細工る
「はぅ~、うれしいんだけどお休み欲しい~」
私は自室で細工をしながらつぶやいた。あれから、翌週にはレディトに行ってまた依頼を受けた。それに合わせてドーマン商会に要望のあった神像の3分の1を納品したのだが、『売れ行きが良く、ぜひ追加したい』ということで当初発注量が1.5倍に膨れ上がったのだ。
「そんなに新しい神様が珍しいのかなぁ?」
貰った冊子を見ていると、各聖霊様の本拠地が載っていた。もちろん、この地方限定だけど。本拠地は王都や中央神殿のあるところが多かった。村の信仰がないものだとやっぱり人の多いところに本拠地を置くのが当たり前らしい。私みたいに自分が住んでるところで登録するのは少数で、登録に合わせて居住地を変えることが普通なんだとか。
「やっぱり自分の信仰している神様をよく知って欲しいってことなのかな?でも、実際に村で信仰されている神様はそのままなんだよね。あと、大まかに信仰者数が10年単位で更新されてるみたいだけど、そこも変わんないしね」
王都などは流行り廃りがあるようで、当時起きた疫病とか不作の時期の信仰と今の信仰はかなり違う。メモが張られていて、混乱に乗じて変な宗教が一時期流行っていたってムルムルの字で書いてある。
「こういう歴史書とか興味あるんだけど、どこで買えるのかなぁ?おばあさんの本屋で買えたりするのかな?」
王国史も結構面白かったし、ああいう本また読みたいなぁ。ただ、王国史は元々貴族用になっているので、こういう理由で国が混乱しましたってことは書いてあるんだけど、そこは政治の中心である王宮や関わった貴族がやったことが中心で、平民の間ではこういうことが起きたっていうのはそこまで書かれてない。
「書いてあるとすればどの地方で反乱がおきたり、盗賊・山賊の類が増えて誰々が討伐したとかそっちに話が行っちゃうんだよね。まあ、貴族の教養本って感じだし、将来君たちもこういう人になってねって視点だからしょうがないとは思うけどね。時々変な文章のつながりがあるし」
さっきまで詳しく書かれていたのにぶった切るかのように、これは○○伯が私財を投入してことに当たったとか、原因とか対策ぬきで、結果だけを書いてあることもある。明らかにこれ削ったよねって感じだ。多分食料不足の時代だったから、山賊とかに見せかけた他領の兵士を討伐したとかいう理由なんだろうけど、読んでる限り国に敵対した貴族以外は善良ですよって感じだ。200年以上の記載がある歴史書なのになあ。
「補足というか当時の民衆がどんな感じだったか知りたいし、誰か残してくれてるよね」
細工ばっかりの毎日だし、ちょっと午後からは本屋に行って息抜きをしようと思ったアスカだった。
「そのためにも神像作っちゃわないとね。何故だか3体セットの3神の憩いが人気なのもつらいよ~」
台座の端の下に穴をあけて、それぞれ別の神像にランナーを付けて連結できるように改良したらなぜか人気が出たのだ。特に新作のヴィルン鳥といるアラシェル様とバーナン鳥といるシェルレーネ様と居るか分からないフェニックスといるグリディア様の3体はツボをつかんだようで、かなりの売り上げだ。アラシェル様は付属のサンダーバードと差し替え可能にしてある。
「はぁ~調子に乗って絵なんか見せるんじゃなかったよ。つい、認定式があったしこんなの作って見ましたって豪華な巫女衣装のアラシェル様を見せた時に、今の構想はこんなのですってスケッチブックを開いたのが間違いだったのかも」
その日だけレディトで3神の憩いに興味があるかという調査もかねて、ドーマン商会に絵を飾っていたら結構問い合わせが来たらしい。特にアラシェル様の知名度は低かったが、冒険者も多く居るレディトではグリディア様の信仰もそこそこあって、結婚相手はシェルレーネ教の相手が多く、複数の神様が並んでいることの忌避感が低いのも理由のようだ。
「それじゃあ王都はどうなるのって聞いたら、まさかの『王都は色んな宗教が乱立しているので逆に保守的になる』って回答にも驚いたけどね」
そもそもろくに信仰されていない神様や、聖霊登録に落ちた宗教なんかも活動しているので、知らない神様とか自分の信仰していない神様には冷たいんだって。アルバとかレディト周辺の宗教は大体王都登録だから、地元神として物珍しいのも理由の一つだ。
「後はバルドーさんも言ってたけど、グリディア様の像は質の悪いのが増えたから私の作ったのもお土産に人気とはね~。ついでに向こうの大陸じゃこういう神様が信仰されてるぞって話題提供にも一躍買っているなんてね」
目的外とはいえ、好意的に買ってもらえているのでうれしくはあるのだが、その所為で私は今細工作りに追われていて缶詰め状態なのだ。
「もはや、レディトに依頼を受けに行くっていうのが休日扱いだしね。依頼中はそこまで作らないから。でも、レディトに着いたら発注持って帰らないといけないんだよね。はぅ~」
休みに行くのにくつろいだ後、最終的には仕事を持って帰ることになるのでサイクルとしては無駄がないのだけど、もうちょっとお休みが欲しいかな?
「でも、アルバにいるのもあと数か月だし、出来ることはやっとかないとね~。今の予定だと旅に出たら街でのんびりして依頼は次の街に行くところで受けるだけって感じで考えてるしね。今ちょっと忙しいぐらい我慢しないと」
まあ、今日は本を見に行くという目的も出来たので、午前中は大人しく細工をして午後からは休暇だ。
「というわけで今日はでかけま~す」
「アスカが出かけるのなんて何日ぶりかしらね」
「エステルさん、私週に一度は依頼受けるからちゃんと外出てますよ?」
「それは出るって言わないわよ。休日に出かけることが少なすぎるのよ」
「でも、宿って快適なんですよね。ご飯はおいしいし、サンダーバードやミネルたちもいて退屈しませんし」
「おねえちゃんってほんとに旅に出かけたいの?宿にいる姿を見てるとそんなこと全然思えないんだけど」
「そうね。私もアスカに旅はまだ早いんじゃないかといつも思ってるわ」
「そんなことありませんよ。ちゃんとレディトには行きますし、他の村にも行ってますよ。来週はちゃんと予定ありますし」
「予定?なんの?」
「ロビン君が狩りに出るようになってしばらく経つから、ぜひ見に来て欲しいってこの前言ってたんだ」
「ああ、あの男の子ね。狩りの腕前は確かなの?」
「一緒に来てた人は褒めてたよ。といっても近くにいる時に話を聞いてただけだけど」
「あら、一緒には行動したことないの?」
「うん。いっつもロビン君が来るのは自由行動の時だけだから。でも私のせいで付き合い悪いとか思われてないか心配だよ」
「村の人なら仕方ないよ。街の知り合いってだけで色々言われちゃうこともあるからね。おねえちゃんの場合は特にね」
「私ってそんなに変かなぁ?」
「変って言うのとは違うけどね。最近はそのおかげで忙しいし。エステルさんもあまり受付手伝ってくれませんよね」
「だってあれ、面倒だもの。エレンは慣れてるからいいけど、私には荷が重いわ」
「孤児院の子たちもちゃんと相手してますよ?」
「してるって、あの子たちは最近働き始めたから知りませんって言ってるだけでしょ。私だと説明しないといけないから手間なのよね。ミーシャさんに頼るわけにもいかないし」
「最近、特に体調が不安定だからね。私もちょっと心配だよ」
「ミーシャさんもだけど、ミネルの子どもたちは元気?」
「あの子たちは大丈夫そう。アルナとまではいかないけど結構元気だから。それにレダが連れて来てくれたのか、ヴィルン鳥も何羽か来てくれてるし」
「そうなの?いつの間に…」
「1週間ぐらい前からかな?3羽ぐらい来てくれてるみたい」
「じゃあ、小屋も大きいのをもう一つ作った方がいいかな?」
「あるとありがたいけどおねえちゃん大丈夫?最近細工で忙しいんでしょ」
「そうだけど、ミネルのことだしね。せっかく来てくれたのに何もしないもの嫌だし」
「それじゃ、お願いしちゃおっかな。いつごろできそう?」
「今日はこの後出かけるから、明日中にはできるよ。ついでにお祝い代わりに何か買ってくるよ」
「分かった。じゃあわたしが伝えとくね」
「よろしくっていうか、言葉分かるの?」
「すごく簡単なやつならね。ディースさんにちょこっとだけ習ったから」
「エレンちゃんいつの間に…」
「まあ、うちもバーナン鳥とヴィルン鳥が住んで長いし、店の名前も鳥の巣だからいい宣伝になるかと思ってね」
「エレンは良いわよね。私もちょっと教わったけど、ほとんどわからなかったわ」
「そういえばディースさんも驚いてたかも。自分も最初はかなり苦労したって」
「エレンちゃんも機会があったら魔物使いに成れたかもね」
「それは無理だよ。わたしはおねえちゃんとは違うもん」
「そうね。エレンはそこは普通だもんね」
2人してうなづき合っている。わ、私も普通の一般人だよ!多分…。
「それにエレンは魔力20ぐらいでしょう?折角、魔物使いになってもほとんどの魔物と契約できないわよ」
「それなんだけど、最近ずっと魔道具に魔力流してたからか、今40ぐらいあるよ」
「えっ!?本当なの?私も頑張ってみようかしら?」
「いいけど、エステルさんって魔道具を動かせる魔力あるの?」
「そっちが問題か…私の魔力は一桁だしね。流石に使い捨ての魔石を買うわけにもいかないし」
平民の魔力は低いってことだけど、こうやって使う機会自体が少ないからでもあるんだと思ったアスカだった。