番外編 槍斧のジュールと空間魔法
これはジュールがまだ、冒険者だった頃のお話です。アスカに対してあれほど協力的なのは何故かを記します。
俺はジュール。冒険者ランクはBランクだ。まだ、十代にも関わらずもうすぐAランク間近と言われている。といっても、昇格は難しい。Aランクといえば実質最高ランクだ。10年で数人しか誕生しないSランクを除けば最高ランクだからな。
「ねぇ、本当にこの先にいるのよね?」
「ああ、間違いない。ジュールが調べてきてくれたからな。しかし、バルデイットの奴は馬鹿だな。この依頼を降りるなんてな」
「ホントよね。スカウト兼ポーターのCランクなんだから、良いもうけ話なのにさ~」
そういうのは同じパーティーのミッシェルとランバードだ。2人ともAランクで魔法使いと魔戦士だ。俺より5つ年上で、パーティーの中心だ。
「彼の気持ちもわからないではないですよ。ただ、非戦闘員でも受けられる依頼を蹴るのは賛成しないですがね」
クラークスも同意見のようだ。彼は男爵家の三男坊で継げるものがないから、冒険者になった魔剣士だ。そこに俺ともう一人、今は別行動をしているバルデイットを加えた5人で普段は行動している。
「それにしてもジュールは幸運だな。きっとこの人捜しを終えたらAランクだぞ」
「良いわよね~。私も十代で成りたかったわ」
「俺たちの時は後少し足りなかったからな~」
「しかし、本当にそこまでポイントがたまるのですか?」
「間違いないって!ただの人じゃないしな」
俺たちが受けている依頼は貴族からのもので、ある魔法使いを捜すことだ。貴族が個人にこだわるからなんだと思えば、冒険者たちでもあまり知られていない希少属性の空間魔法が使える奴の保護だ。
「それにしても、マジックバッグを作れば簡単にもうかるってのに、そいつも変な奴だな。こんな山奥に住むなんてよ」
「ジュール…それぐらいわかるでしょ」
「まあ、催促されても面倒だってのは分かるがな」
「それだけだと思っているのか?」
「まあまあ、今言ってもつまらないことになりますよ」
「分かった」
後ろでなにか話しているようだったが、ただの雑談だと思って気にしなかった。そうして、目的地についた。
「ここか~、全くこんなへんぴな洞窟に住む気が知れねぇぜ」
「自由ではあるだろう」
「旨いもんも、なんもなしでか?俺は嫌だぜ」
「それより気配はあるか?」
「…ああ。奥の方にいるな」
「なら、話をしてもらうのに気付かれずにいくぞ」
「はいよ」
俺たちは武器が狭い洞窟に当たらないように進んでいった。
「誰だ!」
「脅かしてわりぃな。あんたを保護しに来たんだ」
「保護だと!?面白い冗談だ」
「冗談じゃねぇさ。こんな山奥にいたらいつ魔物に襲われるか分からんぞ」
「魔物ごとき、魔物用に作ったトラップがある。帰ってくれ」
「そうはいかないわ。あんたを待ってる人がいるのよ」
「はっ!商人か貴族か?俺は御免だ」
「何でそんなに突っかかるんだ?こんなとこにいるよりよっぽど安全だろ?」
「お前は何も知らんのか?それでここまで来るとは大した坊主だ。だが、俺もつかまるわけには…なにっ!?」
魔法を使おうとした相手の動きが止まる。
「あんまり手荒な真似はしたくない。大人しくするんだ」
「くっ、魔封じか」
「おいおい、そんなに乱暴にしなくとも…」
俺はそういうが、みんなはかなり警戒している様だ。別に相手にとっても利益があることなんだからそう強硬に行かなくてもと思った。
「年貢の納め時か…坊主」
「なんだ?」
「冒険者ギルドは知らずにいようとすればそのままだ。無知は恥であることも覚えておけ」
そういうと男は観念したのか俺たちに同行した。それから、来た道を戻りギルドへと行く前に男を貴族に引き渡した。人捜しの場合はギルドで会わせるよりも先に依頼主に会うことの方が多い。今回は貴族からの依頼だから尚のことだ。
「おおっ!流石だ。君たちに依頼してよかった。特にそこの2人は過去にも実績があるとのことだったからな」
「いえ、遅くなりました」
「いやいや、連れてくれれば別に構わんよ。これで我がゲルイド伯爵家も安泰だわい」
こうして依頼を完了させた俺たちはギルドに報告をしに向かった。
「あら、皆さんお帰りなさい。依頼はどうでしたか?」
「指名依頼は完了した。依頼主からもすぐに連絡が来るだろう」
「そうなんですね。では、明後日にでももう一度お越しください。報酬と一緒にポイントも確認します」
ギルドの受付の言う通り、数日後に俺たちは再びギルドを訪れた。
「皆さんすごいじゃないですか!指名依頼なので詳細は分かりませんけど、報酬もポイントもすごいですよ」
「まあ、苦労したからな。依頼ひとつにかかりっきりだったし」
「そうですね。1か月も集中されてましたし。でも、これでジュールさんはAランク試験を受けられますよ。他の依頼では難しいポイントでしたよ」
「まあな。だから、この依頼にしたんだよ。ジュール良かったな」
「ああ。これで憧れのAランクだ」
俺はその後、難なく試験をクリアして最年少Aランク冒険者となった。祝いもかねてギルドで飲んでいるとギルドマスターがやって来た。
「よう。まだ早いと思っていたがめでたいな」
「ありがとうございます」
Dランクからこの街に来て、目をかけてもらっていただけに祝いの言葉がもらえてうれしかった。
「しかし、こう言っては何だがそこまでランクにこだわっていたとはな。お前は実力に応じてランクを上げるタイプかと思っていた」
「何のことです?」
「今回の指名依頼のことだ。確かにあれがなければ十代でのAランクは難しかっただろう。だが、いずれはたどり着いた場所だ。指名依頼とはいえ、こちらも内容が全く分からん訳ではないのでな」
「単なる人捜しですよ。確かに報酬はよかったですが…」
「…お前もまだ、ガキだったという訳か。報酬が良いということはそれなりの裏もあるということだ。俺もおおよその見当は付いている。奴が望んでいたのは自由だ。もはや手に入らんがな」
「どういうことですか?」
ギルドマスターに今回の依頼について訊ねた。もちろん、指名依頼だから話したのは概要だけだが。
「報酬から考えて、空間魔法の使い手の捜索だろう。空間魔法の使い手は少ない。その少ない使い手がマジックバッグを生産している訳だ。そいつが隠れているということは自由のためだ」
「しかし、あいつは山奥に住んでいました。危険じゃないですか?」
「そうせざるを得んのだ。国にしろ貴族にしろ商人にしろ、捕まった時点でその邸から出ることはないだろうからな」
「そ、そんな…。貴族は保護すると…」
「保護か、言い得て妙だな。確かに邸にかくまって一生を過ごさせる。これを保護と言えばそうだろう。ただ毎日、マジックバッグを作り続けるだけだとしてもな」
「じゃ、じゃあ、あいつは…」
「一生、その邸でマジックバッグを作り続けるだろうな。それが嫌だからああして隠れていたんだから」
「そんな!今から何とか…」
「お前は貴族の邸に行って何かできるのか?行けば今度は国ににらまれるぞ。国としては本人の意思を無視しているとはいえ、一度貴族が手に入れた有用な人材が離れる訳だからな。他国にでも逃げられればその被害は計り知れん」
「あいつらは知って…」
「ミッシェルとランバードは知っているぞ。あいつらは2度目だからな。あいつらの実力でAランクなのは不思議だろう?お前より弱いんだから。あいつらもかつてそうしてのし上がったんだ。自由を標榜する冒険者ギルドとしては褒められることではないがな。知らなかったでは済まされんが、知らなかったのなら受けてもおかしくはない、と言ったところだな」
「じゃあ、バルデイットのやつは知っていて…」
「あいつもポーターとして長いからな。他のパーティーにも同行しているだろうから、そういうことはよく知っているだろう。お前も知っていると思って言わなかったんだな」
「俺はよかれと思って…」
「そうするだけの知識と考えがお前には足りていなかったという訳だ。名実ともにAランクになるんだ。まだ若いし、今後はそういうところにも目を向けるんだな」
結局、俺はその時の出来事が元でパーティーメンバーともぎくしゃくし、1年後にはパーティーを抜け、3年後には20代前半で異例のギルドマスターになった。正直、Sランクも夢ではないと言われていたが、その頃には自由を奪った自分が夢を叶えるのかと思うようになり、ギルドマスターになって困っている冒険者たちの力になることの方が大事ではないかと思うようになっていた。
「おめでとうと言えばいいのか。本当になるのか?ギルドマスターと言えど、一介のギルド員には変わりない。アルバのギルドマスターなんぞ暇も暇だぞ?ゴブリンやオークでぜーはー言ってる冒険者の街だ」
「それでもいいんです。今の俺にはその方が合ってる気がします」
「槍斧のジュールともあろうものがな。まあ、選ぶのはお前の自由だ。活躍を期待しているぞ」
「はいっ!」
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「あれから早5年か。しかし、まさか最初にお願いすることがこんなこととはな」
かつてのギルドマスターだった人は、今は王都のグランドマスター、この国のギルドを束ねる存在になっていた。俺はその人にアスカのスキルについて非表示にするようお願いに行く途中だ。
「あの人のような人間を再び出すわけにはいかない。今度こそ守らなければ…」
「まさか、そのような出会いがあるとはな」
「何とかお願いできませんか。確かにアスカはまだ、実績でいえば不十分です。しかし、このままではろくなことになりません」
「お前の言うことはもっともだ。宗教的なこととはいえ、冒険者ギルドがマジックバッグの製造に関わる神だと発表すればすぐさま一定の信仰を得られるだろうからな。冒険者のためにはなるが、本人のためにはならんだろう」
「ありがとうございます」
「しかし、元同じパーティーにしてはずいぶん違う道に行ったものだ。ミッシェルとランバードを覚えているか?」
「あの2人が何か?」
もう数年連絡も取っていなかった。そういえば最近は噂を聞かないと思っていたが…。
「3人目を捜していたところ、大量の魔物の襲撃にあったそうだ。よほどSランクになりたかったようだな。空間魔法の使い手は自分か対象を別の空間に閉じ込められるらしい。その為、魔物の多い地域でも暮らせるそうだ」
「クラークスは?」
「あいつは縁があったようで、今は伯爵家の騎士をやっている。2人に同行するという話も断ったということだ。身の程はわきまえていたらしい。バルデイットは近々引退するそうだ。どこかのギルドのマスターでもやってもらうさ」
「そうですか。それは冒険者たちが喜びます」
バルデイットは面倒見もいいし、危険を避ける技術は一流だ。いいマスターになるだろう。
「アスカという少女の件は直ぐに対応しよう。お前も疲れているだろう。しばらくゆっくりしろ」
「はい。ちょっと野暮用を済ませたらゆっくりします」
アスカの対応をお願いして俺は久しぶりの王都を満喫したのだった。
という訳で、ジュールの過去のお話でした。最近、番外編が多く浮かんでしまうので一時期と違って本編が少なくなりすみません。この章はあんまり戦闘もない章になります。