楽になりたいんだろ
フィアルさんの店で食事をした後、当然の如く私は教会に来ていた。
「で、なんであんたの名前が出たのよ」
「私がやりました!」
「はぁ、この街で手に入る魔道具ってところでやな予感はしてたのよね」
「ムルムルって予知も出来るんだ。ひょっとして巫女の力?」
「あんたは巫女を何だと思っているのよ。それより、結局どういう魔道具なの?」
「作りは簡単なんだ。オークメイジの魔石ってあるでしょ?あの魔石が大きさにもよるけど、温度を変化させられるんだよね。それを気密性の高い箱に入れて涼しいところに置くと、外気より20℃ぐらい低い温度に出来るんだよ。箱が小さいと30℃ぐらいまでできるんだけどね」
「へ~、あんな魔石がねぇ。それで温度を下げて凍らせるのに地下室が必要なのね」
「うん。地下室じゃなくてもいいんだけど、夏とかだと保存は出来るけど氷は出来ないの。それに、温度を低くすると発動に必要な魔力もMPも多くなるし、中々個人じゃ難しいんだ」
「でもさっきの店の店主はしてたわよ?」
「フィアルさんは元々冒険者だし、魔力も割とあるよ。それに食へのこだわりが強いから」
「なるほどね。あの魔石って火か水の魔力が必要なんだっけ?」
「絶対じゃないよ。ないと必要な魔力が高くなるだけで」
「まあ、うちには関係ないから別にいいけどね」
「ムルムルのところは水の神様だしね。なら、もう一つも使えるかな?」
「もう一つ?何かまだあるの」
「あっ、いや、大したことじゃないよ」
危ない危ない。お仕事が増えるところだった。
「そう。この部屋から私の許可なく出られると思ってるのねアスカは」
「ひ、卑怯な!」
「ふふふ、さあさっさと吐きなさい」
「ご無体な、お嬢様」
「ほーっほっほっほっ!私に逆らう愚か者はどいつかしら?」
「わたくしめですぅぅ~」
「って、何をやらせるのよ!」
「へへへ、ムルムルはノリがいいね」
「で、実際のところこの魔石で作れるのって他に何があるの?」
「お風呂だよ」
「お風呂ですって!!さっさと作りなさい!」
「ふぇっ!?ムルムルってお風呂好きなの?」
「アスカは砂漠のど真ん中で砂だらけになったことがないから言えるのよ。水で洗い流してもざらざらするし、汗が残って気分悪いしどれだけ望んだか…」
アルバではお風呂は入れれば入るぐらいの認識だ。宿で泊まってる人も熱いのが好きな人以外はあんまり入らない。適当に泊まって、『今日入れるの?ん~、時間あるから入ろうかな』といった具合なのだ。ちなみにこれがCランクの人だ。Dランク以下の人だと、自分でやばいと思って入るぐらいなんだよね。
「みんな、どうせ川とかで入ってるっていうのに、ムルムルはマメなんだね。さっきと原理は一緒だよ。水をいっぱい貯めてそこに付けてある魔石に魔力を通して、温度を上げるんだ」
「ど、どのぐらい作るのにかかる?」
「ん~、魔石の入手と石風呂なら石材の入手具合かな?前はアルゼイン建築に頼んで分けてもらったから、多分その2つの手配が一番時間がかかると思う。コールドボックスは金属だから最悪、私の方で加工しちゃえるしね」
「絶対!絶対神殿に帰ったら用意させるからお願い!!主に風呂を!」
「わ、分かったよ。」
「ちなみにそのコールドボックスって言うの?それって部屋全体を凍らしちゃうわけ?」
「魔石にそこまでの力が無いからこれぐらいかな?」
私は大体の大きさを教える。後、下が冷凍庫で上が冷蔵庫になっているということも。
「これ全体が凍るぐらいにはできないの?」
「多分魔石が2ついると思うよ。冷やす方が魔力とか必要みたいで宿とかだと無理だったの」
今も朝にコールドボックスに魔力をチャージして、夜にお風呂の湯を作る形でエレンちゃんも頑張ってるしね。
「このサイズだと催し物とかする場合に神殿の規模だと足りないのよ。何とか3つぐらい連結して大型のを作れないかしら?」
「出来なく無いとは思うけど大丈夫なの?」
「まあ、巫女以外にも私たちに付いている人も大体は使えるから問題ないわ。お風呂の方もサイズを大きくして作ってもらえる?」
「それは良いんだけど、運べるの?」
「あ~、そっちね。確かに石を使ってるなら馬車っていっても無理があるわよね」
「作り自体は難しくないから魔石周りだけ作って送ることはできると思うよ。ただ、温度調節とかはムルムルの方でやってもらわないといけなくなるけど」
「それぐらいなら大丈夫よ。後は加工の方ね。こっちで岩を用意してもどんなものを作っていいのかわからないんじゃね」
「アルゼイン建築の人に行ってもらったら?」
「出張とかできるの?」
「前はレディトまで行ってたから多分…」
「でも彼らは一般人よね。王都の向こうの神殿まで来てくれるかしら?」
「一応棟梁さんは強いみたいだよ。ノヴァも居るし」
「ノヴァ?」
「私と一緒のパーティーの子で、そこにお世話になってるの。Cランクの冒険者だからある程度は戦えると思うけど」
「なら明日交渉してみるわ。それが一番早そうだし。で、最終的にどれぐらい魔石がいるの?」
「コールドボックスの冷蔵機能はいる?」
「今は困ってないからなくても大丈夫よ」
「それなら各4つずつかな?凍らせるところは多分3つでもいけると思うんだ。ただ、どうしても魔石の近くが冷えるから、ある程度均等に冷やすには4つあった方がいいと思うの」
「いいわよ。それじゃあ、報酬は何がいい?」
「じゃあ、大き目のオークメイジの魔石が欲しいかな?」
「依頼に使うの以外で?」
「うん。出力を抑えて旅に持っていける小型のものが欲しかったの。大きい魔石なら数日魔力を込めなくてもいけるかなって試したくて」
「数は?」
「2つ」
「分かったわ。それ2つと金貨40枚ね」
「ええっ!?そんなに?大きい魔石ってムルムルが思っているより高いよ?」
前に買った時は金貨7枚ぐらいしたし、私が言っているのはそれより大きいものだから金貨10枚はすると思うんだけど。
「構わないわよ。今あるのより難しいものを頼むわけだしね。それに材料費はもちろん別で持つから依頼完了時に一緒に伝えてよ」
「ムルムル、先に言っておくけど怒らないでね」
「何に怒るって言うのよ。作ってくれるだけで感謝よ」
そういうけど、コールドボックスの周りは銀で、中のフレーム以外は銅板だ。当然合金にしたらどうなるか分からないので、純度の高いものを使っている。ゲインさんのところで買ってくる量だと足りないので、間違いなく買い付けになる。それなりの金額になると思う。
「前っていくら使ったっけなぁ」
確か銀だけで金貨4枚だった気がする。今回のサイズは3倍以上だ。単純に材料が3倍になるんじゃなくて、フレームも丈夫にしないといけないし、特に底面の厚みは大事だ。正規の価格で買うなら最低でも銀だけで金貨35枚になるんではなかろうか。仕切り用の銅板も替えを作らないといけないし、総額金貨50枚ぐらいかな?
「何難しい顔してるのよ」
「ううん。神殿の責任者の人に説明よろしくね。なるべく分かり易く、内訳を書くから」
「内訳なんていらないわよ。金額だけポンッって出してくれたら通るってば!」
絶対に説明書とか組み立て書と一緒に明細を付けておこう。多分ムルムルは魔石が木箱に入って冷やせば問題ないぐらいだと思ってるだろうし。結露とか考えるとそうなるって行き着いてないと思うんだよね。説明しても依頼を取り下げることはないだろうから、反対されるよりも作ってこうなっちゃいましたで済ませた方がましだろう。
「じゃあ、私は今日は帰るね。明後日の見送りには顔を出すから」
「遅れないで来てよ」
「分かってるって!」
ムルムルと別れてアルゼイン建築へと向かう。
「こんばんわ~」
「おう、アスカどうしたんだ?」
私は簡単にムルムルとの話を説明して、話が来たらどうするか考えておいて欲しいと伝える。
「ん~?神殿か、結構遠いから親父と相談だな。他には何かないか?」
「申し訳ないんですけど、前より大きいサイズで銀のボルトとナットを作ってもらえませんか?」
「依頼に使うんだな?分かったよ。しっかし贅沢だよなぁ」
「まあ、錆びちゃいますしね。色々塗っても結局ははがれて来ちゃいますし」
「前も親父に作ってるところ見られて、頭がおかしくなったのかって言われたんだぞ」
「まあ、何事かと普通思いますよね」
メッキ処理じゃなくて純銀ボルトなんて普通頼まないもんね。貴族が金の釘を作れと言ってきたことがあるそうだけど。
「それと、風呂に使った岩だが宿のはグラントリル製なんだ。遠いからちょっとかかるぞ」
「なら、もし引き受けられるなら早めにお願いしていいですか?」
「ああ、バルドーさんにでも頼んどくよ」
「バルドーさん?」
「あの人の出身地だからな。この前も商人としてやってくから、儲け話があれば手紙をくれって言いに来てたぞ」
「そうだったんですね。じゃあ、そっちはお願いします」
「親父次第だが、アスカの友達だし水の巫女様の依頼だからな。なるべく受けられるように頑張るよ」
「寸法は宿の4倍ぐらいまでにしてくださいね。それ以上だと多分温められないと思うので」
「分かった。良いものを作ってやるよ」
大きい依頼だし、ムルムルの頼みだからちょっとずつ進めないとね。そう決意した私は宿に戻ったのだった。