出発の日に向けて
無事にフィーナちゃんとリンネを引きあわせることも出来たし、これでちょっとは安心かな?リンネにはまた頼んじゃったけど、快く引き受けてくれてよかったよ。
「そうそう、お駄賃忘れないでくれよ~」
「は~い」
去り際にフィーナちゃんに念を押されたので、そっちもきちんと作らないとね。リンネがいるから大丈夫だろうけど、心の平穏のためにも一応買ったシェルオークでお守りを作っておこう。
「そうと決まれば早速細工開始だ。時間はもう16時近いけど、ちょっとしたものなら夕食に間に合うでしょ」
その前に作りかけになっていた、イヤリングの方を完成させる。
「そーっと、そーっと。ゆっくりとはめこんで…」
潤滑油を塗って、慎重に中に入れていく。
「まず、1個目は大丈夫だね。、次は2個入れないといけないからさらに慎重にしなきゃ」
初の2個を中に入れる構造だったけど、作りは一緒だ。頑張って作業をして何とかはめ込むことに成功した。
「うん!欠けとかも見当たらないし、一先ずは完成かな?実際には使ってもらってどうなるかだから、何とも言えないけど」
ぐらついてる様子は見えないし、多分成功していると思う。それから、パッとシートを引いて細工道具を用意する。いい物を作りたいけど、フィーナちゃんが持っていても違和感がないくらいのものにしないといけない。せっかく作っても変な人に絡まれたりしたら大変だからね。
「よし!題材はマーガレットにしよう」
ちょっと良い案が浮かんだので、私はマーガレットを題材に選んだ。まずは円形に木を切って、花びらを作っていく。ちょっと手を加える関係で、花びらの形に切り取りはせず丸い形を維持してちょっと内側に浮き出るように彫っていく。こうして木の部分を多く残すことで、魔力が残るようにしてるんだ。
「後はと中央をある程度くりぬいてと…」
その部分も無駄にならないようにちょっと引っ掛かりを作り、後でふたに出来るようにする。そうしたら、奥を薄く掘っていく。
「よし!これで大丈夫かな?後はここにはめる石に魔法を付与するだけだけど、ここはティタに協力してもらってと。ティタ、この紙の上でこの石に向かってアクアウォールを使ってみて!」
「うん、わかった」
ティタは今、水の魔法のLVは2相当だ。本来ならアクアウォールは難しいんだけど、豊富な魔力のお陰で何とか扱うことが出来る。魔道具作成の補助としておじさんの店で買った魔方陣の紙を使って水属性の魔石に付与しようというのだ。
「ん~、もういいかな。ありがとティタ」
「どういたしまして」
ティタの魔法は無事に魔石に込められたみたいだ。
「後はこの魔石を木にはめてと…上からふたを付けて完成!うん、これなら魔石部分がほぼ隠れてるし、これで色を塗っちゃったらまず見えないだろう」
簡単な衝撃ではふたは外れないし、どこからどう見ても彩色済みの木の細工だ。木は結構重たいし、魔石とそんなに重さが変わらないのでそこまで不審がられることもないだろう。
「マーガレットって結構中央の部分が大きいから出来るんだよね。小さい花とか花びらが重なってるバラなら難しかったよ」
まあ、それ以前に結構バラは帝国では貴族とかも使う題材だから変に絡まれるってこともあるけど。何はともあれ、これでフィーナちゃんに渡す細工も出来たし、言うことはないだろう。
「って、塗装か。そっちはまた、明後日以降かな?」
緑と赤の塗料はあるけど、今回必要な黄色と白はほとんど材料がない。流石に塗らなかったらふたの部分がちょっとわかりやすいし、層にして隠れるようにしないと。ちょうど明日は冒険の日だし、ギルドで一緒に仕入れちゃおう。
「ふふふっ、それにこの上からふたをする機構、ロケットとかにすると流行る気がするんだよね」
ただ、問題があるとすれば、この世界に写真はないから絵を入れることになるってところだね。ちゃんとしたものは高いし、ロケットに入るサイズとかだとあこがれのあの人って感じじゃなくて、家族向けになりそうだな。そこのところに気を付けて作らないとね。
「作りは単純だから、銅とか銀で作っちゃおうかな?でも、手前に入れる写真とかも必要だったよね」
ダミー扱いだけど、なんでも良いって訳にはいかない。そこをきっちり考えておかないとね。ちょっと悩んだけど内側のふたをちょっとへこませて、その型に合わせて色んな柄をはめられるようにすることにした。対外的には好きな柄を付け替えられる遊び心のあるネックレスって感じで、実はそのはめた柄を抜いて、ちょっと浮かせるとうちブタがずれるようにする。
「これなら見栄えもいいし、いいんじゃないかな?」
内側の柄を作るのはちょっと無駄な出費になるかもしれないけど、こういうのがないと商品としての魅力が下がっちゃうからね。
「そろそろ、ご飯の時間だ。食堂に行こう」
時間はもうすぐ19時ぐらいだろうか。このぐらいなら、食堂も空き始めるかな?そう思って下に降りる。
「おう、アスカ今から飯か?」
「バルドーさん。そうですけど?」
「なら、食っていけ。今日はちょっと収入があってな。ここは奢るぞ」
「本当ですか?じゃあ、遠慮なく」
そう言って出てきたのはオーク料理だった。でもちょっと量が多いしひょっとして…。
「バルドーさん、何か依頼受けました?」
「いいや。別れた後、東門近くでうろうろしてたら、近くにオークの変異種が出たって聞いてな。ちょっと取ってきたんだ」
そんないいもの見つけたみたいに簡単に…。
「あっ、でも美味しい」
「だろ?そういや細工の方はどうだ」
「割と順調です。後、1つを作ったら4つになりますね」
「そうか。無茶な依頼をしたかなと思っていたんだが、問題なかったようだな」
「ええっ!そうだったんですか?」
「いや、難しい細工だってことは見てわかってたからな。期日もそこまでないし、ひょっとしてと思ってな。だが、安心したぜ。土産は多いに越したことはないからな」
「ちなみにいつまでに作って渡せばいいですか?」
「そうだな。あと3日後には欲しいな」
「分かりました。何とかして見せます!」
バルドーさんにはお世話になったし、ちゃんとしたのを渡したいから最後の一つも頑張らないと。
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翌日の冒険の日。朝からきちっと用意して、ギルドに着いたんだけど…。
「アスカだめだ。依頼がない」
「そんなぁ~」
先週はサンドリザードの調査で弾みをつけたと思ったら、その後はおとなしくなったらしく、追加の依頼は発生していない。その間に北側の魔物の討伐が進み、今週の依頼は薬草採取と期待のできないオークの討伐依頼。期待できないというのも、生息地不明で出ているのだ。つまりは、いたら倒してねっていう依頼だ。森中探し回らないと見つからないだろう。
「どうするんです?」
「街の西側で訓練か解散かだねぇ。一応、冒険に出るって言ってる手前何かはしたいけどねぇ」
「じゃあ、今日は訓練で行きましょうか」
「そうだね。リュートたちの昇格試験も近づいてることだし、いい練習になるだろう」
最初は色々言っていたノヴァたちを説得して、私たちは街の西側に行く。
「そんじゃ始めるか。最初はリュートとノヴァでやりな」
「えっ、ジャネットが稽古してくれるんじゃないのか?」
「だから、お前らの弱点がすぐに分かるように、戦えって言ってんだよ。ほら始めな」
「へいへい」
そんな返事だけど、ノヴァもリュートも訓練が始まるとすぐに気持ちを切り替えて、戦う。
右に左に動くノヴァの剣と違って、リュートの槍は一点を狙い続ける。双方の性格の違いも相まって、全く違う戦い方だ。15分程戦いが続き、ジャネットさんの一言で中断した。
「よし!今ので大体わかったから、片方ずつ来な。別にどっちからでもいいよ」
「じゃ、じゃあ僕から!」
「最初はリュートだね。ほら来な」
リュートが攻め立てて、ジャネットさんがそれを防ぐ。ただ、リュートがいろんな角度から狙っているのに対して、ジャネットさんは軸足を固定するような最小限の動きでいなしている。
「ほら、常に安全な距離だけ考えてるだろ。そんなんじゃ、自分より強い相手に一生勝てないよ」
「はい!」
リュートの動きがちょっと変わる。さっきより踏み込んだり、下がったりして変化が大きくなる。だけど、なぜかジャネットさんは動く量が変わらず防げている。確かに攻撃のバリエーションが増えているはずなんだけど…。その内、焦ったリュートの一撃を落として、ジャネットさんが勝負を決めた。
「リュート、弱点を見つけてそこを一転狙いする姿勢はいいよ。だけど、こだわり過ぎだ。例えば脳天が急所のウルフに攻撃してそいつが実はアンデッドだったらどうする?急所じゃなくなるね。
さっき、あたしの急所だと思ってた場所は実際には違うよ。そうなった時に別の場所を狙う。たとえ急所でなくとも、ダメージが入るならそこを狙う。そういう臨機応変に戦う姿勢が足りないね」
「すみません」
「自分より経験が少ない相手には絶大だけど、自分より強い相手じゃ、全く通じないよ。もうちょっと幅を持たせてみな」
「はい」
その後はリュートは自主練に切り替わり、代わりにノヴァが戦う。
「俺はそう簡単に行かないぜ!」
「じゃあ、見せてみな!」
そうして、ノヴァとジャネットさんの稽古が始まったのだけど…。
「これで4回目」
「だぁぁ~、なんで俺の方がボロボロなんだよ!」
「いや、あんたにも前に言ったけど、ちょっと力寄りだけど、完全にあたしよりパラメータが低いんだから当然だろ?剣術のLVからして下なんだから。変化もない、考えもない一撃ばっかじゃそりゃ無理だよ」
「でもさ~、投擲とかしてケガさせるかもしれないじゃん」
「ほう~、そんな余裕がノヴァさんにはおありとはね。なら、使っていいからもう一回だよ」
「よし!今度は負けねぇぞ」
そう意気込んだノヴァだったけど…。
「さっぱり勝てない…。しかも、やられる間隔が短くなってるし」
「当たり前だろ?慣れてない投擲で、そっちに意識が行ってる相手に何で手こずるんだよ。投げ方はわざとらしいし、集中力が切れる瞬間があってすぐに動きが分かるし、おまけに飛ぶところは不正確。そんなんじゃ、サブにもならないね。大体、あたしの手の周りはナックルになってて、多少の飛び道具ならすぐに弾けるよ」
ぐうの音も出ない反論にさしものノヴァの勢いもしおれていく。みんな大変だなぁ。
「そうだねぇ。お前らにはきちんとした戦い方ってのがまだ見えてないみたいだし、手本ってのを見せてやるよ。ほら、アスカ。ぼーっとしてないで立ちな!」
「へっ?私は別に…」
「Cランクの先輩として、こいつらに手本を見せてやらないでどうするんだい」
どうやら不甲斐ない2人に変わって、私が標的に選ばれたみたいだ。ううっ、痛くありませんように…。




