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アスカとキャンプファイヤー計画

 これはアスカが初めての冬をアルバで越え、春を終えようとした時のこと……。



「もうすぐ夏だねぇ~」


「急にそんなこと言うなんて、おねえちゃんは何かしたいことがあるの?」


「えへへ、分かる?」


「だって楽しそうなんだもん」


「今まではそこまで寒くないといっても冷え込んでたけど、暖かくなっていい機会だからキャンプをしたいな~って」


「キャンプ?」


「あれ? エレンちゃん、キャンプ知らないの?」


「知らな~い。またおねえちゃんのところの変な風習?」


「へ、変なって……。ちゃんとした趣味だよ」


「ふ~ん。それでどういうやつなの?」


「あら、エレン。何かアスカと面白い話でもしてるの?」


「エステルさん! 今から聞くとこ~。エステルさんも一緒に聞こうよ!」


「えっ、でもまだ片付けの途中だし……」


「それなら最近はリュート君も慣れてきてるし、いいわよ」


「ミーシャさん、本当ですか? じゃあ、リュートには悪いけど聞こうかしら?」


「うんうん、座って座って」


 みんなで椅子に座り、話を続ける。


「それでキャンプだっけ? それって何なの?」


「簡単に言うと野外でテントを張ってみんなで楽しむことかな?」


「え? 何が楽しいのそれ。要は野宿よね?」


 おっと、エステルさんからいきなりの右ストレートだ。まあ、実際やってることはそうなんだけど。


「こう……草原とか森とか空気のいいところに行ってですね。みんなで肉とか野菜を焼きながら食事を楽しむんですよ。大人はエールなんかも飲んじゃったりして」


 私はまだ未成年だし飲まないけどね。


「おねえちゃん、なんでそれが面白いの? お外でしょ。草原とか草が伸びてると見通しも悪いし、魔物はいるし、夜の見張りはどうするの? エレンはやだよ」


「そうね。エレンの言う通りだわ。アスカの故郷っていったいどうなっているの? まさか、魔物が全くいない地域でもないでしょうし……」


 うっ、エステルさん鋭い。言われてみればこの世界じゃ確かに危険だらけだよね。町から近いアルバ湖でさえ、町の人は少し警戒して行くぐらいだし。


「で、でも、キャンプファイヤーって言って大きな火を起こしてみんなで踊ったりもできるんだよ。それは楽しくないかな?」


「大きい火ならおねえちゃんに頼めばいつでも見れるし、踊りだって別にお祭りがあるよ?」


「ぐぬぬ」


 エレンちゃんの反撃が強い。いや、私の感覚がまだずれているんだろうか?


「まあでもアスカがやりたいって言うなら少しぐらいはいいけどね」


「エステルさん、本当ですか!」


「ただし日帰りだけど。それも夕方には帰ってくるわよ。外で夜を明かすなんてごめんだわ」


「そんなぁ」


 みんなでキャンプファイヤーって一度やってみたかったのにな。前世では調子が悪い時に自然学校だったから結局やってないんだよね。


「う~ん。それなら、宿のお庭で同じことする?  それぐらいならお父さんに頼めばできると思うけど……」


「それは宿に迷惑がかかるよ」


 エレンちゃんの申し出はありがたいけど、それだとただのホームパーティーなんだよね。それはそれで楽しそうではあるけど。


「でも、外でなんてできないし、全部が全部叶わないならそれでよしとしなさいよ」


「そうそう、迷惑だなんて誰も思わないよ! むしろお父さんの方が普段は迷惑かけてるしね」


「私もそれについては思い当たることがあるわね。でも、ライギルさんが熱くなるのも分かるわ。アスカの言い出す料理は珍しい物ばかりだもの」


「そこまで珍しい食べ物の話はした覚えがないんですけどね」


 大体、世界中を旅したわけでもないから知っている料理はたかが知れているんだけどな。


「それでやるの、おねえちゃん?」


「本当にいいの、エレンちゃん」


「うん。任せてよ!」


 エレンちゃんに任せておけば間違いないと思うけど、準備はどうしようかな?


「アスカ、考え込んでどうしたの?」


「いえ、やるとなったら道具とか材料をどうしようかなって思いまして」


「それなら宿のものを……ってかまどとかも必要になるし無理よね」


「火はおねえちゃんが起こせるから簡単なかまどと鉄板があればいいんじゃないかなぁ」


「そうね。大工の親方さんのところで鉄板とか薪にできそうな木が余ってないかノヴァに聞いてくるわね」


「そ、そこまでしなくても……」


「一度集めておけば次にやる時に便利でしょ。アスカの言う通りだったら面白いんだし」


「ううっ、プレッシャーが」


 そんなことを言いつつも楽しみなのは変わりないので、それから数日をかけて準備を進めていった。そして……。




「いよいよ今日はキャンプ当日だね」


「それなんだけど、本当にテントで寝るの?」


「おねえちゃんが言ったんでしょ? もう用意もできてるし」


「私のテントは寒いと思うんだけどな。安物で冬の間はジャネットさんのテントに潜り込んでたし」


「大丈夫だって! もうすぐ夏になるんだし」


 夏っていってもこの世界じゃ四月なのに……。でも、エレンちゃんも楽しみにしてくれてるししょうがないか。私は気持ちを切り替えてどんどん準備を進めていく。


「リュート、野菜切れた?」


「エステル、ちょっと待って。仕込みの分が多くて……」


「今は何が終わってないの?」


「えっと……肉だね」


「分かったわ、手伝うから。アスカ、そっちの準備でできてないのは何?」


「今だとかまどの用意ですね。でも、材料が揃えば直ぐです。あ~、だけど鉄板から油が垂れないようにした方がいいかも。芝が荒れちゃいますね」


「それならノヴァと一緒に鉄板を貰ってくる時に、いらない鉄板だから加工してもいいって言ってたよ」


「本当に? ありがとう、リュート」


 リュートの助言で、私は鉄板の中心から両端の中央部分を凹ませていき油が逃げていくようにした。


「これで油は中央から端に流れていくはず。後は油が垂れるから受け皿を作っておしまい!」


「おねえちゃん、もう終わったの?」


「うん。後は油受けだけ」


「へ~、これなら何度でもできそうだね!」


「でしょ? ああ~、実際に焼くのが楽しみだなぁ」


 そして、やや早めに昼の部を終えたライギルさんとミーシャさんもやってきた。


「おっ! 簡単なものって言ってたが、いい感じじゃないか」


「即席でもなんとかなるものね」


「アスカ、食材はここに置いたらいい?」


「はい。ありがとうございます、エステルさん」


「それじゃあ、始めましょうか!」


「は~い」



 ミーシャさんの一言でいよいよバーベキューの始まりだ。私が用意された薪に火をつけ、鉄板が温まり始めた。


「それで何から焼いていくの、おねえちゃん?」


「ん~、とりあえず肉?」


「なんで言い出したアスカが疑問形なのよ」


「だって、こういう機会ってほとんどなかったですから」


「まあいいわ。適当に並べていくわよ」


 エステルさんがどんどん具材を並べて行ってくれる。でも、そこは料理人。焦げすぎないようにちゃんと量も調整してくれていた。


「おっ! やってるやってる。あたしも混ぜてくれよ」


「ジャネットさん! もう依頼は終わりですか?」


 朝方、依頼を受けると言って出掛けたジャネットさんが早くも帰って来たみたいだ。


「ん? まあ、今日は薬草取りの護衛だからな」


「ジャネットったらそんな依頼も受けてるの? あなたならもっと色々受けられるでしょうに」


「いいんだよ、ミーシャさん。あたしもこの町には世話になってるしね」


「それにしてもどうしてジャネットさんがバーベキューのことを知ってたんですか?」


「ああ、エレンに話を聞いてね。今、アスカが食べてるオーク肉の串もあたしが仕留めたものさ」


「そうだったんですね! どうぞどうぞ」


 私はスペースを開けてジャネットさんを迎え入れる。


「悪いねぇ。じゃあ、遠慮なく」


 余っていた椅子を用意するとジャネットさんはすぐに串を取ってそこに座る。


「ん~、流石は鳥の巣。うまいねぇ」


「それはリュートが作ったんだぞ。最近は腕も上がってきてるんだ。まあ、俺には敵わんが」


「ははは」


「あなた、働き始めて一年も経たない子どもと張り合ってどうするんですか!」


「いやぁ。でも、エステルは働き始めた時から中々だったぞ? まあ、俺の……いたた!」


「二度も言わなくていいんですよ。全くあなたときたら……」


「ふふっ」


「どうしたの、おねえちゃん?」


「ううん。今日もお昼とか夕食の用意とかバタバタさせちゃったと思ったけど、楽しそうでよかったなって」


「そりゃあそうだよ。おねえちゃんのやりたいことだもん!」


「だったら嬉しいな」


「ほんとだって!」


「ありがとう」


《チッ》


「ミネルもありがとう。レダもね」



 楽しい食事も終わり、後は片づけだ。


「ちょっとリュート。そっちはまだ熱いから置いといて、こっち手伝って」


「分かったよ、エステル。ライギルさん、この食器は?」


「後で洗うからこのかごに入れてくれ。ミーシャ」


「コップはこっちで運んでおきますから、あなたは火の始末をお願いします」


「助かる」


 みんなが連携して片づけていく。この辺はさすがに普段から忙しい食堂を運営しているだけあってスムーズだ。私とエレンちゃんも……。


「二人は休んでていいわよ。あっ、ジャネットは椅子を戻しておいてくれる?」


「あたしも休んじゃ駄目かい?」


「駄目です。もらった食材分は消費したでしょ」


「へ~い」


 ぽつんと二人で取り残されている間にどんどん片づけが終わっていく。


「やることないね~」


「そうだね」


「じゃあ、遊ぼう!」


「うん!」


 私は時間を持て余したのでエレンちゃんとレダとミネルで庭を走り回った。


「ミネル早い! エレンちゃん、こっちも負けないよ!」


「うん、おねえちゃんお願い」


「フライ!」


「アスカ、魔法まで使って何やってんだい?」


「あっ、ジャネットさん。追いかけっこですよ」


「空まで飛ぶ必要があるのかねぇ」


「ミネルたちは飛ばないと不公平ですから!」


「まあいいや。ほら、テント張るからどいてな」


「は~い」


 バーベキューを楽しんでいると、いつの間にか夕方になっていた。テントを立ててもらったら、エレンちゃんと一緒に中に入る。


「せま~い!」


「そうだね。エレンちゃん寒くない?」


「大丈夫だよ。でも、ほんとにこのテント薄いし小さいね。こんなので野営できるの?」


「夏とか秋はね。昼も言ったけど冬の間はジャネットさんのテントに入れてもらったんだ」


「まあ、そうだよね。エレンもこのテントで冬は無理だよ」


 それからもテントの中で楽しく二人でおしゃべりをしているとミーシャさんがやってきた。


「ほら、もういい時間よ。二人とも寝なさい」


「「は~い!」」


 元気よく返事をしてテントを閉めるとこそこそと話をする。


「なんだか家の庭なのに変な気分…………」


「でも、ちょっと楽しいでしょ?」


「うん! だけど、エレンはふかふかのベッドでお話ししたいかな?」


「そっか。それじゃあ、それは今度ね」


「約束だよ!」


「うん」


 こうして私のキャンプファイヤー計画はもろくも崩れ去った。でも、バーベキューは楽しかったし、機会があればまたやりたいな。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] )両端の中央部分を少し曲げて脂がそこに逃げるようにする。おまけで中央部も少しへこませる。 >「これで油は中央から端に流れていくはず。 中央部が凹んでるんなら、油って端から中央に流れませ…
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