ワインツ村のお祭り
無事にボアを捕獲した私たちはワインツ村に帰るため、道を戻っていた。
「それにしても、最初は魔物がもっと襲ってくるかと思っていたけど、ある程度戻ってからそんな気配もないわね」
「狩人たちもこのあたりまではよく来るんじゃないか?魔物たちも自分たちが襲われる危険があるから近寄らないんだろ」
「定期的にこの辺りは草も伐採されてるみたいですしね。何ヵ所か薬草も取った後がありましたし」
「逆に言うと、ウルフとかが出たところは普段行かない場所だったのね」
「多分そうだと思います。狩りの技術も落ちてるって言ってたので、前は近くまで行っていたかもしれませんが」
ピィ
アルナもこの辺には危険がないと言ってるみたいだし、安全に帰れることは大事だ。戦いになっちゃったら、捕らえているボアにまで気が回らないし、折角生け捕りにしてるのに死んでしまったらまた捕らえに行かないといけない。
「もう少しで村が見えてくると思います。この辺は通ったことがありますから」
「本当か?いや~、思ったより奥まで来てたんだな」
私たちが出発したのは朝の7時半ごろだった。最初に進んだ時点で1時間半、休憩や戦闘の時間もあったし来た道を戻らず、南下してさらに採取などもしていたので結局今は13時を回っているだろう。
「お昼ご飯もドライフルーツとか干し肉だけでしたし、まともなものを早く食べたいですね」
「そうそう。折角、お昼ご飯も無料なんだから」
「そうだな。宿泊費と飲食費がただ何てめったにないからな」
ご飯を食べたいというより、2人は食費を切り詰めたいという思いが強いみたいだ。10分ほど進むと村の入り口に着いた。
「そういえば、このボアどうしたらいいんですか?場所とか聞いてませんけど」
「そういえばそうね。ヒューイは知ってる?」
「いや、持ってる情報は一緒だ。ヘレンさんに聞くか」
「そうしましょうか。どうせ、ご飯を食べるんだし」
私たちはボアを浮かせたまま宿に向かう。途中で村の人に軽く挨拶をして進んでいたが、ぎょっとして何度も振り返られた。
「そんなに浮かせて運ぶの変ですかね?」
「変かどうかというより、そんなの見たことないんじゃない?村とかだと魔力の強い人間はほぼいないから」
「そうなんですか?じゃあ、魔道具とか使えないんじゃないですか?」
「魔道具があっても、知識がないからな。アスカだって魔導書は高かっただろ?」
「確かに本は高いですけど、買えないほどじゃないんじゃないですか?」
「ただ買うだけならね。でも、そのお金で苗とか色々な農具を買い換えられるし、例え買ったとしてもその子どもが役立てるとは限らないのよ。貴族ですら魔力が遺伝しないこともあるんだから、村なんかじゃもっと難しいの。銀貨2枚も3枚も出して、ひとりにしか意味がないなら買う理由にならないのよ」
「じゃあ、全くないんですか?」
「いや、村長の家とかにはあったりする。大体、本とかはまとめて保管されるからな。そこで教育も受けるし」
「それに村長の家は避難場所とかになる場合も多いから、そういった貴重品はまとめて置かれたりするの。実際は魔導書なんかは要らないから広い場所に置いてるだけだけどね」
「というかアスカも村育ちなのに知らないのか?」
「私はちょっと村はずれに住んでましたし、親も村の人間じゃないですからね。交流といっても病気にかかった時だけですよ」
「ああ、それで…」
何だか2人ともすごく納得した顔をしているけど、何だろう?とりあえず、宿の裏手にいると言っていたので、ヘレンさんを探す。どうやら畑にいたようで、アルナたちがミネルに知らせて呼んで来てくれた。
「あら、アスカちゃん。どうした…の?」
「はい。昨日村長さんから受けた、魔物の捕獲なんですけど何処に渡せばいいのかなって…」
「そ、そう…。ちょっと待っててね。すぐに呼んでくるから!」
それだけ言うと、作業途中だというのにぴゅーっと走っていった。そんなに忙しくしなくてもいいのに。
「それにしても、このボアよく寝てるわね」
「そうだな。すぐ起きるかと思ったけどな」
「ああ、起きそうだったのですぐにもう一回、気絶させたんですよ。もうちょっと大丈夫だと思います」
「そうか。よく気づいたな」
「魔力で体を包んでますからね。動く気配があったら分かるんです」
それからすぐに、ヘレンさんが村長を連れてきた。
「村長、早く」
「わ、分かったから、ちょっと待ちなさい」
「あっ、村長さん。依頼通り、捕まえてきましたよ」
「おお、それはそれは。して、魔物はどこに?」
「ここですよ」
村長さんの目線が下を向いていたので、魔物を低く浮かせた。
「な、浮いておるのか」
「魔法ですよ。慣れたら簡単です。動かなければですけど」
「そうか…。家の横に檻があるからそこに入れてくれたらいい」
「分かりました!それと、2匹確保してるんですけどどうします?2匹とも檻に入れますか?」
「捕まえただけでなく2匹もか!うむ、檻は大きいから2匹とも入れてくれ。それと、ここまで村にしてくれたんだ。明日の夜は村の衆で見張りをする。ゆっくり休んでくれ」
「本当か?ありがたい。2日夜営となると翌日の出発が心配だったんだ」
「もちろん、2匹分の依頼料も払おう。これで今年も祭りが行える」
村長さんの言った通り、檻は大きかった。そこそこ古いみたいだけど、年によってはグレートボアを捕らえた時もあり、大きいのを作ったそうだ。逆に獲物が小さい年は、2匹にしたりと調整もするらしい、
「はぁ~、これでようやくご飯が食べられます」
「そうね。宿に戻りましょうか」
宿に戻ると早速、ヘレンさんにお願いして昼食を出してもらった。肉とかは祭りでも使うので、野菜中心だったけど、新鮮だから美味しい。
「は~い、ミネルも。次はアルナかな?」
料理に使った野菜のくずをもらって、ミネルたちにあげる。こんなのどかな感じは久しぶりかも。
「明日の見張りはなくなりましたけど、2人はどうします?」
「折角この辺りに来たから、今日は行かなかった森の南側でも見に行くわ。薬草とかもありそうだし」
「そうだな。まあ、時間も時間だから奥には行かないけどな」
「アスカちゃんは?」
「私はロビン君に弓を教えるので」
「そういえばそんな話もしてたな。頑張れよ」
「はい。生徒が立派に卒業できるように頑張ります!」
「卒業たって3日だけだけどな」
遅めの食事を取ってから、ふとウルフのことを思い出した。
「そういえばこのマジックバッグに入ってるウルフどうします?」
「ギルドの解体場に持ち込むつもりだけど…」
「エヴァーシ村だと、肉とかも食べてたみたいなんですけど」
「ああ~、そういや俺も村に居た頃は食ってたっけ。あんまりうまくないけど森に行く前に村長に聞いとくよ」
「お願いします」
私は一旦荷物を整理してから、ヘレンさんのお家にお邪魔するので、ヒューイさんたちとは別行動になった。
「よし、準備も出来たし行こうかな。みんなはどうする?」
アルナは動き疲れたようでうつらうつらとしている。これは一緒には来ないな。エミールはヘレンさんの畑仕事が気になるようで、見に行くらしい。そして、レダは今度そっちへついて行った。
「それじゃあ、ミネル。一緒に行こっか」
チッ
ミネルと2人だけで行動何ていつ以来だろう。レダやラネーも来て、よく一緒に動いていたし、子どもたちが生まれてからは中々そういう機会もなかったからなぁ。
「こうして一緒になるのも久しぶりだね~。といっても、ヘレンさんの弟に会うまでだけど」
チッ
ミネルを肩に乗せてヘレンさんの家に向かった。
「こんにちわ~」
「あっ、先生!もう、狩りの方は良いの?」
「うん。ちゃんと捕ってきたよ。村長の家の横に檻があるから気になるならまた見に行くといいよ」
「そうします。それで、今日は何を教えてくれるんですか!」
「今日はね、昨日の続き。昨日は弓の種類とかで止まっちゃってたでしょ。今日は構えを中心に落ち着いたら矢を射っていこう」
「はい、わかりました」
「じゃあ、まずは構えね。昨日、デレクさんに言われたことを思い出しながら構えてみて」
「やってみます」
息を整えてロビン君が構える。昨日言った通り、矢筒も持っているし簡単なポーチのようなものも付けている。ちゃんと、実践的な格好を考えてきたみたいだ。肝心の構えはというと何も持っていない時と変わらない構えだ。
「それじゃあ、どれぐらいの腕か見たいからここから5本矢を射ってみて。ちゃんと昨日あげた矢を使ってね」
「分かりました。見ててくださいね、先生」
こうしてロビン君への指導は始まった。