教師と生徒
ロビン君の弓の技術向上のために早速練習を始める。
「じゃあ、まずはあそこの木に的を用意するからそれに向けて5本全部射ってみてね」
「分かりました、先生」
ロビン君にまずは矢を射ってもらう。きちんとした弓と矢でどこまでできるか知りたいからだ。
ヒュンヒュン
うん?ロビン君は私と違って正確さよりも連射するタイプのようだ。私は仲間に当たらないことはもちろん、魔物に対して効果的に一撃を与えられるよう正確さに重点を置いている。対して、恐らく狩りで獲物を捕ることに比重を置いているためロビン君は矢を早く射ることに重点を置いている様だ。まあ、冒険者は出会い頭に相手が逃げてくれたらまあいっかで済ますけど、狩りをしているこの村なんかだと生活がかかってるもんね。
「終わりました」
「うん。ええと、的に当たったのが2本、近くに当たったのが1本、外れたのが2本だね」
「はい。番号を描いた矢だともう少し命中率は悪いです。あっちは記憶違いとか向きがあるので」
「そうなんだ」
右寄りに構えるのも番号付きの傾向だったらしい。本当に面倒なやり方だったんだね。
「とりあえず、目標としては的に全部当たるぐらいかな?」
「む、難しくないですか?」
「それじゃ、私がやってみるね」
私は的に刺さった矢を抜いて、自分の弓で射る。一応、速さが大事なロビン君に合わせて、出来るだけ連射の速度も上げる。
ヒュン ヒュン ヒュン
ほぼ連続に放った後、一拍置いて射るロビン君と違って、リズムよく5本射る。的に当たる毎にミネルも鳴いてくれる。
「うん。1本はぎりぎり的に当たったけど、他は大体中心近くだね」
「すごいです。同じ矢なのに…」
「まあね。一応これで魔物とか倒してるし。それに私は命中重視だからこれぐらいはできないとね」
「命中重視なんですね。どうしてですか?」
「冒険者で弓を使う場合、ほとんどの人は単独行動をしないからね。連続で射るよりも仲間に当たらないとか、確実に相手の足を止めたりって感じで、どっちかというと命中重視の人が多いかな?」
「そうなんですね。僕は父に手数も大事だって言われました」
「多分ロビン君のお父さんたちは生活がかかってるからじゃないかな。冒険者は別に倒せなくても別の稼ぐ方法もあるし、獲物といっても食べるだけじゃなくて、素材目当ての魔物もいるしね」
「そうなんですね。じゃあ、このままのやり方でいいんですか?」
「もちろん!狩りについては私は素人だし、腕の良かったデレクさんが言うならそっちの方がいいと思うよ。ただ、早く射っても当たらないんじゃ意味がないから、せめて射った矢がある程度集まるようにしようね」
「集まるようにですか?」
「そう。右に左に大きくずれるってことは力の込め方がバラバラで、力の向きも違うってことだよね。でも、ある程度当たる位置がまとまるってことは同じ力で放てるってこと。それなら、多少ずれても運よく当たる時もあるし、何より周りを気にせず射れるよ」
「でも、それだと力を込めるのが難しいです」
「う~ん。それじゃあ、最初は塗料を塗ってやってみようか」
私はちょっと塗料を弦の中心に塗り、そこに矢が来るようにした。
「これで毎回この場所を意識するようにして練習してみて。慣れてきたら塗料も拭いて自然に出来るようにしよう」
そうして小一時間つがえては射るを繰り返した。その間、私は矢を回収したり、ロビン君の姿を確認しながらミネルと話をしていた。
「はぁはぁ。な、何とか的に集まるようになってきました」
「うんうん。いい感じだと思うよ」
チッ
ミネルも腕が上がっているのを褒めている。
「本当ですか?」
「もちろん。ただ、特に疲れてきた時だけど、頑張って引こうとして力が入り過ぎる時があるから気を付けてね。疲れてる時に矢を射るってことは、狩りが長引いているのはもちろん、魔物に襲われてる場合かもしれないから。自分や仲間の身に危険が迫っている時こそ落ち着かないとね」
「はい。そうですよね。父も狩りはいつも狩る側と思いがちだが、思いもよらない時もあるって言ってました」
「そうだよ。今日もウルフの群れに襲われたの。何人ぐらいで狩りに行くか知らないけど、多分向こうの方が多いと思うから、そういう時こそ1度に放つ矢の価値は高まるからね」
精神論が多くなっちゃってるけど、連射型の射ち方はフィアルさんにちょっと聞いただけだからなぁ。変に覚えていると変な癖がつくからって、詳しく教わってないんだよね。構えも連射型とはちょっと違うというか、命中重視だと腕がぶれないようにするんだけど、連射型は反動を利用して次の矢を構えたりするから、どうしてもその構えが出来ないんだよね。
「うん。的にかなり当たるようになったし、次は位置を変えてみるね」
「位置ですか?」
「そう。獲物は常に正面に居るわけじゃないからね。自分が木の上にいたり、相手が空を飛んでいたりね」
「でも、木の上って言ってもこの辺には他に木が…」
「そうだねぇ。あっ!ちょっと待っててね」
私はロビン君をその場に残し、ちょっと森の入り口まで行く。
「確かまだ木を切ってもいいんだったよね」
私は早速、木を一本倒すとそのまま魔法を使って下から3分の1ぐらいを落とす。そして、両方をフライの魔法で運ぶ。
「持ってきたよ~。すぐに簡単な足場を作っちゃうからこれに登ってね」
立っている木の近くに穴をあけると、そこに上部の木を突き刺す。動かないことを確認して、下部で作った足場をかける。
「さあ、これで木の上にいる感覚を味わえると思うから、やってみて」
「は、はい」
こういう訓練は初めてみたいで最初はロビン君も戸惑っていたけど、すぐに木に登り始めた。
「それじゃ、行きますよ」
「いつでもどうぞ~」
こうして、木の上から射る練習が始まった。やはり最初は距離感とか風の影響が分かりにくいみたいで、あんまり的に当たらなかった。まあ、私がわざと風を送って矢の軌道が変わるようにしてるせいもあるんだけどね。木の上で狙う時は相手と離れてる場合が多いから、その練習だよ。
「もう、今日は終わりにしとく?結構疲れちゃったでしょ?」
「そうですね。最後に5本だけ的に当てたらおしまいにします」
それから10本程度、矢を放って今日は終わりになった。
「疲れたでしょ?ちょっとだけうつぶせに寝転んでくれる?」
「は、はい」
「それじゃ…乗っかってと」
「へ?せ、先生!?」
「ちょっとこそばいかもしれないけど、我慢してね」
私はロビン君に馬乗りになるとフォローの魔法を使う。この魔法は血液の巡りを良くして、反応速度とか動きを良くする効果があるんだけど、実はマッサージにも使えちゃうんだ。
「今日はたくさん矢を射って疲れたでしょ。こうすると、筋肉がほぐれるんだよ」
「そ、そうなんですね」
やっぱりちょっとこそばいみたいで、ロビン君は下でもぞもぞしている。
「あ、アスカ!何してるのあなた!?」
「あっ、ベレッタさんお疲れ様です。何ってマッサージですけど?」
「何のマッサージだよ!」
「どうしたんですかヒューイさんまで。火の魔法のフォローを使うとマッサージ出来るんですよ。ベレッタさんも後でやってあげますよ」
「そうだったの…そうよねアスカに限ってそんなことないわよね」
「ん??」
よくわかんないけど、まあいいか。ベレッタさんたちが帰ってきたってことは結構いい時間だよね。いい時間に終わったな。
「はい、おしまいっと。また、肩とかこったら言ってね」
「わ、わかりました」
マッサージを見られて恥ずかしいなんて、まだまだロビン君も子どもだなぁ。
「そうだ。今日はみんなも疲れただろうから、オークの肉でちょっと豪華にしません?」
「それは良いけど、もうヘレンさんが作ってるんじゃないの?」
「あっ、家はいつもちょっと遅いのでまだ大丈夫だと思います」
「それじゃ、みんなで宿に戻りましょうか」
チッ
ミネルが私の頭に乗って一緒に宿に戻る。
「結局、弓の練習ばっかりであんまりゆっくりできなかったね。今日の夜は一緒に寝よ」
ばささっと羽を広げて約束だよとミネル。折角こういうところに来たんだからのんびりしないとね。
「あっ、先生。明日は何時から練習ですか?」
「う~ん。お昼ご飯食べてからでいい?あんまり長時間やったら疲れちゃうし、やっぱり元気がある間だけ練習した方がいいからね」
「分かりました」
それから、みんなで宿に戻った。宿の中庭にはお風呂があるので、レダとエミールに手伝ってもらってお湯を沸かす準備をしておく。やっぱり、お風呂は大事だからね。
「ヘレンさん、今日の食事何ですけど…」
「ああ、アスカちゃんごめんね。今から作るところなの」
「それなんですけど、私たちも今日は森に行きましたし、ロビン君も疲れてるだろうからお肉にしてもいいですか?」
「私は構わないけど、祭りのためにある程度確保してるから、いま村は肉不足なの」
「大丈夫です。今日狩って来たオークがありますから」
私は解体済みのオークをでんっと厨房に置く。
「大きいわね。良いの?」
「はい。私たちもお腹空いてますし、明日のためにも栄養付けなきゃと思って」
「明日?明日はまだ前日で簡単な催し物もないけれど…」
「ロビン君の指導ですよ。彼、筋がいいから今日だけでもかなり良くなりましたよ」
「本当?うれしいわ。我が家から久しぶりの狩人だから」
「やっぱり各家から一人は出すとか決まりがあるんですか?」
「決まりって訳じゃないけど、まあそうね。うちはお父さんがみんなのためにけがをしたからましだけど、本当に誰も出していない家とかは、獲物の配分も少ないわ。私が弓を使えればよかったんだけど、からっきしでね。まだナイフの方がましね。こうやって料理にも使えるし」
「皆さん大変なんですね」
「それでもワインツ村はましよ。近くに湖があって水は豊富だから。獲物がいなくても野菜とか育てられるからね。それもない村なら出て行かないといけないかもしれないわね」
そんな話をしながら私とヘレンさんは夕食の準備をする。私も普段は料理をしないけど、食材を切るぐらいはできるからね。