試験官アスカ
今日はいよいよ試験官として、試験に臨む日だ。
「ううっ、今から緊張してきた~。相手はどんな人だろう?優しい人だったらいいなぁ」
でも、相手はDランクとCランクになる人の相手って言ってたな~。それなら、少なくともDランクになる人に負けるのはダメだよね。不安になりつつもお昼ご飯を食べて、ギルドに向かう。
「こ、こんにちわ~」
「あら、アスカちゃん。今日は一体何の用なの、こんな時間に?」
「その、昇格試験の試験官をして欲しいってジュールさんが…」
「マスター、昨日ちょうどいいのが見つかったなんて言ってたけど、アスカちゃんのことだったのね。やられたわ~。引き受けた以上は頑張ってね!」
「は、はい。で、どこに行ったらいいですか、ライラさん?」
「そこの試験場にいてもらっていい?上で今説明してると思うから、すぐに降りてくるはずよ」
「は~い」
私は言われるまま、試験場に入る。今日は試験だけあって、関係者以外立ち入り禁止の札が張ってある。こういうところに堂々と入れるのって、ちょっとわくわくするな~。
「おっ、ちゃんと来たな」
「そりゃ来ますよ。ジュールさんが呼んだんですよ」
「そりゃそうか。優秀なギルド員で助かるぜ」
「あ、あの、ギルドマスター。この子は?」
「ん?お前アスカを知らないのか?」
「わ、わたし、最近この街に来たばかりで、前は王都の近くの村で活動してたんです」
「そうだったな。あいつがお前の試験官だ。全力でやってもびくともしないだろうから。頑張れよ」
ええ~、そんなこと言われても…。
「ほ、ほんとですか!うれしいです」
「んじゃ、アスカ準備は?」
「大丈夫です」
「ああ、1つ言い忘れてた。Dランクは相手の戦い方に合わせるのもありだから、魔法だけにしてくれよ」
「わ、分かりました」
まあ、弓とか使うと危ないし、そっちの方が私は助かるけど。
「なんだよ、ジュールさん。今日の試験官はアスカちゃんかい。それならもっと見物人呼ぶんだったな」
「おいおい。一応、ここで見たことは秘密だからな」
「あいよ~。みんな!ギルドマスターからエールの支給だぞ!」
「「おお~、流石現役冒険者だぜ!」」
「やれやれ、現金な奴らだ。じゃあ、試験開始だ!」
しょうがないといった顔で、ジュールさんが号令をかけた。目の前の女の子の冒険者もやる気満々だ。と言うか、魔法限定と聞いてから、一層やる気が上がった感じなんだけど。
「わたし、魔法以外はからっきしだから、助かります。それじゃ、先輩行きますよ!」
「ど、どうぞ」
先輩って言われてちょっと照れちゃうな~。おっと、集中集中。確かこの子は水魔法の使い手だっけ?何か昨日そんな話を聞いた気がする。
「行きます!アクアスプラッシュ!」
いきなり水の中級魔法からか。だけど、結構使いやすいみたいだし、この程度なら!
「ファイアボール!」
勢いよく発射された水流を火の玉で相殺する、つもりだったのだが…。
「ア、アクアボール」
火の玉が強くて残ったので相手が慌てて水の玉で相殺する。い、威力強かったかな。魔物と違って実力が分かんないから、手加減しにくいな。
「さ、流石ですね。ではこれで!アクアブレイズ」
大量の水の弾丸を打ち込もうとしてくる。だけど、魔法の展開が早いので数や位置がよく見える。
「それなら!ウィンドブレイズ」
相手の水の弾丸の位置に合わせて、風の弾丸を打ち込んで相殺する。
「くっ!これならどうですか。スプラッシュレイン!!」
少女が気合いを入れ直して魔法を発動する。おおっ!マディーナさんが使ってたやつだ。当たり前だけど、あれぐらいの魔力はないみたいだ。これなら、一撃の威力を考えれば…。
「風よ、ウィンド」
手数の多い魔法だけど、あの程度の威力なら1発1発は大したことないから、これで十分だろう。
「そ、そんな…」
「こっちからも行くよ。ファイアボール!」
ぽいぽいっと手のひらに火球を作って投げつける。もちろん片手に一つずつだ。
「わっ!よ、避けなきゃ」
少女は初めての守りに入る。だけど、私と同じスピードでアクアボールを作り出せないみたいで、1つは避けてもう1つを消したり、何とか軌道をそらしたりと忙しく動き回ってる。
「なんか、的当てみたいで楽しいかも。それそれ~」
どんどん火球を投げつける。調子づいた私はどんどんペースを上げて火球を投げ始めていた。
「アスカちゃんって薬草とか持って来るし、いっつも笑顔で、なんでCランクかと思ってたけど、やっぱつえぇんだなぁ」
「私は逆らわないようにしようっと。あの手数にあの笑顔、絶対勝てないもん」
「っていうか相手もまだEランクなんだろ?よく持つよなぁ」
「Cランクであの強さなアスカちゃんもすごいけど、何気にあの子もすごいよね」
「そういや、これDランクの昇格試験だったな。Cランク試験でもおかしくないぞ」
「魔法限定でなければそれぐらいよね」
的当てに集中していた私には外野の声は聞こえていなかった。
「そろそろ当たっちゃうよ?降参したら」
「いいえ!まだ、奥の手があります。水の加護よ、我に力を!スプラッシュブラスト!」
魔力が周囲にあふれて…。これはまずいかも。
「炎の領域よ、フレイムテリトリー」
上下左右だけでなく天面にも壁を作り、縦横無尽に繰り出される水流から身を守る。
「そ、そんな…とっておきの魔法だったのに…。うっ!」
目の前の少女の様子が変だ。体から大量に魔力が奪われてる?
「助けなきゃ!」
風の魔法で一気に駆け寄ると、横に寝かす。どうやらMP切れか大量に消費したことによる症状のようだ。すぐにマジックポーションを飲ませれば、良くなるのも早いはず。マジックバッグからポーションを取り出すと、すぐに飲ませる。
「げほっ、ごほっ」
「だ、大丈夫?」
「は、はい。すみません。魔法を使いすぎたみたいです」
「ちゃんとコントロールしないと駄目だよ。出先だったら大変だよ」
「あ、ありがとうございます。ポーション代は後で払います」
「そんなことより、体の心配をしてあげて。お金なんていいから、ね」
「は、はい。お姉さま…」
ほっ、一先ず体調もそこまで悪くならなかったみたいだし、良かった~。
ぽこっ
「あいた!何するんですかジュールさん」
「アスカ、お前見た目によらず戦闘狂だったんだな」
「何を言うんですか、私そんなんじゃないですよ」
「そうです。お姉さまは素晴らしい方ですよ。それに、私が先に発動した魔法を簡単に相殺してましたし。どうやったらお姉さまみたいなことが出来るんですか?」
「ああ、あれね~。えっと…」
「ミディです」
「ミディは魔法を発動させるときに、すぐに魔法を展開するからそこで形とかが分かるんだよ。魔物とかなら問題ないけど、人だとそれが見えちゃうから私はそれでその魔法の形に合わせて作ったの」
「そうなんですね。やっぱりCランクってすごいんですね。周りにもいましたが、そんなにすごいとは思いませんでした」
「いや、こいつは特殊だぞ。正直、Bランクとも戦える」
「そこまでじゃ…」
「そうなんですね!お姉さまは特別なんですね!」
お、思い込みの激しい子だな。うんうんと一人でうなづいちゃってるよ。
「ああ、そうそう。試験は合格だぞ。アスカは…ぎりぎりだな。相手が良くも悪くも魔法特化だからよかったものの、普通なら自信喪失してるからな」
「大したことしてませんけど?」
「あのなぁ、相手の魔法を見た後で完璧に相殺したり、下位の魔法で中位の魔法を無力化したりと戦い方がきついんだよ」
「でも、節約しないと。それで防げるならその方がいいですよね?」
「笑顔で言うな!」
「流石はお姉さまです!私なんかじゃ手も足も出ないはずです。効率まで考えてらしたんですね」
「う、うん。まあ、最後の魔法は知らない奴だったから、魔力の流れを見てちょっと大げさだったかもだけど」
「格下でも侮らないその姿勢…素敵です!」
「そ、そう?照れちゃうな~」
「予想はしてたが、アホ同士でよかった…」
とりあえずDランクの昇格試験はジュールさんの私たちに聞こえないつぶやきと、ギャラリーのアスカには勝負を挑んではいけない視線をもって終わったのだった。
「お~い。何でアスカがここに居るんだ?」
試験も終わり、3分ほど休憩しているとノヴァたちがやって来た。
「そっちこそ。今日は依頼もないのにリュートと2人でどうしたの?」
「何言ってるのアスカ。僕らの昇格試験は今日だって言ったでしょ」
「ええっ!?そういえば…」
「お姉さまの彼氏ですの?」
「ちっ、違うよ。一緒のパーティーなんだよ」
「なんだ。2人もいるからそうだと思ったんですけど…」
「どうしてそうなるの!?」
「お姉さまほど素晴らしくてきれいな方なら当然ですよ」
「綺麗ってのはちょっと…。背も低いし。それより、2人とも試験なの?頑張ってね。応援してるから!」
「何言ってんだアスカ。お前の相手だぞ?」
「へっ!?で、でも、同じパーティーですよ」
「別にパーティーメンバーの試験を務めちゃいかんという決まりはないぞ。どうせ、判定員は別だしな」
「は、話が見えないんですけど。僕らの試験担当の人はどこですか?」
「ああ、お前ら2人の試験官はアスカだ。手の内もよくわかってるから楽だろ?」
「ら、楽だろって俺たち勝ったことないんだけど…」
「なら、初勝利をもぎ取って見ろよ。ほら、ひとりずつ準備だ。どっちからでもいいぞ」
「どっちからでもって…。なら僕からいきます」
「リュート、いいの?」
「試験官はアスカで決まりみたいだし、よろしくね」
「う、うん。ちゃんと加減するからね」
「あはは…」
「こら、ギャラリーもいるんだから、可哀そうだろ。ちゃんと全力で行くって言っとけよ」
あっ、そうか。みんなの前でいきなり手加減しますなんて、いくらランクが下だって言っても嫌だよね。
「ぜ、全力で行くからね!」
「もう遅いよアスカ…」
始まる前からちょっとやる気の下がったリュートとの戦いの始まりだ。
「お姉さま、頑張ってください~」
「うん。ミディちゃんの声援に負けないようにするよ!」
応援してくれる人がいるなら、頑張んないとね!
「アスカ。お前ちゃんと分かってるんだろうな?」
そんなジュールさんのつぶやきはまたしても聞こえない私だった。