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フィアルとアルバと羊たち

「はぁ~、どうしましょうかね」


「どうしたんですかフィアル。ため息をついて」


「リン。いえ、以前から継続してラスターク子爵家から話が来ている王都出店の件ですよ」


「ああ、柔らかいパンを提供する代わりにラスターク領で取れた最高級の小麦を回してくれる件ですね」


 ここ数日、悩んでいた内容をリンに話す。私としても念願の王都への出店ではあるものの、こちらの店をどうするかということもありますし、リスクも高いのです。


「以前はちょっとトラブルになったので断りましたが、その後も粘り強く説得に来られましたし、店としてもメリットはあるのです。相手は領地持ちの子爵ですから出店の手配も、ろくに知り合いのいない私よりよほどいい物件を紹介してもらえるでしょう」


「ですが、そうなるとレシピの公開も必要なんですよね?」


「ええ。相手も最高級の小麦を用意をしてくれるので、味の心配はしていません。問題は店員なんですよ。当然、この店の従業員を連れて行けばここを任せる人がいなくなりますからね」


「子爵様にお願いしてはダメなのですか?」


「そこまでお願いしては流石に悪いですし、無いとは思いますが最悪店の権利が心配です。エステルに頼みたいのですが、宿は今大変な状況ですし話をするわけにはいきません」


 宿は今、ミーシャさんという経営者が抜けている状況ですから、なるべく他の問題を起こさないようにしたいのです。


「王都にフィアルが行くとなると経営者も必要ですよね。他に帳簿を付けるのは私ぐらいですが、誰かいないんですか?」


「そう思って雇う時の契約書を見返していたら、一人だけいたのです」


 ただ、見つけた時は何度も書類を見返しましたが。


「へぇ~、誰です?」


「ネイアですよ」


「ネイア⁉ あの子がですか?」


「ええ。前から変な魔法を使うと思ってはいましたが、実家は男爵家でした。しかも、子爵家の代官の家の出身で領地や経営のことにもそこそこ詳しいと」


「本当にネイアに話をするんですか?」


 リンが心配するのも分かります。私もこのような事態でなければ絶対に話す気にならなかったでしょう。


「ええ。他に出来そうな人はいませんし、アルバには良いエサというかライズたちがいますからね」


「ああ……あの子たちがいればネイアも変なことはしないでしょうね」


 アスカとは別の方向でネイアも従魔にこだわっています。一般人からすれば魔物ですから、普通は恐れるものなのですが。


「経過を見ていましたが、愛情が重たいだけで変なことはしていないようですし。逆に安心できますよ。世話も一生懸命しているようですしね」


「正直、それぐらい真面目に仕事に集中してもらえると私は嬉しいんですけど」


「まあ、その為に色々出来るとなれば今よりは真剣にやるでしょう」


「じゃあ、ちょっと呼んできますね、フィアル」


「頼みます」


 リンにネイアを呼んで貰う。さて、良い返事を貰えるとよいのですが……。


「ええっと、店長とリンさんに呼ばれるなんて私また何かしちゃいましたか? 最近はライズたちの世話も出来るだけ交代でしていたと思ったんですけど……」


「今日呼んだのはそういうことではありません。ここで雇う時の書類に『経営などの知識有り』と書かれているのですが本当ですか?」


「まあ一応は。といっても父の……代官の後をついていただけで実際にやったことはないですが……」


 遠慮がちにネイアが答える。急なことで戸惑っているのでしょう。


「帳簿の記入はどうかしら。ネイアは出来るの?」


「それなら大丈夫です! 税金の収支報告の手伝いは地獄でしたよ!! 何と言っても子爵家の代官なら数万人の税の計算をしますからね。下手な人は雇えないし、雇ってもお金がかかりすぎるって上から言われたりするんですよ!」


 思わず熱く語るネイアを落ち着かせて話を続ける。


「それで、なんでそんな話に? もしかして、新婚旅行ですか?」


「し、新婚旅行ってどこから出てきたんですか!」


「だって、リンさん店長と付き合ってるでしょ? 店でもこそっと二人だけの時に名前で呼び合うのっていいですよね」


「ど、どうしてそれを……」


「私って人の感情に作用する魔法が得意なんです。魔力は高くないですけど、結構変わった魔法らしくて珍しいんですよ。その所為かそういうのによく気が付くんです」


「そうでしたか。ですが、今回は新婚旅行の話ではありません。支店を作るという話ですよ」


「支店を? どこにです?」


「実は今、貴族の人から王都に店を構えないかという話が来ているのです。すぐにとは行きませんが、数か月後には出そうと前向きに考えています。そこで、経営が出来る人を捜しているのですよ。要は新しい店長候補ですね」


「嫌です! どうして王都なんかに行かないといけないんですか!! こうなったら、私の魔法で……」


 ネイアは人の心に作用するという魔法を使うため、魔力をためる。慌てて、リンが説明を始めた。


「お、落ち着きなさいネイア。行くのは私たちで貴方じゃないわ!」


「へ? どういうことですか?」


「流石に王都へ店を出すとなると、この店の評判だけでなく様々な問題が予想されます。それに対して新任の店長が問題に対処できるとは思っていません。なので、私やリンは王都の新店へ行き、料理長や主だった店員数名を軸にこの店を任せようと思っています」


「やだ~、それを先に言ってくださいよ。思わずリンさんを操るところでしたよ」


「何で私なの?」


「そりゃあ、店長はそこそこ魔力が多い方ですし、元冒険者ですからね。その点、リンさんはさほど魔力もないし万が一、効き目が弱くても対処できますから!」


「あ、あなたが初めて貴族だと思えたわ」


「そうですか? お父様にも昔から『お前が一番家で貴族らしいな』って褒められてたんですよ」


 絶対褒めていないですね。目的のためには手段を選ばないということですか。ヴェゼルスシープたちのことを考えると適任ですが、少々心配ですね。とはいえ、他に当てもありませんし、仕方がありませんね。


「そういうわけですから頼めませんか?」


「私は構わないですけど、みんなは納得しますかね? 結構、サボってると思われてるはずですけど……」


「自覚はあったのね。それについては経営ってことを考えて、適任者だって言うわ。実際あなたの今のやる気だと代わりの店員ぐらいすぐに見つけられそうだもの」


「ひどい! リンさんってそんなこと思ってたんですね」


「だって、ライズのところに行ったら休憩時間を大幅にオーバーしてるじゃない。店長になればそういうこともなくなるってみんなに言えばいいかしらね?」


「あ、あれは仕方ないんです。もふもふがダブルで、夫婦ですり寄ってくるんですよ! ああっ、逃れられないっ!」


「本当にネイアで大丈夫ですかフィアル?」


「私もちょっと不安になってきましたね。何せこのタイプの人間は冒険者時代にいませんでしたから……」


「し、心配しないでください。この店にいられるなら頑張ります! もふもふが汚されないように全力でぶつかりますから!」



 こうして、私たちが店長候補を見つけてしばらく経った。ネイアは私たちの予想を大きく裏切る形で仕事が出来た。


「あっ、リンさん。この計算違いますよ。これは個数✕価格ですけど、割引は一個単位じゃなくて最終価格からになるんで金額変わってきます」


「あっ、本当ね。でも、これぐらいなら大丈夫じゃない?」


「ダメです! 今日ずれたのが銅貨一枚でも、一年後、十年後には大銅貨や銀貨で変わってくるんですよ。その説明と調査にいくらかかると思ってるんですか! 店長もその辺しっかりしてくださいよ。あっ、ここも銅貨一枚以下の時は最終価格から切り上げですよ」


「すみません。うっかりしてました」


「王都に私はいませんから、もっとしっかりした人を雇った方がいいですよ。店長たちは通常の業務に集中して、最終確認だけする方がいいです!」


 力強くそう宣言するネイアに私たちは主導権を握られっぱなしでした。まさか、ここまで厳しい面を持っていたとは……。


「ネイアの言うことにも一理ありますね。経理ができる人を知りませんか?」


「私の知り合いは領地にしかいませんからちょっと時間下さい。後、若くてもいいですか?」


「それはどういう理由で?」


「簡単ですよ。王都勤めだという条件を出した方が人材を呼びやすいんです。田舎暮らしから都会に行けますからね。きちんと契約書には三年以上の勤務期間ってしといてくださいよ。都会が嫌になっても魔法契約で三年ぐらい縛ってれば慣れますから!」


「分かったわ。でも、本当にネイアって優秀だったのね」


「自慢じゃないですけど、昔は領地持ち貴族の嫁になれるって言われてましたから」


 自信たっぷりにネイアはそういいますが、結局うちに来ているのはどういうことでしょうか? 本人が言うぐらいですから、他の職場でも重用されたはずです。


「ならどうして、うちの店に来たの?」


「私って帳簿とか経営の話になると人が変わるっていうか、のめりこんじゃうんですよね。相手の人に何時もそこで『これ以上口を出すな!』って言われてしまうんです」


「ネイアの指摘が間違ってたからじゃないの?」


「そんなことはあり得ません! こう見えても子爵家にお邪魔して本を読み漁ってましたから!」


 そこまで聞いてリンも私も納得しました。この調子で将来も任せてくださいよって言われたら、男性社会のこの世界ではやっていけないでしょう。優秀ですが、それだけに嫌われた訳ですか。


「挙句にどこかの男爵家の子息に変な噂を広められて、こうして家を出て職探ししてたんですよ。でも、この店を見つけられて良かったです。貴族時代のマナーと知識で仕事量もそこそこなのに、いいお給料ですし。私も税金の計算で庶民の給料は把握してましたから、女性でここまでもらえるなんてラッキーでした。今は店長にも成れそうですし、もふもふもついてくるんですよ!」


 一気呵成に言い終わるとさらにもふもふ! と付け加えるネイア。本当にライズたちのこととなると人が変わりますね。


「そのもふもふはアスカからの大切な預かりものですから、大事にしてくださいよ」


「分かってます! 全力でやりますから。私が店長として頑張れば、あの子たちの家や食事もグレードアップできますからね!」


 こうして、半年後には体調の良くなったミーシャさんが復帰したので、宿からエステルさんを引き抜きました。エステルさんには将来三号店を開く時を見越して、店長候補兼料理長としての教育も始まりました。


「だから、この仕入れの計算はこうです」


「こうですか? 色々あって面倒なんですね」


「確かにそうですね。店長たちは覚えてしまえば確認だけですが、将来は料理長職を兼任するエステルさんだと負担が大きいですよね。分かりました。業者に連絡を取って、どれかに計算を合わせるように掛け合って見ましょう」


「良いんですか?」


「任せてくださいよ! エステルさんの習熟も私の(もふもふタイム)業務に大いに関係しますからね。早く一人前に成れるようにするのは当然です!」


「ありがとうございます! ネイアさんが店長で私、嬉しいです!」


「そ、そお?」


 やばい、エステルさんの純真さが最近辛いわ~。私は一秒でも早く、前以上の休憩時間の確保に動いてるだけなのに……。彼氏まで純情で一緒に店で食事してるとキラキラ眩しいわね。私も彼氏とか……いえ、ライズやリーヌと会う時間が減るわね。ないわ、絶対ない。

 今の目標は三号店へ移る時にあの子たちの子どもを連れていくことなんだから、もっと頑張らないと! この実質二号店は将来的に町出身のエステルさんに任すって聞いて以来の野望なのよ!




「で、なんで一緒についてくるのがあんただけなのよ」


 それから数年。予定通り、エステルがアルバ店店長となり、私は三号店店長として勤務地に来ていた。


「し、仕方ないですよ。料理長の私以外は流石に遠方過ぎて来れません」


「まあ、三号店は私の父が代官をしていた領地で、今は兄さんが代官をやってるから、人は何とかなるけど、着いてきたのがどうしてあなたなの……」


「で、でも料理する人は必要ですし。ほら、メナスやファルンのご飯だって」


「分かってるわよ。でも何も二人って言うのはね。あっ、分かってると思うけど今まで通りこの子たちの食事はあなたが作るのよ? 店には危なくておけないから隣に作ってもらった私の家に住まわすの。毎日ちゃんと作りなさいよ。一生よ一生!」


「は、はい。では、店で作って持っていきます!」


「あ、あなたバカなの。そんなことしたら、店の食材か家の食材か分からなくなるでしょ! 毎日家で作ればいいわよ。通うのも面倒だから家に置いてあげるわよ」


「店長……それって」


「それと! 店長って呼ぶのはやめなさい。一緒に住んでるのに役職で呼んでたら変でしょ?」


「良いんですか⁉」


「私が良いって言ってるの! わかりなさいよ」


「じゃあ、店長……いえ、ネイアさん。これからよろしくお願いします!」


「かしこまった挨拶はいらないわよ。一生住むんですからね!」


「はい! じゃあ、よろしく」


《ミェ~ ミェ~》


「あなたたちもこの人が一緒で嬉しい? これからもずっとよろしくね」


 折角、新店舗を任されたんだし、この子たちと触れ合いながら働ける職場にしてやるわよ! ど~せ、店長たちはここまで来れやしないんだから気にしなくていいし。

 その後、私が完全プロデュースしたレストランは、魔物と触れ合える変わった店として物珍しく、貴族もやってくる大人気店になった。


「ほら、もう少しだけ頑張ってメナス、ファルン。でも流石にあなたたちだけじゃしんどいわよね。ちょっと休みを取って、エミールの子どもをもらってこようかしら? もふもふもいいけどすべすべもいいのよね~」



という訳で、ちょっと怪しいお姉さんの後日談でした。

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