宿守りアスカ
無事に子どもが生まれた鳥の巣ではお祝いが開かれていた。当然、急な話ではあるがそれから3日間の間、宿はお休みしている。朝も昼も夜も食事は無しで、長期の宿泊客に限り泊まっている状態だ。
営業についてはミーシャさんもライギルさんも申し訳ないから、そのまま続けるといっていたのだけど、私やエステルさんが反対してお休みになった。最低限の仕事はエステルさんや私や孤児院の子たちがやっている。ヤクサ君は早くも大人気だ。
「ね、ねぇ。エレンねぇ。ヤクサ見に行っていい?」
「これが終わったらね」
「やったぁ!」
エステルさんに理由を聞いたら、孤児院では赤ちゃんが珍しいんだそうだ。引き取られるのは大体、4歳ぐらいの子が多くてそれより小さい子はめったに見ないから、みんな興味津々な様子だ。宿の仕事は大人の人とかもからんでくるから結構大変だって言われてるけど、最近はみんな取り合いになってるんだって。
「おねえちゃんはヤクサに会いに行かなくてもいいの?」
「私はまだ仕事残ってるからね。ほら、ライギルさんは会場にいるし、火の番とかもあるからね。それに応援にリュートを呼んでるのに私がそっちに行くのはよくないでしょ?」
「リュートさんなら気にしないと思うけどなぁ」
「まあ、エレンちゃんも楽しんできてよ」
お祝いは街の有力者や冒険者ギルドを始め、商人ギルドの人もきて盛況だった。この宿がみんなに愛されてる証拠だしね。
「今回のことはめでたいですね。商人ギルドとしてもレシピの件では助かっていますよ」
「それに美味しい料理の出る街としても広まり始めてますから、街中の飲食店に影響が出てるんですよ。他にもいい店があるだろうって。おかげでこの街で登録されるレシピはちょっとだけ使用料も多めにとれて儲かるんですよ」
「いや、私だけじゃないですから。フィアルさんのお店にも助けてもらってますし」
「そうそう。あちらはちらほら貴族の方も来られるみたいで、商人ギルドとしても鼻が高いですよ。いっそのこと商人ギルドに所属しませんか?」
「こらこら、この宿はうちの冒険者ギルドの推薦店だぞ。だが、これまでの宿泊料は維持してもらわなくても結構だ。紹介料も下げておくからな」
「ありがとうございます。これからも頑張りますよ」
それにしても来客が多いなぁって思ってたら、この店の前の主人であるエレンちゃんのおじいさんは昔街の役員だったらしい。そのつてで、今でもかなりの人脈があるとのことだ。
「そうそう。ハンニバル翁が街を出て行くと聞いた時はどうなるかと思ったが宿はよい婿を取ったな」
「あら、ありがとうございます。おじさま」
いまの発言はこの街の代官をしている人だ。先代のファンでよく料理を食べに来ていたらしい。
「それにしても後継ぎができてよかったですな。婿を探さんといかんかったでしょう?」
「いや、それはまだ決めていません。エレンも立派な店員ですし、この子がその道を選ぶとはわかりませんから」
「そういえば娘さんは住宅街にある店の子と付き合ってましたな」
「あの店か?なら、あの少年はいいぞ。若い時のハンニバル翁を思わせる人物だ」
「は、はぁ」
やばい、皆さんお酒も入ってきて結構いい感じに出来上がってきてる。
「さ、こちらもどうぞ。栄養もある飲み物ですよ」
すかさず私は酔い覚ましの効果もある着色した飲料を出す。材料を一風変わったものにして、色も付けることで特異調合のスキル対象に無理やりしたものだ。こうしないとすぐに失敗しちゃうからね。ポーション作りだけかと思ったら、混ぜ合わせる工程が入るものはかなりのものが対象になるなんて…。おかげでスキル上げの仕方は分かったけど。
「おお、こりゃすまんな。ほう~、中々うまいじゃないか。これはよそでは売ってないのか?」
「まだ開発中なんで売ってませんよ」
私が作れるようにした分、普通の人だとどっかで失敗しちゃうんだよね。量産化に際してこんな面倒な問題になるなんて…。今はエステルさんがこの飲み物を改良もとい、一般化したものの製作に打ち込んでいる。そんなお祝いも終わり数日経った。
「どうエレンちゃん。ミーシャさんの復帰は?」
「うう~ん、お医者さんの話だとあと3か月ぐらいは出ない方が良いって。それに元々そこまで体が丈夫じゃないからね」
「そうなんだ」
「休めないから今までは何とか持ってたけど、お休みしたししばらくは半日ぐらいから始めた方がいいんだって」
「仕方ないね。それに今はみんなもいるし、心配ないよ」
「そうだね。ヤクサの面倒も見てもらわないといけないしね」
「とりあえず、あと一週間は宿のために働くからね」
「ごめんね。他にもやりたいことあるのに」
「ううん。私の今やりたいことだから。ライギルさんにもできるだけヤクサ君に会わせてあげたいしね。忙しくて会えないんじゃ寂しいでしょ」
こうして、再び宿の店員として私は働き始めた。料理の準備はライギルさんが抜けがちになるので、どうしてもエステルさんに負担がかかる。そこを孤児院の年長の子たちがフォローして、洗濯などの私の手伝える分野は私を中心にして作業を分担した。
「お洗濯もの~」
「は~い。ここに置いててくれる?前のはこっちにあるから干しててね~」
「わかった~」
返事はするものの手伝いに来てくれている孤児院の子たちは帰ることはない。なぜだか私の洗濯が人気になってしまって、みんな洗っている姿が終わるまで帰らないのだ。
「ほら、ぐるぐるやって~」
「ちょっと待ってね~」
いやまあ、お昼も終わったし急ぎの仕事はないからいいんだけど、これなら別に私が洗濯しなくてもいいんじゃ…。
「おねえちゃんはみんなの期待を裏切るの?」
「うっ、やらせていただきます」
この前の配膳から私が手品師のように思われてるようだ。
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そうしてさらに数日が経ち私の旅立ちの日も近づいて来た。
「ねぇ、おねえちゃん。もうちょっといてもいいんじゃない?」
「ん~。でも、ミーシャさんの子どもも無事に生まれたし、宿の方も私が来たころと違って何とかなってるしね」
「それはそうだけどさ。なにも今行かなくっても…」
「そんなこと言ってたら、いつまでたっても出発できなくなっちゃうよ」
「まあ、私も助かるところはあるんだけどね」
「何か言った?」
「ううん。それじゃ、せめてお別れ会だけでもやろうよ」
「でも、ちゃんと帰ってくるよ?」
「それでも直ぐって訳じゃないんでしょ?」
「まあ、それはそうだね。少なくとも1年は帰ってこないよ」
「おねえちゃんのことだから途中で気に入った場所にいて、5年後とかになりそうだよ」
「そればっかりは分からないよ。実際に行ってみてのことだしね」
「ほら、それなら開こうよ。ねっ!」
エレンちゃんの押しに負けて私は旅立つ前にお別れ会を開くことにした。日付は来週の末だ。招待って言うのも変だけど一応街のお世話になった人は呼ぶつもりだ。でも、この前みたいにお酒が入らないようにお昼からにした。
「ほんとにお昼からでいいの?」
「だって、出発は朝からだよ?夜に騒いでたらそのまま寝過ごしちゃうよ」
「言えてる。案外、リュートとかの方が酒を飲まされて起きれなくなりそうだね」
「ジャネットさんの言う通りだよ。盛大に見送ってもらって気分が悪くてまだ出ません。っていうのは嫌だよ」
「分かったよ。でも、宿の関係者とかはあんまりお話しする機会もないから夕食はちょっと遅めに取ってね」
「それぐらいならいいよ。私もちゃんとお別れはしたいし」
「はあ、まさかほんとにおねえちゃんが旅に出ちゃうなんてね」
「エレンちゃん、実は信じてなかったの?」
「うん。子どもの世迷言だと思ってた。だって、来た時のおねえちゃん頼りないっていうか、お嬢様みたいだったし」
「子ども…世迷言。エレンちゃん、私より年下だよね?」
「それぐらい、見た目が普通だったってことだよ。宿に長年居るとねぱっと見で大体わかるんだから」
「まあ、アスカを見た目で判断したら痛い目を見るってことだね」
「それはもうわかったよ。でも、寂しくなるね」
「そう?ミネルやレダもいるし、サンダーバードたちだっているじゃない?」
「おねえちゃんはそういう人だったね」
「??」
むぅ、エレンちゃんは私のことをよくわかってるけど、私はまだエレンちゃんのことはよくわからないなぁ。