ロビン一家と薬草の群生地
ワインツ村でロビン君の家にお邪魔して、ご飯を頂いた。その後はまったりと雑談タイムだったのだが、ふと気になったことがあった。
「さっきロビン君、獲物をみんなで持ってたよね。どうなったの?」
「おっ、今日も仕留めたのか?」
「うん。でも、追い詰めたのはカシウスだよ。僕は最後にとどめを刺しただけだから」
「あら、それって大丈夫なの?カシウス君にやらせてあげなかったの?」
「ヘレン姉さんはそういうけど、カシウスは動いてる獲物が苦手なんだよ。遠くから射ったり、不意を突くのは得意なんだけど、どうにも動く的が苦手なんだ。大きい弓で矢もまっすぐ飛ぶのに不思議だよね」
「ひょっとして一緒にいたがっちりした子?」
「アスカの言ってる子であってる。僕より2周りぐらい大きい弓を使えるんだけど、成果が微妙なんだ。あれだけ大きい弓を使えるからみんなが期待してるんだけどね」
「弓の大きさでそんなに違うの?」
「どうかな?でも、前にグレートボアを倒した人が大きい弓を使ったからそれにしたみたいだよ。今の狩人の中にはその経験がある人がいないから、期待されてるんだ」
「まあ、ロビンの腕はいいがあいつを倒せるかといえばわからんからな」
「でも、グレートボアが基準なんて珍しいですね」
「冒険者のアスカちゃんからはそう思えるかもしれないけど、私たち村の人間からすればあの魔物が親玉みたいなものなの。あいつを倒せるかどうかは村全体に関わってくるのよ」
「そうだな。もし、村人で相手にできる奴がいないなら、冒険者に依頼を出さないといけなくなるからな」
「大変なんですね」
「それに、グレートボアは毛皮も牙も肉もどこも捨てるところがないから、村としてもできるだけ自分たちで何とかしたいんだよ。冒険者に依頼しちゃったら持って帰っちゃうでしょ?」
「村に売ってもらうことはできないの?」
「できなくはないがな、冒険者もグレートボアの肉のうまさは知ってるからな。土産に世話になってるやつにと、いいところは持ってっちまう。村からしたら全部欲しいわけで条件が合わないんだよ」
そっか~、確かに前に村に来た時に仕留めたグレートボアおいしかったもんね。…おっと思い出したらよだれが。
「あれ1頭でもしばらくは肉に困らないし、ありがたい魔物なのよ~」
こういうのを森と共生してるっていうのかな。そうだ、生えてるといえば薬草だ。
「どうかしたのアスカ?」
「うん。来る時に魚を取ってきたでしょ?湖の北側で取ったんだけどそこから村に向かう時に薬草が群生してるのを見つけたの。案内したいなって」
「いいの?冒険者にとってはお金になることなのに…」
「結構奥まったところにあるし、私も旅に出る時には身近な人にそれとなく採取ポイントを教えるつもりなの。この村の近くまで採りに来る人はいないだろうから気にしないで」
「そういうことなら、喜んで案内されるよ」
「ロビン、森の奥だからって狩人の本分を忘れるなよ」
「わ、分かってるよ。すぐに準備するから!」
デレクさんに一言言われただけで、ロビン君は顔を真っ赤にして部屋に戻ってしまった。なんだろう?自分も狩人になったから、いちいち言われなくても分かってるよってことかな?
「アスカちゃんって身なりもいいし、礼儀もしっかりしてるのに変わってるのね。普通それだけ実力もあったら私だったら絶対天狗になってるわ」
「やだな~、ヘレンさん。世界は広いんですよ、私ぐらいの人ならそこら中にいますって」
「そうかしら?今の村長さんのお爺様も若いころはすごい実力者だって聞いたことがあったけど、そういう人は鼻につくこともあったわ。本当にいい環境で育ったのね」
「パネトーネさんまで…」
普段から褒められなれていない私がおろおろしていると、用意ができたロビン君がやってきた。いいタイミングだね。
「ロビン君!すぐに行こう!」
「ど、どうしたのアスカ?僕の方は準備はいいけど、アスカはまだだよね?」
「大丈夫。魔法使ってすぐだから。それじゃ、行ってきます!」
こうして逃げるようにヘレンさんのおうちから出て行ったのだった。
「それじゃ案内よろしくねアスカ」
「まかされました」
ピィ
アルナも付いて来てくれるようだ。正直見晴らしも悪いし、鳥の目線で動けるのはありがたい。
「それじゃあ、アルナが案内してくれるからそれに沿って私たちも移動しよ」
「了解」
2人と1羽で村の中ほどから湖に向かっていく。途中でアルナが大空に飛び立って、最適な道を探してくれる。
「どう?一回で覚えられそう?」
「うん。狩りに行く道とかも覚えるのは得意だし。それにルートもいっぱいあるから目印とかも付けてるよ」
「へ~、私も一緒に歩いてたのに気づかなかったよ」
「まあ、狩りに使う道じゃないから僕が分かるようにつけてるだけだからね」
「でも、そうしてくれると助かるよ。群生地って言っても、次に取れるまでのサイクルもあるし、知識のない人だと全部採っちゃうからね」
「獲物と一緒だね。獲りやすい獲物やおいしい獲物なんかでもそれだけ狙うとどんどん獲りにくくなっちゃうんだ」
「やっぱり数が減るから?」
「それもあるけど、人間が狩るっていうのは自然じゃないところもあるから、急激に減ると警戒してきて近づかなくなるんだよ」
「やっぱり森の奥は危険なんだね」
「危険って言うのもあるけど、一定以上先は別の村の縄張りだからね。うちから出ちゃったら、もう獲れなくなる場合もあるんだよ」
「やっぱり村での暮らしは大変なんだね」
「街と違って、お金があってもどうにもならないし、自分の行動が村の状況に直結するしね。でも、周りは知り合いばっかりだし、変に気を使うことはないかな?」
「でも、新しい人が来ないんじゃないの?」
「そうでもないよ。うちは土地が少ない代わりに、狩りさえできればそこそこやっていけるからね。土地の多い村からも来てもらう感じだよ。住んでてもあっちじゃ土地がないと下働きしか出来ないからね」
そっか。言われてみれば村の人は仕留めた獲物の毛皮とかを街に卸すし、村にあるのは大きめの家庭菜園程度。さすがにそれだけじゃやって行けないもんね。街で知り合ったり、出会いもあるわけか。土地があったら外に出なくても生活できちゃうけど、近親者ばっかりになっちゃうから、誰か来てもらわないといけないんだな。さすがに小作人になりませんか?って言って来てくれる人はいないだろう。
「じゃあ、ロビン君の村は結構人が来るんだね」
「それでも年に3人ぐらいだよ。居ついてくれるかは別だしね。前は結婚したけど相手はアルバにいて物を売りに行く時だけ一緒って家もあったぐらいだし」
「村の生活に慣れなかったんだね。でも、そうまでして結婚を続けるなんてすごいね」
「まあ、別れるのって大変だからね」
「そんなに大変なの?」
「そりゃあ、結婚ってなったら教会とか使うでしょ?神前に誓いを立てる訳だからね」
「あ~」
なんとなくわかった。実際に神が降臨する世界で誓っておきながらそれに背く。恐らくは本人たちの同意とか以上に周りが止めるだろう。万が一にも一族に災いが降りかかってくる可能性もあるわけだし。その人たちがシェルレーネ教かは知らないけど、別の神様を崇めていたならそういうのにさらに厳しい宗教もあるのかもしれない。
「それにしても、ロビン君って動きがすごいね」
「そう?アスカについて行くのが精いっぱいだけど…」
そんなこと言うロビン君だけど、私はホバーの魔法で地を滑るように進んでいる。実際はやや地面から浮いているので、地形の問題もクリアだ。森を平地のようにホバーで進む私にロビン君は障害物をかわしながらついてくるんだからすごい。まあ、そこまで早くは私も進んではいないけどね。
「もうそろそろ着くのかな?」
アルナも目的地近くに着いたからか、高度を落としてこっちに近づいてくる。
「それじゃ、魔法を切るね」
「えっ!?」
私はホバーを解除して徒歩に切り替えるために止まった。加減速も魔法を使えば楽々だ。当然摩擦なんてものは無い。勢いだってシャットアウトだ。もちろん、後ろからついてくるロビン君はそんなことはないわけで…。
「う、うわっ!」
「きゃっ!」
急に止まった私にロビン君がぶつかってそのまま倒れる。私は当たると思ってなかったので、わけが分からず全く対応できなかった。そんな中でもロビン君は必死に身をよじって下になってくれた。
「だ、大丈夫アスカ?」
「な、何とか。ごめん、急に止まっちゃって…」
「いや、僕もアルナが下りてきた時にもうちょっと気を付ければよかったよ。アスカの魔法がすごいって知ってたのに」
ん、あれ?遠回しにお前おかしいぞと言われた?そんなことを考えていたが、じっと私をロビン君が見つめているのに気が付いて声をかけた。
「あ、あの…そんなに見つめないで」
「ご、ごめん。でも、その…うまく身動きが取れなくて」
「えっ?あっ!?」
私が乗っかってるからロビン君、身動きが取れないんだ。
「す、すぐどくね!」
慌ててロビン君から飛びのく。しかし、慌てていたので思いっきりロビン君のお腹を押してしまった。
「ほっ、ようやく落ち着いて来たよ」
「ご、ごめん。お腹痛くなかった?」
「大丈夫だよあれぐらい。毎日のように狩りにも行ってるから、筋肉もついてきたし」
そういえば祭りで見た時よりしっかりした体つきになってるかも。たまに会っても触れる機会はないし、体格がそこまで変わらないから気が付かなかったな。
「ロビン君も男の子なんだね」
「急にどうしたのアスカ?」
「だって、ジャネットさんは力はあるけど、ああみえて気を抜いてるとやわらかいんだよ。ロビン君はさっき硬かったなって」
「そ、それはどうも。でも、他の人にそんなこと言っちゃだめだよ」
「他の人って親しい人以外にそんなこと言わないよ」
「…親しい人にも言わない方がいいよ」
「?わかった。気を付けるね」
理由はよくわからないけど、エステルさんからも普段から『親しい人からの忠告は必ず聞くように』って言われてるからね。人の忠告を素直に聞く、これは大人の証だもんね。