のほほん料理人と認定式
いよいよ今日はフィクス君が私のために料理を作ってくれる日だ。うん?何かおかしくないかって、何もおかしくない。
「それで、結局フィクスは何作るの?」
「考えてきたのは肉じゃがって料理だよ。でも、ちょっと調味料が足りないから物足りないかもね。それに、お酒もちょっと違うやつだし」
「お酒?エールやワインじゃないの?」
「それが僕の立ち寄った村では別のもので作ってたみたいなんだ。それが何かまでは分からなかったから白ワインで代用してるんだけどね」
「ほほう、肉じゃがですか。中々やりますね、完全に胃袋を掴みに来ましたか」
しかし、肉じゃがは味付けこそ薄いものの、病人食で食べ慣れている。健康な頃にも食べた記憶があるから、結構判定はシビアだよ。
「しかも、材料に代用品があるなんてこれは勝っちゃったかな?」
「料理を見てからにしてくださいよ」
「ふっ、その意気やよしっ!」
「何で二人とも変なテンションなの?」
「料理対決ってそんなもんだよエレンちゃん」
「対決っておねえちゃんはただ食べるだけじゃない」
「じゃあ、私も作るからエレンちゃんが食べて判定してくれる」
「それは嫌かも。結構お姉ちゃん、料理になると雑だから」
「雑じゃないよ。大さじとかないからよくわからないだけだってば」
「でも、ないからって基準になるものを作らずに入れてるよね」
「変なものは入れないから食べられるなって…」
「それより、厨房に向かいましょう。時間は限られてますし」
今日は14時から16時までの料理研究の時間をもらってこの機会を作っている。2人はどうしたかというと、ライギルさんは身重のミーシャさんと一緒にいる時間に、エステルさんは孤児院の子たちと遊ぶ日なのだ。この料理を見たかったんじゃないかなって言ったけど、先に美味しい料理を作られるのがしゃくみたいで、来ないと言っていた。
「それじゃ、まずは使う材料からですね。といってもこの辺だと珍しいのもありますからここも代用になってますけどね」
やっぱり、材料自体が揃いにくいんだな。玉ねぎっぽいのはあるけど、それもちょっと違う感じだし見た感じすでに下味をつけているようだ。そうやって元々の素材に近づけているのだろう。しかし、さすがは自称料理人だ。てきぱきと素材を切っていき、あっという間に火にかけ出した。
「あれ、肉って付くのに入れるのは薄切りのお肉なんだ?」
「そうだよ。エレンはこういう料理をあまり見ないと思うけど、あっちだと野菜より肉の方が少ないのも多いんだよ。特にこれはそうかな?アクセントとしては生きてるけど、メインって感じじゃないね」
「それにしてもよくこれだけ集められたね、フィクス君。私もたまに市場とか見てたけど中々材料っぽいものはなかったよ」
「半分は輸入品ですよ。それも商人が面白がって入荷したやつとかもあるんで今回は運がいい方ですね」
「そうなんだ」
「そっちのオレンジ色の野菜は硬いし、飼料としては入ってきますけど鮮度を保ってまでは大変なので食用は少ないんですよ。たまたま高速船に乗った商人が持ってましたけど、高くて店じゃ出せませんよ」
おお、ニンジンもどきよ。名前は知らないけど君はこの世界でも人に避けられているのだな。正直、たまに火がちゃんと通ってないのだったり、匂いとかもあるし使い方を知らないと人気がないのは分かる。
「さて、材料も大体火が通りましたし、そろそろ調味料を入れていきますね」
そういうとフィクス君はどんどん調味料を入れていく。くぅ~、悔しいけどいい匂いがする。そして、フィクス君は自分で持ってきた鍋というか大きいフライパンに調味料を入れていく。
「ところでどうしてその鍋持ってきたの?重かったでしょ」
「そうなんだけど、これはお土産に買った特別な鍋なんだ。少ない水の量で料理ができる優れモノなんだよ。これもあまり知られてないから珍しいけどね」
えっ、あれって水気がなくてもできる便利鍋(アスカの知識には詳細がない)じゃない!醤油といい、結構な知識人が降臨してくれたのかな?
「じゃあ、火にかけるだけで良いの?」
「まあ、ちょっと入れるかもだけど。ほら、野菜の水分って個体差があるでしょ?何も見ずにっていうのは難しいね」
そんなこんなで、あっという間に料理が完成した。というかさりげなく隣ですまし汁とご飯が炊いてあったんだけど、なんで?
「これと一緒に教えてもらったんですよ。さあ召し上がれ」
テーブルに置かれた料理はまさしく和食だ。炊き立てご飯(きちんと蒸らしてます)にすまし汁に肉じゃが。こんな料理がまさかこの世界で並ぶなんて!あっ、そうだ梅干し出しちゃお。マジックバッグからつぼを取りだすとそっとご飯の上に乗せる。
「おねえちゃん、なんで涙流してるの?」
「こ、これは仕方ないの。ただでさえ飢えてるところに最近はなんちゃって料理ばっかりだったから!」
「なんちゃって…まあ、私もそこまでおいしいとは思わなかったけど」
「それじゃあ、いただきま~す。んまぁ~」
ちょっとワインと日本酒の差はあるけど、味はきちんと肉じゃがだ。みりんがないからか深みはちょっと足りない気もするけど、そこは好みの味つけって感じで言える範囲だ。それに、水分も多くなりすぎてないからバシャバシャでもない。ああ、でもこんにゃくがあったらなあ。片栗粉もなかったし流石にないものねだりかなぁ。
ばくばくと料理を食べながらそんなことを思う。ふと気が付くとエレンちゃんとフィクス君がこっちを見ていた。
「なに?」
「おねえちゃん、結果は?」
「おいしいけど…エレンちゃんには合わなかった?」
「はぁ~、まあいっか。その方がおねえちゃんらしいし」
よく分からないけど、エレンちゃんもはしならぬフォークが進んでいるみたいだし、満足しているようだ。
「でもフィクス。ほんとにおいしいよこれ、お父さんたちが作ってるのがおままごとみたいだよ!」
「はは、そういってもらえてうれしいけど、この調味料はスパイスと混ぜるのが難しいからね。僕はまだそれができないから挑戦してる2人はすごいと思うよ」
「そうかな?順番にやっていったらいいと思うんだけどね。はい」
そういうとフォークからスプーンに持ち替えたエレンちゃんがフィクス君の口元にそっと肉じゃがを差し出す。
ぱくっ
「うん。今日のはかなりいい出来だよ。エレンに喜んでもらいたかったし奮発した甲斐があったよ」
「ななな、なにをエレンちゃん…」
「えっ、このぐらい普通だよ?おねえちゃんも誰かにしないの?」
「し、しないしない。そんなことできっこないよ」
「村だとこういうのは結構早いうちからするって言ってたんだけど、情報間違いかなぁ」
いや、私は実際村生活はしてないからよくわからないけど、ほんとにみんなこんなことしてるの?しかも人前というか家族の前だよ。他人ならもう会わないかもしれないけど、家族なら今後のお付き合いとかあるじゃない。
「ひょっとしてこれが初めてじゃないの?」
「まあ、向こうで料理食べてるときは何時もしてるかも」
「そういえばそうだね。最初のころは結構周りも色々言ってたけど、もう最近じゃみんな何も言わないよね」
大切にしてきたエレンちゃんがこんな男に…こんな料理だけの…。あっ、おいしい。しかも、これ梅干しの塩分と野菜とかの甘みの肉じゃがでいいバランスだわ。正直、定食メニューに欲しい位だ。調理料と材料が高くて無理だろうけどね。こうしてエレンちゃんたちと楽しい料理会を終えた私は、その日を平穏に過ごしたのだった。
「はっ!料理対決の結果は!?」
夜寝る前に思い出した私は寝不足のミネルにうるさいと怒られたのだった。ごめんよミネル、数日ぶりのこっちだったのにうるさくして…。
料理対決の後はというといよいよ認定式だ。こればっかりは私も巫女として、そして代表としておかしな格好では望めない。ムルムルに会う時に使わせてもらった部屋を借りて、巫女衣装に着替える。そして、手にはアラシェル様の神像を持っている。これは、この日のために用意した今の私が作れる最高の像だ。サイズも30cmを越えると大きめの像で、銀の全体に魔力を通した一品なのだ。
「これが今日からアラシェル教のご神体になるんだから、堂々としてないとね」
装飾も私の巫女衣装に飾り付けをしたものがベースとなっていて、私を通してアラシェル様が感じられるようになっている。塗装も完璧な世界に1体の神像だ。
「さあ、いざ教会の礼拝堂へ」
私が礼拝堂に着くと、そこには見慣れない数名の教会騎士がいた。普段は街の教会には2人ぐらいしか居ないんだけど、こういう時は近くの大きい街から派遣される。今日の人たちはおそらくレディトから来ているのだろう。
「おおっ、あなたが代表の巫女様ですね」
「はい。アラシェル様の信徒のアスカです」
「少々変わった衣装ですが、巫女としての神秘性が感じられますね」
「ありがとうございます。今日の式を行われる司教様は?」
「もうすぐ到着なさいます。来られて10分後には始まるので、ここでお待ちいただけますか?」
「分かりました」
到着した司教様には挨拶をさせてもらった。ただ、すぐに式の打ち合わせに入られたので本当に挨拶だけになってしまったが。
「では、これより新たな聖霊の認定式を始める。新たなる聖霊アラシェルの御霊を守るものをここに」
「はいっ!」
元気に返事をして司教様の前に出る。そして、司教様はアラシェル様がどういう神でどのような教えの元、聖霊となったかを話される。
「…では、新たにこの地に生まれた聖霊様とその信徒に祝福を!」
「「祝福を!」」
司教様が宣言されると周りの護衛についていた騎士やこの街の司祭様やシスターが一斉に同じように宣言する。すると、中央に用意された祭壇に置いてあるアラシェル様の神像に青き光が降り注いだ。
「おおっ!?何と!シェルレーネ様も直々に祝福されておる。この新たな聖霊は多くの信徒に支えられるものとなるであろう…」
司教様もびっくりしていたから、あの青い光は演出ではないらしい。ちょっと驚いたけど、つつがなく認定式が終わって良かった。