お部屋の仕事人
「ん~、今日もいい朝!」
この世界に来てもうニ週間。これまでに多くのことがあったけど、アラシェル様に与えてもらった力のおかげで何の苦労もなく生活できている。そのおかげか結構スキルも取得できているので、今日からは冒険と同じぐらいスキルを上げていこうと思う。
「ジャネットさんに聞いたらLV2で初心者、LV4は中級者、LV5以上は上級者でそれ以上は知らないって聞いたから、なんとかLV4を目指そう。でも、思ったより大変そうなんだよね」
『あたしがいつ剣術のLV4になったって?八か月ぐらい前かな? アスカが思ってるより毎日やっても伸びにくくなるよ。まあ、LVが低くても限られた条件下で強いやつがいるから気をつけな』
その言葉を胸に頑張ろうと思うのだ。伸びにくいという事は出来るだけ早めにやった方がいいってことだしね。
「おはようございます。ミーシャさん、エレンちゃん」
「おはよう」
ニ人にあいさつをしていつも通りの朝食タイム。それが終われば、シーツの回収と洗濯だ。昨日見たステータスだと、腕力の上がりが悪いから今日からはもう少しシーツを多めに手洗いしないとね。そう思って二階に上がったけど、今日はやけに札が多いな……そういえば昨日はシーツ回収してないから全室交換かぁ。大変そうだ。
「どうしたのおねえちゃん?」
「いや、今日はシーツ全室回収だと思ってね」
「確かに一人じゃ大変だよね。手伝おっか?」
「ううん、力も付けたいし今日からもうちょっと頑張ってみるよ」
「さっすが、おねえちゃん! それじゃあ、これ回収したら私は掃除に移るね」
いつもはシーツの回収は手伝ってくれるエレンちゃんが、かご一つで掃除に移る宣言をしてきた。
「いや~、これも結構重いからお願いしたかったんだよね。ありがとうおねえちゃん」
「……分かった。頑張る」
地道に一の札がかかった全ての部屋のシーツを回収して、私は井戸のところへと向かう。いつも通りたらいを置いて、頑張って水を張ったら石鹸を溶かして、温度をちょっとだけ上げる。
「よ~し、頑張って腕力を上げなきゃ」
力をこめつつもシーツを痛めないように一枚一枚洗っていく。こんなことをしなくても魔法を使えば何枚も一度に洗えるんだけど、これも一人前の冒険者になるためだ。
「んしょ、んしょ」
ようやく三枚だ。残りは……十三枚くらい? まだ第二陣があると思うと、うかうかしてられない。エレンちゃんが来たら、今日の昼の準備はできないかもって伝えないと。
「おねえちゃん。掃除してたら冒険者の人に言われたから、次の分持ってきたよ~」
「ありがとう、そこに置いといて」
「は~い、って今日は遅いね~」
「頑張って手洗いでやってるんだ。もしかしたらお昼の準備はエレンちゃんに任せっきりになるかもしれないけどお願い」
「分かった。頑張ってね」
エレンちゃんがシーツを置いてまた宿に戻っていく。
「さあ、作業再開だ!」
まだまだ、長い道のりだ。ちょっと手にもきてるけどここで甘えてしまったら、ベテランの冒険者になった時に良いことはないだろう。これからの自分のために未来の自分の姿を思い描く。
「未来の私か〜」
『さあ、みんな! 今日も頑張って進みましょう!』
『アスカは元気だよな。魔法使いなのに』
『弓も持って荷物も担いで前衛みたいだしね』
『ほら、置いてくわよ~』
ムキムキ
「全部はやらなくていいや。そうだね……一回で十二枚。これをひとまずのノルマにしよう」
魔法メインでたまに弓を使う後衛職のお腹が割れてて肩や腕も盛り上がっていても、前衛が扱いに困るだろう。程々が一番大事だ。考え方を柔軟に改めた私は、前半部分の十二枚を洗い終え、そこからは休憩がてら魔法で洗っていく。
「四枚ほどをまずは一気にたらいへ入れて。そしたら、左右に回転。最後に宙に浮かせて分けたら、それぞれ水気を切る。後はきれいな水をためた桶に入れて絞れば洗濯は完了!」
これでまずは四枚終わり。後は何枚かな~。
「こうやって見ると壁ができたのはありがたいなぁ。外からはどうせ見えないから思い切って使えるし」
洗い終わったシーツは、物干し台にふわりと魔法で掛けていく。いつもはそのまま干しっぱなしだけど、今日は洗濯物がたまっているから一気に乾かさないと。
「ウォームウィンド」
生地が傷まない程度の温風を送って乾かしていく。どれだけ洗ったとしても場所が空いてないと生乾きになっちゃうからね。その間に私は空いた手で新たにシーツを洗う。
そして二十分ほどで全ての作業が終わった。最後に掛けたシーツだけは自然乾燥だ。久しぶりに結構手で洗ったし、ちょっと遅くなっちゃった。
「疲れた~」
「お疲れ様アスカちゃん」
ミーシャさんからいつものジュースをもらう。
「あれ~、おねえちゃん思ったより早かったね」
テーブルの準備をしながらエレンちゃんが聞いてきた。
「うん、力をつけるのも必要だけどあんまりムキムキなのは嫌だなぁって思って」
「…そうだね。エレンもおっさんみたいなおねえちゃんは嫌かな」
「でしょ? そう思ったら毎日無理せず決まった枚数やろうと思って。それにのんびりやってたらお昼すぎちゃうしね」
「それはちょっと困るわね」
「そうそう。お昼だってそれなりに忙しいし体力つくよ。結構動き回ってるし」
「だよね。変にやってやり方が間違ってたなんてことになっても仕方ないし、今度本屋さんにでも行って来ようかな?」
「本屋さんなら東通りね。ただし、ちゃんと必要なものにしなさいよ。貴重でも無駄な内容の本も多いし、本自体が高いのだから」
「やっぱり高いんですね。気をつけます」
紙自体が結構使い回されてると思ったし、文字を書けない人もいるって聞いていたからそうかなと思ってたけど、これは覚悟しないとなぁ。
「あら、もう時間ね。二人とも開けてきてくれる?」
「「は~い!」」
忙しく動いたお昼も終わり、今日も私のお仕事は終了だ。でも、今日からはちょっとだけ別の仕事もできた。
「それじゃあ、行ってくる。夕方の仕込みは簡単に済ませるから…」
「ライギルさんは今日もパン作りの修行ですか?」
「そうなのよ。昨日も夜に帰ってきたと思ったらすごい勢いで話しかけてきてね。新しい食材みたいだってずいぶんはしゃいでいたわ」
「これじゃあ、お風呂の件はもうちょっとあとですね」
「ごめんなさい。今のあの人に何を言っても聞かないと思うわ」
「わかりました。代わりに部屋の改装の件を進めときます」
「そういえばさっき、木材が届いたわね。楽しみにしているわ。だけど、どうやって持ち運ぶの?」
「そのまま魔法で運んでもいいんですけど、ほこりとかもあるんで先に裏で切っちゃいます」
そう言って私は一度、道具を取りに部屋へと戻る。
「おっと、先にハンガー掛けの寸法を測らないとね」
板を一枚借りて作った定規のようなものを使って、まずはハンガーを掛ける棒の長さを確認する。これは各部屋微妙にずれるだろうから注意しないと。
後は棒をかけるU字の型を二つだけど、部屋に穴開けないとこれって固定は厳しいかな? 勝手にするのは不味いので三角形の足を作って、その両側に棒を差し込むようにしよう。
「木材の使用量が多くなるけど、部屋自体を触らなくていいしこれでいいよね。後はと……」
ハンガーと服をたたんで入れられる正方形の木箱だね。高さは二、三枚入れられる十センチぐらいのと、半分で個別に入れられるのどっちがいいかな?
「作ってみて聞けばいっか。まずは、ハンガー以外の大物から作っちゃおう」
とりあえず寸法を測り、書き留めてから下に降りる。木は裏口に運んであるから、作業は井戸の横だ。とはいっても囲いの外側になるんだけど。
「まずはハンガー掛けの棒の部分から、削っていってと。足の部分に差し込んだら戻ってこない工夫とかいるかな? いいや、後で考えよう。まずは型取りから」
続いて三角の足の部分を一組。その次に木箱の作成だ。高さが五センチ用のを二組と十センチ用の板を二組切り出す。後は天面の部分なんだけど……。
「こういうのって日常的に使うし取っ手とかいるかな? でも、壊れたりしたら作り直すのも面倒だし……そうだ! 手が入るぐらいの穴を開けとけばいいよね」
よしよし、蝶番とか色々考えてた時間がバカみたいだった。そうと決まれば後は切るだけだ。
「パーツの切り取りは終わったし、残った木材は濡れないように先に仕舞っちゃおう」
風魔法で物干台の奥に残った木材をしまう。後は加工の作業だ。まずはささくれだった棒を面取りしていって、その後は滑らかにする。最後に棒の先を丸めてその手前には溝を掘る。こうやっておけば簡単にずり落ちたりしないだろう。
「次は三角の足だね。そのまま穴を開けるだけでもいいんだけど、重たいから中央部分は肉抜きをしてと……」
うろ覚えの記憶をたどって、うろ覚えの三角形のパーツをくり抜いていく。これは中央をくり抜いた後は、とげが刺さらないように削るだけなので結構簡単だった。
「最後は箱だね。これは釘も使えないし間違えないようにしないと」
木材同士を合わせるために片方に溝を作って、対応する板の方にはでっぱりを作る。こうして型に合わせて溝にはめ込む。一箇所出来たら同じ要領で他もはめ込んでいき、最後にふたを削って微調整したら完成だ。
「う~ん。持ち手が目立つようにここだけ金属や革をあしらうのもいいかも」
そう思いながら、もう一つ作っていく。一つ作れたらもう一つ作るのも簡単だ。木と木の合わせ目になるところにだけ注意すれば、作るのはこれが一番簡単だろう。
「よ~し、これで完成っ!」
そこには簡素だけどしっかりしたハンガー掛けと深さが大小の二つの木箱が並んでいた。早速部屋へ持ち帰り試してみる。
「箱には服を入れてベッドの下へ。大きい方には重ねて仕舞ってみてと、それでハンガー掛けには服を……服を……うわぁ~ハンガー忘れてた~!」
肝心なものが抜けていたと私は大急ぎで再び木材置き場へと走っていったのだった。