if 旅に出なかったアスカと一人の少年
この章では、町の人たちの今後やちょっと思いついた話なんかを載せます。今回はアスカとロビン君のifストーリーです。
僕には憧れている人がいる。その人はとっても綺麗で優しくて、まるで女神のような人だ。
「どうしたのロビン、ぼーっとしちゃって」
「ヘレン姉さん、ちょっと考え事」
「もう、どうせまたアスカちゃんのことでしょ?」
「そ、そんなこと……」
「良いの良いの。私がもし男だったら絶対離さないもん。あんな子、滅多にいないわよ。滅多にっていうか二度と出会わないわね」
「やっぱりそうかな……」
僕は仲良くしているアスカのことを思い浮かべる。改めて考えても確かに二度とない出会いだろう。
「もちろんよ。折角仲が良いんだからアタックしてみないの?」
「無理だよ。僕は村にずっといるんだし、アスカはもうすぐ旅に出るんだよ」
「じゃあ、旅に出ないように説得してみなさいよ。そしたら問題は解決するでしょ?」
「そんな簡単に言わないでよ。旅をするのはアスカの夢なんだよ!」
全く姉さんときたら。アルバの町に来るまで身体の弱かったアスカの夢を邪魔するなんてできるわけがないじゃないか。
「そうなの? そんな感じしないけどな~。あの子、色々出来るからちょっと外が気になるだけじゃないの?」
「で、でも、行きたがってるのは本当だよ。レディトとかのお土産とかも貰ったことあるけど、楽しそうだったし」
「そりゃそうでしょ。アルバが町っていっても中継都市としてはレディトと比べちゃうと中途半端だし。でも、国内を巡るぐらいならここに居ても出来るわよね。ワンシーズン休みが取れるぐらい村の男が強ければいいんだもの。それに彼女が村へ来てくれたら男と言わず、男女関係なしに狩りが出来るようになるわよ?」
「そんな簡単に行くかな?」
「あんたが、彼女と一緒にいたいって思うんなら出来るわよ。私がこうやって話が出来るのもあと少しなんだからしっかりしなさいね」
「本当にヘレン姉さんは嫁ぐの? あんなに宿のことに気を配ってたのに……」
姉さんは普段から客が来ない宿をずっと維持し続けてきた。その苦労を知っている僕からすれば、村を出て嫁ぐ今回の結婚は辛い決断だと思う。
「相手は隣村の村長の息子だもの、しょうがないわよ。この村で年齢が合うのは私ぐらいだし、最近まであの村には色々便宜を図ってもらったしね」
ヘレン姉さんは以前から交流のある隣村に嫁ぐことになっている。相手は狩りが上手くいっていなかった期間に獲物を融通してくれた村の村長の息子だ。向こうの村は町から遠いので、この村よりさらに人の流入が少ない。
だから、人を入れるためにこの村にも話が来たんだ。村が世話になったので姉さんの一存で断れるものじゃないのは分かってる。
「僕も獲物を獲れるようになったし、嫌なら……」
「ふふっ、ロビンはまだまだ子どもね。獲物を返せば済む話じゃないのよ。向こうには新しい血が必要なの。それに悪い話じゃないわ。宿のことばかりで村の男たちとろくに交流も持ってない私が、次期村長の嫁になるのよ? この村じゃ絶対あり得ないわよ」
「でも、一回しか会ってないんでしょ?」
「やけに突っかかるわねロビン。あんただってアスカちゃんと会ってすぐに気に入ったでしょ? お姉ちゃんが取られるのがそんなに寂しいの?」
「そんなんじゃないよ!」
僕だって獲物を獲れるようになって、大人の仲間入りをしたんだ。だから、何か力に成れればって思ったのに、ヘレン姉さんったらからかうなんて。
「私のことは良いから、ロビンも真剣に考えた方がいいわよ。アスカちゃんって見た目と違ってぽんやりしてるから、ちょっと言い寄られるとすぐにそっちに行っちゃうわよ」
「でも、どうやって会いに行けば……。今度の町行きは来月だし」
「任せなさい! お姉ちゃんが狩りの予定をちょちょいと変えといてあげるから!」
「そんなこと出来るの?」
「ええ。私は村の代表として隣村の村長の家に嫁ぐのよ。今ならそれぐらい簡単よ!」
てっきり狩人に話を付けるのかと思ったら、まさかの村長へ話を持っていく気のヘレン姉さん。でも、ヘレン姉さんが村のために結婚を断れないから村長さんも嫌とは言えないだろうな。
こうして、僕の狩りの予定はキャンセルされ、代わりに町行きの許可が出たのだった。
「それじゃロビン。期待してるからね!」
「ありがとう。でも、期待はしないでよ?」
「そんな調子でどうするんだ? この前泊まった時の勢いで行け!」
「ちょっ、父さん知ってたの⁉」
「あら~、何の話?」
「実はこの前アスカちゃんが泊まった時にだな……」
「と、父さん! 絶対その話は秘密にしといてよ!」
「わ、分かった。だがロビン、お前も家の子どもだ。行く時はガツンと行けよ!」
「それじゃ行ってきます」
これ以上は父さんが何を言い出すか分からないので、返事はせずにアルバへと僕は向かった。
「だけど、一人で村を出るのは初めてだし注意しないとな」
いくらここが街道とはいえ、側道も側道だ。道路整備も村から町へ馬車を走らせるようになってから最低限整えられたものの、魔物に出くわすこともあるから注意しないと。特に僕は弓以外はほとんど使えないから初動が大事だ。
「せめて短剣ぐらい使えたらな」
投擲も覚えたいし、狩人としてもまだまだやることは沢山有る。
「でも、今はアスカに会いに行かないと!」
やりたいこともあるけど、誰のためにっていうのも大事だと思う。きっと、アスカと一緒なら僕はもっと頑張れると思うんだ。アルバに着くと早速、鳥の巣の受付へ行く。
「あれ、ロビンさん? まだ、次の訪問日じゃないのけど、おねえちゃんに会いにでも来たの?」
「あ、いや、そのう……」
いきなりエレンちゃんに確信を突かれ、しどろもどろになる。
「そっか。なら、何泊していく?」
分かってますよとエレンちゃんが笑顔で答える。アスカは鈍いのに周りは鋭い子ばかりで困る。でも、またとないチャンスなのでお願いする。
「とりあえず四泊ぐらい。隣、いい?」
「ロビンさんならいいかな?」
「意外だね。エレンちゃんは一緒に働いてたリュートさん贔屓だと思ってたよ」
「リュートさんかぁ。いい人ではあるんだけどね。あの人みんなが思ってるより町にこだわりがないんだ。リュートさんだったら絶対おねえちゃんと一緒に町から出ちゃうもん。その点、ロビンさんは結婚したってワインツ村でしょ? 会おうと思ったらすぐ会えるもんね~」
そういうことか。エレンちゃんは僕より年下なのに結婚相手も見つけてるし、しっかりした子だな。
「あれ? エレンちゃん誰と話してるの。ロビン君だ! 珍しいね、今度町に来るのは来月だって言ってたのに」
「えっと、獲物が十分取れてちょっと暇が出来たから、たまには町に来てみようと思って」
「ひょっとして私に会いに来てくれたの? な~んて……」
「そうだよ」
「へっ? 本当に?」
アスカは僕の言葉に面食らった様子だ。本当に鈍いんだから。
「だって、アスカはもうすぐ旅に出ちゃうんでしょ? その前に会っておきたいって思ってね」
「そっか、ありがと」
「でも、アスカは本当に旅に出るの?」
「それ、みんなに言われてる。特にエレンちゃんには毎日のようにね。そんなに私が旅に出るのっておかしいかな?」
「おかしいとは思わないけど、アスカってアルバに馴染んでるし、わざわざ旅に出なくてもって思うけど……」
これは本当に思っている。美味しい物も食べられるし、レディトへ行けばそれなりのものも揃う。不満のある生活とは思えないんだけどな。
「そうなんだけどね。周りの人以外には言ってないんだけど、私ってこの町に来るまでは体が弱かったの。小さい時はそうでもなかったんだけどね。持病と事故で寝たきりだったこともあるんだ。だから、いつか元気になったら世界中を見て回りたいなって。やっぱり変かな?」
「おかしくはないよ。でも、それってアルバにいたら出来ないこと?」
「無理だよ。だって、旅に出るのはとっても時間がかかるもん」
アスカが病弱だったっていうのは初めて聞いたけど、ちょっと納得。みんな心配して見てるし、常識にも疎いと思ったらそういうことだったんだ。でも、僕はアスカに町にいてほしくて言葉を発してみた。
「例えばさ一年の内、三か月ぐらいは旅に出て何年かかけて、ちょっとずつ世界を回っていくのはどう? 流石に遠いところは難しいかもしれないけど、それでもかなり広い世界を見に行けるよ?」
「そっか。そんな考え方もあるんだね。私って旅に出なきゃどこにも行けないって思ってたかも」
「ほら、レディトだって一回行くだけなら三日もあれば行けるでしょ?」
「うん。行って帰ってこれるね」
「王都や他の町だって片道一週間ぐらいならいっぱい行けるところもあると思うんだ」
「確かに。一か月もかけたら他の国に行って帰ってくることも出来るかも!」
アスカも乗って来た。もう一押しかな?
「そうそう。だから、最初はアルバを拠点にしてまずは国内を巡ってみて、旅が気に入ったら改めて出かければいいんじゃないかな?」
「いい考えかも。でも、今回の旅はリュートやジャネットさんが一緒に行ってくれるけど、町に留まるとそうとは限らないんだよね。旅は結構危ないからなぁ」
うっ、流石にそう簡単には説得は無理か。まずはもうしばらく町で暮らしてもらうつもりだったけど、中々難しそうだ。
「そ、それならさ、僕が一緒について行くよ」
「ロビン君が? 無理でしょ、狩人の仕事があるのに……」
「大丈夫さ。冬の間は獲物も少なくなるから、その間の三か月ぐらい何ともないよ。季節は大体固定になっちゃうけどね」
「ほ、本当に⁉ それならちょっと考えてみようかなぁ。実は長旅って初めてだし、長期間になるから不安だったんだよね」
「なら、一度みんなに相談してみれば? きっと、みんなも納得してくれると思うよ」
「そうかなぁ。でも、この町を離れなくていいのは魅力的だし、言うだけ言ってみるね」
こうして僕は計画通りにアスカの出発を止めて、町に残すことに成功し二年が経った。
「ん~、今日もいいお天気だね~」
「本当だね。で、次はどこに行くの?」
「どうしようかな~? バルディック帝国には前に行ったし、その向こう側かな?」
「じゃあ、またグラントリルへ寄るの?」
「どうだろう? バルドーさんにも久しぶりに会いたいけど、あっちへ行くと遠回りなんだよね。でも、マルク君には会いたいなぁ」
マルク君とはバルドーさんの息子だ。念願の子どもということですごく甘やかされている。といってもまだ二歳だけどね。
「なら、思い切って聖王国まで行ってみる?」
「えっ⁉ あそこまで?」
「だって、アスカ興味あるんでしょ?」
「それはそうだけど、入るとなったら別だよ。他の宗教には厳しいもんね」
「そっか、ならまた船に乗りながら決めようか」
「それがいいよ! その方が旅って気もするし」
「僕は母さんにまた旅に出るって言ってくるね」
「ごめんね。いっつも私に付き合わせちゃって」
「いいよ。僕が好きで行くんだから」
「す、好き……そうだよね。旅好きだもんね」
「もっと好きなのもあるけどね」
僕が軽くウインクをするとアスカは照れたように赤くなる。最近はアスカもようやく異性を強く意識し出したみたいで嬉しい限りだ。出来たらこの旅の間に決めてしまいたいなぁ。去年には難敵だったジャネットさんも旅に出ちゃったし、いい機会だからね。
正直、ジャネットさんと一緒に旅へ出たリュートさんよりもあの人の方が厄介だったからね。話をうまく流されちゃうし、アスカもジャネットさんが大好きって感じだったからさ。
「へ、へ~、そうなんだ。みんなしてずるいなぁ」
「みんなって?」
「エレンちゃんにフィクス君だよ。新婚さんだからって宿でイチャイチャしすぎだよ」
「ああ、それで……」
最近よくこっちを見てくるなって思ってたけど、あの二人に当てられたんだ。フィクスも前の店が閉店してから、鳥の巣で働き始めてすぐ結婚だったからなぁ。もうすぐ宿の裏手の土地を買い取ってアルゼイン建築に家を作ってもらう予定らしいし、抜け目がない。
「やっぱりアスカも結婚式とか気になる?」
「そりゃあね。エレンちゃんもだけど、この前はフィーナちゃんも式を挙げたし」
「シュタッドさんだね。あの人も負けず嫌いだから」
「子どもの頃に面倒を見ていたエレンちゃんに先を越されるのが嫌だからって、シュタッドさんも焦っちゃって。でも意外だったな。シュタッドさんのことだからもっと大人っぽい人と結婚すると思ってたよ。まさか相手はフィーナちゃんだなんてね」
「アスカ。散々、店の方でからかわれてるんだから本人の前で言っちゃ駄目だよ」
「分かってる。フィーナちゃんが真っ赤な顔してこの前言いに来たもん。でも、ああいうの見るといいな~って思っちゃうな」
「なら、アスカも誰かと付き合ってみれば?」
「私が? でも、町の人たちにも遠巻きに見られてるんだよ。無理だよ」
いや、それはアスカがあの頃よりうんと綺麗になったからだよ。ちょっと前までは近くで見たいって人も寄り付いてたけど、最近じゃ恐れ多くて近寄れないって人も出てきたしね。
今じゃ、アラシェル教の巫女は神の現身だ。何て言う声も聞こえて来てるぐらいだし。
「じゃあさ、僕なんかはどう?」
「ロビン君が? それは悪いよ。お試しだなんて」
「どうして?」
「だって、ロビン君は真面目だし狩りの腕もいいし、みんなすごいって言ってるよ。そんな人を縛り付けちゃうじゃない?」
「アスカとは釣り合わない?」
「逆だよ。ロビン君とじゃ私が釣り合わないよ」
「どうやったらそんな評価になるかは分からないけど、僕ならいつでも受けるからね」
「冗談ばっかり」
「どうかな?」
流石にまだ付き合っていないのでスッとアスカに近寄り、頬にキスをする。
「な、ななな。今……」
「ちゃんと本気にした?」
「し、した、しました。だから、その……今のは?」
「あんまり周りを待たせてもね。そろそろ本気を見せないと……」
「ロ、ロビン君が……ロビン君が王子様になっちゃった!」
「へっ⁉ アスカ、いきなり何言い出すんだよ」
「ひょっとして、ロビン君って子どもの頃に乗っていた馬車が襲われてワインツ村に? いや、もしかして私が悪役令嬢……?」
「わけ分からないこと言ってないで、旅の買い出しに行くよ。新しい保存食も出てるんだから」
「分かった。旅の途中でフラグ回収はさせないからね?」
おかしなことを言うアスカのせいで、僕たちの結婚がここから半年も先になるとはこの時の僕は思わなかったのだった。
私とロビン君が付き合い始めて一年が経った。私は今どこにいるかというとなんと! ロビン君……ううん、ロビンと結婚してワインツ村に住んでいる。結婚前と変わらず今も一年のうち九か月は村に住んで、残りの三か月を旅に費やしているのだ。
「アスカ、次の休みはどうするの?」
「う~ん、久しぶりにヘレンさんに会いに行こうかな?」
ヘレンさんが隣村に嫁いだことによって、それまでも交流があった隣村とは定期的に会合を開くようになった。お互い、主要交易路から外れた村なので悩みも似ているところが多く、必要な素材の交換も始まっている。
「ヘレン姉さんかぁ。今年は子どもも生まれたみたいだし、僕も会いに行こうかな?」
「そうしてあげなよ。ヘレンさんもきっと喜ぶよ」
「折角だし、お土産を持って行こうかな?」
「なら、明日の狩りは付いて行く?」
「そうだね」
ワインツ村は数年前まで狩人の腕が悪く、獲物に困っていたけどロビンの世代は腕が良く、獲れ高が安定してきた。今では狩人全員が毎日狩りに出ることもなく、週に三日ほど交代で行く程度だ。もちろん、私もその中のひとりに入っている。
「狩りといえば、また村長に言われたよ。アスカと僕の狩りの日を分けてくれって」
「ええ~⁉ でも、村の狩人は十二人しかいなくて私とロビンのチームと後は五人ずつでしょ?」
魔物の集団に出くわしても対応できるよう、狩人は基本五人で行動する。しかし、私は冒険者ランクもBランクになり、ロビンも今やCランク冒険者なので、二人で組んでいる。他の人は大体、Dランク位の実力の人が多いから戦力を考えた振り分けだ。
「そうなんだけど、それでも僕らのチームが一番獲物が多いからもう少し平均化できないかって言われて」
「無理だよ! 移動速度とかも落ちちゃうし……」
「だよね。僕もそう言って断っといた」
「本当? ありがと、ロビン」
「それにかわいい妻を他の男と一緒には回らせられないしね」
そういうとロビンは軽く口づけをしてくる。うう~、結婚してから彼はすごく積極的だ。
「でも、断ったりしてよかったの?」
「まあ、狩りの成績も僕らが一番だしね。村にいる時も巡回とかで貢献してるし。アスカも後進の育成を手伝ってるよね?」
「そんなこと言ってもまだ、三人だけだけどね」
一人は女の子で後の二人が男の子だ。なぜ私なのかというと、相手はまだ十歳。体が成長途中なので、他の狩人より力が低い私の方が今の彼らを指導するには合っているからだ。もう何年かすれば男の子には別の師がつく予定だ。
「その育成も疎かになりますよって言ったら、黙ってくれたよ」
そう言えば弓を教えている女の子の家は三人とも娘さんだったかな? 村の獲物の振り分けは狩人を輩出している家に多く割り振られるから、ここで私の指導がなくなったら彼女の家からは下の娘を養えなくなると抗議が入るだろう。村の中で問題が起きるよりはという感じなのだろうか?
「それじゃ、私もお土産用意するね~」
「細工を贈るの?」
「うん。結婚祝いに前も贈ったけど、なんだかんだ忙しかったから、その時贈った一つだけだし。出産祝いもまだだしね」
ヘレンさんの子どもは冬生まれで、私たちが旅に出ていた時に生まれた。私たちはその時、ちょうど村とは逆方向にある国境沿いの町、マーセルムに滞在していた。
だから、出産が近いという知らせを受け取ることが出来なくて帰って来てから産まれたことを知ったんだ。慌ててお祝いに行ったものの、お土産はマーセルムで買った隣国の品だけになってしまったから、今回はリベンジするにはいい機会だ。
「あんまり高価なのはダメだよ。また前みたいになっちゃうから」
「分かってます!」
私が前に送った結婚祝いは頑張って作った甲斐があって、当時の私としては最高の出来だった。アルバの細工屋のおじさんにも協力してもらったおかげで、良質の水の魔石を使ったネックレスを贈れたのだ。
そこまでは良かったんだけど、あまりの出来栄えに普段付けられないと言われ、今では村の祭りの祭具として厳重に保管されてしまっている。
「本当かなぁ~」
「まあ、当日は楽しみにしててよ」
私はこの夏に完成したばかりの新居にある細工部屋に入る。本当はお義父さんたちと住みたかったんだけど、細工道具とか素材とか冒険者としての道具も考えると、どうしても場所が足りなかった。
そこで私たち夫婦が冒険者ということもあり、防衛面も考慮して森近くの場所に新居をお願いしたのだ。
「さあ、今回は日程も確保してるし、良い物を作らないとね!」
こうして私は村へ行く前に細工を完成させたのだった。
「いらっしゃい」
「ヘレンさん、お邪魔します」
「もう~、アスカちゃん。お義姉さんでもいいのよ?」
「ロビンもよく来たな」
「ご無沙汰してます。ディンさん」
ディンさんは隣村の村長の息子さんでヘレンさんの夫だ。次期村長でもある彼も短剣と弓に長けており、優秀な狩人だ。
「それで今日はどうしたの?」
「メイちゃんに会いに来たのと、これ!」
「これは?」
「メイちゃんが生まれた時、旅に出てて出産祝いをちゃんと贈ってなかったですから」
「もう、そんなに気を使わなくていいのよ」
「そうだぞ。アスカを始めとして、今はそちらの村に随分と世話になっているからな。ヘレンのこともそうだが、ここ最近は毛皮の融通などでこちらもずいぶん助かっている。獲物が獲れるといっても状態の良い毛皮が手に入るかは別だからな」
「そうよ。大人用の毛皮を一新できたのって珍しいんですって。流石はロビンとアスカちゃんよね」
「それ以外にも旅先の土産までもらっているからな。お陰で村のガキどもが興味津々だ」
「そっちはすみません」
人口の少ない村の人の移動は村全体に関わる大ごとになりかねない。下手に外のものを持ち込むのは良くなかったかも。
「いや、この村ももはや半分以上は血縁者だからな。これを機に外の血が入るのを促したいんだ。後、そちらがもう少し落ち着いたらアスカに村へ来てもらうか、そちらに何人かやってもいいだろうか?」
「別に構わないと思いますけど、どうしてですか?」
「祭具になったネックレスがあっただろう? あれに興味を持った村の人間がいてな。手先も器用だから細工を教えてやって欲しいんだ」
「この村に細工をしてる人は他にいないんですか?」
「お守り代わりに細工をすることはあるがその程度でな。本格的に作るものはいないんだ」
「分かりました。落ち着いたら返事をします」
その後、メイちゃんにも会うことができ、訪問の目的も果たしたので私たちはワインツ村へと帰った。
それからさらに五年後……。
「マリーちゃん、ちょっと待っててね~」
「あぃ~」
待望の第一子である娘が生まれ、今は第二子の妊娠中だ。だから、しばらくは狩りも旅もお休みしている。その代わり、細工に時間が使えるので今は三か月ごとにワインツ村と隣村とゲンガルという町を行き来している。でも、なぜか移動するたびに弟子が増えちゃってるんだよね~。
《ピッ》
「あっ、エミールにサーラもついて行きたいの? 子どもたちも大丈夫かな?」
《ピッ!》
ワインツ村に住み始めてから私について来たのはアルナではなくてエミールだった。町っ子のアルナはたまに田舎の空気が吸いたい程度で、普段はアルバやレディトの冒険者の人について行って色々な町を旅している。ミネルも最初は寂しそうだったけど、元々お転婆だったアルナには諦めがついたようだ。
そんな中、私は旅先で見つけたバーナン鳥のサーラを連れ帰って、エミールのお嫁さんにしたのだ。
「師匠! ゲンガルには戻らないって本当ですか?」
「う~ん、やっぱり私にあの町は騒がしいみたい」
細工の町ほどじゃないけど工房同士の争いも激しくて、維持するのに作りたくないものも作らないといけないしね。
「じゃあ、僕らはこれからどうしたら……」
「大丈夫。このまま町に残ってもいいし、リグリア工房を継いだリンクさんに許可を取って、隣村に第二工房の開設も認めてもらったから、そっちへ行ってもいいよ」
「本当ですか? 私、村にいて細工が出来るんですか?」
「うん! ただ、商人さん来る頻度は少ないから、木工細工が主になっちゃうだろうけどね」
その辺りはドーマン商会の人にワインツ村へ原料を運んでもらう手配をすれば何とかなるかもしれないけどね。
こうして、新たな家族が増えたり多くの弟子を取ったりと色々あったけど、二つの村を行き来しながら私はこの世界で生きていくのだった。
アスカはテンパると謎の前世ムーブを行う謎設定を使ってみました。もちろんこのお話の中だけです。