午後市
待ち合わせ場所で合流した私とムルムル達は早速、目的地の午後市へと向かう。
「今日はまた案内よろしくね!」
「はい!午後市は食料が少なめで、小物とかが充実しているので楽しみにしててくださいね」
「そういえば、アスカはここで物を売ったりしないの?」
「私ですか?う~ん、一度出してみようとは思うんですけど、店番とかしてると作る時間も無くなっちゃいますしね。ほら、細工屋のおじさんいたでしょう?あの人も奥にいるのはデザインをしたり、手のかからないものを作ってたりするんですよ。店番って言っても人がいない時間の方が多いですし」
「そっか。そりゃそうよね。それにちょっと考えたらないわ。アスカが店なんて開いたら、絶対場違いになるわよ。イスとテーブルを持ち出して、『こちらいかがですか?』とか言ってそうだし」
「流石にそんなこと言わないよ!です。椅子ぐらいは用意するけど…」
「それで、イスだけあると手に取れないからテーブルをその場で作り出すんでしょ」
「そ、それは否定できないけど…」
一々椅子から立ってしゃがんで説明するの面倒だし。だけど、こういうところでの販売方法も学ばないといけないんだよね。
「はぁ、屋台みたいな商店を臨時に出せたらなぁ…」
「出せるぞ?」
「あっ、フィントさん」
フィントさんは家具とか家に関するものを作っている人だ。この午後市では小物とか簡単に組み上げられるものを取り扱っている。
「その辺に飯を売る屋台があるだろ?あの辺は別に食いもんだけじゃないぞ。別に細工物とかも出してかまわないんだ。アルバ位の街なら大体どこにでもああいう区画はあるからな」
「フィントさん物知りですね」
「まあな。元は港町の出身だしな。それで今日は知り合いを連れてるんだろ?見ていかないか」
「そうですね。ここは小物ですしのぞいていきます」
情報料代わりにムルムル達をフィントさんの店に連れていく。
「あら?この小物、釘があまり使われてないのね」
「ああ。うちはこういう木の杭みたいなのとか、凹凸と接着剤をうまく使ってあまり釘なんかは使っていないんだ」
「見た目も自然だし、この小物入れなんか良さそう。でも色がねぇ…」
「流石に色をすぐにって訳にはいかねぇな。何なら2日ぐらいで塗り直すけどな。もちろんちょっとかかっちまうが…」
「あ~、じゃあやめておきます。私、明後日の朝には出発しないといけないので」
「そうか、残念だな」
「それなら、私が塗り直そうか?塗料も家にあるし」
「本当かアスカ!お嬢ちゃんそれでどうだい?」
「それならお願いしてもいいかしら?」
ムルムルもデザインが気に入っていたので買うことにした。他にも交代で護衛の人がお土産にと買っていった。まあ彼らもこの時を逃せば自由時間もないだろうしね。結婚している人はともかく、恋人がいる人だと折角の出張帰りに何もないっていうのは、大変だろうしね。
「次はどこを案内してくれるのかしら?」
「次はねぇ~」
「おっ、アスカだ!じゃなかった。アスカさん久しぶりです」
「フィーナちゃん。元気だった?」
「アスカ、その人は?」
「この子はフィーナちゃんって言って、街の西側で薬草とかの採取をして暮らしてるんだよ」
「へ~、よろしくね。私はムルムルって言うのよ」
「私はフィーナと申します。珍しい名前ですね」
「え、ええ」
あっ、フィーナちゃんあんまり街以外のことには詳しくないから、ムルムルが誰だか知らないみたいだ。一応、格好とかを見て丁寧な態度になってるみたいだけど。まあ、あの大工の女将さんの影響でかなり口調は変わっちゃったけどね。
「今日は何を売ってるの?」
「今日はですね、シェルオークの葉にシェルオークの枝と最近売り始めたポーションです」
「ポーション?どこで作ったの?」
「作ったというよりジェーンさんからの委託販売です。中級ポーションとかを作る時に出来る初級のポーションをここで処分してるんですよ」
「そっか、ジェーンさんの店って狭いもんね。普通の商品の在庫は少ない方がいいよね」
「そうなんです。お陰で人もよく見に来てくれるようになりましたよ」
確かに護衛騎士を見て遠慮してるけど、何人かは遠目に商品を見てるな。まあ、いい品質のポーションを作るジェーンさんの失敗作とはいえ、中級ポーションの出来損ないなら欲しいよね。中級まで届いていないだけで普通のよりは良いものだし。
「えっ!?その前にシェルオークってこんなところで販売されるものなの?」
「えっと、うちでは前から取り扱っていますけど…」
「そ、それもらえるの?」
「売りはしていますよ?」
「か、買った!」
「ありがとうございます」
「ムルムル様、えらく食いつきがいいですね」
「教会でもシェルオークは貴重なの。安定的に入手できるならそこに支部が建つぐらいにね。これってその昔、シェルレーネ様が大地に降り立って植えられたって逸話があるのよ。ただの素材以外にも宗教的に意味があるの」
「では、2か月に1度ぐらいであれば教会にお届けいたしますよ」
「本当?」
「ええ。ただ、古木など希少なものは難しいですが…」
「構わないわ。ジェラルド、すぐに手配を!」
「はっ!」
護衛騎士のひとりがすぐにここを離れていく。何でも祭祀にも使うらしく、これで毎回使えると喜んでいた。ついでに護衛騎士にはちょっと交代で休憩を取ってもらい、距離もあけてもらう。
「それにしてもアルバって大きい街でもないのに色々あるのね~」
「でしょ?ここは良い街だよ」
「そうね。そろそろ、4人目の巫女を公表して正式に支部を置きましょう。実は今回その下見でもあるのよ」
「そうなの?」
「そ、ラネーもここの生まれで、この土地にいるバーナン鳥に教会に住んでくれないかってお願いする目的もあったりするのよ」
「それじゃあ、ミネルたちが教会にいるのって…」
「流石に手ぶらで帰ったら、今後の行動に影響するからね。もちろん、あの子たちを束縛するようなことはさせないわ。数日に一度、教会に寄ってくれれば十分だし」
なるほど。シェルレーネ教のシンボルでもあるバーナン鳥が教会を訪れるという認識を広めるのに、ラネーの出身地であるアルバがふさわしいってことなのか~。もしかしたらこのまま宗教都市になっちゃうかもね。大きい湖もあって水源も豊富だし。
「じゃあ、新しい司祭様とかが来たりするの?」
「来ないわよ。ちょっと早いけどセティを巫女として発表するから名義上はセティがこの地区の責任者ね。司祭はそれの補助で実際はシスターに頼むと思うわ。あの人は若いけど熱心だし、能力的にも問題ないから。そういえば、アスカも巫女だったわね。これを機に布教してみる?」
「えっ!?どこで?」
「そりゃあ、教会に決まってるじゃない」
「えっと、別の神様なんだけど…」
「何言ってるのよ。シェルレーネ教は一神教よ。別にその下に聖霊様がいらっしゃるけれど、普段そちらを信仰していても問題ないわよ。もちろん、先に軽く礼拝していってもらうけどね」
そういえば、シェルレーネ教って他の神を聖霊としてワンランク下げる代わりに、自由に信仰できるんだっけ?
「でも教会の中で別の神様の布教とか大丈夫なの?」
「ええ。ただし、シェルレーネ教の教会を使うんだからある程度の制限はあるわよ。例えば生贄は認めてないからそういう教義やしきたりのある宗教は認められないの。聖霊としてもこの場合は認めるかはその人や司祭の判断に寄るだろうしね」
「えっと。じゃあ、そういう書類を提出する必要があるってこと?」
「書類を寄越せとは言わないわよ、この街だけのことならね。でも、後々のことを考えればあった方がすんなり話は進むわ。一応、そういうリストがあって管理もしてるから」
「神様の一覧ってこと?それ見れたりする?」
「神殿なら見られるわよ。流石に教会にはおいてないけどね」
「みたい!でも、私みたいな一般人にも見られるの?」
「ええ。何かを信仰したいけれど、自分の職業や能力に見合った神様が分からない。そういう人を導くのも私たちの務めだから。神殿で受付ているのは聖霊とはいえその人にとっては唯一の信仰だからね。間違った知識を与えないよう十分知識を持った人がいる神殿なのよ」
「えっ!?じゃあ、神殿って結構色んな聖霊信仰の人がいるの?」
「そういうことね。普段は神殿にいるからシェルレーネ教の司祭などの仕事をしているけど、そういう人が訪れた時は本来の信仰に戻るのよ。シェルレーネ教が世界中に広まっているのもこういうことが出来るからなの。相手と信仰する神が違っても障害はないし、自分の生き方に合った聖霊を見つけられるのよ。お陰で信仰心は聖王教より薄いけどね」
「聖王教?」
「アスカってそういう知識は疎いわよね。聖王教って言うのは海を渡った遠い大陸にある聖王国の国教よ。邪を滅し、清浄なる救いを実現するって触れ込みね」
「ふ~ん、何かやな感じだね」
「そう?悪くないと思うけれど」
「…はっ!?ううん、何でもない。気にしないでね」
別に悪くないと思うんだけど、なぜか反発しちゃったんだよね。どうしたんだろ?
「それで、聖霊の申し込みはどうする?」
「出来ればしたいんだけど、どれぐらいの条件があるか分からないんだよね」
「それなら申請用紙を持ってきたから大丈夫よ。出来たら教本や教義を書いたのを提出してくれたら助かるんだけど…」
「どっちもないです…」
「じゃあ、この紙に書いていくか、別紙で添付しましょう。そうと決まれば午後市を切り上げて教会に戻るわよ!」
「ええっ!?もういいの?」
「良いも何もアスカの聖霊様に関わることの方が大事でしょ!さ、戻るわよ」
何気ない会話から、思ってもみないことに発展して私たちは教会に戻ったのだった。