい腕なのに。


「ああ。聞いてたのは冒険者に倒してもらうってことぐらいだ。後は依頼料だけだな」


「さっき村長さんが村の人には説明したって言ってたから、もっと丁寧に説明してるかと思いました」


「説明してもなぁ。俺たち元狩人ならともかく、女たちには分からんだろうからな。俺も狩人を辞めるまでは野菜を作るのがこんなに難しいと思わなかったしな」


「そうそう。デレクったら、辞めてすぐはこんなの俺に任せろって息巻いてたのよね」


「パネトーネ! そういう恥ずかしいことをお客さんに聞かせるな」


「あら? 別にいいでしょ。知らない相手じゃないのよ」


「だからだろう。全く……」


「みんな~、ご飯できたわよ~!」


 その時、ヘレンさんから食事ができたと声がかかった。


「分かった。すぐ行く」


 私たちはキッチンに向かい料理を持ってくる。


「それじゃあ、トロール討伐の前祝いと、アスカちゃんの来訪を記念して……カンパーイ!」


「「「かんぱ~い!」」」


「か、かんぱ~い」


 みんなの声に少し遅れて私は小声でつぶやく。だって、ただ依頼を受けに来ただけなのにここまで歓迎されて恥ずかしいんだもん。


「さあさあ、急でちゃんとしたものは用意できなかったけど、どうぞ召し上がれ!」


「ありがとうございます」


 あ~んと口に料理を運ぶ。


「美味しいです!」


「良かったわ。これはロビンが獲ってきた獲物なのよ」


「ロビン君が?」


「は、はい。ちょっと、恥ずかしいですけど……」


「恥ずかしがらなくてもいいよ! デビューした後もちゃんとやれてるんだね」


「まあ、相手はボアとか出てもオークまでですし。アスカさんみたいに強い魔物とは戦いませんから」


「そんなことないよ! 私の方が相手は強いかもしれないけど、こうやってロビン君は立派に家計を支えてるんだもん!」


「そうだぞ。俺の時は狩人デビューして数か月は獲物といえば、ホーンラビットや小型のボアぐらいだった。それも今にして思えば、大人たちが用意してくれたような気がするぐらいのな」


「父さんが?」


 ロビン君は意外そうな顔をしている。どうやら、あまり弓を使って狩りをしていたころのデレクさんの話は聞いたことがないみたいだ。


「そうよ。私のお父さんも言ってたけど、お父さんったら腕は悪くないんだけど、緊張するのか初撃をよく外すって言ってたもの。何頭か仕留めてからは頭角を現したけどね」


「そ、そうだったんだ。初めてそんなこと聞いたかも」


「まあ、お前が物心ついて弓に興味を持つぐらいになる頃には俺はもう怪我をしていたからな。手本も見せられないのに過去のことを言ってもしょうがないからな」


「そんなことないと思いますよ。お父さんが立派に狩人として仕事をしてたって聞いたらロビン君も喜んだと思います」


「そうだったらいいんだがな。でも、こんなに立派になるとはなぁ」


 エールを飲みながらデレクさんがしみじみと呟く。


「師匠がいいんですよ。アスカさんの教え方って上手いですから!」


「そう? でも、私はあんまり教えた経験ないから、どうなのかなぁ?」


「少なくとも僕には分かりやすかったです。スキルも身に付きましたし」


「あれはロビン君の才能だよ。私は弓系のスキルって弓術以外ないしね」


「でも、あのお祭りの時に見たアスカちゃんの腕にはびっくりしたわ! あんなに連続で矢を正確に射るのは中々できないもの」


「ありがとうございます」


「それで、明日は早速トロール捜索なんだろう? 朝は早いのか?」


「う~ん。バトゥも一緒だから少し遅いかな?」


「大体どのくらいなの?」


「八時ぐらいですね」


「あれ? 案外遅いんだね。夜明けぐらいにはいつも出てるのかと思った」


 冒険者だって依頼を受ける日はそれぐらいの人もザラにいるんだけどな。


「狩りは目が命なので日が昇る前からはあまり動かないんです。罠を自分たちで踏み抜く可能性もありますから」


「言われてみればそうかも」


 暗闇の中だと私も狙いは付けられないしね。


「それに、狩人は狩場が近いからな。冒険者は拠点から移動だろう? 我々は滞在費もかからないから自分たちで時間は調整できるんだ」


「なるほど!」


「さあさ、お話もいいけれど食事も済ませなさいな。休養はたっぷり取らなきゃ」


「そうだな。母さんの言う通りだ」


「そうね。アスカちゃん、今日はうちにそのまま泊まっていいからね」


「部屋は大丈夫なんですか?」


「ええ。私の部屋に折り畳み式のベッドもあるから。勿論、アスカちゃんには私の使ってる方を使ってもらうわ」


「わ、悪いですよ」


「いいえ。アスカちゃんはうちの村に来たお客様だもの」


 ヘレンさんに言われるがまま、食後はお風呂に入ってヘレンさんのベッドに横たわることに。


「あっ、ふかふかですね」


 ベッドに寝てみて意外な感触に驚く。村だしてっきり、もっと硬いのかと思ってた。


「最近はロビンが仕留める獲物も増えたからね。町の方で良いマットを買ったの。さあ、まだ時間があるから一度リビングへ戻りましょうか」


 寝るまで少し時間があるのでもう一度リビングへと向かう。


「さっきのマットもそうですけど、狩人がいるといないとでは同じ村でも違うんですね」


「まあ、どうしてもね。村の生命線だし。食料の確保ということもそうだけど、いざとなったら村を守ってくれるもの」


「村の衛兵さんも入り口に一人、二人ぐらいですもんね」


「それも素人に毛が生えた程度だからな。まあ最近は狩人の質も上がってきたし、「交代で立たせては?」という意見もあるが」


「でも、そうなると今度はまた狩人に負担が行くのよねぇ。ロビンは大丈夫でしょうけど、せっかくみんなの負担が減ったところに今度は見張りまでって言うのはね……」


「冒険者に来てもらって教えてもらうのは難しいですかね?」


「予算の問題があるから難しいな。それなら引退した人に住んでもらう方が楽だ。その後はお互い苦労するだろうが」


 簡単にワインツ村の問題は解決しないみたいだ。ただ、食糧問題が片付いたことは前進だと思うけど。


「そうね。ロビンも一度、アルバで絡まれそうになったことがあるって言ってたし、ただでさえ今の世代の狩人は若いものね」


「ロビン君が⁉ そんなこと聞いたことないけどなぁ」


 私はちらっとロビン君の方を見る。


「まあ、僕もまだ十五歳ですし……。アスカさんみたいに依頼を頻繁に受けることもないので、しょうがないですよ。装備もアスカさんに貰った弓だけ立派ですし」


「うう~ん。でも、気になるから今度ホルンさんに言っておくね。素行不良は駄目だもんね!」


 こんないい子を狙うなんて許せないし。今度ホルンさん以外にも何人か声をかけてみよう。


「それより本当に休んだ方がいいんじゃない? 明日は本番なんだから」


「そうですね。それじゃあ、私はこの辺で……」


「アスカちゃん、こっちにいらっしゃい」


「は~い」


 私はヘレンさんの後について行き部屋に入る。


「明日は頑張ってね!」


「はい。きっと倒して見せます!」


「それじゃあ、おやすみなさい」


「おやすみなさい」


 ヘレンさんにおやすみの挨拶をすると、私は布団をかぶる。今日は久し振りに歩いたし、私はベッドへ入ると直ぐに寝息を立てた。



「アスカちゃ~ん!」


「ふわぁ~い」


「あら? 寝起きが悪いのは変わらないのね」


「いつかよくなりますよ。もう朝ですか?」


「ええ。今は七時ぐらいかしら?」


「それじゃあ、ゆっくり用意しますね」


 私は顔を洗って簡単に身だしなみを整えると、食事を取るためにリビングに向かう。


「おはようアスカさん」


「おはよう、ロビン君は早いね」


「僕、朝起きるのは得意なんですよ。大体いつも五時ぐらいには起きてます」


「でも、狩りは八時からでしょ? その時間は何してるの?」


「ん~、最近は本を読んでます。前は瞑想とか矢を作ったりしてました」


「あっ、そういえば前は手作りの矢だったね。苦労してたんだね」


「前は狩りに出てませんでしたから苦労といっても気楽でした」


「そっか。ところで今は何を読んでるの?」


「『食用キノコのすゝめ』をこの前まで読んでました。今は弓関連と投擲関係の本ですね」


「ちゃんと、投擲関係の本も買ったんだね。進捗はどう?」


「それがあんまり。弓はずっとやっていたんですけど、投げるとなると勝手が違うんです。投げ方も色々あって迷うし……」


「う~ん、そっか。それなら左胸に三本ぐらい入れておいて、それを投げる練習だけしたら?」


「左胸ですか?」


「うん。だって、右利きだから姿勢はこうなるでしょ? そしたらナイフを入れられるのはそこぐらいだよね。だったら、そこから抜き取って投げる練習だけにしたらどうかな?」


 私は思いついたことをロビン君に話してみる。これは実際にフィアルさんも似たようなことをやっていた。


「そうしようかな。でも、それだと威力がなさそうですね」


「いいんじゃない? 相手に当たるかもって思わせられればいいんだし。隙を作るか間合いを取るのに使うぐらいでしょ?」


「言われてみるとそうですね。今度試してみます」


「頑張ってね!」


「はいっ」


 話ながら朝食を終えた私たちはバトゥというもう一人の同行者を待つため村の西側で待機だ。


「おぅ、ロビン! お前と組むのは久し振りだな」


「ああ、バトゥ。よろしくね」


「それでそっちの……ん? 本当にそいつが村長の言ってた冒険者なのか?」


「紹介するね。今回の狩りに協力してくれる、アスカさんだよ。バトゥが祭りの時に射ったボアを連れてきたのも彼女なんだよ」


「よろしくお願いします」


「ああ、よろしく。よく見りゃ、あん時にロビンと弓の勝負をした人だな。なら安心だ」


 バトゥさんと握手を交わして早速、軽い打ち合わせだ。


「私は探知魔法が使えますから二人は必ず後ろにいてください。ロビン君は木の上にいられるならそっちで。バトゥさんは目立っちゃうから私の後ろでお願いします」


「俺も木の上ぐらい昇れるが?」


 バトゥさんは背丈も高いけど、身体能力も高いみたいで提案してきてくれた。


「ああ、ええと。それでもバトゥさんは大きいから見えちゃうんです。今度誰かを登らせて下から見るといいですよ。ウルフとかは人間より視線が低いから特に気づかれやすいんです」


「そういうことか。今まで遠くから一矢で仕留めていたから気づかなかった」


「腕がいいんですね」


「弓も大きいからな。一直線に進むんだぜ!」


「頼もしいです。それじゃあ、行きましょう!」


 私たちは打ち合わせ通りに陣形を組んで森へと歩みを進める。



「それにしてもあんた軽装だな。狩人でもあるまいに」


「まあ、いざとなったらバリアを張れるし、動きにくいから」


 バトゥをさん付けで呼んでいたら森に入って直ぐ、年も近いのに気持ち悪いからため口でと言われ今はこうして気さくに話している。


「それなら安心だ。それにしてもロビンがなあ」


「なんだよ、バトゥ」


「い~や!」


 さっきから雑談交じりに歩いているけど、二人の仲はいいみたい。どちらも腕がいいからライバルみたいな感じだと思ってたけど、互いに腕を認めているみたいだ。



 しばらく歩いているとセンサーに反応があった。これは二人に知らせておかないと。


「あっ、魔物みたい」


「どこですか、アスカさん?」


「ん~、北側の奥だね。この反応だとオークかな?」


 歩き出してから三十分ほどで、少し離れたところに魔物の気配を感じた。


「オークなら倒すべきだな。任せていいのか?」


「うん。ちょっとだけ待っててね」


 私は空を飛び、オークのいる場所を確認する。


「あそこか、えいっ!」


 弓を引くとそのまま矢を射る。今日は風が弱くて助かった。私の放った矢はトスッとオークの額に刺さり、とどめを刺した。


「終わったよ。回収しに行こっか」


「も、もうか?」


「うん。場所が分かった時、運よく少し開けたところにいたから」


「……いつもこんな調子なのか?」


「僕も同行はしないから分からないけど多分」


「やっぱり、町の冒険者はすごいんだな」


「これぐらいなら二人ともできるようになるよ!」


褒められるのは嬉しいけど、私はまだCランクだし弓を使ってまだ二年経たないぐらいだ。上には上がいるんだから、慢心しないようにしないとね。


「アスカさん、僕らは飛べないんだけど……」


「ま、まあ、高い木の上に登れば同じことができるんじゃないかな? 多分……」


「そんな高いところまでいちいち登ってられねぇよ。大体、魔物の位置が正確に分からねぇしな」


「バトゥの言う通りです。でも、いつかやってみたいです」


「ロビン君ならできるようになると思うから頑張ってね。あっ、倒した場所はここだね。マジックバッグに入れなきゃ」


 倒したオークをマジックバッグに入れる。本日一体目の獲物だ。


「魔物がいたからこっちに来ちゃったけど、森の北側でもいいの?」


「まだ先での目撃だから大丈夫です。後、半時間は歩きますね」


「良かった。結構村から離れた目撃で」


「そうだな。俺たちでも簡単に倒せる相手じゃないからな。さあ、進むぞ」


 バトゥの一言で再び森を進んでいく。しかし、こちら側はあまり魔物がいないようで、その後、十五分歩いても何とも出くわさなかった。


「変だな」


「変?」


 歩いていると急にバトゥが呟いた。特に道も変わったところはないように思えるけど……。


「俺たちは普段から狩りに出てるだろ? だが、ここまで歩いてオーク一体ってことはないはずなんだが……」


「そうだよね。ボアでもオークでももう少しいるよね」


「ならどうしたんだろうね?」


「ひょっとしたらトロールはこっちにいるのかもな。強い魔物を避けてるのかもしれないぜ」


「それはありそうだね。アスカさん、反応はないんですか?」


「今のところそういう反応はないかなぁ。ちょっと南側に戻ってみる?」


「そうだな。下手に奥へ行くのも危険だしな」


 三人で相談して少し南側に下がることにした。でも、真南でもなくて少し村側へ歩きながら下がる感じだ。やっぱりこういう時に普段から森に入っている人がいると助かるなぁ。



「この辺はちょっと反応があるね。ボアかな? 二匹だけだけど」


「あいつらは捨てるところもないし、ついでに狩るか。ロビン、木に上がれるか?」


「うん、その先の木なら。アスカさん、木に登ったらばれそう?」


「いけると思うよ。じゃあ、ちょっとだけ釣り出してくるね」


「えっ⁉」


 私は返事を待たずに少しだけ前方に魔力を放つ。ボアは肉をほとんど食べない魔物だけど、縄張り意識はある。弱い魔力を流せばけん制するために出てきてくれるのだ。


《ブヒィッ》


「おっ、本当に来たな。俺は木の陰にいるぞ」


「分かった。ロビン君、先制は任せるよ」


「はいっ!」


 直ぐに木に登ったロビン君の返事を聞いて私は少し前に出る。


「来た……」


 こちらを視認した二匹のボアが私を追い払うために、足で何度も土をかき突進する素振りを見せる。そして、突進を開始した瞬間。

 ロビン君が連射した矢は二本とも左のボアの額を射抜く。


「ナイスだ。喰らえ!」


 今度はバトゥが木の陰から姿を現すと、弓を引き絞り強力な一矢を放つ。


「うわぁ、痛そう」


 こちらも額へと矢が突き刺さった。大型の弓から放たれる矢は痛いどころではないのだけど、ついそう思ってしまった。


「二人ともさすがだね」


「まだまだアスカさんには敵いませんよ」


「そうかなぁ? 私はずっと弓を使うわけじゃないから直ぐに抜かれるよ」


「それよりさっさと血抜きをしようぜ」


「そうだね。バトゥはそっちの血抜きをお願い。僕はこっちをするよ」


「おう!」


 バトゥはもちろんのこと、ロビン君も解体に慣れているようで直ぐに切り分けて血抜きを始めた。二人の作業配分は皮と部位ごとの切り分けがロビン君で、吊るしたり大まかに切り分けたりする力仕事はバトゥ。見事に体格差の振り分けだ。二人とも若いながら、お互いの長所を生かしたいい狩人だ。


「後五分ぐらいでこっちは終わるぞ」


「僕もこれが終わったらそっちの作業に取り掛かれるよ。でも、本当にこっち側は魔物が少ないな。この前狩りに出た時はもう少しいたのに」


「そうだよな。これじゃあ、みんなと一緒に狩りに出ても大変だぜ」


「今日はそんなに獲物が少ないの?」


「一時間以上歩いてこれだと少ないですね。これぐらい歩いたら後はぐるっと回って、戻りながら探すってことも多いですから」


「あんまり奥にはいかないんだね」


 狩り生活っててっきり「獲物が見つかるまで帰らないぞ!」って感じかと思ってたけど、実際はある程度決まったルートを回るだけみたいだ。


「冒険者と違って狩りの頻度も村の状況に寄るし、代わりに狩りに出てくれる人数も限られてるからな。獲物が取れるのが一番だけど、それと同じぐらい怪我しないことが大事なんだ。治療院に毎回行けるような金もないしな」


「ポーションだってアルバで買わないといけないから、あんまり予備もないしね」


「村で作る人はいないの?」


 森だって自然がいっぱいなんだから持って帰って作ればと思うけど、採るのは狩人の人になるから難しいのかな?


「いた時もあったんですけど、たまに雑草が混ざっていて効果がまちまちだったんです。今は何人かに本を読んでもらってますけど」


「一応、勉強はしてるんだね」


「はい。森にも薬草は生えてるし、近くでリラ草は取れるので。だから、将来的には薬師もいてもらえたらなって思ってはいます」


「ワインツ村の人も頑張ってるんだね」


「これも狩人が良くなったからだな! 町へ行って金も入るようになったしな。今は討伐依頼も受けないかって話も出てるんだぜ」


「確かにバトゥの腕があればできそうだね」


「でも、討伐依頼って基本報酬が低いですよね。僕らは素材を持ち帰ることが多いからどうしようって話してるんです。この森にオークとかオーガは少ないし、受けてもボアの討伐依頼だと報酬もほとんどないんですよ」


「そっかぁ。ボアって下級の魔物だから討伐依頼もなかなか見ないよね」


「村の狩人が狩ることも多いからな。よっぽどのことがないと出ないんだよな。グレートボアは持ち帰りの依頼ばっかりだし」


「あの肉美味しいもんね。じゅるり……おっと」


 思い出したらついよだれが。脂の乗ってる身も赤身の部分も本当に美味しいんだよ。


「さてと、処理も終わったしもう少し進むか」


「ん? 待って、大きい反応がある!」


 場所を移動しようとした時、何か反応があった。


「う~ん、オーガよりも大きいなぁ。これがトロールかも?」


「本当か。どうするロビン?」


「とりあえず、アスカさんに戦い方を見せてもらおう。もちろん僕らも手伝うけど」


「そうだね、私が依頼を受けてるし最初は一人でやってみるよ。それじゃあ、弓を構えてと。ロビン君とバトゥは木の後ろにいてね。ただ、少し木からは離れてて」


「なんでだ?」


「トロールは力が強いから、もし木に体が当たったら薙ぎ倒すと思うから」


「分かった。俺たちで相手にする時も気を付けるよ」


「お願いね。後、木を折って振り回すこともあるから絶対に視界を確保して」


「おう!」


 私は戦闘前の注意を二人にすると少し前に移動する。ここの方が広くて動きやすいからだ。


「念のためバリアとフライをかけておいてと」


 戦い方を見せるといっても、こっちは一人だ。不測の事態が起きないように準備は欠かさない。


 ドシンドシン


「近づいて来た。やっぱり魔力に気づいたのかな?」


 トロールはその腕力と大きい体で勘違いされるけど、魔力にはオーガ以上に敏感だ。戦い方もオークよりちょっとだけ頭を使う。だから、薄めに探知魔法を使ったつもりでも捉えられたのだろう。


《オオォーーッ!》


「ロビン君、バトゥ聞こえる?」


「聞こえます」


「聞こえるぜ。でも、どうやって声を……向こうの姿もまだ見えないぞ?」


「風の魔力に乗せて音を運んでるの。詳しいことは置いといて今からトロールと戦うけど、編成としては弓使いが三人に罠使いが一人。もう一人は近接か採取役の想定で戦うから、頭の中で想像しながら見ててね」


「分かりました」


「分かったぜ」


 私は二人に実際の戦闘を頭に描いてもらうようにアドバイスを送ってから戦闘に入る。


「まずは足元!」


 私はトロールがこちらを視界に入れる前に風の玉を撃ち込み、相手の足元に窪みを作る。そして、後ろの木に飛び移ると直ぐに矢を二本ほど放つ。


《グァ?》


 トロールに矢が刺さるものの、さすがに巨体なだけあって大したダメージとはならない。しかし、足に矢が刺さったためバランスを崩し、さっき風の玉で作った窪みに足を取られドシンと倒れ込む。


「やった!」


「今だ!」


 私はちょっともったいないけれど、矢筒からウルフの矢を取り出して空中に三本放つ。


「いけっ、トライアロー!」


 魔力を帯びた矢が倒れたトロールへ、魔力矢が一気に襲い掛かる。


「やったぜ! 全部当たった」


「まだまだ!」


 まだ、罠使いと弓使い三人分の動きをしただけだ。私にはもう一人、近接分の役割が残っている。木から飛び降りると勢いそのまま弓を振りかぶり、トロールに斬りかかった。


「はぁっ!」


 弓の鋭利な部分で斬り付けるとトロールの背中が裂け、臓器が露わになる。


「やったぞ! さすがは冒険者だな」


「下がって!」


「アスカさん⁉」


「まだ、弱ってもいない。早く下がって!」


「は、はい」


 ロビン君たちをトロールに気づかれないうちに下がらせると、トロールは傷を気にした様子もなく立ち上がった。


ブクブクブク


「き、傷が……」


「治っていく……」


 まあ始めてみたらびっくりするよね。私もジャネットさんと一緒に退治した時は驚いたもん。


「今度はこれだよ」


 私は続いてトロールの腕の辺りに矢を当て、注意を逸らすと魔法を放つ。ただし、この魔法も威力は控えめだ。村人の中に強い魔力を持っている人はいないので、罠でも代用できる程度の威力だ。


「ファイアーボール!」


 火球を放つとたちまちトロールは火に包まれた。体に脂肪分が多いのか中々よく燃える。しかし、すぐに暴れ回ったせいで火も消えてしまった。


「どう? こんな感じで矢でも剣でも火でも、どれも単体だと致命傷にならないの」


「すげぇ。アスカってこんな強いんだな。見た目、ひょろっこいのに」


「失礼だよ、バトゥ。トロールはアスカさんの攻撃に怯まず向かってきましたね。これは厄介です」


「うん。ロビン君の言う通り、トロールは一度敵を目に入れたらしつこいから、討伐に向かう時は必ず倒すつもりじゃないとだめなの。逃げ切れる方が稀なんだって。さあ、ここからは一緒に戦うよ」


「お、おう」


「分かりました!」


 私と簡単ながらも戦った経験のあるロビン君と違って、バトゥの方は少しトロールの勢いに押されがちだ。まあ、あれだけの攻撃を加えてぴんぴんしてるんだからしょうがないけどね。


「バトゥ、大丈夫。君は弓使いなんだから近づかない限りある程度は安全だから。ただ、木を振り回すのと投げるのだけには注意してね」


「分かったぜ!」


 私が改めてアドバイスすると、バトゥも気を持ち直したみたいだ。そして、私たちは当初の予定通り、三対一でトロールとの戦いに挑んだのだった。


「えいっ!」


「やっ!」


「くらいやがれ!」


 三人でポジションを変えながらどんどん矢を放つ。トロールの正面近くには常に私が立ち、それを二人がフォローしてくれる形だ。しかし、相手の再生力が高くて矢では致命傷に至らない。


「アスカ、こっちの矢が少なくなってきたぞ!」


「僕もです」


「えへへ、実は私も」


「これどうするんだよ?」


「ここまでは二人へ戦い方を教えるっていう依頼ね。今から倒し方を教えるよ」


「ええっ⁉」


「まだ、その段階だったのかよ」


「ごめんね。言葉より実際に立ち向かう方が分かりやすいと思って」


 どうやら、ロビン君もバトゥもこれが本番の戦いだと思っていたみたいだ。考えてみたらトロール以外の魔物ならこれで倒せてるから説明不足だったな。


「結構、ハードなんだな。アスカって」


「そう? 違うよね、ロビン君?」


「ち、違います。アスカさんはいつも丁寧に教えてくれますよ」


 ロビン君からお褒めの返事も貰えたし、そろそろトロールを倒さないとね。


「その前に……えいっ!」


 私はトロールの頭部付近に矢を射って相手の注意を引き付ける。トロールも長い戦いにイライラしているのか、近くにあった木を掴むとバキッと折ってこっちに向かってきた。


「あいつ、木を引っこ抜きやがった!」


「気を付けてください!」


「大丈夫、任せて!」


 私はロビン君たちの方へ行かないような位置取りをしてトロールの前に立つ。


「さぁ、来なさい!」


《ウオォォォーーー!》


 私では到底持てない木を振り回すトロール。


 バキバキバキバキッ


 当然、そんな力で周囲の木に当たった後は、木々も薙ぎ倒される。そして、振り回していた木も途中で折れてしまっているのだけど、ここからがトロールの恐ろしいところだ。


「はっ、やっ!」


 持っていた木を私に投げつけることから始め、さっきのぶん回しで折れた木を拾っては投げつけるトロール。この魔物はこれがあるから冒険者が集団でも恐れられるのだ。私は上手く攻撃を回避しながら残り少なくなった矢を一矢ずつ丁寧に放っていく。


「はっ! やっ!」


「アスカの奴、弓を射る速度が遅くなってるぞ?」


「きっと考えがあるんだよ」


 さすがは優れた狩人の二人だ。私に意図があると分かったようだ。


「もう一矢!」


《グガ》


「ひるんだ! そこだね!!」


 同じ威力で矢を射ると一か所だけ違う反応を見せたところがあった。それこそ強大な再生力を持つトロールの弱点だ。個体差はあるものの、体内に人で言う心臓近くに現れる核。これを破壊さえすればさしものトロールと言えど肉塊と化す。


「せぇの……ウィンドカッター!」


 まずは動きを封じ込めるために四肢に向かって三本の風の刃を繰り出す。そうして、動きを止めたところに本命を叩きこむのだ。


「くらえ、ウィンドボール!」


 私は風の玉を弾丸のように作り変え、核のある位置に撃ち込む。回転がかかったその弾丸は間違いなく核を貫きトロールはドォォォォンと大きな音を立てて倒れた。


「やったのか⁉」


「そうみたいだね」


「二人とも、来る時は慎重にね!」


「脅かすなよな」


「まあまあ、こういうのはとどめを刺した後が肝心だからね。ほら、オーガとかも倒したと思ったら襲ってくることあるでしょ?」


 私はちょっと茶目っ気を入れながらもバトゥに注意を促す。本当にこういう時こそ危険だからね。


「オーガはこの辺じゃいないからなぁ。でも、遭ったら気を付けるな!」


「遭わないのが一番だけどね。さて、死亡も確認できたし、さっきの説明をするね」


「そうでした。アスカさん、どうしてトロールは最後だけ再生しなかったんです? 魔法の攻撃が強かったとか?」


「違うよ。それなら、ロビン君たち弓使いだと倒せないことになるし。トロールはね、スライムみたいに体の中に核を持ってるの。それを射抜くか接近して壊せばいいんだよ」


「その見分けにああやって矢を一本ずつ?」


「うん。ロビン君の予想通り、核の近くに当たった時だけ明確にひるむの。私が最後に矢を放った時、少しだけ立ち止まってたでしょ?」


「あの一瞬か……」


 バトゥは一瞬って言うけど、あれだけ敵に向かって行くトロールが立ち止まるのって割と分かりやすい方なんだよね。今日は緊張もあるから難しいかもしれないけど、二人ならきっとすぐにできると思う。


「あれで、核の位置が大体分かったから風の魔法で切り込みを入れて、核の位置を確認したの。これは弓使いにはちょっと難しいかもしれないけど、二人のうちどっちかがいれば大丈夫だと思う」


「まあ、僕の連射かバトゥの大弓ならできるかな?」


 私がそういうと頭の中でそのシーンをシミュレートしたのか、ロビン君が返事をくれた。


「その意気だよ! 出ない方がいいけど出たら頑張ってね。これでアスカ先生の授業はおしまい! なんてね」


「すげぇ分かりやすかったよ! ありがとな」


「ううん。私もお世話になった村のためだしね」


「ところでこのトロールはどうします?」


「どうすればいいんだろうね。前は別の用事だったし、私は何もしなかったんだよね。今日は内臓をもらうけど」


「えっ⁉ まさか食うのか?」


 さっきのイメージの続きで私が内臓をもしゃもしゃと食べるとでも思ったのか、バトゥが苦い顔をして聞いてきた。


「ううん。知り合いの薬師さんが使いそうだから」


「それなら、早い方がいいよね。バトゥ」


「任せろ!」


 バトゥは腰に下げたショートソードを取り出すと、サッとトロールを解体していく。


「バトゥの剣はちょっと長いんだね。てっきりナイフかと思ってた」


「俺も最初はそうしてたんだけどな。身体が大きいからそれ相応の物を持とうかと思ってさ」


「いいと思うよ。サブウェポンにもなるしね」


 内臓をもらった後は肉の配分だ。


「アスカはいるのか?」


「うう~ん。味は分からないから正直あんまりいらないかな? あまり美味しくないなら処分に困るかもしれないし。ロビン君たちは?」


「僕らは欲しいです。解体するところを見てましたけど、かなり脂が多いので肉というより料理用の油として欲しい感じです」


「そっか。なら、私はこれだけもらうね」


 私は五キロ程の塊をマジックバッグに入れると他はロビン君たちに譲った。


「本当にいいのかそんなちょっとで?」


「いいのいいの。私は宿住まいだから余っちゃうと困るしね」


「それじゃあ、ありがたくいただきます」


「うん! それより、早く帰らないと。きっと村の人たちも心配してるよ」


「そうだな。ところでアスカはいつ村に来るんだ?」


「なにそれ?」


「いや、こんだけ色々してくれるんだしロビンと……」


「ちょっと! それは言わないでって言ってただろ!」


「だけどさ。今日一緒に回って分かったけど、こんな人は絶対にもういないぞ?」


「だからって、こんなところでさ」


「何の話?」


「か、狩りの話です。これで明日からまた出られるなって」


「そっか。でも、大変だよね。みんな家族を養ってるんでしょ? バトゥやロビン君も婚約はしてるんだよね?」


「バトゥは祭りの時に出会ったメンティアって娘と付き合ってるんです」


 帰り道の間、ロビン君たちから村の近況を聞く。メンティアちゃんのことになるとバトゥが恥ずかしさで真っ赤になるのが面白い。


「それじゃあ、ロビン君は村に気になる子っていないんだ?」


「い、いませんよ」


 意外だな~。これだけ腕もいいなら人気ありそうなのに。そうだ、それなら!


「村にいないのなら王都とかどう? ロビン君の腕ならいっぱい見つかると思うよ」


「だ、だったら……」


「どうしたの? ちょっと気になる?」


「アスカさんは誰かいないんですか? それこそ、婚約者とか……」


「いないよ。大体、こんな普通の冒険者に婚約者だなんて!」


 ミディちゃんみたいに本物の貴族とか、ジャネットさんみたいにかっこいい女性剣士ならまだしも、ちょっとかわいいくらいじゃ、モテないって。現に声だってかけられないし。いや、かけてほしいわけじゃないけどね。


「そうなのか? 結構有名だけどな。アルバの町には貴族っぽいお嬢様が居るって」


「それってミディちゃんじゃない? あの子って男爵令嬢らしいよ」


「まあ、二人も考えたらどうだ。十五歳になるのに婚約者の一人もいないなんて寂しいだろ?」


「自分がちょっと彼女が出来たからってバトゥってば」


 うう~む、こういう会話を聞くといつも思うけど、こっちじゃ早婚だなぁ。十五歳なんて前世じゃ高校生になるかならないかぐらいだもん。まだまだ子どもだと思うんだけどな。


「おっ、村に着いたな。アスカは今日、ロビンの家に泊まっていくんだろ?」


「うん。さすがに今からアルバに帰るのも難しいしね。でも、明日は朝一に帰らなきゃ!」


「のんびりしていけばいいのに……」


 ロビン君は私の返事に残念そうだ。そう思ってくれるのは嬉しいけど、私にも待ってくれてる子たちがいるもんね。


「ふふっ、トロールの内臓のこともあるし、従魔たちも置いてきてるからね。みんな心配してると思うから」


「そうか、またな!」


「うん。バトゥもまたね!」


 バトゥとは村に入ったらお別れだ。報酬については明日の出発前に村長さんと話をして、一緒に町へ行く人に払ってもらう予定になっている。



「そういえば、ボアとオークどうしよう?」


 二人の村での話に夢中で忘れていたけど、道中で手に入れた魔物の扱いを忘れていたと夕食時に気が付いた。


「あら、アスカちゃんが仕留めたんだし、そのままもらっちゃえば?」


「でも、倒したことはロビン君もバトゥも知ってるし……」


「それならいらない分はうちで買い取るぞ。それならアスカもいいだろう?」


「私は構いませんけど村はいいんですか?」


「うちは宿を村に帰ってきた人には貸してるし、このぐらいなら何も言われないわよ。そ・れ・に! これから強い魔物が出たら、前に出るのはうちのロビンになるんだから、文句は言わせないわ!」


 そう高らかに宣言するヘレンさん。この人が嫁ぐ先の村は安泰だろうなぁ。


「ヘレン。そうは言うけれど、アスカさんの物だということは忘れないように。全部持って帰られてもいいんですよ」


 パネトーネさんはそう言ってくれるけど、さすがにボア二匹とオークを足した三匹は多すぎる。


「いいえ。さすがにみんなで分けるにも余りますから。トロールの肉もありますし、ボアを一塊でいいですよ!」


 私がそう言うとデレクさんが夕食後に解体してくれた。切り方が見事で、一塊(二十キロ)程をお持ち帰りすることになった。まあ、これでも一塊には違いないよね?


「見事にいいところを切り分けたわね、あなた。まあ、ボアはもう一頭いるし村にとってはいい収穫ね。最近はトロールのせいで森の深くまで入り込めなかったし、明日は祭りかしら?」


「楽しそうですね」


「それならアスカちゃんももう一日いたら?」


 ヘレンさんの言葉にちょっと心が揺れ動く。以前の祭りの時も美味しかったしなぁ。


「そうしたいんですけど、素材を持ち帰らないといけませんから」


「残念。また来てね!」


「はい、必ず!」


 ヘレンさんやデレクさんたちとも挨拶をして眠りにつく。その翌朝……。




「アスカちゃん、起きて。朝よ」


「んん~」


 大きく伸びをして朝を迎える。そして朝食を取った後は村長に報告だ。


「ふむ、依頼通りトロールの討伐とバトゥ、ロビンに指南をされたと」


「はい。ロビン君は今いますから、バトゥにはまた後日確認してもらって結構です」


「分かった。では、報酬じゃが要求通りの額にしてある」


「……確認しました。後はギルドの報告に同行してくれる人なんですけど……」


「ああ、それはロビンに行ってもらう。行けるな?」


「はい」


「ところで、他に仕留めた魔物はおりませんかな?」


「あっ、それなんですけど。トロールに怯えたのかあまりいなかったんです。それで今から売却とか解体を待っていられないので昨日、デレクさんにまとめて引き渡しました」


「なんと⁉ 本当かロビン?」


「はい、まあ。なので、それについてはまた父から……」


「分かった。今回は依頼を受けて貰いありがとうございました」


「いいえ。ヘレンさんやロビン君にはお世話になっていますから!」


 私はそう挨拶をすると村長さんの家を出た。


「ふ~、報告も終わったね」


「そうですね」


「だけど、ギルドへの報告をする人ってロビン君だったんだ。教えてくれても良かったのに」


「僕も知りませんでした。ただ、そうなるんじゃないかとは思いましたけど」


「どうして?」


 ロビン君は自分が行くかどうか薄々気づいていたらしい。何か兆候でもあったのかな?


「最近は獲物も増えて町にもそこそこ行くようになりましたけど、それまでは月に一度ぐらいでしたからね。町に知り合いもいる僕が選ばれるんじゃないかと」


「へぇ~、すごい! ロビン君、預言者の才能もあるんじゃない?」


「そ、そうですか?」


「うん、またいつかギルドで適性を見てもらったら?」


「あれってそんなに何度も見せてもらえるもんなんですか?」


「どうだろう? でも、私も時期が来たらまた見せてもらうつもりだよ。色々なりたいものもあるからね」


「そうなんですね。僕もそうしようかなぁ」


「色々可能性があるんだからそうした方がいいよ。さっ、町に行こう!」


「はい」


 こうして私の長くて短い一人での依頼は終わりを告げた。そして、ロビン君と一緒にギルドで報告を済ませ、宿に帰ってきた私だったけど……。



「ええーーっ⁉ トロールの脂って高いんですか?」


「当たり前だろ、アスカ。出遭うのもそれなりに難しいし、弱い冒険者には倒せないんだぞ。それでいてあの外周部の脂の多さだ。あれで作る揚げ物は絶品なんだ。俺もあんまり使ったことはないんだがな。いわゆる知る人ぞ知る調味料だ」


「くぅ~~。その情報を知っていればもっと持ち帰ったのに!!」


「おねえちゃん、今からでもワインツ村に取りに帰れば?」


「いまさら脂が欲しいなんて言えないよ……。ボアの肉だってこれだけしか持って帰ってないのに」


 そう言いながら私はお土産兼今日の私の夕食となるボアの塊肉をマジックバッグから取り出す。


「お、大きいね」


「最初はもっと小さいのにしようとしたんだけど、切り方が上手くてついそれでって言っちゃって……」


「確かにな。こいつは部位の境目で綺麗に切られているな。アスカには目の毒だっただろう」


「なら、今日の夕食はこれなのね?」


「はい。できればさっきの話を忘れたいので三日ぐらい連続で出してください」


 こうなったらボアをやけ食いするしかない。私はそう思ってライギルさんに頼む。


「それぐらいならメニューを変えて対応できる。エステルと相談して出すことにするさ」


「ありがとうございます! 私はお届け物があるから街へ行ってきますね」


「ああ、気を付けてな!」


「大丈夫ですよ、心配しないでください!」


「心配なのは周りの方なんだが。まあいい、エステル!」


「はい、どうしました? ライギルさん」


「アスカからの挑戦状だ。しかも、トロールの肉もあるぞ。ぜいたくな脂料理が出せる」


「本当ですか⁉ 腕が鳴りますね」


「二人とも。おねえちゃんは油っぽいのがちょっと苦手だから加減するんだよ?」


「もちろんよ、エレン。揚げステーキとか試したかったのよね。他にも色々……さあ、昼の用意なんて軽く済ませてしまわないと」


「そうだな!」


「うちの料理人はどうしてああなのかしら?」


「困った人たちだよね、お母さん」


 うんうんとミーシャさんとエレンちゃんが頷く頃には二人はもう厨房で昼の用意に入っていた。


「見てよ、お母さん。あれって冷めても美味しいスープだよ。あんまり作りたがらないのに、作り置きする気だね」


「まあ、物珍しさがあるからそこはいいわね。それより、今日の夕方は大変だから孤児院の子には残ってもらいましょうか」


「そうしようよ。エレンはもう気疲れでくたくただよ」


 二人がそんな会話をしているとは知らず、私はジェーンさんにトロールの内臓を届けて、諸手を挙げて感謝されていたのだった。


なぜ、この長さを分割しなかったのか今でも分かりません…

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