細工師アスカ
ギルドに戻ってきた私は早速、列に並んで依頼の達成報告を行う。ちらほら見たことのある人も初めての人も結構いる。だけど、早い時間だからかそこまで人はいないようだ。
「次の方~」
「あっ、はい」
「アスカちゃんね。依頼品を出して」
「じゃあ、かごを三つお願いします」
ライラさんにかごを出してもらって種類ごとに入れていく。今回はリラ草が二十九本、ルーン草が三十本、ムーン草が二十四本だった。
「ちょっとだけ待っててくださいね。鑑定しますから」
そういうとライラさんは同じような状態のものを分けてその中の一本を取りだす。
「え~と、これがAランク、こっちがBランクで、最後にCランクね」
「あの~、全部鑑定してないですよね?」
私はちょっと気になったのでライラさんに聞いてみた。ホルンさんはいつも全部見てたのに。
「アスカちゃんは普通のカウンター初めてだったわね。普通はこうやって同じような状態のものに分けてそのうちの一つを鑑定するの。でも、心配しないでね。明らかに違う状態のものは混ぜないから」
「でも、それだと悪いのが良くなったりしませんか?」
「そこは私たちもそれなりに経験があるから。後、結構魔道具も消費が大きくて、大勢の人がいたら全部は見切れないの。先輩はそこそこMPも高くて違うみたいだけど」
それじゃあ、他のも鑑定していくからとライラさん。さっきの言い方だとこっちが普通なんだ。私も慣れないとな。
「は~い。鑑定終了。リラ草が銀貨一枚と銅貨二枚、ルーン草が銀貨六枚と大銅貨八枚、ムーン草は銀貨四枚と大銅貨五枚と銅貨四枚ね。合計で、金貨一枚、銀貨四枚、大銅貨三枚、銅貨六枚です。アスカちゃんは採取得意なんだね。通常はここまではいかないわよ」
「ありがとうございます。じゃあ、カードにお願いします」
「は~い」
ガチャン
カードに今回の報酬が入れられた。あと数回行けば念願のマジックバッグだ! 気分よくギルドを出た私はミーシャさんに教えてもらった本屋さんへと向かう。
「いらっしゃい。何か用かい?」
「本を探してるんですけど……」
「ジャンルは?」
「え~と、魔導書と細工と花と図面と……」
「ちょっと待ちな。あんた何屋の使いだい?」
どうやら店主らしきおばあさんは私をどこかの店のお使いと思っているらしい。
「あと、魔物図鑑もあれば嬉しいんですけど」
「ちなみに予算はいくらだい?」
「銀貨三枚ほどです」
「魔導書なら安いのが一冊、魔物図鑑も同じようなもんさね。細工と花と図面関連は内容にもよるけど一通りは出せるかね」
銀貨三枚といえば、ベルネスでもそこそこの服が買える値段だ。やっぱり本は貴重なんだな。
「それじゃあ、細工と花と図面のものをお願いします」
「ちょっと待ってな」
さすがに貴重なものだけあって表に並んでいるとかじゃないんだ。店主の人に言ってから必要なものを出してもらう方式かぁ。この調子だと図書館とかがあっても借りるのは大変そうだな。
「こんなとこだけど……」
おばあさんが持ってきてくれたのは割と薄い本だった。細工は基礎と簡単な応用があるからこれは嬉しいけど、花はそこら辺の野草の絵があるぐらいで、効能とかが載ってるわけでもない。図面に至っては線が曲がっていたりして逆に変な癖がつきそうだ。
「細工物と花の本をもう少しいいのにしてもらっていいですか? 図面は諦めます」
「はいよ」
次に持って来てもらった本は細工物でも色々な飾りの作り方も載っていて、とてもためになりそうだ。花の本はここよりもっと寒い地方かな? 見たことのない花が多い。
「これ二冊でいくらですか?」
「銀貨三枚だよ」
「はい。じゃあこれで」
銀貨三枚を払って店を出る。これだけあれば資料としても十分だ。そう思っていると何か挟まっている。よく見るとちょっと子ども向けの本だ。きっと私がお使いに来たと思って気を利かせてくれたんだろう。
「さてと、次は細工物のおじさんの店に行かないと。そろそろバルドーさんから依頼された像も作らないといけないけど材料がないからね」
悩んだ挙句、最初は木で作ろうと思っていたバルドーさん依頼の像だったけど、銅で作ることにした。冒険者なら毎日宿にいないから、携帯できるよう金属で作ることにしたのだ。
「おじさ~ん。こんにちは」
「おう、お前か。依頼品はどうだ?」
「ごめんなさい、まだなんです。今日はちょっと先約があってその材料を買いに」
「そうか。で、何がいるんだ?」
「銅が必要なんですけど、あんまり大きいのじゃなくていいです」
「銅か。形は?」
「縦長だと嬉しいです」
「じゃあこれぐらいか?」
「あっ、それぐらいでちょうどです」
「なら、大銅貨六枚だ」
「はい、お願いします」
「そういや、やけにバッグの中は詰まってそうだな」
「中にはデザインの参考にしようと思って、本が入ってるんです。これ作ったら次はおじさんの依頼の分を作って持ってきますね」
「そうか。期待して待ってるぞ」
「それじゃあ」
おじさんの店を出て宿へ戻る。
「ただいま~」
「おかえりおねえちゃん。相変わらず帰りが早いね~」
「そう? そういえばバルドーさんとかジャネットさんって、冒険に出る日は夜まで見ないね」
「ほとんどの人がそんな感じだね。今日はごはんいつ食べる?」
「特に何もすることないから十八時で。それとライギルさんはもう帰ってる?」
「うん、昨日の反省で今日はもう帰ってるよ。どうしたの?」
私はカウンター横のかごを取ってそこに取ってきたマールキノコを入れる。マールキノコは類似の毒キノコがない安全な食料だ。
「これ見つけたからどうぞって」
「わっ、マールキノコだ。ありがとうおねえちゃん。お父さ~ん、おねえちゃんから~」
はしゃぐエレンちゃんを横目に私は部屋に戻る。とりあえず明日中には女神像を作りたいからまず本を読んでおかないとね。この細工の本は基礎もだけど、木工・金属と多岐に渡って書いてある。この本をよく読んでから作らないと。あとはデザインだけど……。
「正直持ち運ぶように作ると欠けそうなデザインなんだよね」
持ってきてもらった絵は女神様が勝者に冠をかぶせている絵だった。登場人物が二人ということもネックだし、冠とか立った姿だと冒険中に絶対欠けちゃうだろうな。
「ん~、ここはバルドーさんのイメージと違うかもしれないけど、逆に女神様が片膝ついて祈るようにしよう」
そうすれば立像の形式を取らなくていいから足元がぽっきりなんてこともないだろうし、手を組んでいれば指が折れたりもしないから、最大限の強度を保てるだろう。
「残るはどうやって作るかだけど。多分、通常状態だと何日か、かかっちゃうだろうなぁ」
金属の魔道具による加工は結構難しい。小さいものだとそこまでじゃないけど、エレンちゃんのでも結構疲れたしなぁ。何日かかけるなら一日で終わらせて、何日もかかりましたって何食わぬ顔して持って行こうかな?
「それが一番間違いないよね。女神像の出来が悪いと怒られちゃいそうだし」
アラシェル様がいるんだから間違いなくこの女神様もアルトレインに実在する神様なんだ。失礼なものは作れないや。
「そうと決まれば買ってきた本の金属の加工部分を読み込まないと!」
それから夕食だとエレンちゃんが呼びに来るまで私は本を読み続けた。
「よ~し、今日で完成させるぞ~」
一夜明け、昼ごはんを食べた私は、バルドーさん依頼の勝利女神グリディア様の作成にかかる。能力も開放し、銀のワンピースに魔道具も装備。これで準備は整った。
「まずは女神像の大きさだね。あまり大きすぎないように高さは二十センチぐらい。それでも片膝の恰好ならそこそこの大きさかな? 最初は上ぶたを作るために中をくり抜いて。くり抜く時は入り口をちょっと狭目に」
くり抜いた方の部分を削って女神像と台座を成型していく。台座の部分は細かく後で調整するのでまずは女神様のポーズに沿って加工していく。
「う~ん。折れないならちょっと飾り気があった方がいいよね。アテナみたいな感じかな。よくわからないけど」
女神様に具足を身に着けさせることにした。ただし、兜はなしだ。剣は祈っていて持てないから鞘先を台座につけたまま、肩にかけている感じで両手を組んで祈るポーズを。
「兜がないのが不自然かもしれないけど、ここで付けちゃうと誰か分からなくなるし、デザインによっては折れちゃうしなぁ」
その代わりに髪をきめ細かく表現する。年月が経つとつぶれてしまうかもしれないけど、出来た時だけでも綺麗に表現したい。髪は女の命! なんてね。あとは、服と肌の間や顔の表情など細かいところを丹念に手間暇かけて作業をしていく。
「うん、表情といい装身具の細工といいアラシェル様に近いものができた。あとは台座部分だけど……」
何かメッセージを入れようかな?『女神グリディアより冒険者バルドーへ祝福を』これをこっちの言葉で書いてあとは……そういえばおじさんが作品には自分の作品の証明としてマークかサインを入れろって言ってたな。複雑なのも目立つのも嫌だし何にしようか?
「う~ん。ASK? いやいやあんまりなマークだし自分の名前って言うのも。アラシェル様からとっちゃおうかな? それじゃあAとLの続き字ってことで。これなら書くのも簡単だしパッと見わかんないよね」
サインも決まったし、これは台座の裏側の隅に小さく描いておこう。目立つのなんて嫌だし。あとは上ぶたの部分が台座とぴったり合うようにして当面外れないように。削れたら何かでくくってもらうよう中央の上下に溝も軽く彫っておく。
「というわけで完成~。バルドーさんには申し訳ないけど渡すのは三日後ぐらいかな?」
大仕事を終えた私はとりあえず簡単に片づけをしてベッドに寝転がった。
「とりあえずお休み~」
誰に言うこともなくつぶやくと私は夢の世界に旅立っていった。