再びの採取
「よ~し、これで完成!」
当初の予定より作る数は減ってしまったけど、型もできたしこれを元に端を小さくすれば多少のサイズ差は無視できるしいい流れだ。ハンガー自体はベルネスでも見たけど、こういう日用品で細工の練習をしていくのも重要だよね。
「さて、予定のものはできたわけだけど、今って時間大丈夫かな? ちょっとのぞいてみよう」
食堂に行くとエレンちゃんはバタバタしていた。今日ってそんなにお客さんが多い日じゃなかったよね?
「どうしたのエレンちゃん?」
「あっ、おねえちゃん。できたら手伝って!」
「いいけど……」
奥ではミーシャさんが大きな声でライギルさんと話をしている。邪魔しても悪いので、さっとテーブルを拭いたり椅子を準備したりと開店の準備をする。もうすぐ開店の時間だったんだね。
「あら、アスカちゃん手伝ってくれてるの? 悪いわね」
「いえ。ちょうどひと段落したので」
私に気づいたミーシャさんがこちらへ来てねぎらってくれた。その横からライギルさんが顔をのぞかせる。
「アスカ、いいところに! すまんがちょっと来てくれ」
「なんでしょう?」
「悪い。ちょっとフィアルさんの店に居過ぎて、仕込みというか料理が間に合わなくなりそうなんだ」
「わかりました。どれを見ればいいですか?」
ここの宿はコンロみたいな物が三か所ある。寸胴のスープ用の鍋に使うのと、炒め物とかに使えるのが二つだ。三つとも火力は薪管理なので結構準備とかに手間がかかってるみたい。
「とりあえずはスープだな。ちょっと強めの火力でやらないと時間が足りん。後はこっちも火力を上げたいから薪に火をつけてくれると嬉しい」
「了解で~す。ファイア!」
とりあえずスープ鍋に火を当てる。よく見ると湯気もあまり上がっておらず相当ギリギリの状態だ。その後は薪を二つのコンロに入れて魔法で点火する。入れた薪はどれも小さめだ。隙間を作って火が消えないようにしているけど、火力強すぎかな?
「ライギルさん、これぐらいの火力で大丈夫ですか?」
「おう、助かった。スープの方はそのまましばらくやってくれ。たまにかき混ぜる程度でいい」
「はい!」
言われた通り、大きなお玉で回しては様子を見る。火力は強くしているからスープ自体はもう熱々だ。
「そういえばライギルさん、パンの進み具合はどうですか?」
「ああ、材料をどうするかは問題だが、作る方はそこそこうまくいってる。もう少しで宿でも出せる」
「本当ですか! 楽しみに待ってます」
結局その後もスープを混ぜる、肉・魚を焼くと大忙しだった。途中からは薪を入れるのも手間になってきて、魚は上下に火を巡らせてグリルのような感じにして時短で焼いていった。
「へぇ~、そんなやり方があるのか。器具を使えば俺たちでもできそうだな。両面なら放っておいても短い時間で済むし、いいかもな」
「頑張って考えてくださいね」
さすがに私は料理がそこまで得意じゃないから器具を考えることはできない。
「アスカちゃんありがとう。落ち着いてきたからこれぐらいでいいわ」
「じゃあ、お先にいただきますね。せっかくだからお魚にしようかな?」
みんなはまだ忙しいので、自分で料理をテーブルへと運ぶ。
「いただきます。両面同時焼きはどうかな?」
お箸はないのでナイフとフォークで魚を切って口に含む。今度、お箸を作るのもいいかも。
「ん~、柔らかくておいしい~。火加減も偶々だけどちょうどだったみたい」
夕食を食べ終わり、ちょっとだけ片付けの手伝いをする。本当は作ったものを見てもらいたかったけど、時間もないので今日はここまでかな? さっき手伝ったおかげで多めにお金ももらったし、いい気分で寝れそうだ。明日は採取依頼を受けに行くから仕事はお休みだ。
「アラシェル様。本日も一日無事過ごせました。明日も良い一日でありますように……」
「ん~、今日は冒険だ~」
鏡を見て準備を整えたら食堂へ向かう。今日は弓は部屋に置いてきている。下手に使って危なくなっても困るから、しばらくは裏手で訓練することにしたからだ。ライギルさんにも許可は貰ったし、時間がある時はそこで練習しようと思う。
「おはようございま~す」
「おはよう。今日は依頼に行くのよね?」
「はい、お天気もいいですし、ゆっくりしてきます」
「分かっていると思うけど気を付けてね。はい、朝食」
「ありがとうございます!」
朝ごはんを食べていざ出陣! 前にジャネットさんたちとパーティーを組んで色々教えてもらったから、依頼を受けに行きたかったんだよね。今日は今までより色々な風景が見られるといいな。
「ホルンさん、おはようございます。あれ?」
元気に挨拶をしたものの、いつもの受付にホルンさんはいなかった。
「あなたアスカちゃん? 今日はホルン先輩がお休みなので私が受けますよ」
「お姉さんは?」
「私はホルン先輩の後輩でライラといいます。これからよろしくね」
「はい! ライラさんも鑑定できるんですか?」
「ううん。あんまり鑑定持ってる人はいないから殆どの受付の人はこれを使うの」
そう言ってライラさんが取りだしたのはモノクルみたいなものだ。使うとキラーンって光ったりするのかな?
「そういうことだからあんまり先輩みたいに細かい鑑定はできないけど、よろしくね」
「はい! じゃあ依頼取ってきます」
私は採取の依頼のところを見る。今日も西側のところに行く気だけど、どうしようかな? リラ草は採れると思うけど、ルーン草やムーン草は林に行かないとだめだし、いっそ一度森まで行ってみようかな?
「前よりも体力がついたし、入り口を少し入って引き返せばいいよね」
最悪、採取依頼も期限は数日あるから別の日に採ればペナルティもないし。
「これとこれとこれっと」
依頼票を取ってきてライラさんに渡す。
「お願いします」
「依頼三件も大丈夫?」
「はい、見つからなかったらまた行きますから」
「そう。それじゃあ受付ます」
ガコン
カードを渡して依頼の受付が完了する。この瞬間が冒険者って感じだなぁ。ギルドを出て、お昼ご飯を確保する。普通の店は十時からだけど、冒険者向けの店は早くから開いてるんだ。店では干し肉と水を買う。あとは、この前のオレンジがあるから大丈夫かな? マジックバッグもレンタルしてるけど、持って行くものは必要な分だけにしないとね。
「お願いします」
「…通ってよし」
門番さんにカードを見せて通してもらう。さあ、ここから目的地の森まで頑張ろう。
「結構歩いたなぁ。前は割とすぐに休んでいたけど今日はまだ休憩なしだもんね。そろそろ休もう」
林の近くまで一気に歩いてきた私はいったん休憩することにした。シートを敷いてちょっとだけ干し肉をかじる。うん、自然の中で食べる干し肉は美味しい。
「でも、草原で休んでるって普通は髪が揺れてるシーンだよね。しかも、干し肉食べてるし」
だけど、実際はこんな感じなのかもしれない。兵隊だって毎日銃を撃ってるわけじゃないだろうし、探偵だって殺人事件ばかりに出くわしたりしないのと一緒だよね。十分ほど休憩して再び森に向かって歩き出す。ここまでの距離から考えてあと、四十分ぐらいかな?
「ふぅ~、着いた~」
途中から勾配がつき始めてちょっとしんどかったけど無事に森へ着いた。
「さてと、この辺に薬草は生えてるかな?」
周りを見渡すと街道沿いだけあってかなり少ない。私みたいに森に入ったついでに取っていく人が多いのかもしれない。
「仕方ないか。ちょっと横から回ろう」
森をぐるっと回るように少し歩く。
「そうだ! ちょっと面白いこと考えた!」
私は風魔法で自分の体を浮かすと、背の高い草のところへ向かい中央からぐるっと円形に草を倒し、その中央に立つ。
「アスカ、ミステリーサークルに立つ。なんてね」
ん~、やっぱりこういうのはギャラリーがいないと盛り上がんないかな。薬草探しに戻ろう。移動した場所はさらに街道から外れた場所でやや獣道っぽいけれど、ここにも森に入れそうなところがある。
「ちょっとここをのぞこう。普通に入り口から入ったら取られてそうだし」
ガサガサ
草をかき分けながら入っていく。入った先は開けているという程ではなく道としても余り使えそうではなかった。
「これじゃあ、あんまり先には進めそうにないな。ひとまず周囲を見るだけでも…」
ぐるりと見渡すと、ちょっと奥に草が見える。
「見覚えがあるな。ルーン草かな?」
近づいて確認するとやっぱりルーン草だ。中々、いい具合に生えている。
「じゃあ、ちょっと失敬して」
三十本ほど生えていたので、十本を残して採る。他にはないかな~……あった! あれはマールキノコだ。お土産にちょうどなので二十本ほどこちらも採ってバッグへ。その他には特にめぼしいものはなかったのですぐに森から出る。
「う~ん、短時間で結構取れたけど、採れる位置にあるものは採ったし、しばらくは行けないなぁ。とりあえず街道に戻って入り口の方も見てみよう」
風魔法で戻って森の入り口から中をのぞく。だけど、普段から人の出入りが分かるぐらいに草が踏み荒らされている。
「これじゃさすがにないよね。結局、リラ草も見つからなかったし林まで戻ろう」
初めての森は、簡単にルーン草を見つけられてラッキーだったけど、討伐も含めてじゃないと何も手に入らないこともありそうだ。手帳にそう書き込んで私は来た道を戻る。まずは林まで戻ってそっちにも入るか決めよう。幸いまだまだ時間はあるし、魔法もわずかしか使ってないから十分余裕はある。
「林に入るのもいいけど、先にお昼ご飯かな?」
干し肉にドライオレンジと水の食事だ。簡単だけどこの世界では割と豪華な出先での食事だ。でも、全部は食べずに残しておく。日持ちのする食品だからまだまだ頑張ってもらわなければ。
「ふぅ〜、美味しかった。ごちそうさま」
食事も終えて、林の周りを見渡す。以前と同じようにそこにはリラ草が点在していた。少し時間がかかるが、これまで見た限りあまり群生もしないようなので根気よく集めていく。一時間ほど粘って合計三十本ぐらいだ。
「太陽を見る限りまだまだ時間はありそう。今度は林に入ってみよう」
以前に入り口だけ入った林に今度は入ってみる。注意深く音にも気を付けてと。
「おお、ルーン草がまた生えてる。状態はそこまでよくなさそうだけど入り口のは取っとかないとね」
九本あったルーン草をすべて取り奥に進んでいく。進むとやはり不気味な感じがする。そんな中でも木の根元や道外れに何かないか探していくと、折れた枝が折り重なった下に何か生えていた。
「あの特徴はムーン草だ。でも、枝が邪魔して大変そう…そうだ!風魔法で、ウィンド!」
優しく風魔法で枯れ枝を浮き上がらせ横によける。周りにも特に何もないし、薄暗いからみんな見つけられなかったんだろう。折れたりしているものもあったけど、群生していて、とりあえず七割ほどを持ち帰ることにした。
「大体、二十五本ぐらいかな?これぐらい収穫できれば今日は十分。もう帰ろう」
近くに開けた場所があったので、面倒だと思い一気に風魔法で跳んで林を抜けた。
「ふぅ~。今日もがんばったかな」
とりあえず、帰り道も気になる場所が無いか見渡しながら帰る。街道沿いといっても行きと帰りでは見える景色も違うので、こういうことも重要かなと思ったのだ。とはいえそう簡単に発見はない。
「諦めて、ギルドに行こう」
結局、帰り道では特に何も見つからなかったのだった。