種族
ジャネットはアスカのベッドでごろごろしながらあることを考えていた。
「話した方がいいもんかね…」
そもそも、出先だからといって他人の部屋にお邪魔すること自体、自分にとって珍しいことだ。鳥の巣に泊まっている時でさえ訪れないのだ。アスカは気にしていないようだがはてさて。
「言いやすい話題だったらよかったんだけどねぇ」
そう呟くと昨日のことを思い出した。
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事の起こりは滅びた村からの帰りだ。黒いシミを調べるために情報屋に調査を依頼していた。依頼が完了した旨の手紙はもらっていたが、相手は王都中心、こちらはアルバと都合がつかなかったのだ。今回、レディトにいるということで急きょ連絡を取った。
「こんなところにいたのかい。探したよ」
「情報屋のジョーンズは安くないってことさ」
「依頼料も払ってるんだから、別の情報屋から居場所を聞き出させないでくれよ。無駄に銀貨1枚払ったよ」
「その駄賃でこっちも食ってるんでな。それに俺からなら信じる情報も、あいつらからなら信じないってやつもいる。信用料だ」
「へいへい。で、結果は?」
「まあ、奥に行こうじゃないか…。それなりの結果なんでな」
言われるがまま奥の部屋に進む。何か不味い話なのか?
「ややこしいのはもうわかっただろう。結果から言うぞ。あれは魔族のものだ」
「魔族?今もいるのかい?」
あたしの認識だと魔王が作る眷属って思ってたけど、魔王のいない今にもいるのか…。
「いるな。魔族は魔王が作るとも一部の魔物が進化したものとも言われてるが、魔王と関係なくいる。それはまあいいんだが、あのシミが魔族というのは問題だ」
「いるってんなら別に良いんじゃないのかい?」
「次の魔王の誕生は20年ほど先と言われてる。真偽はさておいて、俺たちにはどうでもいい未来だが、貴族連中は国が続く限り重要な案件だ。今のうちから魔族の情報を欲しがってるのさ」
「足はつかないんだろ?」
「そうだと言いたいが、相手は国だからな。絶対とは言えん。それに魔族の情報となれば一部情報の流出もやむをえんというところだ」
「何が言いたいんだい?」
「非常にこの結果は重要な情報だということだ。どこで何を目的に現れたか、是が非でも向こうは知りたいだろう。しかし、あんたも俺に依頼するぐらいだ。目立ちたくはないんだろう?」
「まあね」
「追加で金貨5枚をもらえば何とか誤魔化してやろう。そうでないなら悪いがある程度の情報をもらいたい。見逃してもらうのにもそれなりの成果が必要だ」
「もうこっちは金貨3枚払ってんだけど…」
「この結果でなければそれで事足りたんだかな」
「あたしから言えるのは場所と経緯ぐらいだ。目的とかはそっちで検証してくれ。あと、名前は絶対に出すなよ」
「わかった。その2つがあればこっちで適当に補足できる。無論個人の情報は秘匿する」
「頼んだよ。全く…場所は草原の向こうの海側。そうだね、今ならヴォードが依頼を受けてるところだ。滅びた村だよ」
「ギルドの依頼はチェックしているが、あそこか?しかし、お前は依頼を受けていないだろう?」
「受ける前に場所を知って先に行ったからね。規定違反じゃないよ」
「それなら、問題ないな。魔族に出会った経緯は?」
「うちのパーティーの奴が夜明けに見張り中に気づいて倒した。そんだけだよ」
「待て、魔族をか?噂では人とのハーフもいるらしいが、こいつは純血の魔族だ。かなりの実力のはずだぞ?」
「死体はなくてシミだけだったからね。そこはなんとも…」
「なる程、分身体か…。で、村はどんな村だ?もちろん調べたんだろう?」
「普通の村さ。特に変なところは…。ああ、そういえば全部の家に祭壇があったね」
「祭壇?シェルレーネ教のか?」
「いや、見たことのない奴だ。と言っても神なんかろくに知らないがね」
全部を言うわけにはいかないが、こっちも保身がかかっている。ある程度は出さないと信用しないだろう。こっちのことを話されるよりはましと思うしかない。
「ふむ、それだけわかれば何とか出来そうだ。一応調べた結果はここにまとめてある」
そういうと紙の束を渡す。結構分厚いぞこれ…。
「心配するな。中ほどの折れがあるやつ以外はダミーだ。物騒なんでな」
「はいはい。んじゃこいつを渡しておくよ」
そういって金貨1枚をジョーンズに投げる。
「こいつは?」
「改めての口止め料だ。信用してるよ」
「頑張ってみるさ」
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あれがなければ本当に部屋でごろごろしてたんだけどね。ベッドから細工をする少女を見つめる。教えても実力的には問題ないが、下手に知っていると話題を出された時に顔に出る。
「それは避けないとねぇ。ただでさえ目立つ容姿にこれ以上厄介事を抱えたくないし」
はぁとため息をついて横になる。もう一度アルバに帰ってから考えるか。そう思い直して目を閉じる。
「…ネットさん、ジャネットさん。お昼ですよ」
「ん?ああ、もう昼かい」
「少し過ぎましたけど、どこかに食べに行きましょう!レディトは知らない店だらけですから」
「よく言うよ。アルバの店だってろくに知らないくせに」
「だって、宿とフィアルさんの店が美味しいんですよ」
「はいはい。なら、どこに行こうかね」
心配事はあるが、今は手のかかるこの子の相手をしようかね。
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「ジョーンズ、先日の件はどうなりそうだ?」
「ディックさん、何とかなりそうです。あの村ですが文献を漁ったら、かつて光の女神を信仰していた村でした。それで魔族が偵察に来ていたことにします」
「それなら、誤魔化せそうだな。案外、間違いでもなさそうだがね」
「あの村は何百年も前に滅んだんですよ?そんなことありますか?」
「魔族は長命だ。そして、魔王の周期も数百年だ。やつらにすれば生き残りがいないか、気になるのかもしれん」
「そんなもんですかね」
「こういうのは慎重にかつ、大胆な予測も必要だ」
「それはわかりますが…」
今話をしているのは、俺が情報屋で儲けるきっかけをくれたバーのマスターだ。以前は今の俺のように情報屋としてレディトから王都まで裏で名を馳せていた。そこに俺が転がり込んで、そのほとんどの情報網と伝手を引退時に引き継いだという訳だ。もちろん今でも頭が上がらない人だ。こういうやっかいな案件だと、今でも相談できる数少ない人でもある。
「まあ、関わりにならないのが一番だな。相手は人じゃない、自分の物差しが使えん相手だ。用心するのではなく遠ざける方がいいだろう」
「でも、20年後には必要なんでしょう?」
「お前はバカか。後何年、情報屋をやる気だ。適当に儲けたらそこで引き継げばいいだろう。私のようにな」
「良いんですか?折角、頂いた縄張りですよ?」
「それこそ、有用に使い捨てろ。後、引き継ぐ相手は見極めろよ。俺はお前が何かして来ないと判っているからこうして顔を見せるが、目の上のたんこぶだと思われれば潰されるぞ」
「今から誰にしようかなんて思いつきませんよ」
「全く、お前はいつまで続ける気だ。そんなに楽しいのか?」
「まあ、普通じゃ知れないことを知りえますからね」
「程々にしておけよ。特に貴族が絡むと大変だ」
「マスターも子爵の知り合いがいたでしょう?」
「あれは例外だ。向こうが一般人として接触してきたからな」
「頭に入れておきます」
マスターと別れて、宿に戻る。昨日のジャネットだったか…口止め料ももらったことだし、精々頑張るとしよう。
「もっとも、俺の命の保証される範囲でだがな」
流石に命と引き換えてまで黙っておこうとは思わない。だが、それ以外でなら出来得る限り希望に添えるようにと思ったジョーンズだった。