新たなる胎動
ワインツ村から帰ってしばらくの間は特に何もなかった。ただ、途中でドーマン商会からコールドボックスを作るための魔道具師を紹介されたりした。
「あれには驚いたなぁ。いきなり大人の人が頭下げてくるんだもん」
魔道具師はその名の通り、魔道具を専門に作る人たちだ。ただ、商人や貴族のお抱えの人も多く一般にはあまり知られていない。その中でもドーマン商会の腕利きの人がまさか来るなんてね。
「いやぁ~、この度のコールドボックスの案は素晴らしい!私も魔道具師として20年やっておりますが、こんな魔石がこれほど重要な価値をもたらすとは…」
「いや、ただ高い魔石だと使えないってだけですよ」
「そこですな。吾輩も長年色々な魔道具を開発しましたが、予算を大幅に抑えて物を作るなど中々考えつきません」
「そうだな。うちの工房でも要求を実現できるならどの魔石がふさわしいかまず考えるが、確かに冷気といえどこれぐらいならオークメイジの魔石でどうにかなるとは思いつきませんでした」
「これまで似たようなものといえばアイスナーガの魔石を使ってましたからな」
「あれは高価で金貨20枚以上はしますからな」
「そうだ。戦闘用の魔石にも使え、こういった日常生活に使えるのはごく限られた貴族だけ。依頼を受けても金貨80枚ぐらいが相場でしたからな」
「ひっ!?」
思わず変な声が出た。コールドボックスは便利だけど、まさかそんなに高価なものしか存在してなかったなんて。
「で、でも皆さん。今回の話だとコールドボックスの依頼を優先的に作ることになるんですよね。それって大丈夫なんですか?」
「ええ。弟子たちもいますし。ああ、もちろん信頼できるもの以外には作らせませんよ。それに我々が全く手の付けなかったところからのアプローチです。今後もそのような可能性に出会えるならこちらからお願いしたいですよ」
「ちなみに参考なのですが、他にはどんな魔道具を?」
「はあ、最近だと盾になる魔道具ですかね~?」
「盾?別に手に持てばいいのにですか?」
「まあ、そうなんですけど。後衛職とかは力がありませんし、弓とか短剣を使う人は中々盾が持てないんですよね。それをこう…腕に固定してそこに魔力を流せば盾になるようにウィンドウルフの魔石とかを使って作ったんです。多分、土の魔力とかでもできると思うんですけど、私は土魔法は使えないので。一応、知り合いの鍛冶師さんには手紙でこんなのどうですかとはお知らせしたんですけど…」
「なるほど!言われてみればそうですね。剣士の中にも重いからと盾を持たない人もいますがどの道、腕を守るために防具をつけるなら盾にもなる魔道具をですか。素晴らしい案ですよ。誰か知り合いの冒険者から話が?」
「いえ、私自身も冒険者ですしあまり力もないので、こういうのがあったらなって思って…」
「ほほう。我らのように依頼を受けて作るだけの者たちとは違う視点ですね。いや、これは我らも取り入れるべきですかな?流石に冒険者というのは一日では成れませんが、今までと違う視点、例えばどこまでが依頼主が求める効果か。そういう視点も取り入れなけば…」
「えっと、今まではどうやって作ってたんですか?」
逆に依頼があるとはいえ依頼主と内容を詰めたりしなかったのだろうか?
「まあ依頼の大半が貴族か金持ちの商人ですからな。依頼の条件が書かれたものを達成できればそれでいいのですよ。とはいえ我々も名誉ある職。ただ要件を満たすだけではなくもちろん、できうる限りの性能を目指します」
「ただなぁ、相手が金持ちだからか。そうやって頑張って依頼料が上乗せされることがあっても値切られるようなことはない。これまでは書かれた能力をどれだけ多く満たせるかに偏った考えをしていたんだ。コールドボックスの件は最たるものだな。すぐに凍らせることができるようにみんな戦闘にも使える魔石しか思いつかなかった」
「ちょっと時間がかかるかもしれんが、冷やすこともできる魔石の可能性など露とも考えなかったな」
「これが量産されれば革命が起こるだろう。魔道具師は何をやっていたのかとな。あんな高価な魔石を利用しなければ作れないものがここまで安価な魔石で同様のことができるとな」
「それって、商売に響いたりしませんか?」
「そんなものは日常だ。魔道具師はいかに有用なものを開発できるかだ。誰かがいいものを作ってしまえば即、お前は何をやっているんだといわれる世界だ」
「今回のことはいい教訓になる。依頼人と話をせずに作っていたこれまでが無駄とは言わんが、普通ではなかったというな」
話していることは分かるんだけど、特別なことは何もしていないのに口々に褒められるものだからすごく居心地が悪かったのだ。正直、魔道具師の人たちの世界が常識外れだっただけで、私は何もすごくないのになぁ。それから神殿にお風呂を作りに行っていたノヴァも帰ってきて、いよいよ旅の出発が近づいてきた。
「ほんとうにおねえちゃん旅に出るの?」
「エレンちゃんこのごろ毎日聞いてるよ。そんなに心配なの?」
「そりゃあ、心配だよ。私やお母さんは街に来た時のおねえちゃんを知ってるんだから。まだまだ、見せてない非常識があるんじゃないかって」
「流石にもうないよ~」
「宿としてもちょっと心配だしね。改修してもらった部屋とか、お風呂とかの魔道具もアルゼイン建築のひとに頼んであるけど、まだ壊れたことないしね」
「きっと大丈夫だよ。中央神殿の魔道具もきちんと作動してるし」
エレンちゃんと最近毎日している会話を楽しんでいると、家の方からミーシャさんがやってきた。
「お、おかあさんどうしたの!?」
「エ、エレン、医者を…」
「エレンちゃん!ミーシャさんについてて。私、呼んでくる。それとエステルさんたちにも知らせて!」
「分かった!」
ここ最近でお腹も大きくなり、胎動を感じられるようになっていたのでとうとう出産の兆候が表れたのかもしれない。私はすぐに魔法でお医者さんの家に向かって宿に戻ってきた。
「ミーシャさんは?」
「お、奥の家に…」
ライギルさんも慌てながらお医者さんに伝える。それからは総動員で対処した。昼前だったので、今日の昼は用意してあったパンとスープを銅貨3枚で販売して、それで終わり。孤児院の子たちに頑張ってもらって、最終的な責任者はエステルさんだ。エレンちゃんもライギルさんもミーシャさんに付き添って、家の方に戻っちゃったからね。私はというと…。
「ごめんなさいアスカ。手伝ってもらって…」
「いえ。ミーシャさんの一大事だし、かまいませんよ」
流石に洗い物はスープだけとはいえ、宿に泊まっている人の洗濯物やシーツが残っていたので、そっちの処理をしていた。
「アスカねぇすごい。私もできるかなぁ?」
「フェネちゃんは水の魔力があるんだったよね?魔道具とか使えば何とかなるかもね」
「まどうぐ…たかい」
「そ、そうだね。いつか手に入ったら院に送るよ」
ほんとに水と火の魔石は高いんだよね。目に見えて生活とかにも役に立つから当然だけど。
「洗濯物も終わったし、私も家に向かおう」
乾燥まで魔法で行うと後のことはエステルさんに任せて家に向かう。
「エレンちゃん、どんな感じ?」
「おねえちゃん!宿の方はいいの?」
「うん。洗い物は手分けして終わったし、今は洗濯物を終わらせたとこ。保管とか返却は孤児院の子たちがやってくれるから」
「そっか。ごめんね、色々やってもらって」
「ううん。ミーシャさんのためだもんね。それでどうなの?」
「やっぱり、今日生まれるんだって。お医者さんの話だと夜中までかかるかもだって」
「そうなの。じゃあ、清潔な水とか衣料品が必要だね。すぐに行ってくる!」
「お願い」
私はすぐさまベルネスに行って買い物を済ませる。宿についたら、エステルさんに大鍋を用意してもらって、ティタと協力して水と火で煮沸消毒して、すぐに買ってきたものをきれいにした。念のためミーシャさんのベッドの衣類とかも一旦変えて消毒する。免疫力が下がってるだろうから、こういうのは大切だよね。そうして替えのシーツを持ってきたところでライギルさんに声をかけられた。
「ア、アスカ。シーツ持ってきてくれたのか」
「シーツっていうか前からいましたよ。しっかりしてくださいよライギルさん」
「すまん。どうしても見ていることしかできなくてな。何かやりたいとは思うんだが…」
「じゃあ、シーツの交換手伝ってください。ただし!ちゃんと手を洗ってからですよ」
「ああ。何て言うかこういう時はアスカも女性になるんだな」
「な!?こんな時でなければ怒ってますよ!」
「すまん。どうにも不安でな」
シーツを変えた後、ライギルさんがぼそりとつぶやいた。
「そんなに不安なんですか?2人目ですよね?」
「ああ。だが、エレンの時は半日以上かかってな。あと少し遅かったら選ぶようにも医者に言われていたんだ。今度もそうなるんじゃないかと思うとな…」
そっか、エレンちゃんって大切にされてるなぁって思ってたけど、難産だったんだね。それは心配になるかも。
「でも、ライギルさんは堂々としていてくださいよ。ミーシャさんに移っちゃいます」
「そうか…そうだな。ありがとうアスカ」
「いいえ、私も生まれるまで付き合いますから!」
それから数時間、夜も21時を過ぎてようやく生まれたのだった。
「だぅ~」
「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」
「よかった。無事に生まれて来てくれて…」
「ミーシャ、頑張ったな」
「ええ。この子もですけどね」
「かわいい弟だね~。名前何にするの?」
「名前か…そうだな付けてやらないと…」
「もう、事前に考えておかなかったのお父さん!」
「い、いや、確かに考えていたはずなんだが、無事な姿を見たらどっかに飛んでいった」
「もう、あなたったら…」
流石に生まれたばかりだから、私は部屋の外で待機している。何で声が聞こえるのかって?風魔…ほら、私って耳が良いんだよ。
「それじゃどうしましょうか?流石に赤ん坊とは呼べないわよ。エレン考えてみる?」
「わ、わたし!?変なのになっちゃうよ。そうだ!おねえちゃんに決めてもらったら?きっと、大成するよ!」
「アスカちゃんに?そうね、色々と世話になってるしそれもいいかしら?」
えっ!?何でそんな流れに…。廊下であたふたしているとエレンちゃんが出てきた。
「おねえちゃん、突然なんだけど弟に名前を付けてもらえる?」
「え、えっと、生まれたのは弟なんだね。それでわたしがつけても大丈夫なの?」
「うん!きっと、おねえちゃんに付けてもらったらいい子になると思うんだ」
「ちょ、ちょっとだけ待っててね。今考えるから…」
ううむ。従魔の名前も考えたけど、それとは違うレベルの問題だしなぁ。一生呼ばれ続けるし、変な名前だとみんなに色々言われちゃうしな。何が良いかなぁ…。
「や、ヤクサっていうのは?」
「ヤクサ?ちょっと変わってるけど、いい名前だね。それじゃ、おかあさんたちに伝えてくるね」
とてとてとエレンちゃんは部屋に戻る。ちょっとして大丈夫だったよというわけで、宿の新たな住民はヤクサという名前になったのだった。