番外編 死霊大戦 その2
丘の上には聖王国の一大陣地が、そのふもとには魔王城。そして誰にも気づかれることなくその反対側に光の神殿の巫女がいた。
「いよいよ、この戦いに終止符が打たれる時が来たのです。皆のもの!今一度我らが勇者に力を!」
「「おおっ~!」」
聖女の言葉とともに士気は最大となり、いよいよ戦いが始まった。
「先鋒は我ら、聖騎馬隊が務めます。道が開き次第、後続の部隊とともに突入を!」
「任せました」
「すまないが頼む」
聖騎馬隊の隊長が兵を奮い立たせ、丘から一気に城へと向かう。立ち向かう魔王軍はガーゴイルとスケルトン部隊だ。スケルトンを一気になぎ倒すとその勢いのまま、長い槍を巧みに使いガーゴイル隊と戦う聖騎馬隊。そして、勇者たちはその中を突っ切っていく。
うぅー
次はリビングデッドだ。こちらは小回りが利く歩兵部隊の相手だ。全軍聖属性の装備とはいかなかったが、全ての兵が聖水を持っている。聖水を剣に振りかけ即席の聖武器を作ると、兵士たちは一気に切りかかる。
「ここはお任せを!聖女様たちは城の中へ」
「すみません。行かせてもらいます」
城の外にいた多くの魔物の相手に通常の軍を使って対抗する聖王国。中には他の国からの援軍もおり、一大勢力となっていた。
「よし、選抜近衛兵も続け!魔王の間まで敵を勇者様に近づけさせるなよ」
「はっ!」
数百人を連れて勇者たちがいよいよ城に入っていく。
「巫女さま。勇者たちが城に入って行きました!」
「いよいよですね。皆のもの、後は任せましたよ」
「は、はいっ」
光の巫女が祝詞を唱える。唱えるごとに地面に陣が描かれそれが広がっていく。陣が大きくなり祝詞を唱え終えると、光の巫女が高らかに言葉を発した。
「その輝きを我が前に!シャインフィールド」
地面に描かれた陣が魔王城の中心部の空に止まると、そこを起点として魔王城を光が包み込む。
「こ、これが光の最上級魔法…」
「あ、後は頼みます。勇者たちよ…」
がくりと膝をつきながらも、その場に何とか踏みとどまる巫女。発動時にほぼすべての魔力が消費されてしまい、すぐさまポーションで魔力を回復させる。しかし、魔法を張り続けているため、その魔力もすさまじいスピードで失われていく。後は勇者たちが時間内に倒してくれるのを願うだけだった。
「な、何だあの光は!」
「魔王様、大変です!」
「あの魔法陣のことか?」
「は、はい。おそらくその影響だと思われますが、城内にある毒素の霧や呪いの泉などあらゆる場所の毒素や呪いが浄化されました」
「なんだと!」
「そ、そればかりか、弱い魔物は一瞬で消し飛び、強いものも力が満足に発揮できません。魔法生物はさほど影響がないようですが…」
「残りの罠は?」
「問題なく作動します。ただ、無属性の物が多く、通常の魔法で簡単に防げてしまうかと…」
「ぬぅ。何のために闇属性の罠を敷いたと思っている。聖女たちの力を消耗させるためだろう。これでは無意味ではないか!誰か、魔法生物を使ってあの魔法陣をつぶしてこい!」
「ははっ!」
急いで部下を向かわせる。よもやこのような大規模魔法が存在しようとは。聖王国に潜ませた部下からは何の報告もなかったというのに…。聖属性武器の戦いしか能のない国と思って侮りすぎたか。
「勇者様、先ほどから…」
「聖女殿もか?魔王城に入ったとたん体が軽くなった」
「勇者殿もですか?実はわれらも先程から…」
「これはきっと神の思し召しです。我らの聖なる神が勝利へと導いてくれているのです!」
「おおっ!聖女様の言う通りだ。皆のもの恐れることはない!我らには神の加護が付いているのだ!」
さらに勢いづいた聖王国の精鋭隊は瞬く間に魔王城を駆け上がった。途中の罠もなぜか石仕掛けなど、他のダンジョンと変わらぬ作りのものばかりだ。
「魔王城というからには数多くの罠が待ち構えていると思ったが、案外普通の罠だな」
「その様ですね。魔王はよほど自分の魔力に自信があるのでしょう」
近衛の精鋭たちと城を進みながら話す。本来であればこのような会話も出来ぬほど消耗している予定だったが、これまでてこずっていた魔物たちにも優位に戦えていた。
「しかし、この城内の魔物の強さを見るとさしもの魔王もこの数年の戦いで手駒を失った模様ですね」
「そうだな。我らが倒した四天王は1体だが、それ以外の四天王が見えぬところを見ると、どこかで倒されたらしいな」
「もしくは他の大陸に出ているのでしょうか?」
「それなら今がチャンスだ。魔王は自らの力に溺れているようだからな。これ以上戦力が整えば聖王国とて持たぬだろう」
実際にはこの城にいるのは精鋭中の精鋭だが、光の結界によりその力を抑え込まれているのだ。S級の魔物はA級にA級の魔物はB級にと1ランク下がるほどの影響下にある。そしてそれは高位魔族の四天王や魔王にも影響を与えていた。
「むぅ~、ここまで貴様らの侵入を許すとは!この先は四天王がジャグリアが通さんぞ!たとえ、聖なる結界下と言えど、人になど負けるものか!」
「何を偉そうに!その首もらい受ける。勇者殿たちは先へ。ここはお任せを!」
「頼んだ!行こう聖女」
「はいっ!」
精鋭数十人を残し、勇者たちはさらに城の奥へと進んでいく。目指すは魔王だ。あいつさえ倒せばこのアンデッドの山も、大量に作られた魔法生物も力を失うだろう。魔法生物が消えることはないだろうが、その力はかなり弱まるはずだ。
「駆け上がれ!その先が目指す場所だ!」
「「おお~!」」
一段と広い階段を駆け上がり、とうとう魔王のいる大広間に到着した。
「来たか!こしゃくな人の子らよ。まさか、このような奥の手を持っていたとはな」
「ふっ、我らが聖剣の力に臆したか!」
「ぬかすなよ小僧。たとえ万全の状態でなくとも貴様らなどに…」
ガン ドゴーン
「おおっ、隊長!城の上で爆発が」
「いよいよ、勇者様たちと魔王との戦いが始まったのだ」
「しかし、先程から城を包み込むこの光は一体…。心なしか魔物の力も弱まっているような…」
「きっと、神の意志だ。我らに勝利せよとのお導きだぞ」
「そうでしたか。聞いたか皆のもの!もう一息、勇者様たちが頑張ってくださる間、足止めをするのだ」
「「おお~!」」
再び兵士たちの士気も上がり、戦いは人が優位を保ったまま推移する。その間に隊長は陣へと戻り報告を行う。
「大司教様、戦果は上々です。帝国からの加勢も役立っています」
「そうですか、こちらからも確認していますが、思ったより優位に進めていますね」
「はっ!あの光の陣が現れてから特に。大司教様の手配ですか?」
「まさか、我らにそのような余裕がないことはあなたも知っているでしょう?それより前線が心配です。引き続きお願いします。そうそう、あの陣についてなんと説明していますか?」
「はっ!きっと我らが神の思し召しではないかと…」
「素晴らしいことですね。頑張ってください」
「失礼します」
隊長が出て行くと大司教のもとに司祭が駆け寄る。
「よろしいのですか大司教様?あれはまさしく光の範囲魔法ではありませんか」
「兵士たちの意見が全てですよ。それに神殿はこの戦いには参加していないはずです。まあ、最悪終わった後に何か言ってくるかもしれませんが、その時はその時です。それに、戦いが終わればそのようなことを言っている暇はないでしょう。まだまだ向こうも荒廃した土地ばかりなのですから」
「それはそうですが…」
「いいですか?我らが聖なる神が大陸で一番に成れぬのは、正しく理解されなかったからです。邪を打ち払う絶対的な力…これこそが我らが聖なる力。それを脅かすものは全て敵ですよ。何せ、この戦いが落ち着けばまた人の争いが生まれるでしょう。その時には我らはお払い箱です。治癒でなら役に立ちますが、ただそれだけです。これはチャンスなのですよ」
「チャンス?」
「ええ。全世界に我らが神の意向を存分に示せる、ね」
ドゴオォォーー
「あ、あの音は!」
「どうやら終わったようです。悪しき力が退いていきます」
「み、巫女様、魔王城から闇が消えていきます」
「そ、そうですか。良かった…間に合って」
「はっ!これで世界も平和に…巫女様?どうなさいましたか?」
こうして、魔王は勇者と聖女によってうち滅ぼされ、世界は平和になりました。光の巫女はその魔力を使い続けたために陣を解くとその場でこと切れてしまったのです。その後、魔王を直接倒した聖王国と、聖女たちは神の使徒と呼ばれ人々から祝福を受けました。一方で、防戦に尽くした光の神殿は魔王に対する有効打を欠いたため、攻め入ることが出来なかったと噂され、次第に勢力を失っていきました。
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「これが、数百年前に起きた死霊大戦と呼ばれている戦いの結末ね。私は会ったことないけど、とても責任感の強い巫女だったみたいよ。近くの村が信仰していたのも、巫女の家系の人の先祖がそこの出身だったからみたい」
「へぇ~、すごい戦いだったんですね。でも、なぜそんな力を持った2勢力は協力しなかったんですか?」
「あくまでも違う神を信じる者同士だしね。貴方はまだ小さいからわからないかもしれないけど、その神様を信じることによって得る力、失う力があるわけだからそう簡単には協力出来ないのよ。片方は国まで作っているしね」
「でも、その巫女様は悲しくないのでしょうか?自分の命がけの功績を全部取られちゃったんですよね」
「私も旅人に聞いたわ。でも、彼が言うには平和な世界が広がったことが彼女にとっての癒しですって」
「その人も、巫女様もすごい方だったんですね」
「ええ。まあ、光の神殿はその140年後ぐらいに無くなっちゃったけどね」
「ど、どうしてですか?あんなに頑張ったのに…」
「その戦いののち、最も勢力を拡大したのが聖王国だったの。近くの国を混乱に乗じて併合しまくったせいで、力をつけたのね。光の神は神ではなく聖霊であり、聖なる神の下にある存在だってお触れが出たらしいわ。この大陸の話じゃないから私はあまり知らないけど、当時は結構な騒ぎになったらしいわね」
光の神様もその信徒たちも踏んだり蹴ったりだ。命がけで戦ったというのに、その働きが認められないなんて。確かに当時の関係者の行いかもしれないけど、あの神様が頑なに聖なる神に力を渡したくなかったのもうなづける。
「それにしても精霊様は色んな話をご存じなんですね。ここから離れられないというのに…」
「まあね。伊達に長く生きてないって訳よ」
「ところでお名前はなんと言うのですか?」
「ん?名前?名前ねぇ~。そうだ!アスカが当ててみてよ。ちなみに私は泉の精霊ってなってるけど、この周り全て私の領域だから、別に水って訳でもないわよ」
「そうなんですか?ちょっと待ってくださいね」
面白い話を聞けたと思ったら、今度は名前当てクイズだ。精霊というよりは、妖精のような人だなぁ。