クラフトハンガー
ハンガーの作成を忘れていた私は早速木材置き場に戻ると木を選び出す。
「大きいのから削り出しちゃうともったいないし、ちゃんと選ばないと」
後はハンガーの形だ。安いのは三角形の金属のデザインだけど、プラスチックや木製の大きいものはもっと形作られている。
「金属は材料が高そうだし、コーティングか何かをしないと錆がついちゃうしなぁ……」
白い服に錆が付いた時の衝撃といったら。スタンダードに最初はスーツを掛けられるちょっといい形のにしよう。あんまり簡単な形だと経験にならないし、冒険者の人って結構乱暴なんだよね。
シーツも何すればって感じの破れがある場合もあるし、多少のことでは壊れないぐらいのものが必要だ。
「自分じゃそんなことしないけど、宿で大々的に使うとなったら耐久性も必要だよね。雑貨を見てた時も思ったけど、細工が入るだけで結構値段は上がるし、手作業が基本だから丈夫で長く使えるものがほとんど。みんなもそれに合わせた使い方っぽいんだよね~」
型が決まったので、早速木材を切っていく。ただ、切った後にふと思い至った。
「ハンガーってなんとなく使うものだからちゃんとした形が分からない……」
コップとかお皿は日用品といってもかわいい~とか綺麗~とか思うので印象に残りやすい。物干し台とかだってCMでよく映されてたし。だけど、ハンガーを凝視することなんてあっただろうか?
「何となくかけて何となく外してたからなぁ。とりあえず、今の服に合わせて一つ作ろう」
十個ほど材料を切り出して、いったん部屋に戻る。とりあえず作らないことには完成はないと意気込んで作ってみたのだけど……。
「う~ん、さすがにこれはないかな。なんだか斜めに偏ってるし」
幅が合わないのではなくて、どうも少し右肩が上がっている。きっと形をイメージする時に、多少ずれてても曲げればいいという意識があったのだろう。
「曲げられるってこんなに便利だったんだね。とりあえず、捨てるのももったいないし削って使えないか試そう」
シャッシャッ
とりあえず違和感のないぐらいまでは削ることができた。服をかけてもちゃんと左右が揃っているように見える。
「ただ、外すと明らかに違うんだよね……」
これは職人として許せない。本職じゃないけどあまりに適当すぎるのも、冒険者相手だからって適当な物を置かれてるとも思われたくない。捨てるわけじゃないけど、部屋からは出せない一品かな。
「気を取り直して二個目だ」
何とか一つ完成させないと次に続かないからね。
「ふぅ、こんなところかと思うけど……ちょっとだけずれてるかな?」
二個目はさすがに一個目の反省が入っているだけあってなかなかの出来だ。ただし、左右対称とまではいかなかった。使うのに問題はないし、そこまで気にはならないけど、何だか悔しい出来だ。
「せめて枠だけでも綺麗にしたいのになぁ」
くり抜くところで多少のずれが出るのは諦めているけど、縁取りぐらいは綺麗にしたいという自分でもよく分からない思いに駆られている。
だけど、目で見ながらという形ではこれ以上は難しそうだ。
「せめて、左右対称な型があればなぁ~」
う~んと悩むものの、これといった案は浮かばない。完成した型がないとこれ以上はできないと思い始めたころ、ドアをノックする音が聞こえた。
「おねえちゃ~ん、シーツ持ってきたよ~」
「ちょっと待って、すぐ開けるから」
ドアを開けるとシーツを持ってきたエレンちゃんは興味津々に私の作っているものを見ている。
「これが言ってた木箱だね。それにこっちは物干し台の小さいのがある! こんな短い時間ですご~い!」
「えへへ、こういうのでやっていけそう?」
「いけるいける。おねえちゃんなら、今すぐにでも美少女細工師としてやっていけるよ!」
……何だろう。その、ルックス込みならいい歌だねっていうような評価は。
「そういえばシーツの交換って午前中に終わったんじゃなかったの?」
「おねえちゃんは午前中いなかったでしょ? 一応、部屋に入る時は泊まってる人がいる時にって決まってるから。これ破るとお母さんにすっごく怒られるんだよ!」
「宿の人間は一番信用しないといけないから、働く方は余計に注意しないといけないんだね」
勝手にシーツが変わってても、私なら変えてくれたのかな? で済むけど、他の人もそうとは限らないもんね。
「お母さんが気が緩まないよう誰にでもそうしなさいって。それじゃあ替えるね~」
綺麗に折りたたまれたシーツを開きながらエレンちゃんがベッドメイクをする。ん? 折りたたんだシーツ?
「それだ!」
「おねえちゃん!?」
「あっ、驚かせちゃった? 実は作ってるところでつまずいてたことがあって。だけど、エレンちゃんのおかげで解決しそうだよ」
「そ、そう? よかったね」
「うん、これで今日の内に完成したところを見せられるよ!」
解決の糸口が見えたのですぐに作業再開だ。まずは一個目のハンガーを手に取って、真っ二つにする。その半分になった綺麗な方を手に取る。これを平面になるまで削って、作業を開始していない木に当てる。
「ここで上から……ファイア」
火を線状に放ち、木に当たったところを焦がしていく。型を置いたところは焦げないので焦げ跡が枠になる。その線に沿って木を成形したら、型を反対に向けて同様にする。これで左右対称の型ができた。
「後は棒にかけるところは左右対称にならないから、間違って削らないように線を引いてっと」
これを新しい木の上に置いて、もう一度火線を当てて予備の型も取る。何かの拍子に壊れちゃったら大変だからね。
「やった! 結構使っちゃったけど、これで左右対称のハンガーが作れる!」
後はこれを元に作っていくだけだ。
「間違って使わないように念のため『原型』って書いとけば間違えないよね」
中央部分に魔法を使って書く。これで間違って使うこともないだろう。問題も解決したし、後は流れ作業だ。
「さて、一気にやっちゃおう」
気分よく作業を進める私はいつエレンちゃんが出ていったのかも気付かなかった。
「あらエレン早かったわね。少しぐらい話をしてくるのかと思ってたけど……」
「私もそうしようかと思ってたんだけど、おねえちゃんが困ってたところに私がひらめきを与えちゃったみたいで、声も聞こえてなかったみたい。悪いから出てきちゃった」
「そうだったの。アスカちゃんにヒントをあげるなんてエレンも大人になってきたのかしら?」
「そんなこといっても私、シーツを取り替えに行っただけだよ? 意味が分かんないよ~」
「まあでも、アスカちゃんが助かったのならいいことよ。ここに泊まるようになってから、色々して貰ってるんだからそれぐらいはしてあげないと」
「そうだね。売り上げも上がってるし、お父さんも新しい料理覚えられて喜んでるし」
「だけど、そろそろ帰ってきてほしいわね。仕込みが間に合わないとお客さんに迷惑がかかるわ」
「お父さんに言わないで、店長さんに言った方がいいかも。昨日みたいに話し続けるよきっと」
「あれは大変だったわ。エレンは途中で寝たからいいけど、お母さんあれから二時間も聞かされていたのよ」
「うぇ、そうだったの。良かった〜寝てて」
「会ったころから料理好きだったから仕方ないわね」
「それじゃあ、家には職人が二人だね」
「そうね。でも、もう一人の職人さんは気を抜いたらすぐに食事を抜きそうだから心配だわ」
「うちにいる間は私が呼びに行くけど外じゃそうはいかないもんね」
「だから、うちにいる間はちゃんと呼びに行ってあげなさい」
「は~い」
さて、私も仕事に戻ろっと。おねえちゃんが頑張っていろいろ宿のためにしてくれてるのに私がさぼるわけにはいかないもんね。