最終話 ノヴァとエステル
そして、いよいよお別れ会の日。お昼過ぎだというのに宿はにぎわっていた。
「いや~。しかし、アスカが旅なんてな。将来出て行くとは思ったがもうか…」
「ジュールさん、アスカちゃんのこれからを祝ってあげましょうよ」
「ホルン。別に俺は祝ってないわけじゃない。ただ、街の連中とも仲がいいしもうしばらくはいるかなって思っただけだ」
「確かに街は居心地いいですよ。でもやっぱり世界を見てみたいですし、最初から15歳になったらって決めてたんです。きっとこの機会を逃したらずっと街に居ついちゃいますよ」
「それも悪くはないと思うわよ。現に私たちはそうしたしね」
「ベレッタさんとヒューイさんは借家住まいから家を買ったんですよね」
「おう!別に俺は港町の方でもいいっていったんだが、べレッタがな」
「いやよ。あっちはむさい男が多くて、ヒューイは私を連れてたら絡まれるわよ」
「うっ、それは嫌だな。俺は冒険者っていっても補助だしな」
「それに、しょ、将来的に生活環境が良くないでしょ」
「将来的に?別に俺も冒険者だしそれぐらいは耐えるぞ?」
「もう~、鈍いわねヒューイさん。貴方が良くても子供は違うでしょ?アルバみたいな治安の良い街は少ないんだからそりゃ女性ならこの街の方がいいわよ」
「こ、子どもって…出来たのか?」
「ばっ!できたらに決まってるでしょ!!今は我慢するって言ったのヒューイよね」
「おや、ヒューイさん。いけませんよ、もっと女性には気を使わなくては」
「商人ギルドのマスター。からかわないでくださいよ」
「だが、冒険者ギルドとしては不安だな。ジャネットが旅に出る今、ベレッタは女性剣士のあこがれだからな」
「ジュールさんまで。お酒入ってるんじゃないですか?」
「ん?そりゃ酒ぐらい持って来るだろ?」
「えっ!?」
うそ、よく見ると何人かは酒瓶を持ってきている。ジュールさんのも気付かなかったけど、冒険者の人はマジックバッグから取り出してるようだ。
「まあ、俺は話の分かるマスターだからな。無理には飲ませんがな」
「って、これ入ってますよ!」
「そうか?まあ、お前も坊主じゃないんだしそれぐらい飲めるだろ」
「あっ、その…ヒューイはお酒苦手なんです。私は好きですけど」
「は!?いつもギルドの酒場で飲んで…」
「あれは私が特別に合わせたものですよ。色味をそっくりにしてあるんです」
「あっ、わりぃ」
「い、いえ~」
「ちょ、ヒューイ大丈夫なの?」
「ベレッタがいるからへ~き」
「も、もう!アスカちゃん、悪いけど私たちは帰るわね。旅頑張ってね」
「はい!」
どうもヒューイさんは酔うと甘えん坊になるみたいで、変な発言をしないようにベレッタさんが連れて帰ってしまった。あれは見せられないというか見せたくないだろうなぁ。
「そういや、フィアルのやつおせえなぁ。アスカの旅立ちだってのに…」
「そういえばそうですね。フィアルさんって時間は守る人なんですけど…」
そんな話をしながら数分経つと、フィアルさんが宿に来た。隣にはリンさんも一緒だ。
「よう、フィアル。遅かったじゃないか、どうしたんだい?」
「ジャネット、あなたは…」
フィアルさんがジャネットさんをにらんでいる。どうしたんだろ?
「ジャネットさん、おかげで助かりました」
「いいや、あたしも街に懸念を持ったまま旅に出たくなかったからね」
「はぁ~、私の計画が台無しですよ」
「計画ったってどうせ、王都に店を出したらとかだろ?そんなにのんびり待つのはしんどいんだよ?」
「そうですよ、店長。いい機会だって思いません?」
「全く、あなたたちは…」
「ほら、何のことか分からんがお前も折角来たんだ。飲んでけよ」
「ジュールさん。お酒は出ないって伝えていたでしょう?」
「だから持ってきたんだよ。いいじゃないか、こっちの持ち出しなんだし」
「はぁ…。これは奥にいるエステルも大変でしょう。リン、手伝いに行きますよ」
「は~い」
それからも色んな人たちが来ては私たちにお祝いの言葉をくれた。流石に孤児院の子たちの言葉はグッと来たなぁ。特に今年入ったばかりのツンツンしていた子に『げ、げんきでな』って言われたのにはびっくりしちゃった。訪問しても何しに来たんだよ!っていっつも言われてたし。
「んじゃ、元気でやれよ」
「がんばれ…」
「アスカ、お元気で」
「はい!皆さんもお元気で!」
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昼の部が終わり、今は夜の部だ。今日だけは宿の食堂もお休みしてもらって、料理をフィアルさんとリンさんが、テーブルにはミーシャさんやエレンちゃんなどごく一部の人だけが残っている。
「ふぅ~、やっぱりおねえちゃんはすごいよ」
「どうしたのエレンちゃんいきなり」
「だって、この前のヤクサのお祝いはおじいちゃんが街でも偉かったからいっぱい人が来たけど、今日の会も同じ位きてたもん!」
「そういえば本当にたくさんの人が来てたわね。知り合いの多いアスカならではね」
「それならうれしいです。私がここで2年間やって来たことが実を結んだんだなって」
「ま、その歳でこれだけ出来ればね」
「そうは言いますがジャネット。彼女が真剣に取り組んだからですよ」
「そりゃあね。そういえば旅に出るのに行き先は決めたのかい?」
「それなんですよね。レディトに寄ろうかも迷ってまして」
「なんでだ?別に行けばいいじゃんか?」
「でも、レディトに行くと普通に行き先が王都ぐらいしかないよね」
「リュート正解!そうなの、レディトに行くと次に行くのは王都ぐらいしか候補がなくて…」
「アスカらしいわね。まだ行き先も決まってないなんて」
「いざ、旅に出るとなったら色々浮かぶんですが決めきれないんですよね。港町に行ったら船に乗りたいですけど、そしたら直ぐに他の国に行くじゃないですか。それってもったいないなって。せめてもう少しはこの国の街を知りたいんです」
「まだ予定も立ってないなら、もうちょっといたら?」
「そうはいきませんよ。私の夢ですからね」
「夢…そうね。頑張ってねアスカ」
「なんだよエステル。らしくないぞ、大丈夫だって!土産ならちゃんと買ってきてやるよ」
「なら、出来るだけ記念になるものにしてよ」
なんだろ?ちょっと今日のエステルさん変だな。やっぱりリュートたちと離れることになるからかな。
「エステル、本当にいいの?」
「なによリュートったら。別にいいわよ。それより、料理ちゃんと食べていってよ。今度会う時まで味わえないのよ?」
「食べたくなったら帰ってくるから大丈夫だぜ」
「そんなこと言って、1年以上は帰ってこないんでしょ?」
「そんなのすぐだって!それに帰ろうと思ったらすぐに船にでも乗って帰ってくるよ、な!」
「まあ、船が出るところにいればだけど…」
「ほら!そんなに簡単じゃないのよ」
「まあ、何とかなるだろ。心配すんなって!」
「ノヴァはそればっかり。私がどれだけ心配してるのかわからないでしょうね」
「でも、ちゃんと帰って来てるだろ?」
「今まではね。ジャネットさんもいるし、アスカも居たしね。でも、この先は未知の場所なのよ」
「俺らにしたら、レディトの周辺だって未知だったけどな」
「そういうことじゃないの。本当に帰ってこれる?」
「まあ、大丈夫じゃねぇかな?」
「何それ!ちゃんと帰ってくるって言いなさいよ!」
「なんだよ。そんなに心配か?」
「当たり前じゃない!あんなに強かったアールさんも帰ってこなかったんだよ!」
「それなら俺は今ならあの人より強いぜ!もちろんリュートだってな」
「そ、そんなの、私に分かるわけないでしょ!私はずっと街で待ってるだけなんだから。ノヴァは…ノヴァは私がそばにいなくても大丈夫なの?旅に出て平気なの!」
「エ、エステル…」
しゅ、修羅場だ!エステルさんってノヴァのことずっと好きだったんだね。
「ほら、おねえちゃん。すごいもの見ちゃったって顔してないで行くよ」
「どこに?」
「2人の邪魔でしょ。ほら」
私はエレンちゃんに連れられて、食堂を出た。最後にちらっとエステルさんを見ると目に一杯涙をためていた。あんな顔初めて見たな。
「ジャネットさんどうしましょう?」
「どうするって言ってもね。旅に出るのはアスカの勝手だろ?んで、あたしたちはそれに付き合うって言っただけだ。決めるのはあくまでノヴァだよ」
「リュートはどう思う?」
「ノヴァは残るんじゃないかな?あのエステルを放っておけるとは思わないよ」
「そんなこと言ってリュートさん嬉しそうだね」
「そりゃあね。エステルがずっと遠慮してるのは知ってたし、でも自分が好きなことをしてるから言えなかったんだよ」
「リュートはそれでいいのかい?気にはなってたんだろ?」
「院を出てしばらくは。でも、今は違いますよ。それにそんなことを考えさせない人もいますしね」
「全くだね」
2人で顔を見合わせて笑い出したけど何だろう?私にはまだ恋愛ごとは早いのかな?
それから30分ほどして、恥ずかしそうにエステルさんが入って来てと告げた。
「あ~、いあ~、何だ」
「何だい。はっきりしないねぇ。あたし達に言いたいことが出来たんだろ?」
「ジャネットにっていうかアスカにな。アスカ!」
「はい!」
「悪い、旅には一緒に行けない。俺、腕を磨いても自分で強さが分かるようになって、外に出ればそれがもっとわかるようになるんじゃないかって思ってた。でも、さっきエステルに言われてさ。俺って別にこの街にいてもそれが出来るんだって気付いたんだ。それに孤児院の奴らも気になるしさ。さっきもいつでも帰れるって言ったけど、俺は本気でこの街を離れるって考えがなかったんだ」
「そっか。安心した」
「何が?」
「フィアルさんも王都に店を出す計画してるし、ジュールさんも居るけど日常的に街を守れるノヴァがいれば私も安心して旅に出られるよ」
「こんな当日に迷惑かけちまったな」
「ううん。彼女を置いてはいけないよね」
「ア、アスカ!」
「エステルさん、さっきからちらちらノヴァを横目で見ててかわいい」
「もう!からかわないで」
「ノヴァは初めて会った時からちょっと無鉄砲なところがありましたけど、最近はちょっとは落ち着きました。よろしくお願いしますね」
「…ええ。まあ、アスカに言われる前に長い付き合いだから」
「そうですよね。2人とも幸せにね」
「なんか、アスカに言われると恥ずかしいな」
「じゃあ、あたしから言ってやろうか?」
「もっとやだよ。うわっ、なんか寒気もしてきた」
「そう?ならこれはいらないかしら?。デザートのシャーベットよ」
「リンさん!ずっと厨房にいたんですか?」
「そりゃあ、出て行けないわよ。ねえ、フィアル?」
「まあ、あの状況で出て行ってこじれたらエステルに恨まれますからね。この街の店長候補としてそれは困ります」
「すみません、フィアルさんたちにも迷惑かけて」
というか、リンさん今フィアルって呼び捨てだったよね。
「いえいえ、迷惑ならジャネットに散々かけられた後ですから」
「聞き捨てならないことを言うなよフィアル」
「貴方でしょう。リンに薬を渡したのは…昨日は大変でしたよ」
「材料は集めたけど、作ったのはジェーンだよ。珍しいものだから喜んで作ってたよ」
「大体あのしびれ薬の量はないでしょう。一般人なら丸一日は動けませんよ」
「えっ、あれそんなに強力だったんですか?ちょっと体がしびれるぐらいじゃ…あっ!」
リンさんフィアルさんにしびれ薬飲ませるなんてなにしたんだろ?でも、別に仲が悪い気はしないし不思議だ。
「あんたも遠慮がちだからね。いいきっかけになっただろ?」
「ですが、もう少し弱めでもよかったのでは?」
「普段からそっち系の調合してる奴に普通のなんてかわいいもん使うかよ」
「それしても出発の前日までこんなにごちゃごちゃするなんていかにもですね」
「らしいだろ」
こうして色々あったお別れ会も終わり、朝になった。
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「おねぇぢゃ~ん、げんきでね~」
「エレンちゃんもね。きっと、きっと帰ってくるからね」
「ごれ、おべんどう~」
「ありがとう」
号泣する私たちを尻目にジャネットさんとリュートは何で昨日はあんなに冷静だったのかとこっちを見ている。
「あっ、そうだ最後に…」
「何?」
「この宿のためにアラシェル様の像を作ってたんだった!」
「ほぇ?」
いけないいけない。昨日すぐに寝ちゃって最後の仕上げがまだだった。
「ちょっと部屋に戻るね~」
「やれやれ、こんな調子でほんとに旅なんて出来るのかねぇ~」
「僕らのリーダーを信じましょう」
「あんなんでもリーダーだからな。リュート、アスカを頼んだぞ」
「ノヴァこそ、ちゃんと働きなよ」
「うっせーな、分かってるよ」
「エステルも元気でね」
「ごめんねリュート、急にこんなことになって」
「いや、僕はほっとしてるよ。アスカの言った通り、ノヴァがいてくれたら安心だし」
「にしても、忘れ物取りに行くだけだろ?アスカ遅いねぇ」
「おねえちゃん細工してた…」
「はぁ?何でまた」
「仕上げまだだったんだって」
「やれやれだね」
「ごめんなさい、できました~」
無事に像を作った私はエレンちゃんに託して、アルバを出発したのだった。
転生して色々あったけど、私は毎日を一生懸命生きて成長したと思う。のんびり一か所で生活はまだだけど、これからは世界を回っていきたいな。
「だから、みんなよろしくね!」
私は一緒に付いて来てくれたティタとアルナを含め、みんなに改めてあいさつする。この街を出る一歩は私の新たな旅立ちなのだ。
これにて本編完結となります。
続編『転生後に世界周遊』が小説家になろう様内にて不定期連載中ですので、よろしければそちらもどうぞ。
この後は、ifやその後の話などが続きます。