祭りと祭事
お祭りの当日、天候は昨日から回復していい天気になった。
「うう~ん。晴れてよかったね~」
「そうですね。先生も初めての参加ですし、晴れで迎えられてよかったです」
「ちなみに雨だったらどうするの?」
「大体は翌日に持ち越しですね。でも、小雨ならそのままやります」
「そうなんだ。でも、秋にお祭りをするのは分かるけど、夜にやるんだね。こういうのって昼じゃないの?」
「周りの村でも珍しいみたいです。何でも狩りの神様は夜を司ると言われてるからなんだとか。村では作物の収穫にも感謝しますが、一番は狩猟に対してですから」
「へ~、神像とかやっぱりあるの?」
「絵姿はありますよ。祭りの時にだけ公開されるんです。でも、ずっと前から同じものを使ってるんで、ボロボロですけどね」
「そうなんだ。ちょっと意外かも、街の方だとみんな結構神像とか家に飾ってるみたいだし」
「まあ、そうなんですけどね。普段はシェルレーネ様を家で祭るんですけど、祭りの時は違う神様なんです。像がないのはあんまり知名度の高い神様じゃないみたいで、職人に依頼するとなると高いからみたいです。村のものとして作るとなると、立派なものでないといけませんし」
「そっか、そう言われると納得かも。多分高いと思う」
神像は基本的に販売する時は不当に高くしてはならないという不文律がある。だけど、宗教関係者とか信心深い人からの依頼になると、逆に他より良いものをということで逆に相場より高くなるのだ。村を代表する細工となれば高くなることは必至だろう。
「でも、こうやって僕も鍛錬に取り組んでますし、何とか自分が狩りをしている間には作りたいですね」
「立派なことだと思うよ。もし、依頼することがあったら私が作ってもいいよ。何てね」
「そうですね。先生なら祭りにも参加したことがありますし、そうしようかな?」
「それじゃ、依頼が出せるぐらいに立派な狩人にならないとね」
「はい!いつかきっと、依頼出しますからね」
この日は夜からお祭りもあるし、簡単に構えの確認と昨日適当に設置した木をちゃんと設置した。もうすぐ村を発つからどけようとしたんだけど、今後も練習に使えるということで要らない枝とかを切って使い易くしたのだ。
「アスカもちゃんと寝ないと駄目よ。今日は夜通し警備の仕事なんだからね」
「そうだぞ、昼の間の護衛は任せて寝てろよ」
「分かりました。それじゃ、おやすみなさい」
ボアの見張りをベレッタさんたちに任せて私は仮眠を取った。そして、16時半ごろに目覚めると祭りの準備に向かった。
「お祭り自体は17時ごろからだから、もうちょっとだね」
「俺たちはボアの見張りをしてるから、アスカは会場の方を頼む。森の入り口は夜になれば俺たちが見張るが、その間までは交代で村人が見てるらしいからな」
「分かりました。それじゃあ、私は会場にいますね」
会場に着くと準備の真っ最中だった。料理なんかはブースが作られて並べ始めている。最初は特に冷めない野菜物が並べられているみたいだ。射的の方はヘレンさん一家の担当だ。それぞれ家ごとに持ち回りで担当があって、この時間は一番忙しいみたいだ。
「あら、アンタどこの子なの?暇ならこっち手伝ってくれない」
「は~い」
途中で手伝うように言われたので、料理を運ぶ。お皿は大皿で大量に盛るのかと思いきや、どっちかというと小さい。
「かわいいお皿ですね。でも、もっと大きいのかと思ってました」
「欲張りな子供がよく落とすからね。それに祭事の途中はそっちを見ながらになるから」
「それじゃあ、これも運んでおきますね」
「あんた、働き者だね。どこの町から戻って来てるんだい?」
「えっと…」
「ほら、母さん。そっちも、出来てるよ」
「ああ、はいはい」
みんな忙しそうで話も途中で終わってしまった。私はその後も何度か料理を運ぶと、不意に音が鳴った。
「おや、もうすぐ始まるみたいだね。祭りに参加してきな。ここはあたしらで見てるから」
「分かりました。それじゃあ、行ってきます」
再び会場に戻ると、村人たちがぞろぞろ集まってきた。しばらくすると、音は止んでやぐらというほどでもないけど、ちょっと高い臨時の建物に村長さんが立った。
「皆のもの!今年も多くの狩猟、栽培に精を出しご苦労だった。皆のお陰で、今年も村には飢きんもなく無事に一年を過ごせた。来年もこれが続くように、これより奉納祭を行う」
「おおっ!」
「今年も飲むぞ~」
思い思いの声が上がり、それが収まると村長さんとは別の人が現れた。
「それでは今年の猟と来年の猟の成功を祈り、奉納の射を行う。本年の代表としてバトゥ、前へ!」
「おおっ!」
司祭風の人に呼ばれた男の人が前に出る。大きい弓を持って矢筒には私の作った飾り矢が入っている。
「では、これより儀式を行う。籠を前に」
「かご?どう見ても檻だけど」
「先生。先生も来てたんですね」
「うん。ロビン君、あれ檻だよね?」
「そうですよ。でも、昔はかごに入れた魔物の姿をした野菜を射っていた名残らしいです。僕も昔父に聞きました」
「そうなんだ」
「さあ、今からバトゥが魔物を射ます。本年は2頭もおり、来年の猟はきっと良いものになるでしょう」
檻が用意され、その中には2頭のボアがいる。狩人を代表して選ばれた人がその前に立ち弓に矢をつがえる。
ヒュン
まず、左にいた1頭に矢が当たる。大きい弓のため、矢は一直線に進んでいった。
「見事だ。ではもう一頭も」
再び、弓を構えて矢を放つ。同じようにもう一頭にも命中した。
「大きい弓なのに、あんなに簡単に引いてすごいんだね」
「うん。それにあれは普段とは違う弓だし」
「そうなの?」
「前に父さんが言ってた弓作りの名人のものなんだって。もう貴重だからこういう時以外は使えないんだよ」
祭事用になってるから普段使えないのかと思ったら、祭事として行う以上外せないので当時一番良かった弓を確保したんだそうだ。そう話している間にも、絶命していることを確認して、ボアが解体されていく。
「もう解体するの?祭りが終わってからじゃなくて」
「そうだよ。この祭りの間に食べちゃうんだよ。こうして今年の狩りの実りに感謝と来年の狩りの出来を願うんだ」
そんな話をしていると中央に木が集められてその上に鉄板が置かれる。火をつけているからどうやらそこに切った肉を並べていくらしい。
「調味料とかは付けないの?」
「焼く時に付けるよ。塩と年毎に各家の調味料が使われるんだ。だから、年によって味付けも変わるよ」
「へ~、面白いね」
次々に解体されていき、とうとう鉄板に肉が置かれ始めた。最初に置かれたのは結構大きな切り身だ。
「あんなにおっきいんだ」
「うん。でも、あれは儀式をした人のものだよ。それ以降も最初は狩人の人用でどんどん小さくなっていくんだ」
獲物が小さい年は最後まで配ることなく、なくなることもあるらしい。今年は2頭いるからその心配もないだろうけど。
「そろそろ僕の番だから行ってくるね先生。そうだ!味はどっちが良い?貰う時に選べるんだ。どうせ、他にも色々食べるから先生にもあげるよ」
「それなら、調味料の方で」
ロビン君が呼ばれて肉を持ち帰ると、私にも数切れ分けてくれた。お皿は野菜なんかを取り分けるところから借りてきたみたいだ。
「はい、先生どうぞ」
「ありがとう。それじゃ、いただきま~す」
私は切り分けられた肉を食べてみる。
「ん~、ちょっとピリッとしてておいしい!」
「でしょう?これはアンダルさんの家の味付けなんですけど、ピリッとしておいしいんです。特別な調味料を入れてるらしいですけど」
「う~ん。コショウと唐辛子かなぁ」
「コショウは知ってますけど、唐辛子って何ですかそれ?」
「う~んとね。こう長細くて緑とか赤い野菜だよ。熱を入れると辛くないんだけど、干して食べると辛いんだ」
「へ~、今度ちょっと畑をのぞいてみようかな」
「この辺でも珍しいの?ちょっとでも辛みがついておいしいから、育ててみるといいと思うよ」
「もしできたらそうします」
「それにしてもこのボアの肉美味しいね~」
「はい」
私たちがその後も野菜とか肉料理などを食べていると、デレクさんがやって来た。
「そろそろ始めようと思うのでお願いしますね」
「分かりました。弓は本当に自分のでいいですか?」
「ええ。それも込みでお願いします」
そして、一旦デレクさんは離れると狩人らしき人達と話し始める。
「そういえば、今回は魔物を捕らえるのに助っ人を頼んだらしいな」
「ああ、デレクか。全く、嘆かわしいことだがそうらしい。うちの子ももうちょっとやれると思ったんだがな」
「その助っ人。かなりの弓の腕のようだ。年はうちのロビンと同じなんだがな」
「そうなのか?ロビンもたまに練習場を見ると中々の腕だと思うが…」
「ああ、何なら見せてもらうか?ちょうど今日は祭りで射的もあるしな」
「そりゃあいい。あれだけ腕の良かったお前が言うんだからな。おう、みんな!面白いものが見られるぞ」
ちょっと、時間も経ってお酒も入っているからか、みんななんだとすぐに集まってくる。
「どうしたんだ?」
「ああ、今回護衛に来てくれてる1人の弓が上手いらしい。腕比べでもしようじゃないかってな」
「腕がいいってあの警備についてる男か?」
「いや、そこにいるアスカという少女だ」
「はぁ?見た感じまだ12、3ぐらいじゃないのか?」
「うちのロビンと同じ14歳だが、腕は確かだぞ」
「なら、ロビンとやらせればいいだろ。俺は普段見てるが、実戦はともかく腕はいいぞ」
「よし、そうするか。ロビン!狩人代表として負けんなよ!」
「は、はい!」
予定だと、適当な人が出てくるはずだったんだけど、ロビン君が近くにいたおかげで私の相手はロビン君になってしまった。ここ数日、変な癖とかなくなって強敵だなぁ。まあ、こうなった以上は仕方ない。覚悟を決めて私たち2人は射的の場所に向かった。