誤解
私がジャネットさんとのんびり話していると、人の気配が近づいてきた。
「誰だろう?」
「アスカ、どうかしたのかい?」
「何人か来るみたいです」
「まあ、この辺も巡回ルートだし冒険者かね」
そうやって居ると冒険者が現れた。
「アスカお姉さま!」
「ミディちゃん、どうしたの?そんなに慌てて」
「グラディスさんも一緒とは珍しいねぇ」
「お姉さまが、仲間内で争っていると通報があったのです!大丈夫でしたか?」
「だ、大丈夫だけど。ただの訓練だし」
「訓練なぁ。この木とかもか?その辺焼け焦げた跡とか枝が切られた跡があるが?」
「あ、いや~。ちょっと今日は本格的なやつでね。まさか誰かが見てるなんて思わなかったからさ」
「ジャネット!お前もベテランならせめて結界でも張らんか!」
「いや、張ってたはずなんだけど…」
そういってジャネットさんは立ち上がると、結界を張った場所まで歩く。
「ありゃ、壊れてら」
「バカモン!それぐらい気づかんか。近くを通ったDランクの冒険者が、血相を変えてギルドに来たんだぞ。ワシも酒を飲んでいたのに、駆り出されたわ!」
「すまないね。ちょっとあったもんだからさ。今度おごるよ」
「まあ、それならいいが。本当に訓練だったんだな?」
「はい」
私が返事をして、ジャネットさんもうなづく。
「あんまり派手にやると、ギルドに目をつけられるから気を付けるんだぞ。特にアスカ!」
「わ、私ですか!?」
「お前は派手な魔法を使うそうじゃないか。悪目立ちせんようにな」
「は~い…」
一足先にグラディスさんはギルドに報告をするため帰っていった。
「お姉さまが無事でよかったですわ。しかし、冒険者が見間違うほどの訓練でしたの?」
「あ~、今日はね」
普通の訓練とは言えないし、ちょっと濁しながら答える。
「わ、私も参加できたりしますか?」
「えっと、それはどうかなぁ~」
確か、ミディちゃんは接近戦出来なかったはずだし、難しいと思うなぁ。
「なんなら一回やってみるかい?」
「いいんですの?えっと…」
「あたしはジャネットだ。気になるならやってみた方が早いよ」
「そうですわね。お願いいたします」
「ジャ、ジャネットさん。ミディちゃんは接近戦苦手ですから」
「わかってるよ。程々に加減するって」
ほんとかなぁ~。ジャネットさん、まださっきの余韻が残ってるのか、構えが本気モードなんだけど。
「それではお願いいたしますわね」
「ああ、んじゃ始めるか。どっからでもいいよ」
「では、失礼して…アクアスプラッシュ!」
「へぇ、まあまあだね。ひょいっと」
放たれた魔法を軽くかわして、ちょっとだけ近づくジャネットさん。ミディちゃんは久しぶりに対人戦をするのか、以前指摘した魔力を早く収束させようとする癖が出てしまっている様だ。低ランクや注意力がない冒険者ならともかく、ジャネットさんは目ざといし、普段からそれに気を付けている私と模擬戦をしている。あれではいくら撃っても当たらないだろう。
「はっ!やぁ!くっ、ちょこまかと…」
「その攻撃の仕方じゃ、いくら魔力があっても当たらないね」
「ならこれはどうですの!アクアブレイズ」
ジャネットさんが待っていた散弾状の魔法をミディちゃんが使った。あ~あ、これはダメだな。以前のジャネットさんならともかく、今あの系統の魔法は相性最悪なのだ。ジャネットさんは放たれた魔法を何とも思わずそのまま突っ込んでくる。以前のガデムという筋肉だけの冒険者とは違う。ハイロックリザードの鎧を付けたジャネットさんには威力の無い単発魔法は効かないのだ。もちろん、多弾頭であっても同じ個所に同時に命中しなければ意味がない。
「貰ったよ!」
「そんな!攻撃魔法の中を突き進んでくるですって!?」
当たった先から、アクアブレイズは魔法耐性によって無力化されていく。流石にそんな経験はないのか、ミディちゃんは立ち止まってしまった。
「はっ!」
「痛っ!」
ジャネットさんが最後はコンとさやでミディちゃんの頭を小突いて終了だ。
「ん~、あんたは実戦経験というか緊張感が足りないね。戦闘中は何が起こってもおかしくないんだ。あたしは鎧だったが、魔物の皮膚でも同じことが起きる可能性はあるんだよ。一々動きを止めてちゃ、命がいくつあっても足りないよ」
「すみません…」
「アスカならああいう時は砂煙で視界をなくして、その間に避けただろうね」
「ですが、私は水魔法以外はろくに使えないのです」
「それならそれで、使い方は色々あるだろ?例えばあたしの足元を沼地にさせて、突撃自体を防ぐとかね」
「な、なるほど!流石はお姉さまのパーティーメンバーですわね。ご自身が魔法使いでもないのに戦法に詳しいだなんて!」
「一応褒められてるみたいだけど、自分が何が出来て何が出来ないのか。どんな状況になると不味いのか。それぐらいは考えられないと、すぐに足をすくわれるよ」
「おっしゃられる通りですわ。お姉さまに完敗を喫してから魔力と魔法の腕を磨いできましたが、まだまだ学ぶことがいっぱいあると判りましたわ」
「でも、ミディちゃん接近戦に全く反応出来てなかったよ。それで大丈夫なの?」
「はい。私は今はパーティーを組むようになりましたので、そこは前衛にお任せしておりますの」
「ぜ、前衛が破られたら?」
「その時はパーティー崩壊ですから仕方ありませんわ」
潔いというか…貴族的な考えというか。
「それだと、他の人たちも助からないよ。せめて、接近されないようにとか、接近されても間合いを取る方法とかを考えないと駄目だよ」
「お姉さまがそういうなら何か考えてみますわ」
「うん。そうしてくれたら助かるよ。仲間のみんなもミディちゃんが逃げるすべを持っているなら、ちょっとは安心してというか、別の戦い方に切り替えられるだろうし」
パーティーで頻繁に起きるのが、後衛を守ろうとして前衛が重傷を負い、雪崩式に倒れていくことだ。後衛は突破力だったり、統率や地形把握に長けたものが多く、そこが生きていれば生還率も上がる。しかし、前衛がいないと機能しないことも多く、前衛が倒れては元も子もないのだ。ミディちゃんが自力で切り抜けられるなら、前衛の負傷率が下がり、撤退も考えられるようになるだろう。
「では、もし思い浮かばなかったらお姉さまを頼りますわね」
「た、たまにだったらいいよ」
「あ~あ、知らないよあたしゃ」
ミディちゃんの目がこれはお邪魔してもいいんですよねと輝いている。これは思いついても思いついてないふりをする気だ。最近、エレンちゃんがお願い事をする時、満面の笑みでこれを使うので、ちょっとわかるようになったんだよね。その後も息抜きがてら、数回手合わせをしてギルドに寄ってから解散ということになった。といっても、ミディちゃんが近接が出来ないので、私との魔法の応戦だったけど。
「それであなた達!なぜ、グラディスさんが見に行ったか覚えてるわよね?」
「面目次第もございませんでした…」
フロート崩壊危機から一転、アスカが新人を魔法で憂さ晴らしにいたぶっているという、さらなる目撃談がギルドにもたらされていたので、ギルドに着いて休もうとしていると、ホルンさんから大目玉を喰らったのだった。
「ジャ、ジャネットさんも教えてくれればよかったのに…」
「まあこれでミディ嬢とアスカが仲が良いって知らしめたからいいじゃないか。双方下手に手出しが出来ないってことで得しただろ?」
「ミディちゃんはともかく私にもですか?」
「まあその辺の騎士程度じゃ手出し無用になっただろうね」
そういうジャネットさんの後ろでしーっとミディちゃんがしていたのだが、その時の私は意味が分からなかったのだ。ああ…でもみんなの視線が痛い。私、別にいたぶってなんていないもん!まあ普段あまり使わない初級魔法を大量に作ったり、魔力でどれだけ変形や加速が出来るか試したりしたけど。
「だって、火の魔法は燃えたりして危ないから、水の魔法使いの人と一緒になる機会を逃したくなかったんだもん」
「何か言った、アスカちゃん?」
「めめ、滅相もございません」
「いい?グラディスさんももうすぐ引退なのよ。それでギルドにつめてもらってるのに呼び出しをかけるんじゃありません!」
「反省してます…」
「全く。でも、ちょっと安心したわ。アスカちゃんもそういう年相応のところがあって」
ホルンさんの言いたいことは分かるけど、呼ばれた理由が仲間割れを疑われてだからなぁ。流石にそれで安心されてもという感じではある。な~んか私って戦闘狂とか思われてないよね?試験官を進んでやってるって思われてたりするのかなぁ。