番外編 女神のおしごと!
神様の行動は人が理解できないという前提でお願いいたします。
これはアスカが巫女になってしばらくしてからのお話です。
「あ~、忙しい~。なんとか今月中にアスカのいる国の名簿を完成させないと!」
「おっ、アラシェル。何やってんだ、書類の山だね」
「グリディア!いまね~、加護名簿作ってたの」
「ああ、あれか。1から作るのは大変だねぇ~」
「うん。でも、早く作らないと加護を与えて良いかわかんないから!」
加護名簿とは神が1柱毎に持つ履歴書の束だ。そこには神ごとに加護を与えるかどうかのパーソナルデータがまとめられており、それを元に神は加護を与えるのだ。
「でも、言っちゃ何だけどまだ知名度ないだろ?」
「そうだけど、アスカは商人とも仲が良いから、どこに広まるか分かんないの!」
「まあ、確かになぁ。頑張んなよ、書類作成」
「うん。応援しててね!」
書類作成といっても、いちいち下界を見ているわけではない。神がアクセスできるデータベースから必要な情報を抜き出すのだ。
「にしても、アラシェルは大変だよな。アタシやガンドル様は対象者も少ないからさ」
「そうなの?」
「ああ、アタシは武芸で身をたてる奴。ガンドル様に至っては、鍛冶が出来る奴だけがリスト対象だからね。でも、アラシェルやシェルレーネはほぼ全員だろ?」
アラシェルは運命だし、シェルレーネは慈愛だ。どちらも生物であればほぼすべてが当てはまってしまう。新任の女神には辛い仕事だろう。
「そうなんだ。みんな全員かと思ってた」
「村人にアタシが加護渡しても仕方ないからね。あくまで戦いに身を置く覚悟のある奴だけさ。そこにパラメーターで弾くから楽なもんさ」
力や素早さを400以上位で絞れば、全体のわずかだ。そこから性格や功罪で絞っていけば、毎日、数人ずつ見れば終わりだ。性格っていっても、いきなり背中から切りかかる奴でもなければ別に良いけどね。
「じゃあ、シェルレーネも大変じゃないの?」
「あっ、いや~あいつは特殊っていうか。リストも持ってないんだよね」
「じゃ、じゃあ、どうやって加護とか与えてるの?」
「それがさ、あいつスキル持ちなんだ。スキルが直感でさ、何となく分かるんだって。しかも、それで今までミスしてないから、リストも持ってないというか、作ったことがないんだ」
「だ、大丈夫なの?」
「アラシェルも知っての通り、神のスキルは絶大だ。まあ、問題ないだろうね」
人と神のスキルは異なる。人は優れたものがスキルになるが、得手不得手はあるものの神はすべてにおいてハイレベルだ。だから、スキルを持たない。持つとすれば他の神よりはるかに優れていると言うことだ。
「あいつの直感が外れたら、とんでもないことが起こる。それぐらいの力があるからねぇ」
「わたしも頑張って、身に付けよう!」
「いや、アラシェルには無理だろ。理路整然とか、真面目ならあるかもしれないけど」
「でも、スキル持ちの神様なんて希少だよ。シェルレーネがそんなにすごかったなんて!だから、神託を出す余裕があるんだね!」
「お、おう、まあな」
アラシェルの中でちょっと不真面目なシェルレーネの株が爆上がりのようだ。それまで、結構低空飛行だったのが、明るみに出たけど。
「しっかし、アラシェルは作業が早いなぁ」
「そう?普通だと思うけど」
そういいながらも並列思考で大量の名簿を作成している。国1つでどれだけいると思ってんだ。うず高く積み上がっては、データとして消えていく書類群。
「そういえばこの世界の神様ってあんまり干渉しないんだね」
「割と新しい世界だからな。ごく稀に視察と称して分霊を下ろすこともあるけどな。そん時も人としてだしな。でも、全く手付かずって訳でもないよ。シェルオークはシェルレーネの分霊作だし」
「そうなの?」
「あの、清い精神に反応するのが、すっごく弱めた直感スキルなんだよ」
「じゃあ、魔法生物なの?」
「分類上は植物のはずだよ。それも数千年前の話だし、最近じゃ誰も行ってないなぁ」
「なら、わた…」
「アラシェルはダメだぞ!」
「なんで!?」
「今のあんたは分霊だろ?そのまたさらに分霊を作れる余裕がないでしょ。今降りたら元神様の人間になっちゃうよ」
「それならアスカの危機に颯爽と現れる謎の美少年に…」
ぽこん
「あいたっ!」
「寝言は寝ていいな。何で今ちび姿でいると思ってんだい?今すぐ人になっても魔力70が担保出来るかどうかだよ。っていうか男希望かよ女神様は」
「女じゃアスカと結婚できないです」
「しなくてよろしい!そんな無駄なこと考えてる暇があったら名簿を完成させな」
「は~い。あっ、そういえばこの名簿のデータ。過去の人物でも見れたりする?」
「ん?まあ、見れるけどどうすんだそんなの?」
「今まで忙しくて転生後のことまで知らないから、この機会にこの世界の分だけでも確認したいなって」
「へぇ~面白そうだな。アタシにも見せろよ」
「時間平気?」
「大丈夫だ。戦争も起きてないし、見回りも間に合う」
「なら、一緒に見よっか」
こうしてアタシはアラシェルのアホ真面目さを確認することとなったのだ。
ケース1 聖女
「最初はこの子だね」
「何々…。聖王国初代聖女?大物からだな。ちなみにこいつは転生時に何て願ったんだ?」
確か転生神は転生時に特典をつけられるはずだ。ストレートに聖女になりたいなんて言ったのか?
「ん~と、確か…ちやほやされたいだったかな?」
「ん、ちやほやされたい?それって貴族とかでよくないか?」
「ダメだよ!彼女はね、生前は孤児として育って、大きくなってからも生まれ故郷の孤児院にずっと寄付し続けたんだよ。ただ男運が無くて、30歳でぐっさりやられちゃったけど…。とっても綺麗だったのに最低限のお化粧で、ちょっとは派手に遊んでみたかったみたい」
「いやいや、ますます貴族でよかっただろ?生まれ変わってまでそんな苦労したくないだろ」
「グリディア様は甘いよ!そんな人が単純に楽なことを祈るわけないでしょ。先代様にも言われたの。行間を読めって」
「ぎ、ぎょうかん???」
何を言っているんだこのお子様女神は。
「いい?彼女は着飾れなかったこともだけど、孤児院のことがどうなったのか気にも病んでたの。そんな彼女が何を思うか分かる?せめて、来世ではお金じゃなくて人に直接癒しを与えたい。その上でちょっとは褒めて欲しい。そんな願いが”ちやほやされたい”の行間にはつまってるの。先代様も生前のことを生かせる方が、転生者も喜ぶっておっしゃってたんだから!」
どんな教えだよ!アラシェル様の前の転生神って誰だっけ?ん?覚えがないな…どうしてだ。
「なあ、アラシェルの前の神様って何て名前だっけ?」
「フォルディリアス様だよ」
「な…そうか。思い出したよ」
通りで覚えてないはずだ。記憶から消しときたかったよ。在任期間たったの数百年で、しかも後年は忙しさのあまり、早く交代したいと喚き散らしてた姫神じゃないか。どこかの地方世界の神になるって聞いて、戦々恐々としてた相手だ。行った世界でも元高位神だと威張り散らしているらしい。司るのは悪戯だと神づてに聞いたことがある。思い付きで魂を入れ替えたりして何度も問題を起こしているといううわさも聞いた。
「それって、適当に言ったんじゃないの?」
「まさか!仮にも数百年だけだったとしても、高位神だよ?きっと深~いお考えのもとで得た真理だよ」
ちびキャラ化の影響で知能が下がってる今、本音が漏れてるぞ。アラシェルも心のどこかでは、疑問に思ってるんだな。生前のことを生かすってのも、案外転生者から不満が出にくくするための方法かもね。新たな世界で過去の経験を生かせた方が、そりゃどっちも楽だからね。
「ま、まあ、聖女様の一生を見ようじゃないか」
「そうだね。えっと…村に生まれて、幼い頃より治癒の力を発揮し、12歳で国王に謁見する。だって!やっぱりすごいんだね~」
「そっちは記述の方だろ。本人の意志の方は?」
「えっとね…あの女神嘘ついたわね!これじゃ着飾るどころか、神輿担がれてるじゃない!しかも、口が滑って聖女じゃないですっていったら、その称号はまさに私にふさわしいですって。いやよ!私はちょっと街で騒がれるぐらいでいいの。だ、だって」
「行間ちゃんと読んでたか?」
「いや、でもほら。まだまだ人生始まったばっかりだし…」
「そいつは楽しみだ。続きはと」
「あっ」
アラシェルから資料を奪って読み上げる。嘘つかれたら面白くないからね。まあ、無いだろうけど。
「あれから30年。もう私はあきらめた。街でも村でもいまや私は聖女様だ。人相書きのように絵画も像も出回ってしまった。ただ、いいことといえばこの国の孤児院やスラムを減らせ、多くの子どもたちを保護できたことだろう。私が声を掛ければみんなも無下には出来ない。それもこれも旦那様のお陰だけど。最初はあの女神さまを恨んだけど、あの人とも会えたし、孫も出来た。案外第2の人生は悪くなかったかもね」
「ほ、ほら!終わり良ければ総て良しですよ。彼女も満足してるでしょう?」
「結果的にな。だが、それはこいつが努力したのと、お人よしだからだぞ。まあ、旦那は聖王国の侯爵家の人間で、宰相を兼ねていたから出来たことだな。地方巡礼についてもかなり積極的に行ったみたいだし、忙しい一生だっただろうな」
「でも何もない一生よりよっぽどいいよ」
「ちなみに聞くが、転生時に相手の心を読まなかったのかい?行間読むなんて面倒なことしないでさ」
「出来る女神はいちいち心を読まなくても意図が分かるんだよ。心を読めば簡単だけど、相手は行く世界の知識がないの。そこをフォローできる女神が良い女神なのって言ってた」
「いい女神はきちんと意を汲んであげるんじゃないの?大体、それって直感のスキル持ちのセリフだぞ。次行くぞ」