小屋づくり
ノヴァと約束し、その日はそのまま休んだ。
「さて、今日はお兄さんを連れて来てくれるって言ってたけど、まずは小屋だよね」
小屋と言ってもサンダーバードたちのものではない。ソニアのものだ。現在あるリンネ用の小屋は広めに作ってはあるものの、流石に2匹を収容できる広さはない。今はリンネが場所を貸して外で寝ているけど、まずはこっちから片付けないとね。
「薪を加工してと…」
ライギルさんに言って、宿で使う薪を分けてもらったのだ。その代わり、今日と明日の夜の火力調節は私がすることになった。薪代の代わりに働くのだ。
「薪でもそう簡単に大量に手に入んないしね」
薪なら簡単じゃないと思うかもしれないけど、ライギルさんは流石の料理バカっぷりを発揮していて、馴染みの薪屋さんに同じようなサイズのものをと頼んでいるのだ。加工する時にサイズや木の種類がそろっているのはこっちとしても助かる。街に売っている薪と言えば、大きさも木の種類も割とばらばらだ。まあ、普通に燃やすだけだからね。本来はそんなものも関係ないのだけど、ライギルさんが火力の調節がしやすいと、いつも同じサイズの薪を頼んでいるのだ。
「その代わりに薪屋さんも食堂の食事を融通してもらってるんだからお互い様だけどね」
ちなみに、宿の料金は最近値上げしたらしい。というのも私が作ったハンガー掛けやハンガーと服を入れる箱のセットを標準にしたのだ。今までは銅貨3枚で貸し出しとしていたんだけど、計算も面倒だし、利用客の半数以上が使用することもあって、今は一泊が大銅貨2枚と銅貨5枚だ。その代わりに夕食のご飯に付くパンもおいしい方のパンになった。
「思い切ったよねライギルさんも。まさか、前まであったパンをなくしちゃうなんて」
そう、大人気だったやわらかいパンだが、1食の値段が変わるからこれまではオプションだったのだ。だけど、もうあれを作るのが嫌になったのか、とうとう新しいパン1本に絞ったのだ。この銅貨2枚分を合わせて宿代に上乗せしたって訳。当然、朝食も銅貨5枚、AセットとBセットも大銅貨1枚にCセットも大銅貨1枚と銅貨2枚になった。
「でも、客足が減らないんだよね~。まあ、前からほとんどの人がパンを変えてたし、大銅貨1枚でCセットのみの人がちょっといただけだもんね」
正直言って、美味しい料理にまずいパンが並んでいるとちょっと残念な気分になるから、消えてくれてうれしいんだけど、金額が変わるのに対しては最初、ミーシャさんも不安がっていた。いくら、グレードアップした結果とは言え月の料金も銀貨6枚から銀貨7枚と大銅貨5枚だもんね。銅貨1枚でも安い方がいい冒険者にしてみればかなりのマイナスだ。
「ふふっ。でも、あの時はおかしかったなぁ」
パーティーが1つこれを機に別の宿に行ったんだけど、4日ほどして戻ってきた。今まで出ていた夕食の代わりに酒場や他の店で食べていたんだけど、1食で大銅貨2枚以上払わないと同程度の食事が出来なかったらしい。料理も味が落ちて、折角帰って来たのにしょんぼりしてしまうとのことだ。
「元々、アルバの素泊まりが大銅貨2枚前後だから、お得だったもんね。安いところでも大銅貨1枚半ぐらいだし。銅貨5枚で買えるものって結構少ないからね」
大体、ただのパンが銅貨1枚から2枚。肉串も銅貨2枚だ。サラダが銅貨3枚位で飲み物を頼むとたちまち大銅貨1枚近くになるだろう。それなら宿でおいしい料理を食べた方がまだ安いのだ。パーティー部屋も机2つに椅子が4つで
ベッドも4つある。安い宿なら雑魚寝もあり得るし、机なんてないだろう。それでは体も休まらないという訳だ。
「それにしても、宿の宿泊費って安いよね。いくらギルドから紹介してもらって冒険者が泊まりやすいからって、仕入れとかどうなってるんだろ?」
ふと気になったので、まずはエレンちゃんに聞いてみることにした。
「仕入れ?ああ、毎朝市場で買ってるよ」
「それにしては質の良いものが安く手に入ってるよね?」
「うん。市場以外にも契約してるところから持ってきてもらうから」
「そうなの?でも、持ってきてもらうんだし、高くなっちゃわない?」
「う~んとね。前にお母さんに聞いたんだけど、うちで使ってるって宣伝したら高値で売れるから安くなってるんだって」
何でも、ライギルさんの料理バカっぷりは街でも認識されているようで、品質にうるさいそこと契約しているってことでわずかだけど高く売れるらしい。その代わりうちにはちょっとだけ安く卸してもらえるんだって。
「正直、ギルドの冒険者紹介はそんなに影響ないよ。だって、ほっといても昼にはいっぱい来てくれるし、おねえちゃんみたいに継続して泊まってくれる人たちもいるしね」
「そういえば、そうだよね。割といっつも部屋埋まってるし」
多分、パーティーもそうだけど、ひとり部屋も毎日半分以上は契約で埋まっている。バルドーさんがいた部屋も数日で新しい人が契約しちゃったし。ちなみに値上げに際して、1か月契約者には大銅貨5枚割引が適応される。実質この宿では銀貨7枚で泊まれるのだ。これは継続して泊まってくれる人への配慮だ。ミーシャさんもそこは気にしてたしね。
「まあ、私は銀貨6枚のままだから関係ないけど」
私も値段が変わったので銀貨7枚を払おうとしたら、『アスカちゃんはどちらにも関わってくれたから、今まで通りでいいわよ』と断られてしまったのだ。安いことはうれしいけど、ほんとにいいんですか?って言ったら、何も問題ないと返されたので、その言葉に甘えている。
「それより、小屋作りだね。図面はと…」
図面を持ってきて小屋を作る。図面と言っても新たに引いたものではなく、リンネの小屋を作るのに使ったものだ。作りは同じにして、今のところにある横の壁を切り取って、リンネ側とつなげる予定だ。
「えっと、まずはエアカッターで板にしてと…」
まずは丸い薪の外側を落として板を作る。外側は最後に重ねて屋根にする予定だ。板は楔のような形にして手前と奥をつなげるようにして長い板にする。
「後は乾燥させてから組み立てか…どうしようかな?」
普段なら自然乾燥させるんだけど、今は時間も限られてるし魔法を使おう。何せ10時からはジュールさんと待ち合わせてるし。熱風を出して接着剤を早く乾燥させる。ついでに表面も焼いて、焼き板にしておく。後は各々のパーツを合わせていくだけだ。
「念のため釘以外にもはめ込みの穴を作ってと…こんなもんかな?」
ソニアもリンネもそこまで重くないから、これぐらいにしておけばいいだろう。
「後はクッションと下に敷くマットを置いてと。ああ、そういえば従魔たちのお風呂というか洗い場がないって言われてたな。そっちも作っちゃおう」
ちょうど裏庭にいるしと思ってまずは準備だ。部屋から裏庭に戻るところでエレンちゃんに声をかけられる。
「あれ?おねえちゃん今日は依頼があるの?」
「ないけどどうして?」
「だって、依頼受ける時のかっこだから」
「ああこれ?ちょっと地ならしにね」
私が部屋に取りに行ったのはハイロックリザードのグローブだ。これにはアースウォールの魔法が込められているから、これで洗い場の地盤を作ろうと思ったのだ。
「まあ見ててね。ちゃんと洗い場作っておくから」
「分かった。場所は男子用のおふろの隣にしておいてね」
「は~い」
目的地に着いた私は長方形の穴を掘って、そこをアースウォールで固める。
「これでコンクリートとかあればいいんだけどね。とりあえず、水路をつなげて使えるようにはしとこうかな」
ここを板張りにするのかレンガなんかでパッと作っちゃうのかは分かんないからそのままにしておいて、小屋の組み立てを完了する。
「あとはこれを持って行くだけだけど…重い」
しまったなぁ。組み立ては現場ですればよかったかも。サイズを確認して2つの小屋をつなげる穴の確認をしようとしてたけど、これじゃ移動させられないよ。
「おっ、こっちにいたのか。アスカ、なにをしてるんだ」
「あっ、昨日のお兄さん!」
「そういえば自己紹介してなかったな。アルゼイン建築のシュタッドだ」
「アスカです。今回はよろしくお願いします」
「うむ。で、アスカは何してたんだ?」
「ソニアっていうウルフの子の小屋を作ったんですけど、持ち上がらなくて…」
「それなら俺に任せろ!」
そういうと小屋にシュタッドさんが手をかける。
「重たいですよ?」
「大丈夫だ。役に立つスキルがあるからな」
「スキル?」
「怪力ってスキルだ。力の1.3倍までのものが持てる。それにこれでも肉体労働者だぞ。力仕事なら任せろ」
そういうとシュタッドさんは軽々と小屋を持って運んでくれる。
「これはどこに運ぶんだ?」
「や、宿の前の小屋の横です」
「分かった」
移動中に話をすると、なんとシュタッドさんも冒険者登録しているのだという。アルゼイン建築はもちろん商人ギルドの所属だけど、場合によっては他の街にも出張したりするので、魔物と出会うこともある。護衛も居るので戦う場面は少ないけど、一緒に戦うこともあり、倒した時に冒険者なら討伐報酬が出るからだ。
「まあ、飲み代ぐらいにしかならないが、それでもないよりいいしな。ほら」
そう言ってカードを見せてくれるシュタッドさん。ん?力が220もあるし、体力は180、器用さも150もある。
「ん?どうした?」
「いえ、パラメータが軒並み高いんですけど…」
「ああ、まあいつも力仕事をしてるし、組み上げるだけならともかく、器用でなけりゃ家具は作れないからな。それに責任者も兼ねているからな。大事な従業員を守るためには必要なんだよ」
でも、ステータスに対して斧術はLV3だし格闘術はLV2だ。斧は木を切るのにも使うけど、格闘術は訓練が必要だから一般人ではあるんだろうな。
「戦闘スキルの方はこんぐらいしかないがな。格闘術もノヴァに教えてもらったんだぞ。前はオークと殴り合いしか出来なかったが、今じゃ極め技とかも使えるし助かったぞ」
そう言いながら笑顔のシュタッドさん。ノヴァのことを自慢したいんだろうけど、普通オークと殴り合いは出来ないと思うんだけどな。