新たな装備
シェルオークの古木を手に入れた私は早速、装備の依頼にかかる…訳ではなく。地道に細工をしていた。
「はぁ~、依頼分がまだ残ってるんだよね~。順調に細工自体は進んでいるんだけど、今回は依頼量も多いから時間がかかるんだよね」
ちょっとは短縮していたけど、それでもあと4日はかかりそうだ。次に出発の予定が再来週の頭だから、さっさと仕上げないと。
「早くやりたいのは山々だけど、手を抜いていいことにはならないし、ちゃんとしなきゃね」
細工自体は楽しいし、頑張ってやれば器用さのパラメータも伸びるってものだ。魔力はともかくあっちは私が頑張た分だけ伸びる可能性があるんだから、頑張らないとね。
「でも、気になってたんだけど、結局器用さって何に影響が出るのかな?」
流石に細工とか編み物とかの役に立つのは分かるけどさ、やっぱり力とか素早さみたいにすぐに判断が付くものじゃないんだよね。例えば魔力操作のスキルで魔法は自在に扱えるけど、そうなると魔力と器用さは関係ないことになる。弓を引くのも力が重要だし、スキルのLVが上がれば、的にも当たりやすくなる。正直言って、そもそも何に影響しているか分かんないんだよね。
「いっそのことギルドで聞いてみようかな?」
細工も一段落したころを見計らって、ギルドに向かう。
「こんにちわ~」
「あら、いらっしゃい。アスカちゃん今日はどうしたの?」
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど…」
「どんな事?」
「えっと、パラメータについて何ですけど…」
「それなら、マスターを呼ぶわね」
ええっ!?ちょっと聞くだけなのにギルドマスター呼んじゃって大丈夫なの?
「そ、そんなに大したことじゃないんですけど」
「大丈夫よ。私たちも受付の仕事があるし、よくわかってて現役冒険者で暇なマスターの方が向いてるってだけだから」
「それじゃあ、遠慮なく」
ジュールさんって頼られてるのかよくわかんないな。でも、確かに冒険者の人の方が良く分かるとは思うけど…。
「失礼します」
「おう、今は書類も適当にやってるから大丈夫だぞ。何のようだ?」
「あ、あの、ジュールさんに聞きたいことがあるんですけど…」
「聞きたいこと?受付のことならホルンとかに聞いたほうが…ってアスカか。どうした今日は?」
さっきまで書類に目を通したまま話しかけてたから、ようやくジュールさんがこっちを向いてくれた。
「実はパラメータのことで前から聞きたいことがあったんですけど…」
「おお、そうか!暇つぶし…いや、ちょうどいい休憩になる。しかし、今更Cランクのアスカに何か言うことがあるかな」
「ほんとに根本的なことで申し訳ないんですが…。器用さって何に影響しますか?」
「本当に基本的なことだな。そういや、アスカは初期講習を受けてないんだったな。よ~し、ちょっと待ってろ」
そういうとジュールさんは一旦、下に降りて飲み物を持ってきて応接用のソファに座る。
「まあ、ちょっと話が長くなるかもしれないからな。ここの茶はうまいんだぞ。何せ客用の上級茶葉だからな。分かりやすく言うと、貴族の家で使われるもんだ」
「そんなの良いんですか?」
「ああ。使わないと減らねぇし、言うほどこれを出さないと怒るような奴も来ないからな」
まあ、こういっては何だけど、商人ギルドならともかく、冒険者ギルドにこの部屋に入ってきて話をする人なんて私も思い浮かばない。ギルドのえらいさんとか、他のギルドとの交流関連ぐらいだろうか?
「ずずっ。ほんとにおいしいですね」
「ギルドマスター特権ってやつだな。で、パラメータに関してだったな。ちょうどいいから全部基本的なことは教えてやるよ」
「はい!お願いします」
「んじゃ、HPとMPはまあわかるだろうから、力からだな。力は字のごとくどれだけ力があるかだな。これが低いと物を持つのはもちろん、剣を振ったりも出来ない。冒険者としては最低40は欲しいな。もちろんこれは魔法使い視点だぞ。剣士なんかの前衛職ならCランク以上は200は欲しいな」
「200ですか?結構大きいように思いますけど…」
「まあ、こればっかりは年齢も関係するし、Cランク20歳ぐらいの求められる数字だな。というのも結構Cランクでつまづくやつは多い。そこからBランクに成れない奴もかなりの数に上る。だが、200ぐらいあるやつはBランクに上がれる奴が多い。逆に150ぐらいで順調に上がってきた奴なんかが引っかかって、6年も留まることもある。得物を振る速度や物を持てる量なんかにも関係するから、割と重要視されているな」
「ふんふん。うちだとジャネットさんぐらいですね。条件的には厳しいですね」
「そうは言うが、アスカんとこはガキばっかだろ?20歳になるころには大丈夫だ。次は体力だな。こっちは力と違って持久力だ。これもパーティーにとっちゃ生命線だな。重たい装備をどこまで持って行けるか。1日にどれぐらい進めるかがこれで大体わかる。移動ってのが冒険者にとっちゃ一番長時間で、この時間を節約できるかどうかはとても重要だ。レディトまで1日で行くのと2日で行くのだけでもだいぶ違うからな」
「そうですね。目安はいくらですか?」
「魔法使い系でも80。欲を言えば120ぐらいは欲しいな。荷物を運ぶのにマジックバッグを使わない前提なら、それで前衛との調整が付くぐらいだ」
「マジックバッグ持ちの場合は?」
「そりゃ、高ければ高いほどだ。どんなに頑張ってもパーティーの中の最低値に合わせた移動しか出来ないからな。だからある意味、パーティーに自分より劣っている奴がいればそこまで気にする値じゃないな。そっちに合わせないといけないからな。ただし、そいつがあまり重要でない人物の場合、離脱した時に苦労しないようにな」
「頑張ります。多分私が一番低いですから」
「ほどほどにな。あんまり鍛えても体に悪いしな。次が早さか。こいつはちょっと曲者だな。早さは動きの素早さなんだが、高いとそのまま早いってわけじゃない。基本的にはそうなんだが、例えばウルフと人が走ればどっちが早いと思う?」
「そりゃ、ウルフですよね」
「そうだ。だがあいつらの速さは120程度。低いものはもっと低いがな。早さって言うのは最高速じゃなくて、俊敏性…つまり前後左右なんかにどれだけ動けるかだ。早さが120と200でも最高速でいえば同じぐらいなんてのはざらだ。ただ、絶対的に平地以外で勝負すれば200のやつが早いってことだ」
「それは何となくわかります。リンネとジャネットさんが競走した時も、スピードだけならリンネの方が早かったですから」
「まあそんなわけだ。前方には4足が早く、左右や後方には2足のが早い。単純だがこういう風に覚えておくといい。そして、言わずもがなだが、基本的には自分より早いやつからは逃げられないからな。最も、同じ地形ならの話だ。アスカならわかるよな」
「はいっ!味方が通った後に、道をぼこぼこにしろってことですね!」
「そういうことだ。いかに早くとも、平地に近ければ近いほど動きやすく、そうでなければ能力を発揮できない。それを考えれば、逃げることは可能だ」
「分かりました。いつか実践します」
「実践しない方がいいんだがな…。次は器用さだな」
「本題ですね」
「器用さって言うのは結構みんな軽視しがちだ。目に見えない部分っていうか、行動を共にしていないと気づきにくいからだな。一番わかりやすい例でいうと、同じ力の人物が弓を射れば、器用さが高い方が先に撃ち終わる。ってところだな。器用さってのは無駄をなくすことが出来る。同じ流派であってもやはり差が出る。そこを埋める、あるいは開く要因になるのが器用さだ」
「でも、そう聞いたらやっぱり大きい差ではないですよね」
「もちろんそうだ。10本射ると言っても、そもそも弓使いでも弓専門でなければそこまで一度には撃たない。罠や近接も織り交ぜるタイプ。お前らのところでいえば、フィアルなんかはそうだな。複数の武器を使う以上はめったにそんな機会がない」
「じゃあ、やっぱりそんなに必要ないんですか?」
「ところがだ。弓が早く射れるってことは武器の持ち替えなんかもスムーズだってことだ。1手の差が0.1秒でも10個の動作になれば1秒だ。そして、1秒の価値はランクが上がるほど高まる。器用さってのは上位ランクになるほど重視される。Bランク以上の冒険者なら、100は必要だな。100以下なら正直、追加メンバーとして加えたくはないな」
「そこまでですか?聞いてる限りじゃ、性格の方が重要な気もしますけど」
「もちろん性格的に行動が遅くなるやつはいる。だが、そういうのはあらかじめ計算できることだ。その時にどれだけ次の動作に移るのが早いか、これが重要なんだ。それにアスカの細工じゃないけどな、野営とかになると結構色々と揃えたいものが現地で出てくるだろ?例えば椅子とかだ」
「そうですね。私も野営中に1本ぐらい木を使ってテーブルとか作りますね」
「器用さがある程度高いやつは結構そういうのが得意なのが多くてな。食事もそうだが、安定して寝たり、くつろげるのも重要になってくる。ベストコンディションを何日維持できるかってことだ。そういう戦闘には直接関係していないようで、実のところ大きく寄与している。それが器用さだな。これはあくまで普通の冒険者目線だから、アスカには当てはまらないがな」
「そう聞くとなんだか数値の高い自分がすごい気がしてきました」
「実際すごいんだぞ。冒険者は低い傾向にあるからな。商人ギルドのやつなんかは逆に高い。まあ、向こうは職人が多いから当たり前っちゃ当たり前だが。後は技量にも関係していると思われる。そうらしいとしか言えないが、器用さが高い方が、急所や狙ったところに当てやすい。攻撃にぶれが出にくいってことだな。そういう意味でもメンバーから信頼を得やすい。強敵にとどめを刺すときに、外す可能性が減るからな」
「そういえば最近は頭とか狙ったところを外すことが少なくなりましたね」
「そういうこった。ギルド試験でも助かるんだ。手加減しやすくなるからな」
それは暗にいつかお前も試験官として頑張れよってことだろうか?