魔法付与
「あははは…」
思いついて私は弓を放ったけど、ここは一人じゃないんだった。
「さっきのどうやったんだい?弓はもうしばらく引けないと思ってたんだけど…」
「洗濯の応用で力で弓を引く代わりに風の魔法で引いて撃ったんです。ちょっと魔力が残っちゃって勢いが強すぎましたけど…」
「魔力が残った?それは興味深いね。ひょっとしたら魔力矢の節約ができるかも…」
私の言葉に興味を覚えたフィアルさんが弓を構えると私とは逆に矢を持つ手に魔力を込めて矢を放った。
「はぁっ!」
矢はそのまま木に刺さり、刺さった先からは水がぽたぽたと流れている。
「おおっ!これはすごいですよジャネット!魔力矢とほぼ同じ効果を簡単に得られます。駆け出しはもちろん僕の様な使える魔法が少ない人間にとってはかなり有用ですよ!」
「何だい、珍しく興奮しちゃって」
「確か君も火の適性がありましたよね。熱を剣に伝えることができれば疑似魔法剣のようなことができるかもしれないですよ」
「そんな簡単に言うけど、私の魔力じゃたかが知れてるよ」
そう言いながらもジャネットさんも気になるようで、魔力を剣にまとわりつかせている。スキルに火魔法がなかったからあまり得意じゃなさそうだけど…。
「う~ん、試してみたけどヒートソードというにもぬるいね。まあ、保温ぐらいのコツはつかんだかも知れないけど」
「そうか…それならアスカさんにかけてもらえばどうでしょう?」
「わ、私ですか?」
「たまにはいいこと言うねえフィアルも。アスカ、ほいっ」
ジャネットさんが剣を目の前に差し出す。そこに私は炎のまとわりついた剣をイメージして魔法を発動させる。
「え~と、燃え盛る剣、燃え盛る剣…フレイムタン!」
そう叫ぶと勢いよく炎が剣にまとわりつくと、赤みがかった刀身となった。
「ありゃ?そのまま燃え続けるのかと思ってたけど、色が変わったぐらいだね。この剣も一応銀だからかかると思ったんだけど…」
「ご、ごめんなさい。色も変わっちゃったみたいで…」
ハァハァ
なんだかちょっと疲れた気がする。何て言うか魔力疲れのような…。
「大丈夫かいアスカ?ちょっと休んでな」
「そうします…」
「ジャネット、一度その剣振ってみたらどうです?刀身が変わるなんて僕も見たことがありません」
「そうだね。そこの木にでも試し切りしてみるか」
ブンッ
勢いよく振りかぶったジャネットさんの剣は木を切り、大きな跡を付けた。
「まあ、こんなもんか…ね?」
ブオォォォ
その時、急に切り口から炎が出現し、瞬く間に木を燃やす。
「危ない、燃え広がる!アクアスプラッシュ!」
フィアルさんの使った魔法により、火は消し止められたが木はすすだらけになってしまっていた。
「今のはどう見てもこれだよな…」
「まさか、一時的に魔法剣化したのですか?」
「だったら、すげえなアスカ!」
「わ、私ですか?」
「そうです。今気分が悪いのも魔法剣化にMPを大量に消費したからかもしれません。すこし早いですが、食事でも魔力は回復しますからお昼にしましょう」
「そうだな。いや~しかし、私が魔法剣とはね。駆け出しのころからは考えられないよ」
「ジャネットさんも駆け出しのころは苦労したんですか?」
シートを敷きながら聞いてみた。
「もちろんだよ。本格的になったのは16のころ。頑張って貯めた金で装備を整えて始めたものの、採取で失敗。ゴブリン相手にも四苦八苦してた時に、フィアルたちと出会ってね。見分けがつかない薬草を教えてもらったりして、ケンカも最初は多かったね」
「そうそう、最初に大げんかしたのは報酬の取り分でしたね。前衛の方が身を危険にさらしてるから多めにしようって言いだした時に、それじゃあ依頼の受注から完了まで全工程を調べようってなりまして。最終的には納得して平等になりましたけどね」
「そういうことって珍しくないんですか?」
「そりゃあね。ランク違いもいるパーティーだと特にね。高ランクにばっかり行くのは仕方ないとしても、回復係なんかは出番のあった時だけの報酬ってのもあり得るからね」
「そんなのどうやって暮らすんですか?」
「普段は日雇いさ。そんでお呼びがかかったらパーティーに同行する。嫌でもそこでポイントがたまればそこそこのところに就職できるからね」
「何でと思うかもしれないですが、中々大変な職なんですよ。最悪、ポーションがあれば戦えるから初心者パーティーじゃ後回しにされがちですしね」
「みんな大変なんですね~」
「その点、アスカは前途有望だよ。高い魔法LVにレアスキルと騙されること間違いなしだね!」
「私、騙されちゃいますか?」
「まあ、確率は高そうですね。戦闘で魔法を使わされ、帰れば細工で内職。その内、パーティー分のポーションまで作らされて休む暇はないでしょうね」
「それは大丈夫です。ポーションは作り方知りませんから!」
「残念ながら、ポーションの製造方法は商人ギルドで割と安く売ってるんだよ。それを知らずに権利を高く買ってきたんだからもっと作れと言われて必死に作るだろうね」
「安いんですか?レシピとかって高そうですけど…」
「冒険者にとっては必需品だし、商人にとってもあれば売れる商品だから、作ってくれるのはありがたいからね。粗悪品ができたら面倒だけど、薬師も一所にいる訳じゃないから歓迎されるんだ」
「まあ、気になったなら覗いてみるといいですよ。さあ、お昼にしましょう」
そう言ってフィアルさんが取りだしたのはあのパンだ。中には具が詰まっている。
「おおっ!このパン持ってきてくれたのか、ありがたいねぇ。ちなみに私は持ってきてないぞ。フィアルが持ってきてくれると思ったからな」
「ジャネットには期待していませんよ」
「あっ、私も持ってきたんです!」
バッグからすかさずドライフルーツを取りだす。
「おや、結構いいもんじゃないかそれ。いいのかい?」
「はい!ちゃんと人数分ありますよ」
「んじゃ遠慮なく」
「やれやれ、先輩冒険者なんですけどね…」
「いいじゃんか。先輩にだって色んなのがいるってことさ。まともなのばっかだと思うよりいいだろ?」
「一々正論なところが面倒ですね。あなたは」
そんなことを言いつつ私たちは食事を取る。やっぱりこのパン美味しいなぁ…。
「ん?どうしたんだアスカ」
「いえ、パン美味しいなって。宿に泊まってる人たちもおいしいって言ってましたし、もっと色んなとこで食べられたらなぁ…」
「ああ、ライギルさんですね。あの人の作る料理は美味しいですし、教えてあげたいのですが…」
「なんか問題があんのか?あたしも食べられるようになるんだったらうれしいんだけど」
「一つは店としての問題ですね。パン目当てで来る人もいるのでそう簡単には出せないです。後は単純に設備の問題ですね。普通のものより場所を取りますからあの宿では難しいかもしれません。うちはそれも考えてキッチンが作られてますから」
「場所と金額かぁ…。金額はライセンスとかにして、売り上げの一部とかでいいんだろうけど場所はね~」
「ライセンス?」
「なんていうんですかね。こう、作り方を教えてもらう代わりにその商品の1個とか月の売り上げとかに対して、いくらかを元の人に支払うんです」
「なるほど。それならうちとしてもギルドを通さず儲けが出ますし、変に広まらないようにもできますね。材料については単価が違いますから同じものをそろえられないはずなので、味に関しても大丈夫でしょう。今度機会があったら話してみますよ」
「それなら明日にでも行くはずなのでお願いします。私もあの宿に泊まっていつも美味しい料理を食べてたんですけど、パンだけがどうしても気になって…」
「確かにね。みんなパンはああいうものだって思ってるから何も言わないけど、あたしなんかはこいつのとこのを食べてから不満を覚えちまったからね」
「それにしてもアスカさんは色々知っていてすごいですよ。僕らが同じ年の頃はもっと無知でしたし、どこかの貴族ですか?」
「なんでみんなそういうんですか?」
「まあ、その見た目と世間知らずな感じがそう見えるんだろうね。嫌だったらあたしみたいになるか、もうちょっと目つきをキリッとするかだね」
「こうですか?」
眉を上げる感じで頑張ってみる。
「それじゃあ、困ってるようにしか見えないよ。こりゃしばらくは諦めな」
「まあ、パンのことは前向きに考えておきますよ。そろそろ依頼に移りますか?」
「そうだね。日が暮れる前には終わらせたいしねえ」
私たちは片付けを済ますと目的の依頼場所に向かう。目的地は町から1時間ほど歩いたところの森林地帯だ。ここも街道は整備されているらしいのだが、少し前からゴブリンなどの魔物が現れるようになったらしい。今は商人の護衛などが倒している様だが、それでも数がいるため依頼が出たみたいだ。
「一応、今回のは討伐依頼と出没場所の調査があるから注意だね。ここで倒しましたって報告したら減額だよ」
「ふ~ん。討伐依頼って言っても色々あるんですね」
「そうそう。ちゃんと読んでおかないと大変ですよ。討伐5匹ってなってても、倒した数に応じて報酬が変化しますって依頼は特に注意が必要です。20匹ぐらいまで格安の場合もありますから」
「ありゃ悪かったって言ったじゃないか!」
「倒せば報酬が上がるなら問題ないんじゃないですか?」
「…それがね。あんまり1か所に出なくて、20匹以上倒そうと思ったら数日かかってさ。諦めて完了報告したら格安報酬で体の良い見廻り役をやらされてね。いくら報酬が良くなるって言っても数日かけたんじゃ意味ないからね」
「なるほど。初めて行った街とかならあんまり大きな依頼は受けない方がいいですね」
「そうそう、自分のランクにあったそれもちょっと簡単なのから受けた方がいいよ。経験者が言うんだから」
ふむふむと私は冒険者冊子の空きページに情報を書き込んでいく。こういうことは覚えてても困らないし、一緒に組む人にも知ってもらえたら後々役に立つだろう。




