引き渡し
あれから二日が経った。エステルさんは少しずつ仕事に慣れてきて、今は私と一緒に洗濯の仕事中だ。
「へぇ~、アスカって魔法使いなのね。私の知り合いにも冒険者がいるけど、割といい扱いらしいわよ」
「そうなんですか? 私はまだ数えるほどしかパーティーって組んだことがなくて……」
「その歳だと大変でしょう。普段はどうやって生活しているの?」
「採取依頼を受けてます。あれって結構儲かるんじゃないでしょうか? それに今は少しですが細工の依頼も受けてます」
「器用なのね。私の知ってる冒険者ってその人たちぐらいだからみんな不器用なのかと思ってた」
「自分でもびっくりです。急にできるようになった感じなんです」
「そうなのね。それで、相談なのだけど一回見せてくれない? 不思議なお洗濯ってやつ」
「不思議なお洗濯?」
「なにか一気に洗濯することができる技があるんでしょ? エレンちゃんに聞いたわよ」
「あっ、あれですね。ちょっと待ってください……」
私はエステルさんに離れてもらって、シーツを数枚たらいに入れる。
「せ~の!」
水とシーツが巻き上げられ、地面に付くことなくクルクルと宙を舞いながら洗われていく。
「うわぁ~、すごいすごい、感動だわ! これお金取れるわよ?」
「最初は考え事をしていて自然にやってただけなんです。それに私そこまですごくないので、変に勧誘されても困りますよ」
「あ~、確かにね。パーティーに拠ったら王都じゃないと嫌とか、一か所にいたくないとか色々仕事してたら聞くから」
「私はすぐにはここを離れたいとは思いません。少なくとも一年ぐらいは居たいかなと思ってます」
「どうして一年なの?」
「この町の季節の移り変わりを覚えておきたいんです。ここは私が初めて過ごした町ですから」
これは本当だ。転生して初めての町の風景を覚えていないなんて悲しいもんね。それに、旅にはお金が必要だし。
「……そう。じゃあ、きちんと稼げないと一生この宿住まいよ」
「楽しそうですけど、それは困ります」
洗濯も終わりエステルさんは私と別れてエレンちゃんの方へ。二次回収からは掃除の手伝いに行っているのだ。私はというとシーツの洗濯を終えて、食堂へ戻りしばしの休憩だ。
「あ、バルドーさん。お昼時にどうしたんですか?」
「おう、アスカ。ここで新しいパンが売られてるって聞いてな」
「材料費がかかってますから別料金ですよ?」
「それぐらい構わん」
「あっ、そうだ! 時間があるなら依頼されてた女神像が完成したので見てもらえます?」
「今日は空いてるから構わんが、いつぐらいなら都合がつく?」
「なら、お昼終わりで」
「分かった。じゃあ、パンを取っといてくれ。遅めに来る」
「は~い」
私はライギルさんにお願いしてバルドーさんのパンを確保しておく。パンの噂は徐々に広まっているみたいで、これ以上お客さんが増えないうちに明日市場に材料を見に行くことにした。
「はい、そっちのテーブルの方お待たせしました~」
今日も活気づいた食堂が賑わいを見せる。最初に宿泊者限定にしていたことが良かったのか、二日間で徐々に噂が広がり、今では以前より多い人数が訪れている気がする。これで夜のように多種多様なメニューだったらもうてんてこ舞いだろう。
「いただきま~す」
「いただきます」
「……いただきます?」
三人ともがちょっとずつ違うニュアンスで昼食を食べ始める。エステルさんのおかげで毎日の客が増えても、終わる時間には余裕が生まれている。これでパンの販売がうまくいけば時間限定でもう一人雇ったらもっと楽になるのかも。
「ん~、パン美味しい~」
「そうね。孤児院の子たちにも食べさせてあげたいわ……」
「やっぱり食事とか大変なんですか?」
「毎日食べられるけど、寄付で成り立っているから額が少ない月は食事の回数が減る日もあるの。でも、院長様も同じ食事をされていて、とても心配なのよ。私はもう出ていく歳でこうやって偶々仕事が見つかったからいいんだけど、中々仕事を見つけるのも大変で……」
「そうなんですね」
安いパンかぁ……。思いつくのはあれだけど、ライギルさんたちにも話してみないとなぁ。その後も三人で色々な話をしながら食事を終えた。
「バルドーさん、お待たせしました。それじゃあ、私の部屋へ行きましょう」
「おっ、もういいのか?」
「はい」
バルドーさんを連れて部屋の前に来る。そのままドアを開けて中へ。
「どうしたんですか?入ってください」
「あっ、入るぞ……」
バルドーさんには椅子に座ってもらって、作っておいた女神像を机の引き出しから取り出す。私はベッドの上に腰かけて、反対側の手にはもらった絵姿を抱えている。
「え~と、見せる前に聞いて欲しいんですが、持ち運べるようにデザインしたので、元の絵とかなり違う感じになってます。それとポーズとかも違います」
「ああ、そこはいい。元々の絵が冒険者と対になったデザインだったからな。それでどうなった?」
「まずいただいた絵は、勝者に冠をかぶせている女神グリディア様ですね。ここから携帯時の破損も考えてできたのがこれです。題して『勝利を願う女神グリディア』です!」
「俺にはただの銅の塊に見えるんだが?」
「あっ!? 下の台座のところを引き抜いてください」
「こうか?」
「そうです。ゆるくなってきたら布か何かで固定してくださいね」
「ああ、これは……」
バルドーさんが固まってしまった。やっぱり大胆に構図を変えすぎたかな?
「すごいぞ、アスカ! お前本当に最近作り始めたのか? 今までも何度か作らせたことはあるが、しっくりこなかった。これならいつでも祈れるし、素晴らしい出来だ!」
「本当ですか? 安心しました。結構元の絵と違う感じになってしまったので」
「そうだな。だが、元々グリディア様は戦に向かうものを鼓舞する女神で、勝利後に迎える女神ではないんだ。縁起がいいと言われて今はそういう絵が多いけどな。それにこの台座の文字は?」
「やっぱり祈ってる時に励ましてもらえる感じがあった方がいいかなと思いまして。メッセージ的な」
「ここまでやってくれるとは……。ん、そういえばお前の意匠は?」
「あっ、ちゃんと後ろに彫ってありますよ。邪魔にならないように」
「なっ、もっと目立つように彫れ! こんなんじゃお前の作品だって気づいてもらえないぞ?」
「表に私の意匠が入ってるとグリディア様と関係がないので変ですし……」
「次からは遠慮なく彫った方がいいぞ。これだけ見事な作品ならこんなちっさい意匠は削られて偽の意匠彫られるぞ!」
「まさか!」
「それぐらい良い出来だってことだ。ありがとな。んじゃ、依頼料だが金貨二枚でどうだ?」
「ええっ!? だめです。高すぎですよ! そんなにもらえません。第一、正式に依頼を貰ってないですし、それだって色々教えてもらったお礼のつもりだったのに。大体、知名度もない私の作品ですよ」
「いいや、これだけ表情豊かで細かい細工は中々できない。これでもちゃんと鑑定に出せば安いかもしれん」
バルドーさんが譲りそうになかったので、仕方なく話し合って金貨1枚とした。
「その代わり、この服をかける棒と箱のセットを作りますよ」
「ああ、ジャネットがうらやましいだろと自慢げに言っていたやつだな。それもアスカが作ってたのか?」
「こっちは魔道具じゃなくて普通に加工品ですけどね」
「なんだか悪い気がするが、それなら頼む」
その後は簡単に作る時の経緯と、同じようなポーズか別パターンを作ってくれないかと言われた。海の向こうではグリディア信仰が盛んで、向こうの知り合いに渡すか、売るかしたいそうだ。
値段が決められないと言ったら、冒険者ギルドに鑑定依頼を出せるみたい。そこで製作者と鑑定士と依頼者で協議して決めることができる。今でも商人ギルドがないところはこの方法だそうだ。
「う~ん、合間に作ることになるんで期限が長めでもいいなら」
「そっちは大丈夫だ。一旦この町を離れてもまた戻ってくる。そうなれば何か月か開くだろうしな」
「じゃあ、気長に待っていてください。そうだ! こういうデザインはどうですか?」
私はアラシェルちゃんをお披露目する。机に飾ってはあったのだが、バルドーさんからは見えにくい位置にあったのだ。
「な、なんだこの変わった形の像は?」
「私のいたところでは結構人気の形なんですよ。可愛いでしょう?」
「た、確かに愛嬌のある姿だが、仮にも女神様だからな。だが、確かに一人こういうのに興味があるのがいたな。色々な像を集めてるやつだから、興味を持つかもしれん」
「ならフルセットで作りますね。ちょっとだけ材料費は高くなると思いますがいいですか?」
「小さいのにか? まあ別にいい。そいつも集めてるのは商品というより自分の趣味だったからな」
「じゃあ、作りますね。後、素材はどうしましょう? 金属だとちょっと高くなっちゃいますけど?」
「確かにな。土産の二つは木で。それ以外は金属だな。そのちっこいのは銀で作ってくれ。あいつが驚く顔が見たい」
「仲のいい人なんですね。期待に応えられるように頑張ります」
こうして図らずも次の依頼を得た私だった。冒険者としての依頼は増えているけど、内容は宿の改築と改修に細工依頼。物語の冒険者からはどんどん外れていく生活となってるなぁと思ったのだった。