婿と義姉の邂逅
宿に帰るともうすぐ夕食なので、忙しくみんな動いていた。エレンちゃんも精力的に動いていて、エステルさんも指示に従っている。
「あら、アスカ。お帰りなさい、食事はどうだったの?」
「ちゃんと食べてきました。宿は大丈夫ですか?」
「ええ。反省して今日は早めに研究も切り上げて今用意をしているところ」
「あっ、おねえちゃんおかえり~。もうちょっと待っててね~」
「うん。ご飯遅かったから後で良いよ」
「ちょうどよかった。それじゃまた呼びに行くからね」
「うん」
エレンちゃんたちと別れて私は部屋に戻る。
ピィ
「あっ、そういえば忙しくしててアルナたちのご飯用意してなかったけど大丈夫だった?」
「ミネルといっしょに、まちでたべた」
「そうなんだ。ティタのご飯は?」
「いつももらってるのがあった」
「そっか、よかった」
アルナたちも街の人にはかわいがられてるから、こういう時助かるなぁ。私はエレンちゃんが呼びに来るまでの時間、折角なので細工をして過ごした。いつでもやめられるように既存品だけどね。
「おねえちゃん、来て~」
「は~い」
エレンちゃんが呼びに来たので下に降りる。そしてご飯を食べ始めたのだけど…。
「あ、あの、この人はどなた?」
「あっ、おねえちゃん紹介するね。街に住んでるフィクス君だよ」
「フィ、フィクス君!?」
「うん。前からたまに出かけるときに一緒に遊んでた子なんだ」
「初めましてお姉さん。フィクスです」
は?なんでエレンちゃんから男紹介されてるの私。えっ!?うそでしょ。だってエレンちゃんまだ13歳だし…。
「あのおねえちゃん。13歳だとこれぐらい普通だからね」
「認めません!まだエレンちゃんには早いです」
「聞いてた通り、エレンと仲いいんだね。お姉さん」
「でしょ!なんせ2年近くの付き合いだもんね」
「正確には1年と8か月と18日だよ」
「面白いお姉さんだね」
「あなたにお姉さん呼ばわれされる筋合いはありません」
さっきからニコニコとしかもチラチラエレンちゃんの方見てるし、何なのかなこの子?
「でね、フィクス君なんだけど、街でも評判の料理人なんだよ」
「そうなんですか?」
「自分でいうのもなんですけど、そこそこできます。と言っても、数年前まで街を巡っていたので多くの料理を知っているだけですけどね」
「わ、私も食べた料理の種類なら負けないもん!」
「おねえちゃんは作れないでしょ。フィクス君はちゃんと再現できるんだよ。すごいよね!」
「そんなことないよ。再現といっても同じ調味料を持ち出せるわけじゃないしね」
「ほら見なさい!婚約とか言い出す前に『僕の作った味噌汁を毎日飲んで欲しいんだ』ぐらい言われたの?まだでしょ?」
「えっと、みそ汁が何かわからないけど、いつも一緒に料理を食べられたらいいねとは言われたよ」
エレンちゃんが照れながら言う。
「君、いくつ?」
「じゅ、18ですよ。幼く見えるかもしれませんが。旅をしている時も結構この顔で大変で…」
18?私と同い年ぐらいにしか見えないなぁ。ふ~ん、改めてフィクスという人間を見る。この店の制服とまではいかないけど、そこそこの身なりだ。栄養状態も…まあ料理ができるんだから流石にそこは大丈夫か。
「で、なんでエレンちゃんなの?」
「なぜといわれると困りますけど、この街に来て最初に出会ったのが彼女でした。そこから色々連れていってもらって…といっても最近までほとんど1時間以内でしたけど」
「そうだよ。おねえちゃんたちがシフトに入ってくれるようになって、わたしも自由時間がとれるようになったから、よく会いに行くようになったんだよ。前は忙しいから彼の店に行ったりしただけだったけど、最近だと1日遊べるしね」
「へ~、ほ~」
私が汗水たらして宿のお仕事をする傍ら、エレンちゃんがこいつとねぇ~。
「何だかおねえちゃん変だよ?」
「おかしくないよ~。ちなみに君が今働いてるところはどこかな?」
「西の住宅地近くの店です。あまり大きくもありませんし、店も古いので多分お姉さんは知らないと思いますけど」
あのへんかぁ。確かに私は寄り付かないなぁ。でも、店が古いってことは従業員の人も結構歳がいってるのかな?再就職先にって考えじゃないよね。
「んで、これを機に宿で働く気とかあるの?」
「そうしたいのですが、今の店にも拾ってもらった恩があるので、閉めるまでは働くつもりです」
「えっ!あの店閉めちゃうの?もったいない」
「でも、エレン。女将さんたちももう50代だし、そろそろ引退時だよ」
「うちのおじいちゃんならもっと働くと思うけどな~。残念」
「エレンちゃんが良いならいいけど、私も旅に出るし心配だな~。そうだ!料理ができるならこれちょっと使ってみてよ」
私はリュートに返すはずだった醤油を取りだして、フィクス君に渡す。
「これは?」
「お醤油って言って、遠い地方の調味料だよ。これにはライギルさんもエステルさんも困っててね。君が料理人っていうならこれをちゃんと使った料理を考えてみてよ!」
「珍しいものですがいいんですか?」
「もちろん!今度また買ってくればいいし、エレンちゃんと仲のいい君にも使って欲しいんだ。せっかくだから何か作ってみてね。よければ食べさせて欲しいな~」
あわよくば、これを使いこなせなかったらそれを理由に考え直させるチャンスだしね。
「それじゃ、私は食事も済んだしこれで。楽しみにしてるからね~」
にひひと笑いながら私は退席した。あまりの出来事に最初は困惑したけど、終わってみればいい感じだったんじゃないかな。
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「ごめんねフィクス。うちのおねえちゃんあんまり頭良くないんだ」
「ううん。楽しそうなお姉さんだったよ。それにこんな珍しいものまで手に入れられるなんて」
「そんなにお醤油って珍しいの?」
「少なくとも海と国が2つは離れてるから僕はまだこの大陸で見たことないよ。これが流通するぐらいになったのなら作った人は頑張っただろうね」
「じゃあ、おねえちゃんが出した課題クリアできる?」
「残念ながら立ち寄った国で教えてもらったからね。これがないと作れないから久しぶりだけど任せといて!」
「それにしてもおねえちゃん、ちゃんと色んな国を回ってたって話してたのにこんな課題にするなんて」
「まあ、それなりに珍しい調味料だし考え付かなかったんじゃない?」
「おねえちゃんならわたしに甘いからもっと簡単に話が進むって思ったんだけどな」
「エレンが大事だからだよ。ほら、よく付けてる髪飾りだって、珍しいものだよね。魔石が使ってあるし」
「あれね。最近聞いたんだけど魔道具なんだって。しかも、古くなったからって作り直してくれたんだよ。それも銀細工に新しい魔石を仕入れて」
「じゃあ、ますます難しいかもね。だけど、僕も頑張るからね」
「…うん。いいとこ見せてね」
「それじゃ、3日後には来るよ。その時には料理を披露するね」
「頑張ってねフィクス!」
「エレンはちゃんと休みなよ。最近お母さんが休むようになって大変なんだろ?」
「だけど、宿を放ってはおけないよ。ふ、ふたりの場所になるかもだし!」
「そうだね。そうなれるように僕も頑張らないとね」
そう思ってかわいいエレンに触れようとした時…。
バチッ
「わっ!何?」
「その魔道具。悪意以外に下心にも反応するんだね。本当にエレンは大事にされてるよ。じゃあ、またね」
「よくわからないけど、また来てね。歓迎するから」
フィクスと別れた私は残っている洗い物を片付ける。今まではお父さんたちがやっていたけど、今はそんなことが言える状況じゃない。
「それに弟か妹が生まれたらわたしの仕事になるだろうしね」
私が生まれたときもおじいちゃんたちが手伝ってくれたって言うし、子育ては大変だからね。