狩人
食事も終えて、いよいよヘレンさんと約束していた弓を見ることにした。
「それじゃ、ヘレンさんと約束していた通り、ロビン君の弓を見ます」
「お願いします。アスカ先生」
「先生だなんて…いい響きだぁ」
体が弱くて部活とかもほぼ行っていない私が、そんな風に呼ばれる日が来るなんてね。
「よろしくお願いします、アスカさん。私が教えられれば良いのですが、何分左腕が上がらず…」
「いいえ。でも大変ですよね。腕が不自由だと」
「全く動かない訳ではないですが、確かに不便ですね」
「父さんはすごいんだよ。魔物に囲まれた中で、みんなを逃がすために残って戦ったんだ」
「でも、その所為で腕をケガしたの。弓を使うから近接用の防具なんかもそこまで良いのじゃなくて…」
「もう少し、腕が良ければ下がらずとも戦えた。未熟だったんだよ。この腕では構えを見ることはできても、ちゃんとした指導が出来ず…。助かりました」
「私も独学ですからどこまでできるか分かりませんが、頑張ります。それじゃロビン君、弓はある?」
「うん。自分で作ったのがある!」
「じ、自分で作ったの?」
「そうだよ。15年ぐらい前までは村に名人がいたんだけど、死んじゃったから。それからはみんな自分で作ってるんだ」
「へ、へぇ~。ちなみに弓を使うのは全体の何割ぐらい?」
「う~んと、6割ぐらいです」
元気よくロビン君が答える。狩りが上手く行かないって話もあったけど、弓使いの人たちの方はちょっとわかったかも。
「じゃあ、まずは弓を見せてくれる?」
「うん。これだよ」
ロビン君が作ったという弓を見せてもらう。子どもが作ったにしてはサイズは普通だけど、木もそこまでよいものではないのか反りが良くない。弦は市販品か大人が作ったやつみたいだけど、それ以外はお世辞にも出来が良くない。
「矢はある?」
「うん。こっちも自分で作るんだよ」
矢も見せてもらうが、なるほど遠目から見れば真っ直ぐだ。でも、ちゃんと近くで見ると歪んでいたり、バランスの悪いものが散見される。
「どうしました?」
「あの、申し訳ないんですけど、この弓作りとかはデレクさんは見てますか?」
「いえ。引退した身なのででしゃばるのもと思って…。弓の練習は村のみんなで行いますし、ケガのこともあって、うちではあまり弓の話はしないんです」
「では、率直に言ってこの弓をどう思います?」
「そ、それは…」
横では頑張って作ったとロビン君が目線で語っている。
「…以前作っていた方のと比べると、数段落ちます。弦の張り方は教えたので普通ですが、矢も正直…」
「やっぱり、僕のはまだまだなんだね。でも、父さんに認められるように頑張るよ!」
落ち込むのかと思ったけど、腕の良かったお父さんの昔話を知っているお陰か、ロビン君は前向きなようだ。
「確認したいことがあるので、このまま射りますね」
私はロビン君の弓を構えて、用意されている的に向かって矢を放つ。
カン
放たれた矢は的の横にそれて刺さった。
「外れた?おねえちゃん調子悪いの?」
そこまで離れたところからではないので、ロビン君が調子が悪いのかと心配している。
「そうじゃないよ。それじゃ、次はロビン君やって見て」
「うん。えっと、これは3番だからこうだ」
矢を見て番号を言ったロビン君は的からやや左に傾けて弓を射る。
カン
ロビン君の放った矢は的のやや端寄りに当たった。
「どう?結構うまいでしょ!」
「うん。上手いね」
と言いつつも、視線はデレクさんに向けたままだ。
「まさか、こんなことになっているとは…」
デレクさんもさっきの射がどれだけ異常か分かったみたいだ。まず10本ある矢には番号が振られている。さっきは何の番号か分からなかったけど、構える前に番号を確認したことから、矢毎の癖に合わせた構えを取って、補正しているんだろう。子どもながらに何とか的に当てるために頑張ったんだろうけど、これじゃダメだ。戦いになった時に一々、番号を見て構える暇なんてない。
「どうかした?僕ちゃんと的に当てたよ?」
「そうだね。じゃあ、ロビン君は矢の番号を見ずに当てられるかな?」
「出来なくはないけど難しいかな?」
「それじゃ、私が番号がなくても当てられるやり方を教えるね」
「本当!教えて、教えて!」
「それじゃ、まずはこの弓を持ってね」
私は以前使っていた弓をマジックバッグから取り出して、ロビン君に持たせる。
「この弓は?」
「これは以前、私が使っていた弓だよ。サイズはちょっと小さいけど、作りは良い弓だからまずはこれで構えてみて」
「うん、じゃなかった。わかりました先生!」
ロビン君は早速弓を受け取り、構える。う~ん、流石に狩人が多い村だけあって、構え自体は悪くない。
「実際に構えてみてどう?」
「すごく持ち易い!それに手に馴染む感じがする。僕のとは全然違うや」
「そうだね。それじゃ、矢筒と矢はこれを使ってね」
弓と同じように矢筒も渡して、構えてもらう。うん?ちょっとだけ右肩が下がってるな。
「ちょっと待って。ロビン君、今まで弓を射る練習の時って、矢筒持ってなかったりする?」
「うん。ちょっと重たいし、長く練習するのに邪魔になるからって先生…。いつも教えてもらってる人に言われたんだ」
確かに10歳ぐらいの小さい子はその方がいいと思うけど、来年14歳になって見習いとはいえ、狩人として動くロビン君にまでそんなことをさせてるなんて。ちらりとデレクさんの方を見る。デレクさんもこれにはびっくりしているみたいだった。普段は農業と見張りをしているって言ってたから、本当に弓の練習姿は見てないのかもしれない。
「ロビン、今度からは必ず矢筒を背負って構えなさい」
「いいけど…どうして?」
「狩りに出て矢筒を構えないで…もっと言えば、その他の物を持たずに射るなんてことはあり得ない。今お前は矢筒を背負っただけで、右肩が下がっていた。それに気づけないならまだまだだ」
「下がってた?」
「うん。お父さんの言う通りだよ。確かに自分の得意な状態でやるのは自信をつけるにはいいことだけど、実戦で使うならそれに近い格好でやった方がいいと思う。もちろん、構えはきちんとしてね。変な構えで練習しても上手くならないから」
「わ、分かった」
再び構えなおすロビン君。今度は肩が上がりすぎている。
「う~ん、もうちょっと肩を下げてみて」
「こ、こうですか?」
「えっとね。ちょっと触るよ」
私は見られていて緊張しているロビン君のために、実際に触れて構えを修正する。
「こんな感じかな?ちょっと腕が広がる傾向にあるみたいだからそこだけ気を付けてね。後は多分大丈夫だよ」
「ありがとうございます先生!」
うん、素直ないい子だ。今日のところは夕食後であまり時間もないから、これでおしまい。明日からはもうちょっときちんと教えることになった。
「それじゃ、明日からはお昼過ぎまでちょっと用事があるから、終わったら迎えに行くね」
「よろしくお願いします。あ、この弓返しますね」
「その弓は持ってていいよ。後、矢は5本あげるから絶対そっちの矢を使ってね。ロビン君の矢は曲がってたり、バランスが悪いから、変な持ち方になっちゃうよ」
「分かりました」
「アスカさん、何から何までありがとうございます」
「いえ、ロビン君は筋もいいですし、自分で何とかしようとするところもあって、いい生徒ですよ」
何てね。教師気取りだけど、実際にロビン君はこのままいけばいい狩人になると思う。
「さて、夜も深まってきたし寝ましょうか」
「そうだね」
チッ
「あっ、ミネルたちの寝床持ってきてないや。どうしよう?」
チィ
宿の近くに木が植わっているので、そこで寝るみたいだ。
「ごめんね~。おやすみなさい」
ミネルたちにお休みを言って部屋に戻る。
「それじゃ、私たちも寝ましょう」
「そうね。丈夫なベッドに読書用の机もある立派な部屋でね」
「またまた~、ただ素組しただけのなんちゃって家具ですよ」
「なんにせよ、地べたで寝なくてよくなったんだし、さっさと寝よう。明日は魔物を捕獲するのに森に行くんだろ」
「そうですね。それじゃ、おやすみなさい」
「おやすみ」
お祭りまでまったり過ごす予定だったワインツ村の一日目は、こうして慌ただしく過ぎていった。