ムルムルへのお土産
ムルムルを見送った次の日から、私はカレン様とテルン様のために細工を頑張った。今できる全部を使って作ってみたのだ。それは満足のいくものだったんだけど…。
「疲れた~、まさかあれほど疲れるなんて」
服は集中力を高めるための魔道具のワンピース。そこに銀という魔力と相性の良い金属を使ったのだ。最初のネックレスの時はまだ余裕があったが、バーナン鳥の置物を作っていた時がまずかった。
小さい木の枝に止まっている子どもと、ラネーとネプトの間に子どもを入れた構図だ。あまり大きくしても邪魔かなと思ったので、10cm四方ぐらいのサイズにしたんだけど、細かくなっちゃって…。
「また、がぶ飲みしてしまった」
途中で作業が止まるのも気持ち悪いし、かといってこのままだとMP切れで作業にならない。そこで直ぐに飲んだのだ。
「ポーションは自分で作れないからジェーンさんのお店で買ったけど、高いんだよね」
基本、街で手に入るマジックポーションと言えば初級だ。それでも、100近く回復するものが多いから十分なんだけど、ジェーンさんの店のは300近く回復する。
「まあ、その分金貨が必要だったりと高いんだけどね」
材料から高いのにそこから作るんだもんね。納得はしてるけど、またお金がかかっちゃった。まあ、ムルムルの依頼が終わればお金も入ってくるし、それをあてにしよう。
「明日はレディトに行く日だし、先に準備しちゃおうかな?」
パサッと服を着替えて食料を買いに行く。最近は季節も春めいて来てちょっとだけど暖かくなってきた。
「そんなこと言っても、ここじゃ春は1月から3月だから思ってるより寒いんだよね」
だから、7~9月の秋は収穫の見込みと実際に収穫量が決まるからすごく大事な季節だ。
「おねえちゃ~ん、アルゼイン建築から手紙来てたよ~」
「ほんと?部屋で読むから持ってきてもらっていい?」
「分かった~」
エレンちゃんから手紙をもらって読む。内容はというと、ようやくグラントリルの業者からお風呂に使える大きな岩の手配が出来るとのことだ。早ければ来週にもアルバに届くらしい。
「流石に大きいし、ひと月が早いのか遅いのか」
もう2月だ。だけど、連絡から手配に配送とそう考えたら早いのかもしれない。
「まさか魔石の方が先に来ちゃうんだもんね」
依頼用の魔石が先に届いたので、用意していた私の携帯型コールドボックスに装着した。2つを使った時はかなり冷えたから、4つもあれば今宿で使っている倍以上の大きさにも耐えられるだろう。
「フレームや銀板、銅板の加工も終わったし後は組み上げてみるだけだね」
組み上げる日はアルゼイン建築の人にも立ち会ってもらう。あれを組み終わった状態で運ぶのは流石に無理があるから、組み立て方やフレームの構造を覚えてもらって、お風呂を作りに行く時に組み立ててもらうのだ。
「これまでは岩の目途が立たなかったから先延ばしにしてたけど、予定を組まないとね」
来週のいつ来るかまでは分からないし、週末になるのかな?でも、ムルムルも楽しみにしてたし出来るだけ急いであげたいよね。
チッ
「ごめん、起きちゃった?疲れてるよね」
数日前になんとミネルが2回目の出産をしたのだ。生まれてきた子はまた2匹で、今度どうなるかは分からないけど、とりあえずは元気な子どもだ。ただ、しょうがないんだけどちょっとにぎやかだ。ミネルも魔力を消費して疲れているし、結構気を使っている。
今も子どもの相手はレダがしていて、ミネルはちょっと眠りにこっちに来ている。前まで使っていた巣箱は今はライギルさんのお家に置いてあって、音が響かないところに置いて、そこで雛を育てているんだ。
「アルナたちはお姉さん、お兄さんになるんだからちゃんと面倒見てあげるんだよ」
ピィ
ピッ
2羽とも自分以外の子どもは初めてなので、興味津々だ。だけど、本当に雛はか弱いし親に懐くまではと、まだろくに接触できていないので、毎日そわそわしている。まあ、そわそわしながらも街に出て水やりをしているエミールと違って、アルナは部屋でくつろいだり裏庭で遊んだりしてるけどね。
「それにしてもこういうのは重なるもんなんだね」
「そうだね。まさか、ミーシャさんもだなんて」
今まで休みなく毎日働いていたのが、エステルさんや孤児院の子たちの頑張りのお陰でライギルさんにも余裕が出来た。そうして今、ミーシャさんは妊娠中だ。結構お腹も膨らんでいて、4月が予定月だ。何とか出発までに顔を見ておきたいなぁ。
「わたしもどうしようかな~」
「エレンちゃんどうしたの?」
「だって、今までは一人っ子だったでしょ?確かに弟か妹が出来るのはうれしいけど、弟だったら家を継ぐわけじゃない?なら、わたしはどうなるのかなって」
「エレンちゃんが継ぐのは変なの?」
「普通は男の子がいたらその子が継ぐよ。わたしが継いでも料理できる人は必要だし、探してはいたんだけどね~」
「宿のことなら詳しいんだから、そのまま継ぐのは?」
「弟だったらかわいそうだよ」
「でもそうなったら、エレンちゃんはどうするの?」
「うう~ん。おじいちゃんのお店にお邪魔してみようかな?」
「そういえば、他の国でお店を開いてるんだったね。じゃあ、この街を出るの?」
「まだ分かんないけどね。もし、男の子でも宿なんて嫌だ~なんて言うかもしれないしね」
なんてエレンちゃんはおどけてるけど、生まれた子が10歳でエレンちゃんは23歳。この世界じゃ立派な晩婚だ。相手の人も宿の主人になれるなら待ってくれるかもしれないけど、それが生まれた子の返事次第なら難しいだろう。妊娠が発覚した時からうれしがってたけど、将来のことも考えてたんだね。
「エレンも大変ね。ミーシャさんが抜けただけじゃなくて、宿の将来まで考えて」
「そういうエステルさんはどうなの?お店開くんだよね」
「物件は見つけているんだけど費用がね。それに保証人が必要だし」
「保証人?部屋を借りるのは出来たんですよね?」
「ええ。そっちはライギルさんが雇用契約書を見せてね。だけど、店となると数か月は材料費とかを抜いて家賃を払えるぐらいのお金が必要なの。部屋を借りるのより保証人の条件ももっと難しいのよ」
「お父さんじゃダメなの?」
「ライギルさんだと食堂もやってるから同業者じゃない?支店として出すならいけるかもしれないけど、個人の店としては保証人にはなれないわ」
「同業者じゃダメなんですか?」
「だって、保証人になるってことは新しい店は人気が出るから、今の自分の店の客が減りますってことよ。それで、自分の店も新しい店も利益出しますなんて、無理でしょ。出来たとしてもそれを信じてくれないわよ。こっちには実績がないんだから」
「じゃあ、まだまだかかるってことですか?」
「そうね。さっきも言ったけど、支店なら何とかなると思うんだけど私みたいな実績のない人間に任せてくれる人なんていないわよ」
「エステルさんの料理美味しいんですけどね」
「それを説明できないのよ。口では言えても、見てもらえる当てがなくっちゃね」
「やっぱり自分の店じゃなくちゃいやですか?」
「できればってところね。最低限、私のこだわりを認めてもらえたらとは思ってるけど、中々ね…」
「大変そうですね」
「好きなことだから、諦めたくないのよ。アスカだってだから旅に出るんでしょ?」
「まあ、そうですけど。私は将来やりたいことってわけじゃないですからね。一度、世界を見たいってだけですし。いい場所が見つかったらそこに住むと思いますしね」
「でも、その為に冒険者になってお金も稼いでるんでしょ。それはすごいと思うわよ」
「うんうん。もっと楽に稼げる方法もあるのにおねえちゃんはそれをしないしね~」
「もっと楽に儲けられるの?エレンちゃん、今からでもそれ間に合う?」
「えっ!?いや、おねえちゃんって色々してるからそう思ったダケダヨ~」
最後の方はなんだか変な感じだったけど、やり方とかじゃないみたいだ。残念、旅に出る前の資金はいくらあっても困らなかったのにな。
「アスカこそ、何かすごい発注があるんでしょ?街のみんなが噂してるわよ」
「すごいというか大きいだけですよ。お風呂とかのでっかい版ですよ」
「ああ、それでアルゼイン建築の人が来てたのね」
「そうです。グラントリルってところから材料を持ってきてもらうんですよ」
「あれって向こうの大陸でしょ?お金は大丈夫なの?」
「材料費は向こう持ちなんで平気です」
「おねえちゃんすごい!そんなのあるんだ」
「相手はムルムルというか神殿だからね。下手な物は作れないし」
「ところでどうして細工師のアスカがお風呂の話をしてるの?」
「そりゃあ、魔石を使った魔道具を…」
あれ?別にそれぐらい私じゃなくても出来るよね?ん~、まあ個人風呂位のサイズはあんまり実績もないし変じゃない…のかな?う~ん、深く考えるのはよそう。