番外編 アスカと少年と街の人々
これはアスカがロビンを案内している時のお話。
「ねぇ、エステルさん知ってる? おねえちゃんを追いかけて今、村の人が来てるんだって!」
「村ってどこの?」
「おねえちゃんが住んでた村だよ。さっき呼びに行くのにちょっと聞いただけだけど、同い年らしいよ」
「へ~、アスカやるじゃない」
「おかしいと思ってたんだ~。年々美人になっていくのに、そういう視線には全く気付かないんだもん。そりゃ、故郷に好きな人がいればそうだよね」
「まだ決まった訳じゃないでしょ? 一方的に追ってきたかもしれないわよ」
「うぅ、そうかな? でも、確かにおねえちゃんの名前を呼ぶ時、緊張してたかも」
エレンは事情を知らなかったが、ロビンが先生いますかとは言えず、アスカを名前で呼んだことによる緊張だった。
「エレン。嘘ついちゃだめじゃない。あのロビンって子、アスカとは違う村の出身よ。ほら、この前依頼を受けて行ったワインツ村の子よ。何かまた世話したんじゃないの?」
「えっ、そうなのかエレン。俺今から婚約祝いの料理を作ろうと思ってたんだが……」
「しっかりしてくださいよライギルさん。貴族でもないのに婚約祝いなんてしませんよ」
「そ、そうか、そうだよな。どうにもそういう意識が抜けなくてな。だが、わざわざ訪ねてくるなんてなんだ?」
「お互い村出身だからですかね。町を案内するみたいですよ」
「案内? アスカがか。ろくに街中も歩かないのに?」
「まあ、いいんじゃないですか。村の子からしたらそれでも珍しいところばかりですし、仲もよさそうですから」
「となると婚約の線は残るか……」
「そんな訳ないじゃないですか。大体、アスカにそんな大人の話題は無理ですよ」
「そっか~、残念。折角宿におねえちゃん狙いで泊まりにくる人が減ると思ったのに」
「あら、エレン。前は喜んでたじゃない。これで儲けるんだって」
「そりゃあ最初は思ったけど、最近色々うるさいんだよね。せめて隣の部屋にしろとか、向かいの二人部屋を使わせろとかさ~。料金を二人分貰っても信用問題だしね~」
「私、ほとんど受付はしないけどそんな話もあったの?」
「そうだよ~。特に最近は多いかな? 背は小さいけどちょっとは伸びたし、あの髪にあの顔と体でしょ。せめて自分から注意してくれればな~」
私たちの心配をよそに、おねえちゃんたちは町へ繰り出して行った。
「アスカちゃん、一本食ってくかい?」
「良いんですか? それじゃ遠慮なく」
アスカちゃんと連れの少年が市場を出て行くのを確認して、市場の奴らで集まる。
「「おい、どうだった燻製屋?」」
「うう~ん。彼氏ではないと言っていたが……。試しに串も一本渡してみたが、すぐにもう一本取ったしな。あの年ごろなら食べさせ合うだろ?」
「なっ⁉ 本当にそうなってたらどうする気だったんだ!」
「お、おい、怒鳴るなよ」
「アスカちゃんは俺たち情けない大人にも優しい、女神のような子だぞ」
「そうだ! 最近エステルちゃんは冷たくてなぁ……」
「うまくあしらわれるようになっちまったな……」
「ありゃあ、ミーシャさんの入れ知恵だ。はぁ」
「だが、二人だっただろ? 今まで近い年の奴と一緒だったことはあったが、二人きりってのは珍しいよな」
「誰かもう上がれる奴は宿に行って聞いて来いよ。あいつが変な男だったらどうするんだ!」
「そういうお前は行けないのか?」
「うちの母ちゃんに前ん時、酒を飲み行ってたのがばれてな」
「使えんな。俺が行こう!」
「お前店は?」
「フィーナが来たら駄賃をやるからと言っておいてくれ。それまでは何とかなるだろう」
何とかなるわけもないのだが、みんなも情報が欲しかったので適当にうなずいておいた。他人の店よりアスカの情報である。
「店長、店長。今、カウンターに行ったらすごいものが見れますよ!」
「どうしたんですか、リン。騒がしいですよ」
「それどころじゃありませんよ。アスカちゃんが来てるんですよ!」
「それは報告を聞きました。席にもちゃんと案内してくれたのでしょう?」
「そうですけど、そうじゃないんです。とにかく見てくださいよ!」
はぁ、一体何でしょうか? 確かにアスカに挨拶ぐらいはしたいですが、あいにく今はお昼時。そんな暇もないのですが。普段であればリンの方から今日は諦めてくださいと言うはずなのですが……。
仕方なく厨房を出てカウンターに向かう。すると会計をしている一組の男女が見えた。おや、まだ若い二人ですね。微笑ましいで……えっ⁉
「あ、あれは、紛れもなくアスカですよね……」
「当たり前じゃないですか店長。だから言ったでしょ! どう思います?」
「ど、どうといわれても……。えらく親しそうですね」
「でしょう? ノヴァやリュート君でもあんな感じじゃないですよ。というか、二人で来たことなんてありませんしね。その辺の食堂ならともかく、この店にやって来たということはポイント高いですよ」
確かにリンの言う通り、この店が恋人たちに使われることは多いですが、アスカのことですしパンを紹介したいとかではないでしょうか。
しかし、それにしては親しそうですね。アスカもこちらを見たものの、私は衝撃が強く反応を返せなかった。少年もいたので気を使ったのかそのまま店を出て行く。
「店長にはどう映りました? 付き合ってると思います?」
「それはないと思いますが……なぜそんなに楽しそうなんですか?」
「当たり前じゃないですか! アルバで冒険者としても細工師としても宿の看板娘としても名を馳せるアスカちゃんの隣を歩く少年ですよ! いったいどこの誰だか、そしてどんなロマンスの結果にああなったのか気になりませんか?」
「いえ……だから付き合っていないと思うのですが」
「分かりますよ、店長。妹みたいに大事にしていた子の恋を認めたくない気持ち。でも、一度自覚した気持ちに嘘は付けないんですよ!」
「そうではなくて、アスカに恋心という感情はまだ難しいと思うのですが……」
「いえいえ、女は生まれながらにして演じることを身につけているんです。騙されてはいけませんよ」
騙すも何もそんな素振りどころか、何だったらジャネットの方に懐いていると思うのですが。しかし、今のリンに言っても仕方ないでしょう。奥にいる子たちも同じような目をしていますしね。
「それじゃ、おじさんまた来るね~」
「おう、新作ができたらまた見せろよ」
アスカと連れの男が出て行くのと入れ替わりに客が入ってくる。
「お、おじさん! 今のアスカちゃんよね」
「ん? ああ、そうだが」
「男連れてなかった?」
「連れてたな」
「連れてたな、じゃないよ。どんな関係だったの?」
「聞いてはいないが、珍しくアスカがペンダントを付けてやってたな」
「ペンダントを付ける? こんな感じ?」
客は少女が二人だったので、聞いてきた少女がもう一人の客にペンダントをかける動作をする。
「いや、後ろじゃなくて前からだぞ」
「ま、前⁉ やるわねアスカちゃん。見せながらやったわけね」
「あんたなに言ってんの。着けてるところなんだから見えないでしょ?」
「あんたこそ何純情ぶってんのよ。一見簡単そうに見えるけど、かなり好感度が必要なテクニックよ。やり方によっちゃはしたなく見えるしね。それで男の方は何を買ったの?」
「男の方はというか買ったのは男だけだが?」
「はぁ⁉ じゃあ、アスカちゃんには何も渡さなかった訳?」
「ああ、まあどっちかというとアスカは案内してた感じだったしな……」
「いやいや、普通そこは『君に案内してもらった記念だよ』とか言って渡すでしょ!」
「それを俺に言われてもな」
「そうだよ。顔はかわいかったけど、芋っぽい格好だったでしょ。貧乏なんだよ」
「なっ⁉ その顔を使って貢がせてるの!! 確かにアスカちゃんは冒険よし、細工よし、見目好しのお金持ちだけどぉ~」
「あ、あんたまさか……」
「いや、流石に養ってもらおうなんて思ってないわよ。女同士だし」
「うう~ん。でも、恋人っぽくなかったけどなぁ」
「そう? いいわ、なら今からそれを確認しましょう!」
「ど、どうやって?」
「おじさん、最近のカタログあるわよね。アスカちゃんの細工のやつ」
「あ、ああ。あるにはあるが」
「それ見せて! 彼の噂がないから、きっと最近知り合ったのよ。それなら絶対、細工に影響が出てるはずよ。女を感じる新作があるはずよ!」
こうして、午後の商売の時間は珍入者によって潰されたのだった。
アスカちゃんと少年が出て行ったドアを見つめているものがいた。ホルンとライラだ。
「ねえ、ライラ。連撃スキルは久しぶりに見たわね」
「そうですね。使いこなしている代表と言ったら、王都から来たベイリスさんですかね?」
連撃は希少スキルだ、魔力操作よりも。魔力操作がほぼ生まれつき所持しているのに対して、連撃は後天的スキルの代表格だ。かなりの腕か高い才能、どちらかがないと身に付かないのだ。
「それにしても流石アスカちゃんの連れてくる子ですね。14歳で弓術LV3ですか」
「しかも、Fランクで100近いパラメータばかりよ」
「登録したてとは言え、末恐ろしいですね」
「あれで、実戦経験がないんだもの。それよりライラはどう思った?」
「二人の仲ですか?」
「ええ」
「うう~ん、付き合ってるって感じはないですね。でも、脈ありですよ」
「脈がわずかでも両方に流れていればね」
初見こそ戸惑ったものの、アスカちゃんの対応を見る限りまだシロだ。最近ずっと色んな視線を感じているあの子が、一緒に来てほほも染めないのがその証拠だ。とはいえ、ライラの言う通りそれは一方のみ。
「さてさて、先行逃げ切りを決められるのかしらね」
ホルンは努力家の少年を浮かべながらも業務に戻っていった。
アスカが男を連れてきた。
「実はジェーンさんに紹介したい子がいて……」
そう言って一人の男の子を紹介された。とても真面目そうな子だ。はっきり言ってそこまで興味はなかったけど、男の子が今後持ってくる薬草の買取も引き受けた。
もちろん、この店としても利益があることだ。だけど、実績もない人が本当に良質な薬草を持ってきてくれるかは分からない。それでも、アスカの笑顔を見られるならと思ってのことだった。
「それにしても……アスカが誰かを紹介して回るなんて、まれ」
フィーナの部屋を世話した時ぐらいだと思う。でも、フィーナはスラムで暮らしていた孤児だし、自分で何かできるわけじゃない。ところが、彼は見込みがありそうだった。彼女が気にかけている証拠だろう。
「むむむ、今度お兄さんに聞いてみよう」
私はあんまり人とも喋らないし、同性であるお兄さんなら何か分かるかもしれない。私は今度またお兄さんが来てくれる日を待ちわびたのだった。
こうしてアスカがロビンを案内したその日は街中に激震が走ったのだった。その日中には様々な憶測が生まれ、噂として広まっていった。しかし、流石に本人へ確認したものはおらず、アスカだけがそのことを知らないのだった。