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アスカとエレンと春の花

これはアスカがアルトレインにやってきて10か月。2度目の夏を迎えるころのお話です。

「はぁ~、もう夏だねぇ~」


 お昼を終えた宿の食堂でまったりしながら季節感を味わう。


「まあ、夏っていってもまだ四月だからそんな意識はないけどね」


 アルバの周辺は一年を通して七度~二十八度ぐらいだ。四月だと平均気温は十六度。過ごしやすくはあるけど、夏って感じじゃないんだよね。


「おねえちゃんが宿に来たのは六月だったから、もうすぐ一年だね」


「もうそんなに経つのかぁ~。時間が経つのは早いね」


「何年寄りくさいこと言ってるのよ。これでも飲んで若返りなさい」


「エステルさん! ありがとうございます」


「はい。エレンもどうぞ」


「ありがと~」


 私たちがまったりしていると、エステルさんがジュースを持って来てくれた。前は宿の仕事のお手伝いをしていた時に貰ってたけど、最近はすることもなくなったから久し振りだ。


「ぷは~、それにしても最近は冒険ばかりだったからそろそろ細工もしないとね~」


「リンネも来たし、おねえちゃんも最近は色々なところへ行ってたもんね」


「うん。今のところリンネはあんまり町を歩けないけど、もう二か月ぐらいしたら自由に動けると思う」


「そっかぁ。早くわたしもリンネと一緒に街へ行きたいな」


「そんなに行きたいの?」


 エレンちゃんは町の外に出ることもないから、魔物ってもっと怖がるかと思ってたけど。


「うん! リンネって結構大きいからあの背に乗って買い物へ行きたいんだ~」


「ああ、そういうことかぁ」


 確かにそれは楽しそうだ。


「そういえば、ミネルってもう大丈夫?」


「うん。アルナとエミールの体調も悪くないし、大丈夫だよ。二人ともまだ雛だし、これからどうなるか楽しみだよ」


 小鳥の雛なんて大変そうだと思っていたけど、ティタに通訳してもらえて本当に助かった。


「でも、町暮らしのヴィルン鳥になるからしっかり危ないことも教えないといけないね」


「この町なら安全だけど思うけどね。ミネルもみんなに人気だし」


「そうだね。でも、変な人ってどこにでもいるし、羽根ですら買いたいって人もいるからね~」


 ヴィルン鳥は幸運を呼ぶ鳥と呼ばれていて、羽根一枚にも値段が付くって聞いた時は心底驚いた。私の作ったヴィルン鳥の羽根のネックレスもずっと売れてるしね。


「ああ~、細工のことを考えたらしたくなってきちゃった」


「もう職業病だね、おねえちゃん」


「職業っていうほどしてないけどね。週に三日ぐらいだし」


「週に三日であれだけいいものが作れるんだから、逆にすごいかも!」


「そう言われると……そうだ! エレンちゃんに昔あげた髪飾りもちょっと傷んでるよね。新しいの作ろうか?」


「いいの? でも、あれだって高いんでしょ?」


「う~ん、別に自分で作ってるから高いわけじゃないよ。あれも魔道具だけど、自分で魔法も込めてるし」


「そういうことなら、お願いしようかな? 実は出かける時に毎回付けてるから、色の変化も気になってるんだよね」


「そうでしょ? せっかくだし、季節に一つ作ってあげる。お姉ちゃんに任せて!」


「ありがとう、おねえちゃん」


「そうと決まれば、早速作らないとね!」


「あっ!」


 私はエレンちゃんが引き留める前に部屋へ戻る。


「さ~て、そうと決まれば細工をしないとね! まずはデザインからか。今は夏だけど四月だから……」


 私は四月の花を思い浮かべる。


「やっぱり四月と言えばあれだよね!」


 作るものも決まったので、早速スケッチブックを用意して絵を描き始める。


「へへっ、どうせだから二種類の色を用意しよう」


 最近あまり作れていない分、創作意欲はばっちりだ。筆も進むし、短時間で絵も描きあがる。


「よ~し! 色は白とピンクの二種類で満開の状態と七分咲きぐらいの状態で、どちらも下にはピンが付けられるように葉を置いて……」


 そこまでイメージが具体的になったら、後は魔道具で加工するだけだ。




「……ぷはぁ! 完成~。春の代名詞、桜の髪飾り二種! まあ、アルトレイン的には夏の花になるんだけどね」


 出来上がった桜の髪飾りに早速色を塗っていく。まずは下になる葉の緑からだ。これは質の悪いグリーンスライムの魔石を使った塗料で、花の色は満開の方を白色にして、七分咲きの方はピンクだ。塗料は割れた魔石のかけらが安かったのでそれで作ったものだ。


「う~ん。でも、これじゃあ魔法が付与できないなぁ。ティタ~」


「ウン?」


「これに魔法を付与する方法ってないかな? ないよね?」


「アル」


「そうだよね~ってあるの⁉」


「ウン、ギンニ、フヨスル」


「銀に? ああ、そっか。確かに銀合金製の属性剣があるもんね。よかった~、銀で作ってて」


「デモ、トオリ、ワルイ」


「そこはしょうがないよ。できるだけで儲けものだしね」


 前みたいに魔石はないけど、魔道具化にも少し慣れてきたし、街中ならそれでも十分だろう。というわけで、今は彩色に全力を傾ける。


「花の中心部分はやや黒く、白い方は緑色にしてと。後は端の方だけちょっと色味を足せば……完成!! 最後に乾燥させて問題ないかだね」


 ちなみに気分によって切り替えられるように、作った髪飾りは左右逆向きにしてある。


《チッ?》


「ミネル、起きたんだ。この花は何かって? 私が前に住んでいたところのお花だよ。三月から四月にかけて綺麗な花を咲かせる木なんだ」


《チッ》


「みんなで見てみたい? う~ん、こっちにあったらね。もし、旅先で見つかったら持って帰ってくるよ」


《ピィ?》


「うん? アルナは行ってみたいの? でも、旅は危険だよ。まだまだ小さいんだから町で暮らした方がいいと思うけどなぁ」


 完成後、少しみんなと話していると廊下から声がかかった。


「おねえちゃん、ご飯だよ~」


「は~い!」


「ご飯だね。まだミネルは本調子じゃないし、ここにご飯置いておくね。それじゃ!」


《チッ》


 ミネル用には薬草入りのご飯を、他の子たちには薬草の量を減らしたご飯をあげる。ミネルは体力や魔力がまだ減ったままだけど、他の子たちは元気だから別メニューなんだ。



「それで、細工はできたのかい?」


「ジャネットさん、どうしてそれを?」


 食堂でご飯を待っている間、一緒になったジャネットさんから声をかけられた。


「依頼から帰って一息ついてたらエレンのやつがしきりに言ってくるんでね。で、どうなんだい?」


「ふっふっふっ。久し振りの細工でしたし、ばっちりですよ!」


「そりゃあよかった」


「あっ、ジャネットさんもひと口どうですか?」


「何だいその言い方は。あたしは……いや、一つ頼もうかね? あたしのじゃないけど」


「誰かにプレゼントですか?」


「ああ。いつも世話になってるからね」


 ジャネットさんは誰にとは言わなかったけど、ちょっと大人びたものを頼むと言われたので、食事を終えたら何か考えよう。


「依頼料はまた今度冒険に行ったらね」


「えっ、いいですよ。いつもお世話になってますし」


「本当にいいのかい? 今度依頼で王都まで行くんだけど……」


「ほ、本とか、魔石とか見てきてもらってもいいですか?」


「素直でよろしい!」


 わしゃわしゃと頭を撫でられながら王都で見てもらう物を伝える。


「楽しみにしておきなよ」


「はいっ!」


「おねえちゃん、ジャネットさん、お待たせ~。何の話をしてたの?」


「ん? さっきまでエレンが口うるさく行ってた細工の話だよ。できたってさ」


「えっ⁉ もう?」


「うん。季節柄、思い浮かびやすかったし。私の故郷の花なんだよ」


「前に住んでた村のこと?」


「ううん。セエル村じゃなくてもっと前に住んでたところの花。この辺じゃ、見かけたことがないと思うけど」


「えっ⁉ そんな花が見られるなんて、ほんとにおねえちゃんの妹になった気分だよ!」


「エレンちゃんなら大歓迎だよ!」


「おねえちゃん……」


「エレンちゃん……」


 感極まって私たちはお互いを見つめ合う。


「はいはい。そんなことしてないで食べないと冷めるよ」


「あっ、そうでした」


 ジャネットさんの一言で食事中だったことを思い出し、料理へと向き直る。


「おねえちゃん、食べ物のことになると切り替え早いね」


「味は栄養に直結するからね」


「また始まったよ。アスカのこだわりが……」


「絶対そうですって!」


 そんな日々を過ごし、アルトレインでの生活も二年目の夏へと時間は進み出す。なお、翌日問題なく乾燥も終わった桜の髪飾りをエレンちゃんに渡すと大層喜んでくれた。


「でも、いくら嬉しいからって左右両方に桜の髪飾りはね……」


「ほら、見ておねえちゃん! かわいいでしょ?」


「うんうん、エレンちゃんが一番かわいいよ」



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