番外編 試験の後
あ~、ようやく昇格試験も終わったし、ギルドの仕事でも進めるか。
「書類仕事は嫌なんだがな…」
ドタドタ
ん?誰か用なのか?階段を勢いよく駆け上がってくる音がする。
バンッ
「ちょっとは静かに…」
「マスター!何で試験官にしたんですか!」
「ホルンか。もうちょっと静かにだな…」
「そんなどうでもいいことは良いです!アスカちゃんをどうして試験官にしたんですか?」
「どうでもはよくないが、まあ座れ」
何とかホルンをなだめてソファに座らせる。
「説明をお願いします」
「いや、あいつだってCランクになってしばらく経つし、そういった経験もだな…」
「昨日、私は休みでしたけど、前日にきちんと講習を受けさせましたか?」
「講習たって対人戦をちょっとやるだけだろ?そんなに目くじら立てることじゃ…」
「聞きましたよ!Dランクの昇格試験で何をやったか。ことごとく相手の攻撃を相殺して見せたって」
「そりゃ、アスカのが格上なんだから相殺ぐらいするだろ」
「するのに問題はありません。相手も自分より高いランクの人間が相手です。威力や戦法で負けることは承知の上です。その上で、確実に相殺されるなんて自信を喪失してしまいますよ。同じ魔法で威力で負けたり、上位の魔法でつぶされるのとはわけが違います。圧倒的な差を感じるんですよ!」
俺もそれは注意したぞ。後からだが…。
「でも、相手は懐いてたぞ」
「はぁ、相手はミシディア=クレイン嬢でしょう。貴族の彼女からしたら優れた魔法使いという結果に落ち着いたからいいものの、普通の冒険者なら逆効果ですよ」
「まあ、清貧で通ってる男爵家の次女らしい対応だったな」
「彼女だったからよかったものの、他の冒険者だったらどうしてたんですか?」
「いやぁ、てっきりアスカのことだから、いい加減に手を抜いて戦うと思ってたんだよ。あんなに戦闘に向いてるとはなぁ」
「Cランク昇格試験を見ても、アスカちゃんが手を抜かない性格なのは分かってたでしょう?」
「そうそう、すごかったぞ。今回は初めてのエンチャントを一発成功だ。ノヴァのやつはまぐれっぽかったが、アスカは確実にものにしてたな」
「エンチャント?彼女は魔法主体ですよ。何にエンチャントしたんですか?」
「弓だよ弓。ハイロックリザードの牙で作った新しい弓だ。アドバイス通り、手前側は刃が付いてた」
「そんなことまでしたんですか!?」
「おお、あれには俺も驚いたぞ。矢にエンチャントした後、すぐに思いついて弓にもしたんだ。あれで近距離までやるんだから、ありゃBランクでもまずいかもな」
「それでですか…」
「ん?何かあったのか?」
「今日付で2組のCランク昇格試験のキャンセル届が来ました。マスターの言ってることが本当なら、Cランクの評価は昨日で一変したと思います。魔法使いでも中、近距離に対応。剣士でも中距離ぐらいは対応する。多分昨日の戦いを見た冒険者はCランクをそう評価したと思います」
「いやいや、ホルンは見てないと思うが、今までのCランク試験でもかなり上位の戦いだぞ?」
「それはマスターが見慣れているからでしょう?直近、数回しか見ていない。昨日のを初めて見た冒険者からしたらあれがCランクだと思われてますよ」
「まじか」
「マジです。下にも昇格試験の相談で朝から数名来てました。多分、Dランクの昇格も下手をすると…」
「Cランクはこの辺の魔物も強くなったからまあ置いておくとして、Dランクはまずい!Eランクが増えるとギルドのバランスが…」
「なら、講習でも何でも開いて誤解を解いてくださいよ」
「めんどくせぇなぁ」
「誰のせいでこうなったと思ってるんですか!?きちんと講習をして、Cランク試験はこのぐらいで、Dランク試験はこの程度までって教えなかったからですよ!」
「同じパーティーなんだからこのぐらいってのは分かると思ったんだがなぁ」
「ライラに聞いたら、完全に戦闘訓練だったって聞きましたよ」
「アスカがノリノリでな。最初は加減するって言ってたんだが…」
「薬草採取をあれだけ真面目にやってたんですよ。考えついたでしょう?」
「今言われたらな。冒険者たちも試験の後はちょっと遠巻きに見てたな」
「今までかわいい妹分だったのが、目の前で自分たちより強いと見せつけられればそうなります。変な噂が立たないようにしてくださいね。そういえばミシディア嬢はどうしてこの街に?」
う~ん。ホルンもギルド職員として長いし、説明はしておくか。
「そりゃ、王都の依頼はCランク以上かFランク向け。近くの村じゃ中途半端なDランクどもの集まりだ。彼女からしたら、どっちに行ってもろくなところじゃなかったんだろ」
「それでうちにですか?レディトではなく?」
「まあ、向こうのギルドマスターに聞いたら、魔力が220ぐらいあるってんでうちで面倒を見るって言ったんだよ。アスカとはいかないが、うまく育てばアルバの評価につながるだろ?」
「良いんですか?貴族の冒険者何て抱えて」
「まあ、あの家なら大丈夫だろう。分別のあるところだろうし、次女だしな」
「うまくBランクまで上がればってところですか。すんなり行きますかね?」
「そのためのアスカだ。Dランク冒険者何てとミシディア嬢はバカにしてたが、Cランクであの強さなら、今は背伸びしても勝てないって分かっただろうからな。やる気は出るだろうよ」
「では、昇格試験の日をノヴァたちとかぶせたのも?」
「かぶせたっつーか、他の冒険者をずらした。Cランクも実力はばらばらだからな。バルドーみたいなおかしな実力のやつもいれば、Dランクと大差ないのもいる。報告書を読む限り、ミシディア嬢は下を見る癖があるみたいだからな。ちゃんとしたのを見せておこうと思ってな」
「では、見学禁止でもよかったのでは?」
「冒険者たちも刺激にはなっただろ。魔物とは違う無駄のない戦い方や、迷いの危険さなんかもな。エンチャントは流石に予想外だったが。あれはAランク以上なら知っててもおかしくないが、多分今まで公開されていない使い方だな」
「エンチャントが何かほかにもあったのですか?」
「ノヴァがな。アスカのファイアボールをエンチャントしたんだよ」
「他人の魔法をですか!?」
「ああ。Aランクの魔法使いがいるパーティーなら知ってると思うがな。失敗するともろに魔法を受けるから、まず使わないが、覚えておいて損はない知識だ。Aランクパーティーなら前衛だってそれなりに魔法を使うしな」
「ということはマスターも知っていたんですか?」
「戦闘中に見たのは初めてだがな。失敗すれば火だるまや氷漬けの死体の完成だ。ノヴァがあそこまで本番に強いとはな」
「ぜひ、街にいて欲しい人材ですね。あの子たちは」
「誰か一人でもいいから残ってくんねぇかなぁ。急にあれだけの奴らが抜けると、俺にあらぬ疑いがかかっちまうぜ」
「それなら、もう少し書類仕事をまじめにやってください。そうすれば本部の心象もよくなりますよ」
「はいはい」
全く、ギルドマスターなんてのは面倒だぜ。パーッと戦ってワァーッと騒いでた頃が懐かしい。
「そうだ。久しぶりに今日は飲みに行くか!そうと決まれば書類なんぞさっさと片付けねぇとな」
ん?下がうるさいな。何かあったのか?面倒ごとをこれ以上抱えるわけにはいかんし、降りてみるか。
「うお~、これが職業か~」
「何だ、ノヴァかよ。そんなに騒いでどうしたんだ?」
「ギルドマスターすみません。ノヴァが騒いで」
「気持ちは分かるがな。お前らは事前に適性を調べたんだろ?今更じゃないのか?」
「僕はそうですね。事前に調べた通り、魔槍士になりました」
「そうか、頑張れよ。ノヴァはどうなんだ?重戦士か何かか?」
魔槍士は魔力と槍術にボーナスの付く職だ。そこそこ魔力があれば候補として出てくるが、純粋に槍を極めるので、選ばない奴もいる。重戦士は俺みたいに重たい鎧をまとった前衛だ。
「それがギルドマスター驚くなよ。双剣士だ!」
「双剣士…お前がか?」
双剣士とは二刀流で戦う剣士だ。腕に関わらず、二刀流の適性がないとなれない。ノヴァは二刀流ではないはずだが…。
「候補にあったのか?」
「今日はな!調べたら二刀流スキルが付いてたんだぜ。ほら!」
自慢気に、ノヴァの見せてきたカードには確かに書かれている。二刀流(ナイフ)LV1と。二刀流といっても余程の才能がなければ細分化していて、ノヴァの様にナイフや剣や短剣などに別れている。
「ノヴァ、本当に良いのか?お前の二刀流は…」
「すごいだろ!多分アスカと戦ってる時だよな~。運が良いぜ!」
俺の言葉を遮ってノヴァが話す。奥ではライラが諦めた顔で首を振っている。ノヴァ、二刀流は()付きの武器以外では効果がないぞ。お前は剣とナイフ以外じゃまだ適性がない。そう言いたかったが、本人は聞く耳持たんだろう。
「はぁ、落ち着いたらまた説明するか」
それにしても双剣士か。うちのギルドには他にいたかな?多様な職が集まるのは良いことだし良しとしよう。
この時、俺はノヴァが大きな声で何を言っていたのかよく考えていなかった。後にこの件で面倒なことが起きることはまだ誰も知らない。