至高へと至る道
あれから細工をして過ごして3日後、といいたかったけど、今日は2日後。とうとうグラントリルから石材が届いて、アルゼイン建築の人たちにコールドボックスの組み立て方を指南する日だ。
「で、アスカ。これがものなんだな。思ったより大きいみたいだが…」
「はい。それに銀で作られてるので重たいから取り扱いには気を付けてくださいね」
「気を付けてくださいねって、アスカちゃんどうやって持ってるんだ?」
「魔法ですよ。さすがに私じゃ持ち上げられませんって!」
「そうだよな。うちの次期棟梁も力はあるが、それでもこれ全部は無理だろうしな」
「スキルも無尽蔵に使えるわけではないしな。じゃあ、早速組み方を教えてくれ」
「分かりました。じゃあ、説明書を用意したのでそれに沿ってやっていきますね」
「そんなものがあるのか?それは助かるな」
「隅っこにA-1とかきちんと書いてるので、それを見てもらえれば間違えないと思うのでよろしく願いします」
「分かった」
そうして私はコールドボックスを組み上げていく。とは言っても実際に私が魔法で持ち上げるわけではなく、アルゼイン建築の人たちがやってくれる。これも、組み立て方を覚える一環だからね。
「それで次はここだな。おっ!このボルト穴ならうちのが使えるぜ!」
「駄目ですよ。錆びとかの可能性もあるからこの銀の特注ボルト以外は使わないでくださいね」
「分かったよ。にしても、豪勢なボルトだな。これだけでもかなりの建材が使えるっていうのによ」
「しょうがないですよ品質第一ですからね。市場に出すなら多少は妥協してもいいですけど、今回はシェルレーネ教の中央神殿に納品するんですから」
「ああ、にしても俺らが中央神殿に物を作りに行くなんてなぁ」
「やっぱりそういうのって珍しいんですか?」
「珍しいっていうか、建設も修繕も自前のものがあるからな。シェルオークの補充とかは俺らにはできないし、よほどのことがないと別の建設業者が入るなんてことはないと思うぜ」
この間、アルゼイン建築に出入りするようになって仲良くなったおじさんが教えてくれた。おじさんもかつてはそんな一団に入りたいと思ったことがあったようで、詳しかったのだ。
「そこに入るのも難しいんですね」
「そうだなぁ。希望して入れるもんじゃないし、技術があったって入れやしないんだよ。要はシェルオークを扱えるかってのが重要なんだ。向こうにしちゃ、シェルレーネ様が与えたと言われてるあの木を扱えるのが大前提なんだ」
「おじさんなら扱えると思うけどなぁ」
「それがまた難儀でな。どうにも俺からしちゃ、まぶしい材料でな。目の前に置かれると使う気が失せちまうんだ。持つことができるのと実際に加工するために触れるのは別なんだとよ」
「何で判断してるんでしょうね?」
「さあな。神殿の人はあこがれが強すぎるって言ってたがな。ただの材料として認識できるかどうかだそうだ。おれにも詳しいことは分からなかったがな。でもまあ、ここで技術も学んだし嫁も出来たし、その方が良かったのかもな
」
そういうおじさんには後悔はなく、すっきりとした顔だった。
「もうすぐ完成だな。後は魔石を入れるだけだが、どれがどことかはあるのか?」
「あります!説明しますね。この裏にM-1とM-2というのがあるんですけど、M-1はちょっと小振りなんです。なのでちょっと端寄りのところにM-2は中央寄りの方に置いてください。で、対角になるように上のふた部分にも付けてくださいね」
「ほう~、これがあれば全体が凍るんだな。地下に置けば年中氷が作れるって話だが本当か?」
「多分ですけどね。地下と言っても気温もありますし、魔石自体が小さすぎるとうまく冷えませんから」
「なるほどなあ。夏は暑いし、俺たちもこれ買うかなぁ」
「ほ、本当ですか!棟梁に頼んでくださいよ」
肉体労働だもんね。夏とか屋外の作業は冷えた飲み物が欲しいよね。このコールドボックスは冷蔵庫に勝る点がある。それは動力が魔力であるということだ。万人に使えないという点ではデメリットだが、魔力さえ確保できれば電気のない屋外でも普通に使えるのだ。発電機なしでこれを運べればかなり使い勝手がいい。あっちは両方重たいし。
「置物と考えると、定期的に魔力補充が必要だから面倒だけど、この点はいいよね」
電気の説明から入って、バッテリーの製作に発電機なんて私じゃ作れないし、知識がなくても持ち運べる仕組みになっているのが良い。
「よしはめ込んだぞ」
「それじゃあ稼働させますよ~。えいっ!」
魔力を魔石に流し込んで、コールドボックスが起動する。すると瞬く間に中が冷えていき、外には水滴も浮かんでいる。
「へぇ~、こんな動きなんだな。ちょっとこの水筒入れてみてもいいか?」
「いいですよ。でも凍っちゃう前に取りだしてくださいね」
「分かったよ」
それから30分ほど休憩して、入れた水筒を取りだす。
「おおっ!すっげぇ冷えてるぞ。アスカちゃんこれすごいよ!」
「よかったです。でも、高いですからシュタッドさんに買ってもらってくださいね」
「これ、売るのか?かなり高そうなんだが…」
「もちろんこんなに大掛かりなものじゃなくてこれの4分の1位のサイズですよ。それでも金貨20枚ぐらいって言ってました」
「それをアスカちゃんが作るのか?いや~、大儲けだな」
「私は作りませんよ。旅に出ますし、こんな重たいものを説明しながら売れませんから」
「それじゃあ、どこかの商会が扱うのか?」
「そうです。ドーマン商会という私が普段細工を卸してる商会です」
「それって予約できたりするか?」
「う~ん。どうでしょう?でも来週にはこっちに来るのでその時にでも話をしてみますね」
「なら、俺も連れていってくれ。直接話をした方がよさそうだ」
「でも、来る用事って聖霊様の認定式ですよ」
「聖霊様?誰だ、新しく信仰が増えるのか?」
「アラシェル様ですよ。この度、書類が通って認められたんです」
「あのアスカが信仰してる神様だな。それなら問題ない。俺もあの像は部屋に飾ってるぞ」
「シュタッドさん何時の間に…」
「フィーナみたいな働き者を連れてきてくれたからな。出会いに感謝して買ったんだよ」
そう言われてみれば最近はおじさんからシェルレーネ様の像と一緒にアラシェル様の像の製作依頼も来てたな。この街だけとはいえ順調に信仰が広まってるみたいで良かった。
「そういえば認定式ってことは誰が代表で出るんだ?」
「僭越ながら私が…」
「アスカが?まあ、あの像を作ってるのもアスカだし、当然か。時間は何時からなんだ?」
「10時です。あと3日後なんですけど大丈夫ですか?」
「ああ、石材の方が思ったより大きくてな。軽量化が必要なんでちょっと時間が余るところだったんだ。必ず行くからな」
その後は作り上げたコールドボックスを分解しながら、アルゼイン建築の人たちは作り方を頭に入れているようだった。残念ながらお風呂の方は既存のお風呂を見て、魔石の置き方だけを言うだけにとどまった。必要な加工とかは向こうに着いてからなのでこっちは流石に説明できなかったのだ。
「今日は時間を取らせてすまなかったな」
「いいえ。私も行ければよかったんですけど、ちょっと手が離せなくて…」
「残念だなぁ、アスカちゃん。せっかく道中に王都があるから1日ぐらいは遊べたのによ!」
おじさん、それさえなければ私が直接行ってたんだよ。ほんとに中央神殿に向かう道が王都からまっすぐでなければなぁ。レディトから草原を使っていくわけにもいかないから、絶対王都経由なんだよね。それがなければ喜んでついて行ったのにな。
「まあ、アスカの腕ならいつか貴族とかに呼ばれたりするから行くこともあるさ」
「それだけは勘弁してください…」
冗談にならない言葉を受けてそう答えた私だったが、すでに貴族の元に私の魔道具が行っているのだった。
「それでアスカは今日はどうするんだ?もう、いい時間だが?」
「エステルさんたちに付き合います。新しい調味料が出てきて、試作がいっぱいあるので」
最近はちょっと日持ちのするものを作っては翌日の昼ごはんになる日々が続いている。もちろん客に出す分ではなくて身内に出す分だ。孤児院の子たちは食費が浮くので喜んでいるけど、ちょっと私は飽き始めている。なんと言っても醤油を使った料理には飢えていたものの、いまだ醤油テイストの謎料理なのだ。しかも、いつも食べている料理よりは美味しくない。
「スパイスを最初から入れないといいんだけどな~」
そこは料理人のプライドらしく、最初に作るのはスパイスと醤油を混ぜ合わせた料理だとライギルさんが張り切ってしまって、エステルさんが仕方なく付き合っている。でも、今のところ出来る料理はどちらかを抜いた方が美味しい料理の域を出ることはなく、不満がたまってきたのだ。
「はぁ~、これも未来の和食のためだ。がんばろうー」
「なんだかわからんが頑張れよ」
励ましも受けたし今日もいただきますか、味は想像できるけどね。昨日作った料理だし。