アスカ指導員
「この辺が目的地周辺ですね。では、ここからは注意点を伝えます。まずはギルドから。ひとつ、戦闘に関しては指導員は補助に勤め、出来る限り手を出さないこと。これはアスカ様もそうですが、高ランクの冒険者を当てにしないということです」
「私たちだけってことか…」
「ふたつ、戦闘はパーティーごとに行い、不用意な行動は慎むこと。相手のパーティーの動きを観察するのは構いませんが、下手な手出しや嫌がらせなどは禁止です」
「まあ、当然だな」
「みっつ、負傷等に関しては冒険者側で持つこと」
「これも当然だわな」
「最後に、この訓練依頼で手に入れた素材は各自のものですが、ギルドはこの依頼のために指導員には報酬を、また討伐依頼も数を抑えています。無制限に受けられる訳でもありませんし、必ず成果を持ち帰ってください。以上です。何か質問は?」
「いや、十分だ」
「こっちも大丈夫だ」
「では次にアスカ様より、サンドリザードへの対処についてです。注意点があればお願いします」
「ちゅ、注意点ですか?」
い、いきなりだなぁ。せめて準備の時間が欲しかったよ。
「まずはですね。サンドリザードは地中を移動します。これは皆さん知ってますよね?」
「あ、ああ、一応は」
「聞いただけなら…」
どうやらサンドリザードと戦ったことのない人もいるみたいだ。
「では、注意してください。地中を移動している時は音も気配もあまり感じられません。出来れば見張りは2人立ててください」
「は、はい」
「今日のところは私が探知とソニアとリンネ…2体のウルフが手伝ってくれるので、警戒が必要になったら言いますね」
「匂いに強いウルフがいれば安心ね」
「あっ、後ですね。地中を移動してくる間は音で分かりますが、臭いは消えますから。レンジャー志望の人で匂い系のスキルがある人は特に注意してください」
これは昔、フィアルさんに教えてもらったんだよね。知り合いのレンジャーでケガをした人がいるって。
「そ、そうなのか…俺、それで探そうとしてたぜ」
「あとは、注意ではないですが外皮が固い分、内側はそこまで強くありません。口や傷がある時はそこを集中して狙ってください。それと、地中から来る時は固まらないようにしてください。避ける先がなくなりますから。こんなところでいいですか?」
「はい。ありがとうございます。皆さんも先程聞いたことを生かして戦ってください。では、先にランバーの皆さんが戦闘を行いますので、ソーズの方たちは下がってください。アスカ様は補助が出来るところで待機を」
「分かりました。そうだ!お姉さんは戦闘が出来ないので、両側にリンネとソニアをつけますね。2人とも頼んだよ」
わぅ
わふっ
リンネたちはお姉さんの両脇を固めるように座る。どちらかでも十分だと思うけど、安心させるにもちょうどいいだろう。
「さ、触ってもいい?この子たち普通のウルフじゃないんでしょう?私まだ見たことがないの」
ソーズの女剣士風の人が言うので、リンネたちに確認する。
「あんまり、触らなければ大丈夫みたいです。でも、カーム印の干し肉があると喜びます」
「カーム印?あの硬いやつか!」
「はい。残念なことにあれぐらい硬いのが好みで…」
「俺、余ってるわ」
「ちょうだい!」
リンネとソニアは思いがけないおやつにご機嫌だ。
「おい!俺たちはもう始めていいのか?」
「あ、すみません。準備が出来たらお願いします」
「なら、行くぞ!お前ら」
「「おお~!」」
「あっ、ソーズの皆さんはあまり騒がないようにしてくださいね。居場所がばれると地中から攻撃される危険性が上がりますから」
「は、はい。ですが、なぜ今になって?」
「普段行く時はみんな知ってますから。ああやって、大声出して進むことないんです」
討伐に行くときは情報集めが最初だもんね。出るのが分かってるなら、下調べは大事だし。
「それは、そうですね」
こうして私がやや後ろについて、ランバーが先へと進んでいく。探知の方はと…おや?早速、奥の方に5体ぐらいいるな。ランバーの装備はと…ああ~先頭のリーダーさんは重戦士か。あれだけじゃらじゃら付いてると、気付かれちゃうな。地中に潜ったら教えてあげよう。
「どうだ?」
「いませんね。先に進みましょう」
どうやら、斥候役の人も木の上とかを進むんじゃなくて、徒歩で探している様だ。でも、多分重戦士さんが動いてるからよく聞こえないんじゃないかな?
しばらく進んだところで、サンドリザード側に反応が見られた。どうやら気づいたようだ。
「皆さん。サンドリザードが気づいて地中に潜りました。対応してください」
「お、おう。おいっ!場所は?」
「私では分かりません…」
「チッ!一先ず左右に分かれる」
重戦士の指示で2人と3人に分かれる。だけど、3人の方は斥候役と魔法使いとポーターという、素材の運搬を主にする人と後衛よりの人だ。ちゃんと地中からの攻撃を防げるかな?サンドリザードはと…近くにいる2人の方を狙ってるみたいだ。言いたいけど、訓練でもあるしここは出方を見てみよう。
「さて、どこから来やがる…」
5人で辺りを警戒するものの、相手も5体。それぞれの地中の進む音で正確な位置が分かりにくい。
「ダメだ!何体かいるせいで位置が分からん」
「近いのは?」
「2体か?すぐそこだ!」
「俺の方か?なら!」
前方に盾を構えて待ち構えるリーダー風の重戦士。読み通りすぐ手前からサンドリザードが1体攻撃を仕掛けてくる。
ギャオォ
「はん!その程度」
力には自信があるらしく、サンドリザードの攻撃を弾き飛ばす。だけど、奴らの狙いは…。
「う、後ろだ!」
「なにっ!」
続いてもう1体が後ろから当たる。流石の鎧の守りで致命傷はないものの、一時的に戦闘不能になった。
「くっ!」
慌てて他のメンバーが現れたサンドリザードに向く。これはまずいかも…。
「待って!ウィンド」
先に出てきたサンドリザードを弾き飛ばして、一旦警戒を解かせる。
「なっ!」
「まだ3体います!音に集中して!」
「は、はい!」
3体の内、2体はこの3人を狙っている。その中間地点にもう1体だ。サンドリザードは速攻をする時と、波状攻撃をする時に分かれる。人数が多いと波状攻撃を取ることが多い。
「下だ!来た」
「アクアボール!」
地中から出てきたところを、魔法が使えるメンバーが攻撃する。うまく顔に当たったので、こいつはかなり楽だろう。
「次は横だ!避けて」
シャァァ
出てきたリザードの攻撃を避けると、ポーターの子が何かを投げる。それは目に当たり、この個体とも戦いやすくなった。後ろのメンバーは結構連携が出来るみたいだ。波状攻撃が失敗したと思った最後の1体も地中から出てくる。戦況を確認したかったみたいだ。
「反撃だ!お前らはそのまま3体を足止め。こっちで数を減らす!」
「「了解!」」
起き上がった重戦士の指示のもと、メンバーは新たに動く。ポーター風の子は木を背にして最後尾に、斥候と魔法を使う人はやや前にでて並んでいる。重戦士と剣士風の人はそれぞれの獲物を構えてサンドリザードに切りかかった。
「でりゃぁぁ!」
重戦士が恐らくオーガアクスと思われる斧を振るう。実際にオーガが持っているというものではなく、オーガの力があって初めて持てるという触れ込みの重量級の武器だ。多分私じゃ持てないな。その重量武器が固いサンドリザードの外皮ごと断ち切る。剣士の方は私のアドバイスを生かして、うまく口から剣を差し込んで倒したみたいだ。
「アクア」
その間にも後衛の3人は頑張って時間を稼いでいる。
「そうそう、足元を狙って足場を悪くするの!」
「は、はいっ!」
あっ、ついアドバイスしちゃった。これはハイロックリザード戦でフィアルさんがやってたんだよね。こうすれば踏ん張りがきかないので、そこそこ重量のある魔物には有効なのだ。その後は前衛の2人が戻ってきて各個撃破して終了だ。
「お疲れさまでした。ただいまの評価はBですね。ただ、被弾時の対応とアスカ様のアドバイスもありましたので、注意を怠らないようにしてください」
「おいおい、Aじゃないのかよ」
「正直に申し上げまして、アスカ様が後続を知らせたところではC評価でした。あのまま戦っていた場合は死傷に繋がりましたので。その後の戦いでは問題ありませんでしたので、B評価です」
「ちっ!あれぐらいなら何もなくても…」
「そうですか?途中から動きが良くなったのは総数が分かったからでしょう。相手の戦力が見えるのとそうでないのとは雲泥の差ですからね」
「わぁーったよ。Bでいいぜ!ほら、素材を回収するぞ」
重戦士の人が大きいナイフを出したので、ついあっと声をあげてしまった。
「まだなんかあんのか?」
「いやぁ折角、肉も皮も使えるのでもうちょっと丁寧に取ってもらえたらなって…。皮も口元からなら結構楽に出来ますし」
「おっ、ほんとだな。これならナイフと言わず剣で一気にやれそうだ」
「あっ、尻尾は半分にしないでくださいね」
「どうして?」
「その…そのままサイズを絞ったりして腕周りに使えるんです。武器屋の人に聞きました」
「そうだったのか…。しかし、そんなに情報をくれていいのか?こちらは助かるが…」
「えっ!これってそういうのを教えるんじゃないんですか?」
「アスカ様。これはあくまで戦闘訓練ですので、戦いに関して補助と注意のみです。裁量に関しても冒険者に任せられますから、受ける知識も偏るんですよね」
「そうだったんですね。なら、修了証という形で小さい冊子を有料で配っては?そこに注意点とかをまとめて、一定以上の知識が必ず身に付くようにするんです。それなら、底上げになると思うんですけど…」
「それは良い考えですね。アルバのギルドマスターと話をしてもらって詰めてみます。それにしてもアスカ様は詳しいんですね」
「まあ、サンドリザードは割と倒しましたし、ハイロックリザードに比べれば断然楽ですよ!」
「は、ハイロックリザードって…」
「あんなん相手じゃ命がいくつあっても足りないぜ」
「確かに外皮は堅いし、まともに効く魔法もありませんでしたね」
「戦ったことがあるのか?」
「まあ、一回だけですけど…」
その瞬間、ピタリと時間が止まったようにみんなの動きが止まったのだった。