せんべつのために
今日はムルムルがアルバに滞在する最終日だ。しかし、巫女としての務めがあるため今日一日は会うことが出来ない。
「このチャンスに家具の色塗りを済ませないとね」
昨日に塗料を混ぜ合わせるところまで進んだので、今日は塗るだけだ。
「折角だし、自然の風合いじゃなくて枯山水みたいな波模様を付けてみようかな」
同じ色のべた塗りなんて流石に細工師としてはダメだよね。私は指定された色を丁寧に塗っていく。
「折り返しのところも気を抜かず塗らないと。こういうのは全体の作りに影響出ちゃうからね」
何より彩色を私に任せてくれた家具屋の人に悪いしね。
「それにしてもアルナたちがいないだけで随分静かだ。ティタも日中はディースさんのところに行っちゃうし」
ミネルが来て、レダとラネーに出会ってティタも来てさらに子どもも出来て。思えばにぎやかだったな。もう最初の頃にどう過ごしてたのかも忘れちゃうぐらいだ。
「いけない。きちんと集中しないと…」
作業を進め1時間ほどで作業が完了する。
「後は乾燥させるだけだし、魔道具に任せよう」
最近買った乾燥を促す魔石だ。火の魔力が必要だから安かったので買っておいたのだ。今は服の乾燥とかは自分でやってるけど、そういうのが出来ない時でも魔力をためておけば、自然に乾燥が出来るということで買ったのだ。
「どんどん使っていかないとね。これも金貨2枚したし」
使えるか使えないかに関わらず、繰り返し使えるなら金貨1枚以下というのはそうそうない。役に立たなくても金貨2枚ぐらいが相場なのだ。魔道具が便利なものっていう認識が成せるものだね。
「後はと…どうせ自分の分も作るんだから試作機として先に作っちゃおうかな?」
携帯型(マジックバッグがないと持てない)コールドボックスとお風呂のために材料の買い出しだ。ついでにその試作機で2つの魔石の相乗効果とかも確認しておこう。いきなり大きいのを作って失敗しちゃいやだしね。
「そうと決まれば…ゲインさ~ん」
私はまず武器屋に向かった。
「何だアスカ?」
「いつもの通り、矢筒に矢をいっぱいと銀を下さい!」
「どれぐらい銀はいるんだ?」
「売れるだけ!」
「これが限界だ」
そう言ってゲインさんが銀の塊を4つ持ってきた。
「これだけなんですか?」
「そういうけどな。ここんところ毎月、銀の消費が跳ねててこの前出入りの業者にも突っ込まれたんだよ。これ以上は無理だ」
「分かりました。じゃあそれで」
私はひとまず金属を集めるために他の店にも向かう。普段利用しない商会にも顔を出して材料を集める。
「はふ~、やっぱり金属をまとめて入手するのは難しいなぁ。細工といっても細かいのが多かったから、まとめてとなると色々聞かれちゃうし。なに作るんですか~ぐらいなら失敗が色々あってとごまかせるけど、大作ならうちで引き取りますよは面倒だ。街で会うたびに聞かれちゃうし」
こんなに大量に銀を買い込むのがすでに怪しまれてるんだよね。前は材料を揃えていったし、あの頃はそこまで有名じゃなかったしなぁ。アルバだけとはいえ買い付けでここまで聞かれるなんてね。揃えないわけにも行かないので困ったものだ。ドーマン商会の手を借りたいのは山々なんだけど、あっちの商会は港町からレディトと王都からレディト間だから、ここじゃ荷降ろし以外の話は出来ないし。
「いっそのことレディトまで行って帰ってきた方が早いのかな?まあ、冒険に行くならともかく、それだけのために仕入れに行くっていうのもね~」
それにあの商会はどっちかというと販売が主だから、原料の入手って感じでもない。もちろん、街中の取引相手なら色々便宜は図ってくれるだろうけど。でも、流石にアルバまで持って来てっていうのは厚かましいよね。
「ただ、携帯型の入手にこれだけ手こずるんだし、早めに話はしていた方がいいかも」
これだってそんなに大きくないけどフレームと外板だけでもこれだけ面倒なのだ。これの6倍近いサイズのコールドボックスならその方が安くなるかもしれない。配送費はもう気にしないことにして。
「来週は絶対レディトに行かないとね。手配にも時間かかっちゃうだろうし。これが銅とか宝石ならいいんだろうけど、銀は武器としても使われるからあんまり大量に発注すると面倒なんだよね。商人とかでも、納入先を書かないといけなかったりするし」
魔石だけじゃなくて銀の発注も頼めばよかったかな?神殿からなら、製造の依頼位で済んだかもしれない。
「でも、魔石の確保も難しいしこれぐらいはやってあげないとなぁ」
同じ種類の魔石ってだけで、冒険者とかは何か気になるかもだし、何個目から値上げとか交渉になりかねないしね。全部やってもらっちゃたら楽だけど、流石に悪いよね。
「とりあえず先に手紙だけでも送っておこう。塊で30は必要ですっと。」
ドーマン商会宛てに手紙を書く。これでちょっとでも入手が早くなったらいいな。その後も材料の加工などに充ててその日は終わった。
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いよいよ今日はムルムルが帰る日だ。朝早くの出発だから遅れないように起きて見送りに行かないと!
「だから、頼んだのは私だからいいんだけど。ティタ、他の起こし方はない?」
「ほかのだと、おきないかもしれない」
まあ、今日は大事な予定があるから試すわけにはいかないんだけど、何か他の案が欲しいなぁ。
「さて、そんなこといってる間に用意しないと!」
持って行くものは作った指輪に上塗りをした家具。他にはっと…。
「持ち物OK!じゃあ、すぐに戻ってくるからね」
食事を取らずに先に教会へと向かう。
「ムルムル様~、お待たせ!」
「アスカ、おはよう。別にまだ時間に余裕はあったわよ」
「でも、もう外に出られてますし」
「早い分には良いもの。来てくれてありがとう」
「うん。それでこれが頼まれていた家具だよ」
「わぁ!きれいな模様ね。大変だったんじゃない?」
「ううん。色は単色だし、筆のノリも良かったから」
「もう、そこは嘘でもムルムルのために頑張ったとか言えないの?」
「あっ!」
「相変わらずね。ありがとう、大事に使うわ」
「うん、それとこれ」
私はバッグから指輪も取り出して渡す。
「試しに作ってみたから誰かにつけてみて感想くれたらうれしいよ」
「分かった。それと2人の分のお土産よろしくね」
「うん。ネックレスと置物だよね。必ず作って送るからね」
「ええ、楽しみにしてるわ。でもきちんと教会に持ってくるのよ、目立ちたくなかったらね」
「は~い」
会話が途切れ、どちらかともなくそれじゃあと言って別れる。寂しいけど仕方ないよね。ムルムルが巫女でなかったら会えなかったわけだし。そして、馬車に乗り込んだところでミネルたちと合流する。
「ミネル、レダ。ラネーと久しぶりに会ってどうだった?」
チッ
チュン
十分楽しんだよと返事を返す2羽。エミールもアルナも寂しそうに馬車を見てるからきっと充実した4日間だったんだろうな。その内、馬車が見えなくなると子どもたちは私の頭に乗ってきた。
「どうしたの?寂しくなった?」
ピッ
ピィ
久しぶりに遊べということらしい。さっきまであんなに寂しそうだったのに。
「まあ、今日は思いっきり遊んであげるよ」
その日は宿の裏庭で遊び倒したけれど、途中でサンダーバードたちもやって来てすっごく疲れた。特にサンダーバードたちが光のレールを移動する魔法を使い出してからは、アルナがムキになって追いつこうとするもんだから大変だった。
「ほら、アルナ。言ったでしょ、音速と光速じゃ勝負にならないって」
ピィ!
「ええっ!?だから、音より光が早いんだってば。追いつくなんて無理だよ。軌道を読む?いや、そういう話じゃないから」
アルナの負けず嫌いにも困ったものだけど、私も音速と光速の早さなんて知らないし、説明できないんだよね。せめて、説明出来たら納得したかもしれないのになぁ。
ピィ
リィ
視線の先では今もアルナがサンダーバードたちに勝負を挑んでいる。これは言ったところで自分で納得するまで無理かな?
「まあ、これでも作っておくかな」
私はこの後、疲れ切るであろうアルナのために元気の出るというか、疲労が回復する薬草を混ぜた飲み物を作り出したのだった。