午前の部
試験の2人目はダレスさんという人だ。
「あ、あのジュールさん。これって本当にDランクの試験ですか?以前はもう少し低いレベルだったと思うんですけど…」
「ああ、ダレスは2回目か。まあ、アルバの周辺も危険になってきたしな。前までのはどっちかというとオークぐらいまでの対応が基準だからちょっとは上がってるな。まあ、お前も2回目なんだしちょうどいい位だろ」
「が、頑張ります」
「ダレスさんの武器は何ですか?」
「私はこの通り弓です」
ダレスさんが背中に背負っていた弓を出す。しかし、弓自体は私のものよりも小さい。どうやら連射ができるように小型になっているようだ。とりあえず、間合いを取って試合開始の合図を待つ。
「よし、始めっ!」
合図とともに私は弓を構える。もちろん、速度重視だ。相手は小型弓だからそれに負けないように構えて放たないと。
「はっ!」
「なっ…はやっ!」
狙いも適当に付けたのでもちろん当たることはないが、それでも自分より早く矢を射かけられて、ダレスさんは焦ったようだ。そこへ、きちんと構えた私の第2射が迫る。
「ひっ!」
完全にこっちのペースになったせいで、向こうは矢を構える気もなくしてしまったようだ。たまらず、ジュールさんが止めに入る。
「ダレス、まずはお前は何かと対峙した時に焦るその癖を何とかしろ。それが治るまではDランクにはさせられん」
「い、いや、今のは自分より早く射かけられて焦ってしまっただけで…」
「戦場じゃ、相手の弓の方が数が多いことだってある。お前はその言い訳をその場面でもするか?今のお前の動きは周りを危険に巻き込む。それが認められないと言っているんだ。前衛は得てして熱くなりやすい。敵の武器を肌で感じるからだ。後衛はそれを見て動かないといかん。今のお前なら代わりに前衛に一人いた方が安全だ」
それだけ言うとジュールさんはもう試験は終わりだと、次の人の名前を呼んだ。ダレスさんは渋々ながらも引いていった。次の相手はニクスさん、女性の冒険者だ。
「やっぱり、ダレスさん駄目だったか。ここは私が頑張んないとね。ニクス、短剣使いです。よろしくね」
「アスカです。よろしくお願いします」
「よしっ、準備はできてるな。始め!」
合図とともに三戦目だ。私はそろそろ一旦弓をやめて杖に切り替える。その動作の時、相手の動きに違和感を覚えた。
「ウィンド」
咄嗟に風魔法を使う。
カラン
するとその風の方向にナイフが落ちた。さっきの違和感を覚えた動作の時に相手が投げたナイフだろう。
「およ?気づかれるなんてね」
ニクスさんの方を見ると、片手に3本のナイフが見えた。ただ、ジャグリングのようにしていて、手元にあるのは一瞬だから3本に見えるだけかもしれないけど。中々の技量だと思うけどこれ以外に何かできないのかな?そう思った私は風魔法を使う。
「ウィンドウォール」
これでニクスさんと私の間には風の壁が作られた。もし、彼女の攻撃手段がナイフだけならこれで何もできなくなる。Dランクと考えると、武器が1つあればいいわけだけど、今後のことも考えると何かもう一つ欲しいと思ったのだ。だって、オーガとか相手だとほとんど彼女にできることはなくなっちゃうからね。
「うわっ!噂よりきびしい。どうしよっかなこれ」
風の壁をどう攻略するか悩んでいるようだ。でも、なにか違和感がある。どっちかというと手の内を見せるかどうか渋っているような感じだ。ちょうど私が隠蔽で力を隠しているのに似ていると感じたのだ。
「まぁ、いっか。アクアボール!」
1発、2発と水の玉が風の壁に命中する。しかし、この壁はアクアスプラッシュならともかくアクアボール程度では貫通できない。しかし、彼女は続けて打ってくる。
「さらに!アイスコフィン!」
風の壁に大量の水が入り、彼女の氷の魔法で壁ごと凍らされる。こうなってしまっては風の壁も氷の壁になり、コントロールできなくなった。そのまま彼女はナイフを持って壁に突っ込む。そして、壁にナイフを突き立てそこから方向転換しようとして―――。
「ファイアボール」
すかさず私は3つほど火球を作りだし、壁に向かって放つ。
「へ?」
バキバキ
彼女がナイフを突き立てた氷の壁はあまり分厚くない。高温と刺さったところに力が加わり、たちまち壁にひびが入り砕けた。そして彼女はその方向転換に込めた勢いのまま氷の壁とは反対側へと飛んでいった。
「いちち、良い案だと思ったのに…」
「良い案だと思いますよ。私が火を使えなかったら危なかったですし」
「そ、褒めてくれてありがと」
「ニクスどうする?」
「こうさ~ん。この子、強いというよりやりにくいわ」
それだけ言うとニクスさんはさっさと戻っていった。私ってそんなに戦いづらいのかな?でも、水系とはいえ氷魔法って初めて見たかも…よく考えたら釣りの時に見たことあった。水使いでも一応レアなんだよね氷は。レダとエミールは使えるけどティタは使えないしね。
「それじゃ、続いていくぞ。次はデッセルだな」
「デッセルだ。火属性を使う」
その後も2人と戦った。5人と戦って今日ニクスさん以外に共通していたのは、機先を制したときに少なからずみんな焦るということだった。森や視界の悪いときは相手に強襲をくらうこともあるだろう。今はゴブリンとかオークだから何とかなっているかもしれないけど、オーガとかなら致命傷になりかねない。午後からはちょっとここに重点を置いてやってみようかな。
「ただいま~」
「あっ、ニクスさん。お疲れさまでした」
結果が告げられて、みんな受付前に戻ってきた
「ういうい~。ちゃんとあがったよ~。ダレスさんの他にももう1人落ちたけどね~」
「そうなんですね。それは何というか…」
「まあ、実力不足って言われたんだから努力しかないでしょ。にしてもアスカちゃんはよく氷魔法で驚かなかったね~」
「あっ、いや~咄嗟のことだったので…」
流石に湖で凍った湖面を溶かしたり、魚の解凍で慣れてますとは言えない。
「結構レアな魔法だからいけると思ったんだけどね~。やっぱり、Cランクだと効かないね」
「でも、びっくりはしましたよ。それに風の壁が凍るなんて思いませんでした。あれだと、うち砕くかそのまま風で滑らすかしかできませんし」
「風で滑らす?相変わらず面白いね。やっぱり、あなたに試験官頼んでよかったよ」
「そうですか?役に立てたならよかったです」
「今日はこれからどうするの?」
「お昼を食べたら、午後からまた試験です。あと10人ですね」
「そりゃ大変だ。がんばってね~」
ふりふりと手を振ってニクスさんと別れる。ナイフの扱い方といい、あの氷魔法といい不思議な人だったなぁ。
「お~い、アスカ。飯行くぞ」
「あっ、は~い」
ジュールさんに呼ばれたのでそっちに向き直りついて行く。今日は試験官で時間を取らせるということで、お昼はご馳走してくれるのだ。もちろん、試験官としての給料も出るけどね。一人当たり銀貨1枚だけどね。
「ちなみにどこに連れていってくれるんですか?」
「最近、アルバにできた店でな。1枚のプレートに料理が乗っていてうまいらしい」
「そんな店ができてたんですね。楽しみです」
こうして新しくできた店に入って注文した私達だったが。
「うん、まあなんだ」
「想像とは違いますね」
一枚プレートの料理といっても、ハンバーグプレートみたいにいくつかの種類のが区分けされて出てくるのだと私達は思っていた。しかし、出てきたのは肉が豪快にドン!その上に野菜ドン!さらにタレドン!という全部の料理が次々に乗せられた料理だった。
「通りで、噂してるのが冒険者連中と肉体労働ばかりなわけだ。焼いてその上に野菜を乗せてタレかけるだけなら出てくるまで早いしな」
「そうですね。各料理を一緒に出すというより、肉だけ焼いて後は乗せる時短料理ですね」
これなら、急ぎでもそこそこ早く出てくるし、お腹もふくれる。一石二鳥といえばいいけどもうちょっと考えて欲しかったかも。せめてサラダぐらいは別皿が良いよ。
ぱくっ
まあ、文句はここまでにして一度食べてみる。
「まじか…」
つい変な言葉遣いになっちゃったけど、これ下味付けてないね。野菜を少し食べて、肉を切ってちょっと食べてみたけど、濃いめのタレで誤魔化すタイプの料理だ。肉も素焼きしてタレで食べるから急いでというか、肉汁があふれる前に早く食べないと味が薄まって大変なことになるな。
「野菜に味があるもの中心で助かりました」
「そうだな。俺は早食いとか慣れてるから構わんが、アスカだと厳しいだろ?」
「はい。でも、注文するときに値段書いてありましたけど、あれならこれぐらいが限界かもです」
何とこのプレートはお値段銅貨9枚だ。今はパンが固定になったから宿のご飯は安くても大銅貨1枚。単位繰り上がりませんよというあさまし…企業努力がうかがえる。確かに肉は割と大きい切り身だし、やや硬いから食べごたえもあって満腹にはなるだろうけど、できたら食べたくはないかな?
「ちゃんと食えそうか?」
「大丈夫です。ただ、ちょっと多いです」
「食えそうにないならその分貰うぞ」
見るとジュールさんのお皿は残り半分ぐらいだった。自分で言ってたけどほんとに早いんだな。私はというと3分の1も食べたかどうかだ。最後に残しても時間がかかるだけなので、まだ食べていない3分の1をジュールさんに切り分けて食べた。
「ふぅ~、まあまあだな。値段と量なら割りと安いんじゃないか?」
「でも、女性は連れてこないでくださいよ」
プレートも結構、タレとかかかってるしナイフの切れ味もいいとは言えない。服に飛び散ったりする可能性もあるし、一緒に行く人を選ぶだろう。
「まあ、この外観でそんな奴はいないだろ。にしても悪かったな。評判は悪くなかったんだが…」
「ギルドでの評判ってことを考えたら、悪くないと思いますよ」
飲み物もエールかジュースに水だけ。料理もプレートが魚と肉の2種類。テーブルもそれに合わせた作りで小さめだ。その分、座席数を多くしてあるようで、中々満員とはならない。だけど、逆に言えば入ったらすぐに注文出来てすぐに出てくるということでもある。宿はお昼時は途中、待ってもらったりしてるしそういうことを考えたら悪くはない選択肢であることは確かだ。まあ、私はもう行かないだろうけど…。