冒険のための準備期間
タンスを作るためにフィーナちゃんから預かった木の塊を分解して改めて材料を確認する。
「見事に素材も質も厚みもバラバラだなぁ。一番大きいのは2枚にしてそれぞれ底面と中板に使おう。軽めのやつは強度を確認してから天板とか上側にしないとね」
使えそうにないような板も、細長く加工すれば骨組みに使えそうだ。端材みたいなものは加工してコマ状にする。これに金属の棒を通してローラーにしたら3段に組んだタンスの左右に3つずつ配置する。これであんまり力を入れなくても出し入れできるはずだ。
「ほんとはニスとか塗料を塗って滑りを良くしたりしたいけど、予算がね~。やりすぎても気を使われちゃうだろうし」
あくまで切ったはったでごまかせる見た目の作りにしないと。下の段は重めのもの、中段は普通のもの、上段は軽めのものを入れるようにしてそれぞれ引き出しの上に書き加える。
「これで良し。あっ、つい癖で細工の時に使ってるサイン入れちゃった。まあいいか。後は天板に丈夫なやつを置いて物が置けるようにして、ついでに内部に筋交いを使ったし、強度はあるかな?」
どこまで強度が上がるかは分からないけど、これでそこそこの物が出来たのではないだろうか。
「後は引き渡しだけど、今度フィーナちゃんが依頼を完了した時に渡せばいっか」
どうせシェルオークの受け渡しがあるんだし。あれ?でも、指名依頼の受け渡しってギルド経由だっけ?
「え~と、依頼書依頼書…」
慌てて、依頼書の控えを取り出す。よかった~、直接受け渡しになってる。この辺、あんまり意識せずに書いてたから覚えてなかったよ。安心したらお腹が空いて来たし、食堂に行こう。
「あっ、おねえちゃん。待っててね」
「は~い」
ちょうどお客さんが引いていく時間帯みたいで、エレンちゃんは片付けの途中だった。
「はい、きちんと引けたから食事はちょっと待っててね」
「うん。あれ?アルナたち来た?」
「ううん。多分、今日は外で食べてるんじゃないかなぁ」
「外?」
「たまにどこかでもらってるみたいだし、自分で取ったりもしてるみたい。アルナたちに食べ方とか捕まえ方を教えてるんじゃないかな?」
「そっか」
ついつい忘れがちだけど、ミネルたちも元は野生だもんね。子どもたちにも教えてるのかな。そんなことを想いながらも、私はありがたく作ってもらった食事を平らげる。
「そういえば、おねえちゃんも料理頑張るって言ってなかったっけ?」
「うっ、ゴホゴホ。ほ、ほら、私って何かと忙しいから」
「そっか、そうだよね。まあ、今店員とかやられても困るんだけどさ」
「どうして?」
「そりゃ、お目当ての人間が店員として出てきたら、もう対応できないよ」
「なんて?よく聞こえなかったんだけど…」
「う、うちも人が増えたし、たまに魔力の補充とか洗濯物のお手伝いだけで大助かりだよ」
「そう?まあ、宿も店員さん増えたしね」
リュートもほとんど入らなくなったし、エステルさんも孤児院の子たちも3人ぐらい何時も入ってるしね。とうとうこの前はライギルさんも数年ぶりにお休みしたらしい。といっても宿自体の休みは毎年数回あったみたいだけどね。宿が開いていての休みは本当に久しぶりだったって聞いた。
「でも、おとうさんがさ~。燃えちゃって」
カタンと自分の分と私の分の食事をおきながらエレンちゃんがつぶやく。
「何に?」
「休みの日に出すメニューは打合せしてたんだけど、エステルさんがちょっと飾りっ気を出したら、翌日にそれを話したお客さんがいてね。あんまり見映えにはこだわってなかったんだけど、何かやってるみたい」
エステルさんはレストランみたいなところを目指してるからなぁ。良い機会だと思ってやったんだろうけど、変にやる気出させちゃったのか。
「まあ、目指す店が違うからね」
「おねえちゃんは聞いたことあるの?」
「うん。大衆向けだけど、量よりかは飾りとか質を意識した店が良いって言ってたよ。フィアルさんと宿の中間ぐらいを目指してるみたい」
「そういえば野菜も型抜きされてるって言ってたっけ」
ちょっともったいないけど、ああいうのってきれいなんだよね。
「あら、なんの話をしてるの?」
「エステルさん。こんばんわ」
「こうして話すの久しぶりね。で、何話してたの?」
「この前、お父さんが休んでた時の話だよ」
「ああ、あの時の…。あれからライギルさんが張り切っちゃって大変なの。色々聞かれるし」
「ごめんね。料理のこととなるとお父さん頑固だから」
「ううん。私も色々教えてもらったし、お互い様だから」
「そういえば野菜の型抜きとかして、余ったのはどうしたんですか?」
食材ロスについては結構うるさいはずなのに。まあ、仕入れの予算もあるからだけどね。
「ああ、残った部分ね。ちゃんと使ったわよ」
「ミネルたちの食事とかですか?」
「いいえ。アスカの教えてくれたハンバーグだったかしら?あれに小さく切って入れたわ。かさましもできるし、ちょうど良いと思って。最近、挽き肉も安くなってきたし、ようやくメニューに入れられそうなの」
「なるほど、ハンバーグにですか。確かにソースもかけるし、栄養もあって良いですね」
「挽き肉もアスカの魔道具のお陰で、ちょっとは簡単になったみたいよ」
「あれだけじゃ、上手く出来ないですけどね。筋ごと切断するだけの奴ですし」
肉屋のおじさんに作ったのは、さいの目に風魔法で切る魔道具だ。端肉なんかを詰めて、魔力を注ぐと四角に筋ごと切断してくれる。ただ、そこからは従来と同じなので便利と言い切るほどじゃないんだけどね。
「ああ、あれね。何度か突っ込めばかなり細かくできるって言ってたわよ」
「そうなんですか。役に立ってるみたいでよかったです」
その日は3人で楽しく夕食を食べたのだった。それからは細工をして日々を過ごした。在庫を確保するといっても、今回はレディトの依頼が多かったので、結構大変だったのだ。
「ジオラマだけで1週間だもんね」
いくら簡単に作るといっても、そこは最低限の品質が求められる。レンガと分かるように焼き板と分かるようにするにはそこそこの手間がかかるのだ。
「それに出来るだけ拡張もできるように大きさも揃えないといけないしね」
同モデルならあるだけ拡張できるようにしておかないとね。そこまでしなくてもいいかもしれないけど、大作を見てみたい気持ちもあるのだ。どんなに頑張っても1日に出来るのは2個までだし、時間はかかっちゃうけどね。
「後は…流行の方か~。これで2週間は使っちゃいそうだね」
他にも色々考えていたのだけど、在庫の補充で今回は時間を取られそうだ。買ってもらえるのはうれしいけど、新作も作りたかったな。
「今は依頼をこなさないとね。え~と、イヤリングがまだ少し少ないかな?それとも別のにしようかな?」
流行って言うのも大事だけど、それ以外を買う人もいるからちょっと別のにしておこう。いい気分転換にもなるしね。
「気分転換と言えば、本を見に行かないと!」
アルバに戻る前に考えていた、本の購入を思い出したので一時作業を中断しておばあさんの本屋に行く。
「おや、アスカかい。今日は何の用だい?」
「レディト周辺とか王都近くの魔物が載った本ありますか?」
「ああ、あるよ。金貨1枚になるよ」
「分かりました」
「中は見なくても大丈夫かい?」
「はい!でも、これ結構ぶ厚いですね」
「まあ、中身はそこまででもないかもしれないけどね。ちょっと、時間が足りなかったのさ」
「時間ですか?」
「ああ、もっとまとめたやつをやりたかったんだがね。資料集めに時間がかかってね」
「これ、おばあさんが書いてるんですか?」
「まあ、資料の編纂ぐらいはね。なにも売るだけじゃないんだよ。あたしらは得た情報や資料をまとめたりもするさ」
「勝手に色んな本のをまとめちゃっていいんですか?」
「良くはないけどね。嘘の情報を省いたりするのも仕事だからね。買っていく人間に不利益になるからね」
本屋だと内容ごとにまとめたりとかして、おすすめを考えるのかと思ったら、内容の真贋まで確認するんだ。
「といっても、流石に全部が分かるわけじゃないから、一部だけだよ」
「それでもすごいですよ!この本も書いたんですよね」
「ああ。だけど、冒険者の聞き取り情報とかもあるから、整合性を取るのに時間がかかってねぇ。メモのままのもあるんだ。ただ、本の範囲に関係ないものも挟んでるから役立つものもあると思うけどね」
「関係ないのに一緒にしてるんですか?」
「関係ないと言っても、同種の魔物や近種の魔物の情報とかだね」
教科書とかに載ってるワンポイントとか注釈の部分かな。ああいうの好きだったんだよね。直接範囲にはならないけど。
「それじゃ、ありがたくいただきます」
「ああ、役立てておくれ。ただ、メモは各自が書いたものだから頑張んなよ」
「はい?」
何で注意されたのかその時は分からなかったけど、部屋に帰って読んでいると分かった。
「これは’あ’かな?うう~、癖が強くて読みづらいよ~」
現代でも癖字で読みにくい人もいる。残念ながら学校というものが身近でないこの世界ではそもそも共通した字の書き方もないみたいだ。同じ字でもメモが異なると、書き方が違うのか違う字に見えたりする。
「後は会話をメモしただけとか、清書する前提で書きなぐった字もあるんだよね。これは重労働だよ。ティタ読める?」
「…がんばる」
色んなことを言っても前向きに言うティタが善処しますみたいなことを言うなんて。とりあえずまずはメモをまとめるところからだね。字を解読して新しい紙に書き写して、終わったメモは印をつけてと…。
「うう~ん。こまめにやるしかないね」
細工で詰まった時とか、気分転換にちょっとずつしていこう。クロスワードをやってるとでも思ってやらないとやる気にならないな。3分の1ほど埋まったページはとても分かりやすいし、いい情報もたくさんだから、これに負けないように続きを書かないとね。こうして新たな目標も一つできた私は、いっそう仕事に打ち込むのだった。