新たな薬
しばし飲み物補充だったりと、時間をつぶしていたら来客があった。
「あっ、お客さんかな?は~い」
エレンちゃんが受付に向かっていった。でも、すぐにこっちに戻ってきた。
「お客さんじゃなかったよ。おねえちゃんにだった」
「私に?ありがとう、行ってくるね」
席を立って、来客に会いに行くとセーマンさんがいた。
「こんにちわ、セーマンさん。どうしたんですか、宿まで」
「いやいや、折角の認定式の後ですから、一度アスカ様の泊まっているところにも顔を出そうと思いまして」
「そうだったんですね。ありがとうございます」
「それとこちら、祝いのものにしてはおかしいと思いましたが…」
そういってセーマンさんが出してくれたのはお醤油だ。それも4本も!
「どうしてこれを?確かにもう少なくなってきて買い付けに行こうと思ってたんですけど」
「いえ。うちの街でも料理好きな知り合いが何人かいましてな。新しい調味料に挑戦だとすぐに使い切っていたものですから」
「助かりました。実はこっちでも色んな料理をと試していると、すでに切れかかってしまって…」
エステルさんとライギルさんは試しに作る料理にとりあえず使っているし、フィアルさんも私のアドバイスを元にすでに何品か料理を作りだした。その過程でやはり失敗はつきもので、かなりの量をすでに使っていたのだ。
「料理の方はどうですかな?」
「はい。実は旅先でこの醤油を使ったことのある人もいて、何品かすでに宿のメニューへの許可ももらってます」
「流石はアスカ様の知り合いですな。では後程、商人ギルドにこちらから登録させてもらいます。もちろん、登録者名はその方のお名前でしておきますので」
「じゃあ、レシピに簡単な絵と作者名をどこかに書いておきますから、今度行った時にまとめて渡しますね」
「その日を楽しみにしておきますよ。では私はこれで」
セーマンさんは慌ただしく帰っていった。いつも忙しそうだからひょっとしたら今日の認定式も無理に来てくれたのかもしれない。感謝だ。
「アスカ、誰だったの?」
「セーマンさんだった」
「へぇ、わざわざアスカに何か用だったのかい?」
「ううん。宿を見に来ただけみたいです。あと、これ貰っちゃいました」
私はもらったばかりの醤油を出す。
「それ醤油だよね」
「うん。足りなくなるだろうからって貰っちゃった。やっぱり気前いいよね~。これだけでも銀貨4枚するんだよ」
「気前が良いって言うより、その調味料をこの国で真っ先に広めた商人って肩書が欲しいんだろ?向こうはレシピを早く欲しいだけだろうね」
「そうかなぁ?あっ、登録はちゃんと自分の名前になるから、フィクス君がこの前作ってくれた肉じゃがのレシピも渡していい?」
「構いませんよ。お姉さんの知り合いの商人さんなら。でも、あれ僕のオリジナルって訳でもないんですけど…」
「この国で使えそうなものでアレンジしてるからいいんじゃない?だって白ワインは手に入るけど、ちゃんとした材料のお酒は手に入らないんでしょ?」
「それはそうですけど…。まあ、あと何品か考えてるのでそれも渡しますよ」
「意外だね。料理人だしレシピはもっと秘匿するかと思ったよ。フィアルだって、まだあのパンの作り方は広めてないからね」
「まあ、僕が思いつきそうなのは簡単に誰でも作れそうですから。あのパンは僕もびっくりしましたよ。あんな柔らかいパンなんて初めてでしたし」
「なら、今度時間のある時にここに来るか、そっちの店にお邪魔するね。イラストも載せたいんだ」
「おねえちゃんわざわざレシピに絵を描くの?」
「そうだよ。順番に作っていったら出来ますって言っても、レシピを見ただけだと完成したのがちゃんとしたものか判らないでしょ?それを補完するために絵でどんなものになるかっていうのを見せるんだよ。それに、見栄えが分かれば、それだけで食べたい料理とかあるでしょ?」
「そういえばロールキャベツもかわいい見た目だったし、あれなら絵で見たらすぐに作りたくなるかも」
「ロールキャベツ?」
「フィクス君はまだ食べたことなかったの?」
「あんまり他の店では食べないので。ここでは何度か食事したことはありますけど…」
「あ~、うちもロールキャベツはあんまりしないからね」
「難しい料理なのエレン?」
「難しいっていうか手間って言うか…。肉団子みたいなのを野菜で巻くんだけど、大量に一つの野菜が必要だし、それを結ぶ野菜を干すのにも時間がかかるんだよね。かけるソースが一番簡単かもね」
「作ってる店もレディトとアルバぐらいだろうし、特に結ぶ野菜が手作りだもんね」
「そうなんだよ。おねえちゃんがせっかく教えてくれた料理なんだけど、手間がね~」
「今度、食べてみたいな。次はいつなの?」
「来週の…週末だね」
「楽しみにしておくよ」
「売りきれないように早めに来てね」
「エレンちゃんそこは取っといてあげないんだ?」
「宿の娘としてお客さんに差をつけるのは許せません」
その後もわいのわいのと騒がしく話をして認定式の日を終えた。
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「で、アスカちゃん。もうちょっとで一冊の本が作れそうなんだけど、泊まり込みで預かっちゃダメ?」
「私は別に構わないですけど…ティタはどう?」
「おいこみ、がんばる!」
今日はというとディースさんが珍しく私に相談に来ていた。内容は魔物言語のウルフ種と小鳥系の汎用言語についてある程度の研究成果が出たという報告と、それをまとめて本にするのにあとちょっとのところまで来ているから、一気に済ませたいということだった。
「でも、なんだかディースさん顔色悪いですよ。ちゃんと寝てますか?」
「あと一歩だからね。今は追い込み中だからこれさえ完成すればまとめて寝るわよ」
あっ、これだめなやつだ。きっと、今回のところを乗り切ればから、もうちょっとでキリが良いんじゃないかとどんどん追い詰めていく感じのやつだ。でも、ティタを置いて行っても無理しそうな気がするしなぁ。
「分かりました。ただ、ちょっと心配なのでこれを渡しておきますね」
私は瓶に入った錠剤を渡す。全部で30粒ぐらい入っている。
「これは?」
「栄養剤です。と言っても、これだけ摂ればってものじゃなくて取りにくい栄養が入ってるんです。夜の食後すぐにでも飲んでくださいね。後、絶対1錠だけですよ、大量に取っても意味ありませんから!」
「心配させちゃったかしら?ありがとう」
私はティタとディースさんを見送った。ちなみに渡したのは栄養剤ではなく、睡眠導入剤に近いものだ。飲んでから1時間ほどで眠くなって、頭がぼんやりしてくるのだ。寝つきの悪い時とか旅に出た時に何とか眠れるようにと作ったのだけど、持っていてよかったよ。
「でも、渡しちゃったからまた材料仕入れなきゃ」
材料自体は冒険者ショップでそこそこ安い値段で売っている。本来は睡眠薬の材料として売っているんだけど、粉にしてさらに濃縮したものをコップ一杯ぐらい飲む。これが1回分だ。しかも、苦くて不味い。そういう材料だから人気もなくて安いんだよね。
「薬草自体はこの辺じゃ手に入らないけど、人によっては不味すぎて眠るどころじゃないって人もいるから、人気が出ないんだよね。あれも睡眠薬の3分の1の量にシェルオークの葉を混ぜ込んで作ってるし」
隠し味にははちみつを少々。糖衣のように周りに甘みがプラスされて飲みやすいというわけだ。
「おねえさ~ん。また、あの薬草下さい!」
「あら、アスカちゃん。またなの?やっぱり失敗しちゃった?」
「いえ。作ったのはちゃんとできましたよ。ただ、必要な人がいてあげちゃったからもう一瓶分作ろうと思って」
「一瓶?あの分量だと10回分ぐらいでしょ?」
「いやぁ、さすがにまずいって聞いてたので、効果は薄いんですけど飲みやすいように粒にしたんですよ」
「へぇ~、面白そうね。効果が薄いっていうけどどう違うの?」
「大体、飲んで1時間ほどしないと効果が出ませんし、持続して眠るのも3時間ぐらいです。最もその後目覚めが悪くない限りはそのまま眠りますけど…」
「ふんふん。それ、もう1瓶分あげるから出来たら私に売ってくれない?」
「お姉さんも寝れないことがあるんですか?」
「まあ、色々あってね」
「分かりました!明後日には作れると思いますから」
私は銀貨1枚払って2瓶分の材料を受け取り、宿に帰った。
「店長、寝つき良いですよね?」
「あなたはあまりよくなかったわね。他にも2人ぐらいそういう人いないの?」
「そりゃ、冒険者ギルドとか商人ギルドに何人かはいますけど…」
「じゃあ、30日分ぐらいは貰えるでしょうから、あなたと2人ぐらいに10日分ずつ渡すわね。アスカちゃんは3時間の効果って言ったけど、そのまま寝るなら画期的かもしれないわ。ぜひ、商人ギルドと連携して売りたいわね。本人には手間をかけないように設計料を支払う契約でね」
「いいんですか!そりゃ私はうれしいですけど…」
「決まりね。貴重なポーションといい、珍しいものもある冒険者ショップで売り出してるんだから、これも頂くわよ」
「最初に言ってた通り、色々安くアスカちゃんに売った分が返ってきましたね」
「私の目を信用しなさいよ」
「最近するようになりました。目をつけたのも彼女が10人目で成功は初めてでしたしね」
「し、仕方ないでしょ。新人に期待しても中々芽が出ないんだもの」
「じゃあ、20人目に目をつけるまでは私はそっと見守っておきますね」
「そ、そんなに次はかからないわよ。多分、あと5人中にはまた一人出るから…」
「そこはもう見極めたわって言うところでしょ、店長」
「そんな眼力があるなら、今頃は王都の冒険者ショップで店長やってるわよ」
「それはそうですね」
「ちょっとは否定してくれない?」
「給料が上がったらそうします」
「現金な…」