if2 旅の剣士と騎士様と
「はぁ~。全く、アスカをあのいけ好かないガキに取られてからというもの、災難続きだね。なんでこんな剣士と組まないといけないんだよ」
「まあまあ、ジャネットさん。リックさんがいないと僕らは依頼を受けられませんし」
「そうだぞジャネット。それに俺がいれば魔法使いの代わりにもなるし、一石二鳥だろ?」
「その軽薄な性格じゃ無けりゃもっといいんだけどねぇ」
「それは持って生まれたアイデンティティだからな。流石に変えられんよ」
「ったく、別に二人旅でもいいんだけどねあたしは」
「ほう? とうとう俺についてくる気になったのか?」
「寝言は寝ていいな。リュート行くよ。こいつにかまってたら日が暮れちまう」
「は、はい。ダメですよリックさん。ジャネットさんはもっと誠実に行かないと……」
「君も言うねリュート。だけど、これはもう染みついたものだからね。あえて言うなら俺なりの処世術だよ」
「まあ、僕は助かってるからいいんですけど、喧嘩だけはしないようにしてくださいよ」
「もちろんだとも! 女性……特にジャネットとは喧嘩をする気はない」
「本当にどうしてそこまでジャネットさんにこだわるんです。他にも腕の立つ剣士はいるでしょう?」
「確かに。だが、彼女は私にないものを持ち合わせている。何よりあの性格は好ましいのでね。実は相手を選ぶのは一苦労でな」
「とやかく言いませんけど、節度は守ってくださいよ」
「そこはこの剣にかけて誓おう!」
「はぁ、この人ももうちょっと常識人ならよかったのに……」
現在、僕らは聖王国に来ている。この国では異教徒は何をするにも別料金が都度かかるし、ダンジョンや魔物の素材も強制買取になる。僕らは面倒を避けるため、この国にいる間だけ聖王教徒になってそれを免除されている。だから、問題はない筈だったんだけど……。
「いや、俺は根っからのシェルレーネ教徒でな。流石に祈る神を変えることはできない」
なんて柄にもなくリックさんが普通のことを言ったおかげで、パーティーも別れてしまっている。僕らのパーティーが倒した魔物は適正買取で持ち帰れるけど、リックさんの物は相場よりやや安値で強制買取だ。
しょうがないので素材の価値が低い魔物をリックさんが倒していると、この前とうとうギルドから文句を言われたのだ。
「冒険者ギルドが中立って言っても国民の九割以上が聖王教徒なら仕方ないか」
ギルド職員からして聖王教徒ならギルドマスターも聖王教徒だ。聖王教に不利な条件を満たす冒険者は即にらまれるみたいだ。
「これはアスカにすぐに手紙を書かないといけませんね。この国には絶対に入らないようにって」
「だねぇ。アスカがこの国に入ったらすぐに揉めちまうよ」
僕らは今、アスカの代わりに世界を回っている……というのとはちょっと違っていて、アスカが次に旅をしそうなところを回っている。結局、一緒には旅に出なかったけど、今でも僕らの中ではアスカがリーダーだ。
ジャネットさんも腕を上げられるならどこでもいいと言いつつ、アスカが興味を持ちそうな国に先回りしている。引き際を見誤った感じもするけどね。
「いつも話題に出てくるアスカというのはひょっとして細工師の?」
「おや、リックも知ってたのかい?」
「もちろんだとも。新進気鋭の細工師にして聖霊信仰者アスカと言えば有名だぞ。よほどのことがない限り、シェルレーネ教の他の聖霊の像も作ってくれ、作りも丁寧で値段も手ごろ。今では取引のある商会に予約しないと手に入らないほどだ」
「この二年でそこまで知れ渡ってるとはね。アスカめ、あんだけ目立たないようにって注意したのに」
「仕方がないさ。彼女の作品の質は今や細工の町の工房主にも勝るとも劣らないという評判だ。しかも、町では評判の美女だとか。男性だけでなく女性からの人気も高いのさ」
「中身は色気のないポンコツなんだけどねぇ」
人懐っこかった少女をジャネットは思い出す。トテトテと後をついていた少女は成長して、自分の道を歩くようになった。とはいえまだまだ不安なのでこうして先に国を回っているのだが……。
「大体、マディーナたちは二人でもちゃんとした依頼を受けられるってのに、どうしてあたしはダメなんだか……」
「しょうがないですよ。ジャネットさんは新米のAランク。僕は成り立てのBランクですけど、あっちはどっちもベテランのAランクですから。しかも、最近じゃSランクに昇格かって噂まであるんですから」
「マディーナ? 彼女とジャネットは知り合いなのか?」
「ああ、依頼を一緒に受けたことがあってね。それからもたまに組んでたよ」
「人脈も問題なしか。ますます気に入ったぞ、ジャネット」
「あたしはその発言に嫌気がさしたけどね」
「まぁまぁ。どうだ、その先の店で一緒に食事でも?」
「いいけど、あんたそこは異教徒立ち入り禁止の店だよ?」
「くっ、早くこの国を出るぞ! もう十分だろう」
「はぁ、あんたと意見が合う日が来るとはね。リュートもいいね?」
「正直、僕も合いませんからいいですよ」
「なら次はどこに行こうかね?」
「ジャネットさん、ルイン帝国はどうです? 聖王国と同じくらいの歴史ある帝国ですけど」
「おっ、それは良い。ぜひそうしよう!」
「げっ、あんたが勧めるなんて何もないだろうね?」
「大丈夫さ。あそこはちょっと格式張ってるけどいいところだ」
「ま、当てもないしそこにするか。歴史好きのアスカなら行きたいっていうかもしれないしね」
こうして僕らは聖王国を出て、隣のルイン帝国に向かった。
「で、なんであんたが検問所で捕まってるんだい、リック」
「申し訳ない。この国には知り合いが多くてね。ここからなら、ばれないと思ったんだが……」
「はぁ、しょうがない。リュート置いていくよ」
「ええっ!? 待たないんですか?」
「こんな国境検問に引っかかる奴なんて知り合いでも何でもないよ。それに都合よくパーティもまだ別れたままだしね」
「そ、それは流石に薄情だろうジャネット」
「じゃあ三十分だけ待ってやるから話を付けて来なよ」
「おや、リックの知り合いかな?」
検問所から報告を受けたらしい、やけに身なりの良い人物が現れた。
「げっ、カーティスか。君がまたなんでこんなところに?」
「誰かさんが一年も行方をくらませてくれたおかげで、国境警備の名の元にたらいまわしされてるんだよ。一度領地に帰るまでは逃がさんからな」
「領地? リック、あんたやけに身なりが良いと思ったら貴族だったのかい」
「ははは、一応ね。まあ、しがない貴族の末席だから気にしないでくれ」
「しがない貴族? この歴史ある国の領地もち伯爵家の人間が末席だなんて末恐ろしい発言だな。とにかく、一度領地に戻ってもらうぞ!」
「分かったよ。ただし、この二人も連れて行ってくれよ」
「あたしたちは別にいいけどね」
「そう言わないでくれジャネット。向こうに着いたらごちそうしてやるから」
「それって、あんたんちの邸でじゃないよねぇ。ちゃんと自分の金を出すんだよ」
「もっ、もちろんだとも……」
「リックが押されてるなんて珍しいものを見たものだ」
こうして、カーティスというリックさんの友人に連れられて、僕たちはベンティゴ伯爵領を訪れた。
「おおっ! リック、ようやく帰って来たな。今度はそう簡単に逃がさんぞ!」
「父上、見聞を広めるため長らく領地を空けておりました。後ほど成果をご覧いれましょう」
「はぁ、まったく口だけは達者になったようだな。それで後ろの者たちは?」
「旅の途中で出会った者です。女性の方がジャネット、Aランクの冒険者です。男性の方はリュートと言ってこちらはBランクの冒険者になります」
「ほう? 二人とも若くして腕が立つようだな。わしも指揮官をしていなければ手合わせしたかったところだ」
「リック、元気な親父さんだね」
「まあな。この領地は隣国との国境こそないが、魔物が住む森があってな。領主と言えど兵の先頭に立って指揮を執ることもあるんだ。大体は代官の役目になるがな」
「そうだ。それで思い出したぞ! 騎士になると言って出て行った挙句、騎士団で他国の調査というろくでもないものを引き受けおって、どういうつもりだ?」
「お言葉ですが父上。私も次男とはいえ伯爵家の人間。おいそれと他国に顔を出すことはできません。騎士団のあの依頼はそこに降って湧いたチャンスだったのです。自由に身動きが取れる今こそ見聞を広める機会だと」
「口では何とでもいえる。騎士団に報告する以外にもこっちにもちゃんと書類を出せ。何の成果もないようなら今度こそ話を進めるからな!」
「はっ! では後程提出いたします」
リックさんの父親……領主とみられる人は渋々ながら納得したのか奥へ行った。
「あんた、ほんとに貴族だったんだね」
「信じてなかったのか?」
「いや、信じるどうこうより使い分けてるって思ってね」
「ああ。伯爵家ともなれば色々あるからな」
「さて、それじゃ約束通り飯でも連れてってもらうかね」
「任せてくれ。領都は庭のようなものだ。ちょっと怪しい店から普通に美味い店までどこでも案内できるぞ」
「最初に出てくるのが怪しい店かい」
そうして、伯爵家次男の客として迎え入れられた僕たちは邸の客室を与えられ、領都の冒険者ギルドに通う毎日を送った。そして、二か月が過ぎた……。
「ジャネット様、今日も成果は上々ですかい?」
「ああ、ミノタウロスが一匹にサイクロプスが二匹だよ。しっかし、ここの魔物は強い奴が多いねぇ」
「ええ。お陰でこうしてギルドも儲かってるんでさぁ」
「まぁその分、一般人は大変だろうけどね。ところでなんであたしのことを様付きで呼ぶんだい?」
「そりゃあ、ジャネット様は領主様のご子息の恋人でしょう? 当然でさぁ」
「はぁ!? 一体いつからそんな噂が……」
「一月前からありますぜ。今じゃ、ギルドどころか街でも噂です。ここの酒場でも、大体ご一緒ですし」
「おごってくれるって言うからここで飲んでたけど、さてはリックのやつ確信犯だね」
「まあ、旅の途中あれだけ言ってもかわされたんだ。地盤を固めるのは常套手段だろ?」
「リック! あたしが面倒なの嫌いって分かってるんだろ?」
「心配しなくてもいい。今でこそ伯爵家の次男坊だが、兄が家を継げばただの一介の騎士だ。騎士には平民出のものも多いぞ」
「本当だろうね?」
「ああ、嘘は言わないさ」
「それでジャネットさん、そのまま婚約を受けちゃったんですか?」
「まあ、あたしもそろそろいい歳だし、リックも乱暴なやつじゃないからね」
「妹が妹なら姉も姉かぁ」
「何か言ったかいリュート?」
「いえ、幸せそうだなって」
「ばっ! からかうなよ。こういうの慣れてないんだから」
それから三年後……。
「リック、あんた騙したね! 兄貴が跡を継げば一介の騎士だって言ったじゃないか!!」
「騙してなどいないさ。確かに兄上が伯爵家を継いだ時点では俺はただの地方貴族の騎士爵だ。だが、貴族で次男と言えば当主に何かあった時は跡を継ぐ存在だ。男爵家ならともかく、伯爵家なら当然それに備えて代官も任されるし、こうやって男爵位も叙爵されるに決まっているだろう?」
「そ、そういうことは前もってだね……」
「前もって言ったらジャネットは嫌がっただろう? 何も騙した訳じゃない。聞かれなかったから説明しなかっただけだ」
「リュート、あんたは知ってたね!」
「そ、それは……僕も今ではこの領地の騎士ですから常識として身につけてますよ」
「はっはっはっ! リュート君は我が家に仕える騎士だからね。私が不利になることを言うはずがないだろう?」
僕はジャネットさんの婚約後、身近な相談相手も兼ねて伯爵家の騎士団にスカウトされた。もちろんそれだけじゃなくて、良縁も世話してくれるっていう条件も魅力的だった。今ではかわいい妻ももらったし、伯爵家を裏切るなんてことはできないよね。
「くそう、出てってやる!」
「おかあたま、でてく?」
「うっ、マレーナ……」
マレーナ様はもうすぐ二歳になるジャネットさんとリチャード様(リックさんの本名)の子どもだ。
出産後、ジャネットさんは伯爵領の治安維持も兼ねて冒険者に復帰したものの、娘が大好きでほぼ日帰りの依頼しか受けていない。そんなジャネットさんの決意は早くも揺らいでいる。
「ほら、ジャネットが大好きなマレーナも邸が好きだって。な、マレーナ?」
「まれー、みんなすきー」
「……分かったよ。でも、あたしが男爵夫人なんて無理だからね! 全く、なんでこんな奴を好きになったんだか」
最後の方はつぶやくように言ったみたいだったけど、ジャネットさんは日頃から鍛えてるし、声も響くんだよね。リチャード様も耳をピクピクさせて聞き取ったようだ。
「ふむ、今日は良い日だ。リュート! 夕飯は豪勢に護衛たちも食べられる料理をたんまりと作らせよう。料理長にそう伝えてくれ!」
「はっ! 了解いたしました」
任務を受けたので、この場を辞する。こんなことは流石に主には言えないけれど、リチャード様もやっぱり変わってるよなぁ。僕の周りって振り返ってみても常識人がいないよ。
「はぁ、豪勢な食事は楽しみだけど簡単に食べて妻に癒してもらおう」
じゃないと気苦労ばかりでまいっちゃうよ。もしかしてこれを見越しての縁談だったのかな? まあ、あんないい人が僕に嫁いで来てくれたんだし一別にいいけどね。
かくして、ジャネットはジャネット・ヘルムート男爵夫人として一男二女をもうけた。長女のマレーナは母親譲りの剣の才能と父親の魔力を持ち、皇女の護衛まで上りつめ領地持ちの子爵と結婚。
長男はリチャードの兄の子が三人とも女だったため、ベンティゴ伯爵家を継ぐに至った。後年、次女が訪ねてくるたびに彼女はこう言ったという。
「幼馴染の男爵家に嫁いだあんただけだよ、普通なのは。これからも私を落ち着かせてくれよ。そうそう、また他国に行ってきたんだってね。お土産ありがとね」
「はい、お母様。気に入って頂けたら幸いです」
自分の嫁ぎ先が土地を持たないただの男爵家ではなく、実は他国の諜報を専門にしている名門貴族の家だとは生涯言い出せない次女だった。
「お母様は元平民でただでさえ苦手な社交の場にも、兄が伯爵家を継いでからたびたび駆り出されていらっしゃるし、これ以上は酷よね」
兄は養子として伯爵家に入ったものの、伯爵夫人の都合がつかない時は代理として分家且つ実母であるお母様がパーティーを取り仕切ることもある。
「ストレス発散にまたミノタウロス狩りにでも行かれたら大変だもの」
「どうかしたかい?」
「あなた! いえ、お母様の心が安らいだみたいで安心したのですわ」
「ああ、お義母様は下位貴族の中ではいまや有名人だからね。流石にあれをされると騒ぎになるよ」
二年ほど前には慣れない社交で苦労して、突然一週間留守にしたかと思うと、騎士団の中隊長を始めとした騎士を連れて、二桁のミノタウロスを含む高ランクの魔物をしとめてきたのだ。
領境近くでやったらしく、直ぐさま他の貴族にもそのことは知れ渡った。今ではベンティゴ伯爵家の騎士たちは精鋭ぞろいだと思われている。
「お母様が指揮LV4もあるのが悪いのです。今やベンティゴの女将軍とまで言われて……」
「まあ実際、彼女が指揮した方が騎士団も成果を上げるんだから仕方ないけどね」
「お姉さまも嫁いでから身に付けたらしく、先が不安ですわ」
「国にとってはありがたいけどね」
こうして今日もジャネットの人生は紡がれていくのである。
という訳でif編のジャネットでした。たまにやってくるアスカにからかわれてそうな感じですね。