納品と細工の街
レディトでの休みを使って細工を終わらせた私は、一度ドーマン商会に向かう。一応今日がヴォ―ドさんの帰還日になっているんだけど、距離もあるし帰ってくるとしても夕方だと思われるからだ。
「ちょっと出かけてくるね」
リィ
サンダーバードたちに挨拶をして宿を出る。
わふっ
宿から出るところでソニアに連れていけと言われたので、一緒に向かうことにした。リンネはというとソニアと出かけるのとゆっくりしたいということを天秤にかけて、ゆっくりすることにしたらしい。
「行っちゃうけどいいの?」
わぅ
帰ってきたら一緒にいられるということだろうか、マイペースなところは変わらないらしい。いつもだったら私もリュートかノヴァと出かけるのだけど、今日は一人だ。まあソニアがいれば人も寄ってこないしね。
「はぁ、迷子だの街を案内するだの子供じゃないんだけどなぁ」
背もちゃんと伸びてるのに、なんでか分からないけど最近の方がよく声をかけられるんだよね。いくらなんでもひどいと思うんだけど…。そんなことを考えながら商会に着いた。今日もいつものお姉さんが受付にいるみたいだ。
「こんにちわ」
「あら、ようこそアスカ様。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「細工何ですけど、来月分の魔道具を先に渡しておこうと思って」
「かしこまりました。店長を呼んできますので、少々お待ち下さい」
「お願いします」
いつもの部屋に通されると、店長さんがすぐにやって来た。
「お待たせしました。本日は先行して魔道具をお持ちいただいたとか」
「はい。時間があったので作っちゃいまして。これなんですけど…」
私は作ったばかりの採取用ナイフを見せた。
「これは…ナイフですか?しかし、アスカ様は鍛冶にも詳しいので?」
「いえ、ちょっと先を尖らしたりするぐらいは出来ますけど、本格的なものは作れないですよ」
「それでしたら、なぜこれをお作りに?」
「ほんとに思いつきなんです。以前自分用の採取用ナイフを作ったことがあって、同じようなものをと作っただけなので」
「では、これも採取用としては使えるのですか?」
「そのはずです。ちょっと心配だったので、ウィンドウルフの魔石を使って切れ味と軽さを補正しています」
「なるほど。そういう魔道具なんですね。この鳥は?」
「その鳥はサンダーバードという鳥です。この先の草原の山脈だけに住んでいる鳥で、ちょっと最近見る機会があったので作ったんです」
「ほう、地域性のある飾りですか。細工自体もきれいだし、冒険者というよりは商人や貴族が持っていても違和感はないですね。ですが、ちょっと魔石の反対側が寂しい気もしますが…」
「そこは大丈夫です。実は今は銅を埋め込んでますけど、そこは宝石とか別の魔石がはめ込めるようになっていて、希望があればもちろん材料費は別になりますけど、取り付けもしようかと思っています」
「ベル草の髪飾りと同じやり方ですね。それなら、この部分の装飾も問題ないですね。おや?このナイフ、左右向きが別になっていますね」
「はい。セットで作るところまで考えて、どうせならと思って対称性を持たせてみました。一応単価は単品金貨4枚で、セットなら金貨7枚にしようと思っています。どうでしょう、売れますかね?」
「売れるかですが、何とも言えませんね。デザインが気に入った方が現れれば、すぐに買うと思いますが、そういう方が出てくるまでは売れないと思います。残念ながら、セットで金貨7枚というのも高くはないのですが、そこに宝石代などがかかりますから、実際は金貨10枚ほどになるでしょうし」
「そうですか…」
ちょっと残念だな。張り切って作ったから。
「そう気落ちすることはありませんよ。出来でいえばこれまでのよりも良いぐらいですし、用途や買う客は限られますが、ずっと残ることはないでしょう。こちらでもお得意様を中心に営業をかけてみますよ」
「ほんとですか!よろしくお願いします」
「いえ、アルバでの納品もありながら、これまでずっと納期を守ってくださるだけでも、我が商会はアスカ様には感謝しています。何せ職人仕事ですので、中には守って頂けない場合もあるのです」
「あ~、まあ常に思い浮かぶかというとそうじゃないですよね」
「ええ。事情はこちらとしても分かっているのですが、その分確実に品は減ってしまいますので。実は最初にアスカ様にお願いした時もそのような状態だったのです」
「それで私みたいなよくわからない人にも頼んだんですね」
「とんでもありません。セーマン会長の見立て通り、当時から中々の物でした。あの頃は品数も少なく、質の良いものは店頭にない頃でしたので、本当に助かったのですよ」
「でも、そういう時は別の所から仕入れたりしないんですか?」
この商会は品数も多いし、細工物以外にも食料品とかを別の場所で扱ったりしていて、そういうルートもあると思うんだけど。
「もちろんそういう時のために、王都の西にある細工の盛んな街からも仕入れているのですが…」
ちょっと歯切れが悪そうに店長さんが口を紡ぐ。私もその街のことは同じ細工師として気になるので、何かあるのかな?
「どうかしたんですか?」
「あ、いえ、このようなことは同じ細工師のアスカ様に言うことではないのですが…」
「聞かせてください」
前から行きたいところだったし、取引をしている人の意見は参考になる。そう思ったので話を聞くことにした。
「実は最近、あの街から仕入れる細工の質が落ちているのです」
「えっと、新人さんが多くなったんですかね?」
「いえ、そもそも細工の街ですから、ベテランも新人も数えきれないぐらいいます。そこから新人の作品だけが外に流れるなんて、考えにくいのです。考えられることは、あまり想像したくはありませんが、細工師の質自体が低下しているのではないかと思うのです」
「質がですか?でも、変わらず細工の街として成り立っているんですよね」
「ええ。十数年前からは観光に来る人向けの店も出すなど、産業以外も都市として確立しつつあるのですが、どうにも作品の質が低下しているのです。それだけならまだ良いのですが、値段も据え置きというありさまで…」
「質が落ちたのに同じ価格なんですか?」
「はい。工房ごとに最低保証価格がありまして、今まではそれが質の証明にもなっていたんですが、最近はそれでも出来がまちまちで。最近では工房の誰の作ともわからぬものも出てきております。正直、商人たちは困っています。安定してよい質のものを確保できるからこそ取引をしていたのですが、それすら出来ないのであれば、自分たちで新たに探すしかないのではないかと」
「まあそうなりますよね。でも、簡単に見つかるもんなんですか?」
「とんでもありません。定期的に質の良い細工を納めてくれる方は貴重なんです。それに、小さな商会ではそもそも人を捜す余裕がありませんから、仕入れ自体をやめたところもあります。私たちはアスカ様に出会えて幸運だったのです。事実、今納めて頂いているものは、あの街では倍近くもします。ですが、それは商売になる価格ではありません。向こうでは観光客が買ってくれるかもしれませんがね」
そういえば観光地の物って結構高かったっけな。ちっちゃい割には高かったりして、レジでびっくりするんだよね。まあ、文化を買う面もあるから、あれも意味はあるんだろうけど、今回の場合は細工だしなぁ。
「交渉したりはしないんですか?」
「工房1つとこっそり話す分には問題ないのですが、あちらは街として細工を扱っているので、規模が違うのですよ。街の中に街中の工房をまとめる細工ギルドがあり、そう簡単には1商会が介入できないのです。だからこそ、向こうも強気に出るのでしょうが。まあ、私たち商人も観光化には賛成でしたから強く言えないのですが…」
「観光促進は商人たちの方からだったんですか?てっきり、細工のギルドとかからかと」
「もちろん彼らの意向もありますが、あの街は多くの細工工房とそこそこの規模の鍛冶工房が中心で、後は商店がそれなりにあるだけでした。その内に工房の数が飽和して、行先の無いあぶれ者が多く現れ、治安が悪化していました。とはいえ、商店も必要なものはそろっておりますので、新たに働く先がなかったのです。そこで、一部の工房を観光資源化することで新たな雇用を生み出し、雇用創出による治安の改善策として推進したのです」
「で、成功したんですか?」
こういうのって結構失敗するイメージなんだけど…。
「成功しました。工房からしてみたらギルドの要請なので受け入れはします。ですが、観光客が作業の邪魔者であることには変わりはありません。そこで、元細工師のガイドが今何をやっているか説明するのです。図らずとも、職人の気質が彼らの雇用を助け、治安も改善しました。弟子の作品も観光客向けの低価格商品として、そこそこの売り上げを出すことも出来、新たな才能の発掘にも貢献するのではないかと思っていたのですが…」
店長さんの話し方にも苦労が見える。この店は細工が多いし、ほんとに大変な事態何だな。
「ところで気になったんですが、鍛冶職人はどうして細工の街に工房を構えているんですか?」
「それはですね、細工をしているとどうしても失敗作が出ます。しかし、彼らも細工の街で工房を持つ身。失敗作を使い回すなんてことはしません。これが個人の細工師なら違うのでしょうが、あの街で工房を持つプライドでしょうね。鍛冶職人はそうした失敗作の金属の塊を安く購入できるわけです。王都ほどではありませんが、練習や研さんには向く環境なので、自然と出来上がったのですよ」
「なるほど~。私はそのまま使い回すので、思いつきませんでした」
「ははは、普通はそうですよ。それで大きく出来に差があるわけでもありませんし、秀作ばかりが出来るわけでもありませんから、通常は割に合わないですよ」
商品を納品しに行っただけなのに、思わず気になっている街の思いがけない話を聞くことが出来た。私は店長さんにお礼を言ってから預けていたソニアを引き取ると、店を後にする。
「ソニアは何してたの?」
わふっ
聞けば鳥と遊んでいたらしい。何でも、あの商会にはバーナン鳥がやってくるらしく、ちょうどいい遊び相手だと言うことだ。まあ、サンダーバードたち相手だと逃げちゃうしね。