アスカとファンタジー
この企画はアルファポリス様で毎年開催されているファンタジー小説大賞の応援企画用で書いたものです。本文中でジャネットが色々言っていますが、あくまで彼女の目線、アルトレインでの常識の話ですので、作者とは関係ありませんのであしからず…。
みなさんも小説家になろうで作品を書いたり読んだりしましょう!
「アスカ、なにしてんだい?」
昼も過ぎ、客もいないがらんとした食堂にいた私にジャネットさんが声をかけてきた。
「ん~、文章を考えてるんです」
「何でまた…」
「ほら、私って以前に『伝道師』っていう文章とか人に何か伝える職業も選べるってなってたじゃないですか。本も読んでるし、実は名文家になったりって思って」
「…。アスカって本当に単純だねぇ。そんなんで成れるんならみんな成ってるよ。大体、今は魔物使いだろ?」
「うっ、それはそうなんですけど」
「そこまで言うんならちょっと見せてみなよ」
「あっ!?」
ジャネットさんが私のノートを取り上げて目を通す。
「ふむふむ。主人公はかっこいいけど才能のない少年ねぇ。ある時、剣と魔法の才能が目覚めてそこからどんどん成長していき、最終的には王様になるか…」
「ど、どうですか?」
「却下」
まるで敏腕編集者のようにジャネットさんはノートを叩いて一蹴する。
「ええ~~!?どうしてですか~」
「まず、いきなり剣も魔法も才能が目覚めるってのが非現実的。あと、こいつはどうやって王様になるのさ」
「ええ~っと、王女様と結婚とか?」
「なんで疑問形なんだい。それじゃ、元々いた王子は?」
「も、元々王国にはいなかったとか?」
「あのねぇ、アスカ。居なけりゃ側妃を作るなりなんなりってするだろ?それと、貴族の婚約が早いってのも分かるよね?王族なら10歳にもなるころには婚約者の一人や二人…はいないか。まあ、いるだろうね」
「なんとなくは分かります…」
「じゃあ、15歳で才能が目覚めて20歳で王位に就いたこいつと婚約した王女様は10歳前後って訳だ」
「そ、そんなことありませんよ!それじゃ、犯罪じゃないですか!」
「でも、10歳より年齢が上の王女は婚約してるだろ?まさか、破棄させるのかい?」
「あっ、いや、そこはほら!そっ、そうです!婚約者がひどい人で婚約解消とか…」
「…。あんた今考えただろ?こういうのは最初っから頭に設定を入れておくもんなの。少なくともこういう感じで最後はこうって筋道は立てておくのが定石なの。分かった?」
「わ、分かりました」
「分かったら、明日までにもっと練ったやつを提出しな!いいね!!」
そういうとジャネットさんはバサッと私の前にノートを放り投げた。
「ぐぬぬ、きっとジャネットさんをぎゃふんと言わせてやるんだから」
「アスカ、さっきから真剣に何の話してたの?」
「あっ、リュート。珍しいね、宿に居るなんて」
「厨房でメニューの研究中だったんだ。それでどうしたの?」
「ジャネットさんったらひどいの。せっかく私が真剣に考えたお話の出来が悪いって」
「ふ~ん。ちょっと見せてみて」
はいっと私はリュートにノートを見せる。
「う~ん。これは…」
「どう?」
「ひどいね。これじゃあ、僕が考えた方がましだよ」
「そっ、そんなぁ~」
リュートにまで言われるなんて。絶対にいいものを書いてやるんだから!こうして私は翌日も新しい話を持って行ったが、ジャネットさんの評価は変わらなかった。
「絶対に次こそはびっくりさせてやるっ!」
こうして、1週間ほど私は文章を書き続けた。
「アスカ、そういや最近は新しい話を見せなくなったけど考えないのかい?」
「事実は小説よりも奇なり、ですよ!」
「なんだいそれ?」
「考えられたフィクションより、現実の方が不思議なことがあるんです。旅に出さえすれば、きっとその中であったことを書くだけで名著が生まれますって!」
「へいへい。その時を楽しみにしておくよ」
「あっ、信じてませんね。ほんとなんですから」
「じゃあ精々、行く先々でそういうことが起きるように頑張ってくれよ」
「ダメですよ。そういうのは自然に起きるんですから」
「はぁ~、結局どっちなんだい」
「だから、待っていればいいんですって!」
「アスカは本当に飽きない子だね」
「そ、そうですか?えへへ」
「…。はぁ、この子の相手には同情するよ」
喜んでいた私はジャネットさんのつぶやきを聞くことなく、旅のことで頭がいっぱいだった。ちなみにリュートの書いたものはというと…。
「リュート君。ひとつ言っておこうかい」
「な、何ですか?」
「君には才能がない。あるのは妄想だ。なんなんだいこれ?少女が少年と出会って、運命を感じてどんどん惹かれていくって。しかも、少年の一挙手一投足で好感度が上がってるようだけど…」
「そ、そういうもんじゃないですか!」
「そういうのを人は妄想っていうんだよ。アスカが自分の気持ちに気づいてくれないからってこういうのはどうなんだい。せめて、こういう風に描くなら甘酸っぱい感じとか、どうしてそういう気持ちになるのかっていう心理描写があればねぇ」
「ち、ちなみに作品としてはどのぐらいですか?」
「アスカ以下」
「が~ん」
「いや、アスカはあれはあれできっちり、どうしてそう思ったのかが描けてるから。まあ、心情を描きたいんならこいつでも読んどきなよ」
「これは…『まちびと』?」
「アスカの大好きな小説だよ。貴族向けの作品ばかりな中で庶民向けの本だよ。リュートはもうちょっと感情を出すことを覚えないとねぇ」
「これがあれば僕も名作を…」
「そんなもん書く暇があったらアスカにアプローチの一つでもしてな。あんた、最近これに時間使って会いもしてないだろ?」
「そういえば…」
「分かったら、さっさと行ってきな。アスカもしばらくは懲りたみたいだし、予定も合わせてくれるよ」
「はいっ!行ってきます」
リュートの背中を見送り、食堂でエールを頼む。
「あら、ジャネットさん。今日も食堂ですか?」
「ああ、エステルかい。あいつらの所為で依頼を受けに行けないんだよ。全く、世話のかかる子どもだよ」
「でも、なんだかうれしそうですよ?」
「まあ、危ないことに首を突っ込まないのは良いことだしねぇ。あっ、これジュースじゃないか。エールは?」
「毎日、依頼がないからって飲んでいてはいけません!軽食も持ってきますから我慢してください」
「やれやれ、あたしも子どもになった気分だよ」
こうして今日もアルバの宿での毎日が過ぎていくのでした。
誤字脱字、表現の修正を除いて恐らくこれが最後の更新となります。ここまで読んでいただきまして、本当にありがとうございました。また、別の作品を読んでいただけましたらその時はお付き合いよろしくお願いします。