ジェーンとアルバと青年と
私はジェーン。本名はジェーン・カティアルといってカティアル騎士爵家の長女だ。父様は現役の騎士爵で、母様が元魔導士団員なの。ただ、兄様が商家に婿入りしたので当代限りだけど。というのも兄様は剣にも魔法にも大した才能がなく、早々に見切りをつけて経済経営の勉強をしたのだ。騎士爵とはいえ貴族、ちょっとした本ぐらいなら買えたのが大きかったのだろう。
「ジェーンは私に似て魔力が高いし、将来どうするのかしら?」
「私? うう~ん、お話しは苦手です。研究?」
母様に将来のことを聞かれたが、昔から引っ込み思案な私は家族としかまともに会話が出来ない。その為、魔力はあるのに母様に魔法を習う程度でほとんど独学だった。でも、本を読むのは好きだったので、いつも薬草とか魔道具の本を読んでいたからそちらの知識はある。
「じゃあ、魔道具師にでもなるの。魔道具作れたわよね?」
「魔道具は苦手。パッと集中して、パッと終わる」
魔道具は高い集中を一気に行って、MPも大量に消費する。それに比べてポーション作りは程よい集中が続き、時間も消化できる大変効率の良い方法だ。同じような材料から配合や順番で全く別のものになるのもやっていて楽しい。
「そう? なら、兄様の商会の援助を受ける?」
「う~ん、やめとく」
兄様の奥さんは商会長の娘で私に会うとよく話しかけてくる。それは嬉しいんだけど、ぐいぐい来るのでちょっと苦手なのだ。きっと、私が商品を卸すようになったら、何度も来ると思うとちょっと大変と思ってしまう。
「じゃあ、どこにするの?」
「一応考えてる」
私はアルバというここからずっと北にある都市に目を付けていた。周囲の魔物はウルフやゴブリン、たまにオークが出るぐらいで私でも一人で採取に行けそうなぐらい安全な都市だ。それに、西にある港町のバーバルからの中継で海を隔てた外国の商品も手に入るみたいだし。ほとんどはレディトや王都まで運ばれるけど、その二か所は競争も激しいし大変そうだった。
「はぁ、あなたはしっかりしてるけど、人付き合いが苦手だから母様心配よ」
「頑張る……」
それから一年。目標も決まり薬学も十分に学び、道具も揃え経験も積んだ。今日はいよいよ家を出る日だ。
「なあ、ジェーン。本当にアルバに行くのか? 兄様のところで働いてもいいんだぞ」
「そうだぞ。父様もあと数年は騎士だ。無理はしなくてもいいんだ」
「大丈夫。決めたから」
「あなたたち、我が家の娘の晴れの旅立ちですよ」
「しかしだなぁ。家に友人も連れて来ないジェーンが独り立ちだなんて……」
「あなたの知り合いの騎士が武官ばかりだからですよ。文官の知り合いはいらっしゃらないのですか?」
「あいつらは何時も武器の扱いをもう少し丁寧にとか、言い訳ばかりだからな。我らは国防の要だ。戦えば消耗するし、よい武器を常に持つのは当然だろう」
「はぁ、皆さん大変ですね。ジェーンもこういう人たちには気を付けるのよ」
「分かった。じゃ、行ってきます」
母様と別れるのは寂しいけどこれも独り立ちのためだ。騎士爵といえど、税金を使って生きた身。誰かの役に立つ人生を歩まなければ!
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「そういって出てきたのだけど……」
あれから早半年。無事にアルバへ着いて冒険者登録も済ませたものの、生活は結構ぎりぎりだった。ポーションは作れるから何とかなると思ったけれど、Eランクの冒険者が作ったものはあまり売れず、依頼もパーティーで受けないと危険だと、自由に受けられなかった。
「むむ……。せめて、Dランクまでは地元で受けた方が良かったかも?」
向こうなら知り合いは何人かいるし、何とかなったかも。
「ううん。家を出たんだし、頑張らないと」
とはいうものの、口下手が災いしてまだ商人ギルドにも登録できていないし、このままずっとポーションを冒険者ギルドに納品するのは大変だ。冒険者ギルドは品質に関係なく買取価格が一定なので、経験を生かせないのだ。とりあえずランクを上げようと依頼を眺めていると声をかけられた。
「さっきから何やってんだい。依頼を探してるのかい?」
「う、うん、そう。えっと……」
「あたしはジャネットって言うんだ。今はアルバやレディトで活動してる冒険者さ。普段はパーティーで活動してるんだけど、依頼の関係で今日は一人なんだ。よかったら一緒に何か受けないかい?」
「い、いいの? 私、Eランク……」
「あたしだってDランクだよ。EもDも大差ないだろ。どうだい?」
「な、何受けるの?」
受けるといってもあんまり森の奥深くまで行くような依頼はやったことないし、ちょっと怖い。そう思っていると意外にもぐいぐい来ていた彼女は私に合わせてくれるという。
「薬草の採取が得意なのかい? あたしはそういうのはさっぱりでね。早々に諦めて見張りをしてるから、そっちは慣れてるよ」
「じゃ、じゃあ、湖の手前まで」
アルバの北東にある湖近くにはムーン草やルーン草も生えていて、いい採取場所だ。でも、オークが出ることもあるし、ちょっと危険なので普段はあまり近寄らないようにしている。
「いいよ。なら、ゴブリンの討伐依頼だね。オークの討伐依頼も欲しいところだけど、何度も行く羽目になるかもしれないからね」
こうして私はジャネットと一緒に依頼を受けた。
「へぇ~、南の方からわざわざ来たのかい。何でまた?」
「アルバは安全だって聞いた」
「へぇ。あたしはてっきり、ここで腕を磨いて王都にでも行くのかと」
「私、ポーション作るの得意。でも、王都は腕の良い人いっぱい」
「まあね。まだ、一回しか行ったことないけど、いいものもたくさんあったね。じゃあ、将来はここで店を出すのかい?」
「店? 考えたことなかった」
ポーションを売ることは決めてたけど、自分の店か……今は生活で手一杯だしまだまだ先の話だな。
「腕はいいし、好きなんだろ? 店を開かないのかい?」
「どうして好きだって?」
「だって、ポーションの話しをしてる時、嬉しそうな顔だったからさ。あたしはこう見えても人を見る目はあるつもりだよ」
それから、ジャネットとはたまに依頼を受けるようになった。その経験もあって、最初は町の周辺で採取していたのが、今では一人である程度までいけるようになった。
「何だい、ジェーンはまだ商人ギルドに行ってなかったのかい」
「う、うん。どうしても決心がつかなくて……」
「勿体ない。あんたのポーションは品質もいいんだから、さっさと商人ギルドを通しなよ」
こうして街に来て一年、私はようやく商人ギルドへ登録しに行くことになった。
「いらっしゃいませ。どのような用件でしょうか?」
「ギルドへの登録を頼みたいんだけど……」
「お客様がですか?」
「あたしなわけないだろ。いかにも剣士ですって人間が何の用があるんだい。こっちだよ」
そういうとジャネットが私を男の人に近づける。
「ち、近っ!」
「近いって、当然だろ? ほら座りなよ」
いうが否や、男の人が何か言う前に私はジャネットによって席へつかされた。
「あ、で、こちらの方が登録で?」
「そうだよ。早く書類をくれよ」
「は、はいっ!」
ばたばたと男の人が書類を持ってくる。それに一つ一つ記入していく。
「分からないことはありませんか?」
「……大丈夫。読めるから」
「そ、そうですか」
次々に書類を書いていったけど、一か所だけ分からないところがあった。
「この、指定ギルド員っていうのは?」
「これは商人ギルドの担当者を固定できる制度です。でも、固定すると担当者がいないと取引が後日になることもあるのであまりお勧めできませんね」
「じゃあ、なんでこの制度があるんだい?」
「専門的なことや研究職の方だと説明が必要なことも多いのでその為です」
「なるほどねぇ、ちなみにあんたの得意分野は?」
「一応、薬草類ですね。数年前にアルバへ越してきたんですけど、元は山間の町育ちなのでちょっと詳しいですよ」
「ふ~ん」
ジャネットはそういうとちょっと考えた後、私に提案してきた。
「なあ、ジェーンは人と話すの苦手だろ? こいつに窓口になって貰ったらどうだい?」
「そんなことできるの?」
「さっき言ってた通りなら大丈夫だろ。それに、いつもみたいにジェーンも相手に緊張はしてないみたいだし」
「それはそうだけど…」
でも、それはジャネットに矢継ぎ早に言われる彼がちょっとかわいそうだと思ったからだ。そう言おうと思ったけれど、その前にジャネットは話しを進めてしまった。
「んで、あんたポーションの品質とか判るのかい?」
「大体は。詳しく判定するなら鑑定眼鏡も持ってますからお役に立てますよ」
「なら、ジェーンの面倒を見てくれよ。こいつ、人見知りだから毎回ここに来るなんてできないんでね。代わりに家に行って商品を持ち帰るぐらいサービスしてくれるんだろ?」
「アルバの町の中でしたら。でも、本当にいいんですか? 自宅までなんて……」
「いい。取りにこれる?」
何と! 家に取りに来てくれるそうだ。ジャネットには無茶を言うなぁと思っていたけれど、私は人見知りだし、持っていくのも面倒だから取りに来てくれるのは助かる。人が少ないと会話も何とか出来るし。
「では、家まで行きますね。実は私が担当を取るのは初めてでして、よろしくお願いします」
「ん。名前は?」
「私はミトラスといいます」
「分かった。指定ギルド員はミトラスっと。どうしたの?」
「いえ、先ほどから気になっていたのですが、綺麗な字ですね」
「何だい。担当員ってのはナンパもやってるのかい?」
「い、いえ、アルバでも登録される方はいらっしゃいますが、あまり整った字を書く方は少ないので……」
ミトラスは最後の方は声を小さくしながら話す。まあ、平民で文字の書き方を教わる機会は少ないから、癖の強い人も多いからね。
「そういや、ジェーンって字が綺麗だよねぇ。どこかで練習したの?」
「実家にいる時に練習した」
騎士爵といっても貴族は貴族。読み書きマナーは最低限の義務なのだ。家は母様が達筆なのでむやみに書かずに、綺麗に書ける書き方を教わったのだ。
「これで書類は終了ですね。では、ギルドカードを持ってくるので少々お待ちください」
ミトラスさんが帰って来る間、ギルド内を眺める。あまり来ることはないだろうけど、よく見ると綺麗な建物だ。明るい色が基調なのに汚れた感じもない。
「何見てるんだい?」
「中、綺麗だなって」
「そりゃあ、客商売だからね。汚れてたらその程度の店って思われちゃうよ」
「うちの宿汚い」
「まあ、金額によりけりだね。それなりのものを置くならそれなりの店構えだね。ていうかあんた、Dランクになったのにまだ安宿に住んでるのかい? アルバに住むならさっさと家を借りなよ。そうだ! あいつに紹介してもらえばいいじゃん」
「迷惑かける……」
「大丈夫だよ。初めての担当だって言ってたし、ちょっと言や紹介してくれるって!」
「話しが弾んでるようですね。お待たせしました、こちらがギルドカードになります」
「へぇ、こいつがねぇ。そうそう、話しといえばここで家とかも紹介してもらえないのかい?」
「家ですか?」
「ああ、商品を納品するのに宿ってのもあれだろ? 商人ギルドと取引するなら家の方が都合がいいだろ。あんただって、宿に女を訪ねるっていうのことがどういうことかわかるよねぇ」
家の方がいいって言った後は小声だったけど、ジャネットは何て言ったんだろ?
「わ、分かりました。それなりの場所を見つけます。ただ、すぐにとはいきませんけど……」
「なら、三日後にもう一回あたしが来るから、それまでに探しときなよ」
「任せてください!」
ミトラスさんもやる気になってるけど、ちょっと顔が赤い。ひょっとして体調悪いのかな? そんなこんなで無事にカードも作れたので今日は帰ることにした。
「じゃあ、四日後に宿でね。ちゃんとしたところを見つけるからさ」
「見つけるのは私なんですが……」
「期待してるよ。じゃあね、ジェーン」
「うん、ジャネットもまた」
ジャネットにあいさつをするとミトラスさんに向き直る。
「まだ何か?」
「こ、これからよろしく……」
ギルドの前で恥ずかしいけど、これからお世話になるので頑張ってお願いする。
「は、はい! 必ず、期待に添えるように頑張ります」
こうして、用事も済ませた私はのんびりとポーションを作りながら四日間過ごした。
ドンドン
「なんだろ? 宿の工事かな? 静かにしてほしい」
今日もポーションを作っていると音がした。家を持ったらこういうのもなくなるのかな?
「チッ、また集中してるね。鍵開けるよ!」
「い、良いんですか? 女性の部屋ですよ」
「あん? あたしだって女だよ。入るよ」
ガチャ
「うん? ジャネット?」
「ジャネット? じゃないよ。折角、家の下見について来てやったのに」
「ポーション作ってる。ちょっと待ってね」
「はいよ」
ジャネットは慣れているのであまり広くない部屋のベッドに腰掛ける。
「あの、私は……」
「いいから早く入りな。変な噂が立っちまうだろ」
慌てて入るミトラスさん。十分ほどで作っていたポーションが完成したのでミトラスさんに渡す。
「これ作ったやつ」
「は、はい」
「こら! 今日は家の下見だよ。納品は今度にしな」
「そうだった。着替えないと……」
「わっ、待ってください。出ますから!」
その場で着替えようとしたら、ミトラスさんが出て行った。一応私も女だし気を付けないといけないな。男性に失礼になっちゃう。
「んで、どこから見ていくんだい?」
「家賃、安いとこ」
「安いといっても治安は大事だろ?」
「そこまで人通りがないならいい」
「では、西側の通りがいいですね。東の店が並ぶ通りからは離れてますが、近くに宿もありますし冒険者ギルドからも近いので、将来店を出すならいい場所ですよ。今から環境に慣れておくのもいいと思います」
「ん。そこにする」
「こら、面倒だからって急いで決めない。ちゃんと見てからにしな」
「頑張る……」
「あんた、本当に人見知りなんだよね。あたしにはただの面倒臭がりにしか見えないよ」
「どっちもある」
「はぁ~、手のかかる妹だよ」
それから何件か家を見たけど、最初の家が一番良かった。
「ほら、最初だけでよかった」
「そういうのは見たから言えるんだよ。んで、家賃は大丈夫かい?」
「ポーションの引き取り価格次第?」
「だとよ」
「えっと、見た感じ品質は良いですね。というかアルバは初心者も多いので薬草の品質も安定しないんですが、貰ったものは全部普通以上の品質ですので、人気が出ると思います」
「具体的には?」
「冒険者ギルドであれば一本、大銅貨四枚程度でしょうが、うちなら普通のポーションでも大銅貨六枚。良いものは大銅貨八枚は堅いですね。材料費が大銅貨二枚ぐらいとしても、二十本も頂ければ毎月普通に生活は出来ますよ」
「もっと頑張る」
「でしたら、中級ポーションなどもお願いします。人気の種類などは伺う際に教えますので」
「お願い」
こうして家と納品先を確保した私はのびのびと、だけど確実に薬師として成長していった。
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「冒険者を見て欲しい?」
ジャネットから急にお願いされた。珍しいこともあるものだ。ポーションなら以前から依頼も受けていたけれど、頼みごと何て……。
「ああ、実力はあるんだろうけど知識が滅茶苦茶でね。わかる範囲でいいから教えてやって欲しいんだよ」
「ん、分かった」
「良いのかい?」
「うん。ジャネットの頼みだし、私も気になる」
だって、半年前にパーティーを解散してから元気のなかったジャネットが嬉しそうなんだもん。
「アスカです。よろしくお願いします」
紹介されたのはかわいい女の子だった。強そうには見えないけどとりあえず魔法を見せてもらう。
「枝、落として」
「枝ですか?」
つたない私の言葉でも理解できたのか、アスカはエアカッターで枝を落とす。その後も適当に違う枝を指定すると、効率の良い魔法を選んで落としていった。どうやら魔力操作のスキル持ちのようだ。私も持っているけど、あんなに正確に狙えるようになったのはつい最近だ。この子に私の教えることなんてあるのだろうか? そう思っていると変なことを言い出した。
「最近まで属性ごとに回復魔法があるのを知らなくて……」
魔法を使うなら常識だと思っていたけど、アスカは最近まで知らなかったようだ。私も心配になったのでこの子がちゃんとした知識が身に付くようにしないと。
「ジャネット、怪我させて」
「おう!」
一緒に来ていた少年に傷を作り、アスカに回復魔法を覚えさせる。こういうのは治したいって気持ちも大事だから、他人より知っている人の方が覚えやすいって母様に習ったのだ。それ以来、アスカともたまに出かけるようになった。アスカは薬草の採取が得意だから助かる。アルバの薬草も最近は質が上がって嬉しい限りだ。
「一応、私って薬師の娘なんですよ」
「そうなの……薬師の親に会ってみたい」
「ごめんなさい。お母さんは去年……」
「私こそゴメン」
こんな小さい子が冒険者をやっているなんて、事情があるのは分かってたのに。
「でも、頑張って私を治すために最後は薬を作ってくれたんですよ。自慢の母です」
「そうなんだ。すごい人だったんだね」
「ええ。多分」
親の話をするとアスカは変になる。悲しいからかなと思っていたけど、ちょっと違うみたいだ。
「そうだ! 折角ですからその薬の配合教えますよ!」
「えっ、いいの?」
「私じゃ上手く作れませんから! えっと、まずはリラ草を乾燥させて……」
うう~ん、アスカは心配だ。新種の伝染病の治療薬なんてギルドに駆けこめば、最低でも金貨十枚はする。それを惜しげもなく人に教えるなんて。これからも見守ろう。
「それで、ジェーンさん。冒険者ショップを通じてアスカちゃんにポーションを安売りしろってことですか?」
「うん。頼める?」
「アスカちゃんにはいつも薬を卸しているので出来なくはないですが、良いんですか? 最近はリラ草の品質も上がって、初級でも中級に近い回復量で高値で売れますけど」
「大丈夫、他でも売れるから。アスカが買う時にだけ出してくれたらいいから」
「分かりました。安売りは店でも難しいですから、初級と中級を入れ替えるように指示しますね」
「ありがと」
ミトラスさんはあれから週に二度は来てくれる。相変わらず色々頼み事も引き受けてくれるいい人だ。でも、私以外の人に会う時間を使わせてしまってるからちょっと悪い気もする。最近はちょっと疲れてるみたいだし。
「どうかしました?」
「あんまり寝てない?」
「私ですか? まあ、あれから三人受け持つようになりましたからね。リラ草の品質が上がって、直接取引をしたいっていう薬師さんも増えましたから」
「ここ来るの迷惑?」
「と、とんでもない! ここに来ると落ち着きますし、ジェーンさんは今人気の薬師ですからね。ギルドとしても大事なお客さんですよ」
「んん~」
そこはちょっと気になるけど、ゆっくりできるというのは嬉しい。私も人と話せて嬉しいから。でも、眠たいのは辛そうだ。そうだ! この前、アスカが欲しいと言っていた睡眠薬の残りがあった。これをプチッと飲み物に混ぜて……。
「何か?」
「これ飲む」
「え、あ、はい」
パタン
ジュースを飲ませるとミトラスさんは眠ってしまった。薬に慣れている私でも試しに飲んだらすぐに寝たぐらいだから、しばらくは起きないだろう。頑張ってベッドに運ぶとふと思い立った。
「私はどこで寝れば?」
まあ、床でいいかと思って動こうとすると手を握られて放してくれない。起きないとは思うけど力を入れて万が一、起きても困るしどうしようか? ポケットを見ると予備の睡眠薬が目に入る。
「ん。私も寝不足、ということでお休み」
考えるのも面倒になってきたので、起きてから考えたらいいと思った私は自分も睡眠薬を使って眠った。
「……さん、ジェーンさん」
「んぅ。うるさい」
「す、すみません。ですが、何が起こっているのか……」
ん? あれ? あれからどうしたんだっけ?
「ミトラスさんが寝て、面倒だから睡眠薬を……」
自分で飲んだのだ。ということは今は朝かな?
「今何時?」
「翌日の昼前です。それで、どうして私がジェーンさんと一緒に寝ているのか説明をお願いしたいんですけど」
「ミトラスさん、ジュース飲んで寝た。手を放してくれないので、私も一緒に寝た」
「えっ!? て、手を私が?」
「うん。強く握ってきたから離せなかった」
「それはうらやまし……いえ、申し訳ありませんでした。しかも、女性の家で眠るなど……」
「問題ない。私が薬盛った」
「盛った!? な、なぜです?」
「疲れてそうだったから。もしかして、予定あった? ごめんなさい」
「い、いえ。驚きましたが大丈夫です。昨日の予定はポーションを引き取るだけでしたから、今日は遅刻ですけど」
「ごめんなさい」
「大丈夫です。最近休みも取れテませんでしたし、説明しておきますよ」
「ほっ、良かった」
安心して私はミトラスさんを送り出す。ん、私? ちょっと眠いからもうひと眠り。ほら、睡眠不足は体に悪いってジャネットも言ってたし。それから数日後、なんだか難しい顔をしたミトラスさんがやって来た。
「すみません。商人ギルドまで来ていただけませんか?」
「ギルドに? どうして」
「申し訳ないんですが、先日の件でテン…」
やっぱり、上司の人に怒られたのだろうか? 分かったと返事をしてギルドに向かう。ギルドに着くと前とは違って個室に通された。奥にはすでに男の人が一人座っていた。
「どうぞおかけください」
「あ、はい」
言われた通り席に座る。
「あなたも座ってくださいね。当事者なんですから」
「は、はい」
ミトラスさんも私の隣に座る。見たことのない人だし偉い人のようだ。
「申し遅れました。私はこの街の商人ギルドマスターのモーセルと申します」
「あっ、ジェーンです」
「では、ジェーンさん。本日呼ばれた理由はご存じですか?」
「いえ」
「本日お呼びだてした理由ですが、先日そこのミトラスが家にお邪魔したようですね」
「え、まあ、いつも来てもらってる」
「それなのですが、ミトラスがあの日に限ってポーションを持ち帰らなかったのです。いつもあなたのところに寄ればすぐに帰って来ていたのですが。それも、翌日も遅刻する始末。何かあったのかと気になりまして」
「そ、それは……」
やっぱり、翌日遅刻したのが良くなかったようだ。あまり、言っていいことでないけど言わないと。
「疲れてたから、寝てもらった」
「えっと……それはどういう」
分かり易く説明したつもりだったけど、目の前の人はよくわからなかったみたいだ。
「ミトラスが最近疲れてたみたいだったので、薬を盛った」
「ギ、ギルドマスター、それだけですよ。他には何もありませんから!」
「ふむ。なぜそんなことを?」
「疲れてて大変そうだったから」
「そうでしたか! いや、うちのギルド員のことを心配していただき、ありがとうございます」
「それだけ? 彼は悪くないから、もっと休ませる」
「ええ、そう致します。これからも彼をよろしくお願いします」
「ん、任された」
生活が大変だから忘れてたけど、私は人のために何かしたいと思っていたんだった。ミトラスさんのためになって嬉しい。それから数日後、ギルドマスターからの手紙が届いた。手紙にはこれからもミトラスさんを思いやって欲しいということと、彼の両親が会いに来るから対応して欲しいとあった。
「んん、ミトラスさんの面倒を見るのは良いけど、親は何で?」
「どうかしました、ジェーンさん?」
「親が来るって」
「へぇ、いつ来られるのですか? お世話になってますし、挨拶をしないといけませんね」
「うん?」
なんで自分の親に挨拶をする必要があるんだろうか? アスカと一緒で何か事情があるのかな? そう思った私は深く追求はせずにその日を迎えた。私は過去から学べるのだ、エッヘン!
「な、なんで、親父たちがここに……」
「事前に連絡しておいただろう? お前が懇意にしている女性の取引相手がいるとギルドマスターに聞いてな」
「驚いたわよ。いつも仕事しかしていないあなたがいきなり……」
「それは誤解だって!」
「こんにちは、お父様、お母様」
「んまぁ~、あなた! お母様ですって、嬉しいわね~。うちは一人息子だから、女の子にそう呼ばれる日が来るなんて!」
「ああ、会うまでは私も不安があったが、いい女性に巡り合えたみたいだな!」
ん? 相手の両親にあったらこう呼べと母様に言われたんだけど、違ったのかな? あっ、相手の家名を先に言うんだっけ? まあ、いいかな。ミトラスさんの家名とか知らないし。
「ちょっと二人とも。そもそもどうしてここを知ってるの?」
「さっきも言ったが、ギルドマスターに聞いてな。お陰でお前の評価も上がってるらしいじゃないか」
「そうよ、ミトラス。ねぇ、ジェーンちゃん。何か欲しいものとかないの? うちはベール商会って言う商会なんだけど、他国とも取引があるのよ」
「うん、本かな? 珍しい薬草とか調合の載ってる本」
「まあ! 真剣に取り組んでるのね。わかったわ、リディアス王国から最新のものを取り寄せるわ。あの国は最近製薬で目覚ましい活躍なのよ!」
「ふふっ、楽しみ」
「ああっ、本当に今日はいい日だわ。そうだ! あなた、アルバにも支店を作りましょう。その支店は私たちが支部長になるの! 素晴らしいでしょう?」
「おおっ! それは良いな。商会も主だった業務は任せられるし、報告ならここを通る時で十分だ」
「何を言っているんだこの夫婦は……」
あっ、ミトラスさんが呆れてる。こんな顔初めて見たかも。やっぱり家族といるといつもとは違うんだな。
チクッ
「うん? なんか変な気分」
「どうしたんです、ジェーンさん?」
「ううん、何でも……ない」
声をかけられたからか、じっとミトラスさんを見てしまう。
「あら、あらあら、まあまあ! そう! 本当にいい娘さんを見つけたわね」
「全くなんだよ。母さんはさっきから」
「あっ……」
折角こっちを向いてたのに。
「私も分かるわぁ。一時期はそうだったもの。うんうん、息子が気に入られて嬉しいわ」
「だから何だって……」
「さあ、ジェーンちゃん。あっちで二人で話しましょう? お母様との秘密の会話よ」
「う、はい」
ずるずると引きずられるように奥の部屋へ行く。そして、ドアが閉まる前に小声で耳元でささやかれた。
ボンッ
言われて余りの恥ずかしさに直ぐに顔が真っ赤になる。うわぁ~恥ずかしい。
「ちょっ! 何言ったんだよ!?」
「あら、ここから先は女の会話よ。入ってこないでよね」
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あれから十数年、ずっと気になっていたので妻に聞いてみた。
「なぁ。あの時、結局何を言われたんだ?」
「あの時?」
「ほら、母さんに初めて会った時だよ。途中で部屋にこもっただろう?」
「い、言えない!」
「私にも?」
「あなたには……絶対!」
「女の秘密ってやつ?」
「そ、そう、だからダメ」
う~ん、私に甘い妻がこれだけ隠すなんて本当に気になる。
「いつか、教えてくれる?」
「無理、墓まで持っていく」
「そう、ならその時に聞かせてもらうよ」
「えっ、そこまでついてくるの?」
「君を一人にするなんて危なっかしくて、できないからね」
「バカなこと言ってないで、取引の時間」
「もうこんな時間か、それじゃ行ってくるね」
「いってらっしゃい」
何と幸せな日々だろうか、妻との出会いをくれたあの人使いの荒い剣士には感謝しきれない。私は今日も愛する妻に見送られながら邸を出る。側では私たち夫婦に遠慮した娘が手を振っている。私は娘に手を振り返すと踵を返して歩き出した。
了
適当に話を作って、フィアルとの薬品製造談義とか考えただけなのにどうしてこうなった…。そんなスペース亡くなってしまった。これを4000字にまとめる力をplease。