レディト ~マスターのお店にて、ウェイトレス添え~
レディトに着いた私たちは一旦ギルドに向かう。
「採ってきた薬草はと…ムーン草とルーン草とベル草がちょっとだけか」
「なら、その3つの依頼だね。僕が取ってくるよ」
「お願いリュート」
リュートが依頼票を取ってくる間に私は受付に並ぶ。レディトは大きい街だけあってギルドの受付も多いけど、流石にこの時間帯は多いのだ。日帰り依頼と王都からの護衛依頼の到着がこのぐらいの時間であることに起因している。もちろん、依頼の完了自体は商会からの報告も必要なのですぐではないのだが討伐した魔物の素材を換金するのに先に来るのだ。
「取って来たよ」
「ありがと。それじゃ直ぐに済ませてくるから」
ササッと買取も済ませてもらうとギルドを出る。その足で私はドーマン商会に向かう。明日話をするのだけど、連絡だけ先にしようと思ったからだ。
「いらっしゃいませ!あら、アスカ様どうされましたこんな時間に?」
「こんにちわ。明日なんですけど、商会長はいらっしゃいますか?」
「セーマン様ですか?少々店長に確認してまいります」
受付の人が店長さんに確認する。数分して店長さん自らやって来た。
「いつもお世話になっております、アスカ様。商会長ですが明日はいらっしゃいますのでお時間はいつからにいたしましょう?」
「私は一日予定が空いているのでいつでも結構です」
「では、11時ごろにお願いいたします」
「分かりました。それじゃ失礼します」
私は店を出てリュートと合流する。予定の確認だけだから店には入らなかったけど、こうやっていつも最近はリュートが付いて来てくれる。
「ごめんね。待たせちゃった?」
「ううん、ちょっと裏でバーナン鳥と遊んでたから」
「そういえばこの店にも住むようになったんだったよね。リュートにも懐いているの?」
「僕がって言うのは分からないね。ほら、アルナと遊んでたみたいだから」
リュートが指をさすとその先ではアルナがバーナン鳥と遊んでいた。
「そういえばいつの間にか肩からいなくなってたけど、レディトに来た時はいっつもここに来てたんだね」
ミネルもふと気づくと戻って来てるからあまり気にしてなかったけど、こうやって色んな鳥たちと交流してたのかな?
「アルナ宿に行くよ~。それとももうちょっと遊んでいく?」
ピィ
翼を大きく開いてバーナン鳥に挨拶をするとアルナはこっちに来た。
「もういいの?」
十分遊んだと言わんばかりに肩につかまると羽をしまうアルナ。こういうところはサンダーバードたちと逆だね。あの子たちは私がいると構って欲しいと動き回るけど、移動する時は人の肩にとまったりして動かないから。
「それじゃ宿に行こうかアスカ」
「うん!」
宿に着くとまずは荷物を置いて着替える。明日は冒険者はお休みだから街行きの恰好だ。
「あんたそうしてるとほんとにその辺の街娘だね」
「そうですか?うれしいなぁ」
「あ、いや、やっぱなし。あんたみたいなのが街を歩いてる訳ないか。精々貴族のお忍びだな」
「そんなぁ~」
「まあそんなことは置いといて、忘れ物はないね?」
「はい!準備はばっちりです」
「じゃあいくよ」
私はノヴァとリュートとも合流して店に向かう。向かうはマスターさんのお店だ。といっても前の店は息子さんに譲っちゃったから私たちが向かうのは新店だ。
「こんばんわ~」
「いらっしゃいませ。ジャネット様たちにお会いするのも久しぶりですね」
「ここ最近は開店準備で忙しかったんだって?」
「中々店を変える機会はありませんでしたので。主にこちらの設備ですね。置けるものも限られますのでメニューも絞り込むのが大変でした」
確かに新しいお店はカウンター6席に3つ程の4人掛けテーブルがあるだけだ。調理場も考えれば前の店よりはかなり狭いだろう。前は喫茶店のような店だったけど、それでもテーブルだけで8つはあったもんね。
「これ、開店祝いです。お口に合うか分かりませんけどどうぞ」
そう言って私が渡したのは滋養強壮にいい食前酒だ。ライギルさんと一緒に作ったんだけど、シェルオークの葉やベル草、サナイト草などを混ぜて作ったものでオリジナルの配合なので店売りはしていない。
「ありがとうございます。さあこちらへどうぞ」
案内された席はとても良いテーブルだった。黒目の木のテーブルに座り心地の良い椅子が用意されている。一つ奥の席はソファ席だったけど、私はこっちの方が好みかな?
「お待たせしました」
頼んだ料理が運ばれてくる。メニューを絞ったというのは本当みたいで、店も半分以下の広さにも関わらず、味は変わっていなくて安心した。
「おいしい~」
「ごゆっくり」
そういうとマスターは下がって他のお客さんの接客に向かう。この店はマスターと1人ウェイトレスの人がいるだけなので、忙しそうだ。ウェイトレスの人もずっと客席近くに控えているのではなく、調理補助も兼ねているようで人が来ない時は奥に行っている。アルナは何か引っかかるのか女性について行った。
「いい店だけど2人だけなんて忙しそうだね」
「まあ、客層が違うから大丈夫だと思うよ。宿とかギルドの食堂だと急かされるもん」
「リュートってギルドでも働いてたの?」
「成り行きで何回かね」
「宿で接客してたから?」
「最初はね。料理が出来ることを知ってからはどっちもやったけどね。ギルドだと宿よりガラの悪い人もいるでしょ?そういう人たちにも臆することないからって、何度か頼まれたんだよ」
「確かにあそこは酒もバンバン出すし、がら悪いよなぁ~」
「ノヴァが言うならよっぽどだね」
「アスカは朝の時間ぐらいしか座んないから知らないと思うけど、夜はやばいよ。その辺の酒場よりね」
「そんなに何ですか?」
確かに私は夜に行ったことないけど、ジャネットさんが言うほどなのだろうか?
「ギルドは24時間営業だ。後は分かるね?」
ああ、そういう。確かに酒場とかで騒いだとしても22時にはしまっちゃうから良くも悪くも区切りがつく。しかし、ギルドはいつでも依頼が受けられるようにずっと開いている。食堂というかテーブル席とかも例外ではなく、夜はマスターさんはいないけど、夜勤の人が簡単な飲み物と食べ物は提供できるって聞いたことあったな。
「作り置きの安酒で朝まで粘るやつらがいてね。アルバはまだましさ。ジュールさんもそういうのは嫌いだし、治安がいい分そんなに騒いでちゃ動きづらくなるからね。王都とかならそれなりに騒げるところにある酒場なんかは全員帰るまで開けてたりするんだよ」
「体力すごいですね」
「感心するところそこかよ。でもやっぱここうめえよな。つぶれなくてよかったぜ」
「でも、マスターさんも息子さんに店を譲ったんだから、一度は向こうにも行ってみたいね」
「リュートは野営でも出せそうな料理があるか気になるだけでしょ?」
「そんなことないよ。親子でも目指すものが違えば新しい調味料がないかって思ってね」
「結局そっち方面じゃないかい。アスカといい、ほんとにうちのメンバーは贅沢だね」
そんな話をしているとデザートが出された。見た感じゼリーっぽいな。
「ありがとうございます」
「いいえ。皆様にはひいきにしてもらっていますから」
「冷たいデザートか~。向こうじゃシャーベットがあるけど、こういうのもいいな」
「シャーベットですか?」
「おう。凍るぐらいに冷えたやつなんだぜ。あれを夏に食うのが上手いんだよ。まあ、砂糖が高いからあんまり食えないけどな」
「ほう?どのように作るかは分かりませんが、大層興味を惹かれますね」
「あはは、マスターさんもコールドボックスがあればきっと作れますよ」
「コールドボックスですか?」
しまった!いらないこと言っちゃったかも。ここのマスターさんも料理にはうるさいんだった。じーっと見つめてくるマスターさんに根負けして、私は概要を話す。
「ですから、地下室がないと難しいんですよ。それに魔力もいりますしね」
こう言えば諦めてくれるだろう。街の料理人がそこまでの魔力があるとも思えないし。
「ふむ。エイシア、君は確かエルフの血が流れているんだったね?」
「店長いきなりなんですか?そうですよ。もっとも、魔力が高くても適性が低いので、ろくに使えませんけどね。じゃないとここで働いてませんよ。」
へ~そんな人もいるんだ。
「アスカ様、聞いての通り魔道具を使うのには不自由しませんので…」
「あうあう」
「バカだねぇアスカは。魔道具を知ってるだけでどこで誰が作ってるか話さなきゃよかったのに」
「はっ、そうか!」
「そうかじゃないよ、アスカ。もう手遅れだから作ってあげたら?」
「うう~ん。それは良いんだけど、あれはリュートたちが思ってるより高いよ」
「どのぐらいなんだ?」
「作るだけで金貨14枚位?」
「いっ!?そんなにすんのかよ!」
「だって、フレームと外側の板だけで大量に銀を使うんだもん。中板も費用を抑えて銅だし」
「宿の手伝いでたまにシャーベット貰ってたけどあれそんなに高かったんだ。今度お礼を渡そう」
「それなら大丈夫です。魔道具ですし、報酬は費用込みでその倍の金貨28枚でよろしいかな?」
「ええっ!?店長買っちゃうんですか?」
「もちろんです。これでこの小さな店でも立派な商売になりますからね」
「わ、私のお給料は?」
「心配しなくとも魔力補充分はきちんと支払うから安心しなさい。ではアスカ様よろしくお願いいたします」
「うう、分かりました」
せめてもの抵抗でギルドに依頼を出してもらうことにした。こうすれば一応、依頼ポイントも貯まるからね。